第5話



 キイ君は「ちょっと頭を冷やしてくる」と言ってふらりと家を出て行った。

 そのまま、夕ご飯の時間になっても帰ってこない。僕は心配になって家を出た。キイ君の小屋に行くと、扉から橙色の灯りが漏れていた。

 そっと中を見ると、キイ君は机に突っ伏して眠っている。僕はそっと中に中に入って、キイ君の顔を覗き込んだ。


「そうだよね、疲れてるんだよね……」


 僕はキイ君を起こさないよう、そっと瞼にキスをした。そしてそのままにして小屋を出た。



 **



 翌日、お昼ご飯のしたくをしていると、キイ君はふらっとやってきた。小さな声で「ただいま」と言ってふらふら僕の方へ近づいてきたので、僕は抱き留めて、「おかえり」と言って、背中をぽんぽんと軽く叩いた。


「……朝、協会から連絡があって」


 キイ君は低い声で話し始めた。


「協会が追跡してる、ナルコレピスタを指導者と仰ぐ魔術犯罪組織が、昨日一晩のうちに全部壊滅したって」


「えっ」


「やったのはナルコレピスタ本人らしい。本人から協会に連絡があった。『わたしを追跡するのをやめなさい』って」


「……」


 キイ君は僕と目を合わせて、言った。


「ナルコレピスタは強すぎる。奴を拘束できる道具も魔術も現状ない。そんな奴をどう信じろって言うんだ?」


「キイ君、ひとは変わるよ。悪いほうにも、良いほうにも」


 僕がそう言うと、キイ君は目を見開いた。


「ナルちゃんは悪いことをしたかもしれない、でも、何かが彼女をいいほうに変えるかもしれないよ。

 僕も捕まった時は本当は少し怖かった。

 でも、『友達になるならやめてもいい』って、そう思ってくれるなら、それを信じたいの。

 彼女が僕に見せてくれた笑顔と言葉を信じたいの」


「…………」


 キイ君は目を閉じて、腕を組んだ。しばらく黙り込んだ後、彼はゆっくりと目を開けた。


「俺の奥さん、結構頑固だったんだな……」


「キイ君……」


「わかったよ」


「ナルちゃんを信じてくれるの?」


「いや、完全には信じられないけど、でも、リカちゃんの言うことも理解できる。俺は、見張るよ。奴がまた悪さしないかをね。何がどうなっても、俺がリカちゃんを護ることに変わりはないんだ」


 キイ君はそう言って笑った。


「……僕の旦那さんも結構頑固だなぁ」


 僕が言うと、キイ君は僕をぎゅっと抱きしめて、「信じるのはいい、でも、油断はしないで」と絞り出すように言った。



【つづく?】

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diary+ 〜魔術師キッキグラッドリィ・ウィットロックとその妻リカミルティアーシュ〜 705 @705-58nn

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