第29話 フィア、注目の的になる

 午前の授業が終われば昼食の時間になる。王都内に自宅がある生徒はお弁当を持ち込んでいる場合もあるが、ほとんどの生徒は学生寮から通っており、つまりは昼の食堂は大勢の女生徒たちで賑わっているのだ。


 そんな中、いやおうでも目立ってしまうテーブルがあった。話題の中心人物であるレオンとエリオが座るテーブル。これだけなら良いのだが、謎の三人目、大勢の視線を浴びる事となってしまった女生徒フィアの内心は察して余りある状況なのである。


「お友達、学校生活に緊張しちゃったのかな?」

「はうううううう……」


 エリオだって状況は把握していた。きっと仲の良い友達と「声を掛けたいな」みたいなノリで会話をしていたら、実際にそういうチャンスに恵まれてしまい、テンパって昼食に誘ってしまったに違いないのだろう。

 だからこそエリオは気軽な調子でフィアに話しかけてみるのだが、そのエリオの気安さこそがフィアに多大な緊張を届けているとは、エリオ本人も全く気付いていなかったのである。


「そういえばレオン、二人はどこに運ばれたの?」

「知らん。ベッドのある治療部屋あたりだろう」

「ふーん?」


 フィアの友達、椅子の上で器用に気絶しているリリエラとクラリーヌを見たレオンが「パンパン」と手を叩けば、秘書であり護衛の付き人が両脇に抱え、どこかへ運んで行ってしまったのである。


「まあいいや。えっとフィアちゃん、ご飯が冷めちゃうから食べよっか」

「ひゃ、ひゃい。ぜひともお食べになってください……」

「オレは不要だ。先ほど食事は済ませた」

「は、はうぅ……」

「じゃあレオンの分も俺が貰っちゃうからね! ふん!!」


 正直、エリオはお腹が一杯だった。

 そもそもエリオはレオンと共に昼食を済ましていた。食堂のメニューでも見に行こうと席を立とうとしたら、レオンの秘書であり護衛の女性が現れ、バスケットに入った大量の料理をご馳走してくれたのだ。 

 

 そのためエリオはヤケっぱちになっていた。

 すでに満腹状態。そこから定食を一つ追加するならまだしも、レオンの分まで食べないといけないのだ。不安そうな表情のフィアを見てしまえば残せる雰囲気でもなく、そもそもエリオ自体も同級生の友達は欲していたのだ。せっかくの機会だと割り切り、漢らしい食欲で二つの日替わり定食をペロリとたいらげたのである。


「ふ、ふわぁあ……」


 予想外の出来事が発生した。エリオの食べっぷりを見たフィアがウットリとした表情になってしまったのだ。


「もしよろしければ、私のも食べてください」

「?! フィアちゃんが食べなよ。美味しいよ!」

「エリオ様が食べ物を口に運ぶ姿、とっても素敵でした!」

「あ、ありがとう……???」


 エリオが見せたような笑顔は、コソコソと三人の様子をうかがっていた周囲の女生徒の無垢むくな心を射抜くのに十分な威力を持っていた。なんならオーバーキルであり、鼻から血を出す女生徒であふれかえっていた事など、エリオは到底気付くはずもないのであった。


◇◇◇


「それで、どのような会話をしちゃったの?!」

「あ、あんまり覚えてない……」

「ぬあんですって?!?!」


 フィアは混乱していた。

 そもそも、どうして自分がリリエラちゃんに責められているんだろう、と不思議に思っていた。せっかくキッカケを作れたのに、その機会を逃したのは他でもないリリエラちゃんなのだ。怒られるすじい、無いんじゃないの!


「で、でもフィアちゃんはスゴイよ。一緒にご飯を食べたんでしょ? それだけでも尊敬できるよ。フ、フヒヒ。ボクだったら緊張しすぎて逃げ出しちゃうよ。まあ、しっかり気絶してたんだけどね……」


 クラリーヌの自虐的な笑いが響く治療部屋。消毒液や薬草の匂いが鼻につき、居心地はあまり良くはない。それでも他に人影はなく、ベッドもフカフカだ。内緒話をするにはピッタリの場所であった。


「あ、フルーツタルトがあるよ。エリオ様が『せっかくだから友達と食べなよ』って包んでくれたんだ。日替わり定食も美味しそうに食べてたし、男の人ってご飯をモリモリ食べるんだね。びっくりしちゃった」

「そうなのかぁ! じゃあ案外、お菓子のプレゼントとか喜んでくれるかなぁ。フヒヒ、王子様とエリオ様の好みさえ分かれば、名前を覚えてもらえるチャンスかも……」

「でも男の人って豪華な食事を毎日食べてるんでしょ? うーん、気を引けそうなビッグなお菓子のプレゼント、なーんにも思い浮かばないわ!!!」


 モグモグと口に広がる甘さを堪能する三人。

 話題は食堂の事になり、再び王子とエリオの事になり、最後は講義の話となる。


「うーん、いったん王子様とエリオ様に気に入られる話は止めましょ! 今まで男の人と関わった事が無いんだし、考えてもだわ!!」

「も、物語の内容は参考になるのかなぁ。そ、それなら運命の出会いを演出できれば……フヒヒっ!」

「もう二人とも、しっかり勉強もしないと落第しちゃうよ!」


 浮かれている二人とは違い、フィアはしっかりしていた。

 そもそも地味な自分が男の人と仲良くなれるなんて、つゆほども思っていない。夢は見たいが、それはそれとして、自分を王立学校に送ってくれた家族の事を思えば、しっかり学ぶ事の方が大切なのだ。


「勉強ね。そう言えばフィア、履修の話はしなかったの?」

「そ、そうだよ。得意な事とか、将来の夢とか、履修登録のヒントになる発言を覚えていればボクらは優位に立てちゃうんだ! フィアの記憶とボクの知識が混ざり合えば……!」

「えっとね、王子さまは馬術をするって言ってたよ」

「そんな都合よく覚えて…………えええええ?!?!?!」

「お、覚えているの?!?! ボクの推理力は必要ないと?!」

「あとね、エリオ様は魔物学と薬草学を受けたいって言ってた」

「うおおおおおおおおおお!!!!!」

「フィア! この話は三人だけの内緒よ! ライバルが増えないように!」

「うん」


 フィアのおかげで有益な情報を手に入れた。

 リリエラとクラリーヌは満足げな表情を浮かべ、治療部屋を後にする。いったんレオンとエリオに気に入られる話を止めたはずなのに、同じ講義が受けられるチャンスがあると分かればすっかり思考はに戻ってしまう。やはり学生とは言え、本能である女のさがには逆らえないのだ。


◇◇◇


 すっかり放課後。

 課外活動の見学をするのも良いが、せっかく友達が増えたのだ。街に遊びに行くのも良いし、広場でゆっくり話をするのも良いかもしれない。

 そんな事を考えていた三人だったが、廊下に出た瞬間、思いがけない人数の女生徒たちに囲まれていた事に気付くのだった。


「ごきげんよう。少しお時間よろしいかしら?」


 ニコニコと笑みを浮かべているのだが、ノーと言わせない圧を感じてしまう。囲まれてしまっているし、逃げ場も無い。もしかしたら、治療部屋での話を聞かれていたのかもしれない。新入生である三人の脳裏に言いようのない不安が渦巻くのだが、笑みを浮かべた女性の要望は分かりやすい話であった。


「あの、フィアさんって仰ったかしら? 舞踏に興味はないかしら?」

「待った待った! せっかくの課外活動、珍しい事をしてみない? 冒険者としての基本を学べる野外活動はお嫌いですか?」

「やっぱり知識こそが全てだよ。文芸図書活動なんてどうかなぁ?」


 やいのやいの。彼女たちの積極性はなんて事も無い、各々が所属している課外活動への勧誘なのであった。丁寧な説明なのだが、どことなく『絶対に逃がさない』というプレッシャーも感じてしまうのだが、それは気のせいではないだろう。


「うう、リリエラちゃんは馬術だっけ?」

「しっ! おばか! 内緒だって言ったでしょ!」

「ボクはまだ考え中で……」


 へへへ、と愛想笑いで抜け出そうとする三人だったが、どうにも皆の様子がおかしい。最初こそ三人共に詰め寄られていたのだが、話の中心はフィアのようなのだ。

 リリエラとクラリーヌが人混みから抜け出すも、フィアはにされたままであり、熱烈な歓迎を受けているようだ。


「ちょっとフィア! どういう事?!」

「ええ、私にも分かんないよぉ」


 一体全体、何が起きているのか分からない。

 ここは素直に話を聞こう。フィアは先輩にたずねてみたのである。


「先輩、なんで私はこんなに勧誘されているんですか?」

「え? だって貴女、エリオ様とお知り合いなんでしょう?」

「うーん、知り合いっていうか同級生です」


 同級生なのはフィアだけでない。

 リリエラもだし、クラリーヌもだ。

 そもそも、他にも新入生は数十人いる。

 それなのにフィアがピンポイントで勧誘されているのはどうしてなのだろうか。


「フィアさん、誤魔化さなくて良いんですのよ。私たち一同、陰に隠れてこっそり見ていましたからね! 食堂での一件はともかく、その後もエリオ様と二人っきりで治療部屋まで一緒に歩いていたじゃない! なかむつまじく、楽しそうにお話してらしたじゃない!!」

「ええ?!?!」


 驚きの声を上げたのはリリエラとクラリーヌである。

 まさか友達だと思っていたフィアがそんなに進んでいたなんて、そもそも、自分たちが気絶している間にそんなに進展していたなんて。当の本人、何も言ってくれなかったのはどういう事だろう。抜け駆けか? 抜け駆けしたんか???


「わぁ、誤解です。だって何を話してたか、覚えてないし……」

「フィア! 抜け駆け?! 抜け駆けしたの!」

「うう、大人しそうに見えて進んでるなぁ。ボク、お腹痛くなってきたよ」


 誤解が広がり、フィアの顔に絶望の色が浮かぶ。

 そして把握した。先輩たちは自分が課外活動に入れば、そこにエリオ様がくっついてくると考えているらしい。なんて事だ。少しだけ話をしただけなのに。


「ご、誤解ですよぉ~……!」

「うふふ、それでもエリオ様と一番長く会話したのはフィアさんですからね。きっとエリオ様も思うところがあるに違いないですわ。だからぜひとも舞踏研究会に……」

「ひ~ん!!」


 その後、誤解を解くのに長い時間を必要としたのは言うまでもない。

 村人フィア、とんでもない学校デビューである。

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俺は真摯にマッサージ師を目指すけど、どうやらこの異世界は【男女比】がおかしいようだ こしがや @kosigaya

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