日本クロニクル新聞連載記事 社説「遺伝性色素異常症の発現から25年 未だに残る差別の跡と未来への展望」

社説 《遺伝性色素異常症(J-H.P.D)の発現から25年 未だに残る差別の跡と未来への展望》



 

 

 

 遺伝性色素異常症いでんせいしきそいじょうしょう

 

 日本でもその症例が確認され、早4年が経とうとしている。今日の世間はすっかり日常を取り戻し、あの頃の混乱は遠い日のようだ。

 当時を振り返れば、我々はあらゆる情報に踊らされ、独善的な”ルッキズム”と偏った知識による”優生主義ゆうせいしゅぎ”が問題視された。

 それは未だに深い爪痕を残し、様々な差別や人権問題へと発展している。

 

 人は目に見えないもの、目新しくて大きな変化に遭遇すると攻撃的になるものだ。戦うべきは何か?を自分の胸に問いただすことをやめないで欲しい。

 

 そして、世の中へ情報発信を行う立場にある我々は、それを世間に行うことを続けなければならない。そこにあった確かな差別・迫害行為を風化させないよう、社会に警鐘し続けなければならない。



 今回はその一歩として、実際に差別を経験した3名の遺伝性色素異常症患者へインタビューをさせて頂いた。


 

 

――《髪色が派手なのは”悪”なのか?》

 

 ある日、髪色が強い赤色に変化してしまったAさんは、当時大学生。そしてひとり暮らし。

 元々暗い茶色だったAさんの髪の毛は、日を追う事に赤の色味が強くなっていき、次第には染めたような強い赤みが現れた。


 『時期が悪かったんです。なにせ、その時は夏真っ盛りの8月。私はサーフィンが大好きだったので、海にもよく行っていました。だからきっと、ちょっと酷い日焼けなんだろうなと思っていたんです。』

 

 ある日、バイト先である書店の副店長から「髪染めた?」と聞かれた。

 その書店では原則髪染め・ピアスがNG。

 Aさんは素直に「染めていない、日焼けで髪色が変わり始めた」と伝えた。

 すると、副店長には訝しげな顔をされたそうだ。

 


 ――《蔓延る同調圧力と排斥》


 『それ以来、副店長からは特に何も言われませんでした。私もなんだか怖かったので、海に行くのは控えました。でも、染めていないのに髪色が明るくなり続けていったんです』


 Aさんは自身の赤く、長い髪を梳きながらこう話してくれた。


 『その書店は、お店の雰囲気やイメージを守りたかっただけなんだと思います。会社のイメージを保つというのはとても大切なことです。社会人となった今、それは痛いほど理解しています。』


 難病などを疑い、病院へ行っても異常なし。

 ストレスを疑い、精神科へ行っても異常なし。

 友達や家族に相談してみたものの、日焼けやストレスなのではないかという結論に至った。

 この状況に怖くなったが、生活は続けなければならない。

 仕方なく髪を黒に染めたAさんは、副店長に「やっぱり染めてたよね?」と言われたそうです。

 

 染めてないのに。やってないのに。


 『その次の月からシフトが減りました。増やしたいと伝えても、断られました。終業時には毎日代わりばんこに社訓を読み上げる時間があるのですが、私には一向にその番がやってきませんでした。』

 

 目に見えない境界線ができた。

 Aさんはそう感じたと語ってくれた。

 

 『なんとなく話しかけられる回数が減って、共有事項が自分にだけ少し遅く伝わるようになった気がしました。それから、サイトのアルバイト募集には大学生からという条件があったのに、学生不可になりました。確かなことはわかりませんが、私の髪色が原因なのだろうと思い苦しくなりました』


 シフトは減り、相談しても断られる。

 毎日行われる終業後の社訓読み上げは、不思議とAさんにだけ順番が回ってこない。

 何か直接的に手を出された訳でもない。脅された訳でもない。

 だが確かに、集団から逸れる者として認知された感覚だけが残ったそうだ。


 『皆さんに比べれば新人で、まだ馴染みきれていないことや御年配の方が多かったことも災いしていると思って今は踏ん切りをつけてます。でも、やっぱりずっと苦しかった。段々とこの症状が認知され始め、確かな病として世に認められた時は身体がフワっと軽くなったんです。そこで私は”ああ、苦しかったんだ。”と自分の気持ちをしっかり受け止められました。』


 

 日本特有の集団行動と、その秩序を守りたいが為に発生する同調圧力の凄さ。

 そして、明るい髪色からくる”不真面目”というイメージ。

 

 これは、本当に正しいイメージと言えるのだろうか。


 


 

 



 *



 


 


 【202█年10月5日 18:02 とある警察車両内】


 

「――と、言うことなんだけど。嘘をついてるようには見えなかったね」

宇鷹うだかさんは余程その新人さんが大切みたいだな」

「そうだね。なんというか、なんとしてでも彼女を役から降ろしたくなさそうだった」

「まあ、劇団の仲間だし当然の反応じゃないのか?」

「それもあると思うけど、それ以上もあるんじゃないかな」

「どういうことだ?」

「ん?いや……宇鷹くん、笑っちゃうくらい必死だったからさ」

「……ただ不器用なだけじゃないのか」

「うーん、そうかも!すすきと一緒だね!」

「車から落とすぞ」

「あ!脅迫罪!!!」



 


 



 *






 


 今回インタビューした3名は、各々右往左往あったものの、無事に社会復帰を遂げている。それは、ようやく正しい認知がされてきたおかげでもある。

 しかし、その背後には沢山の人が傷ついていることも事実だ。

 「空気を読まないといけないから」「気まずいから」「職場の雰囲気として」などの理由にもならない理由がきっかけで、人を排除するような態度をとっていないだろうか。

 

 遺伝性色素異常症による差別は未だに残り続けている。

 どうか一度冷静になり、立ち止まってみてほしい。

 

 その排他的な態度や鋭利な言葉たちを振りかざされるのは、貴方かもしれないのだから。

 


 ――《遺伝性色素異常症は最先端ファッションへ?》

 

 遺伝性色素異常症は、突然変異という非常に偶発的で予測が難しい側面がある。

 この症状が発生した人間は見た目、特に色素の部分への変化が顕著に現れることから、メラニン色素細胞(メラノサイト)の突然変異が認められている。

 

 しかしながらその理由は分からず、他の機能への影響は未だに全てを解明できていない。

 

 だが対策として、ゲノム編集技術”クリスパーキャス9”を用いての元の髪色へ戻す治療や、むしろ地毛や目の色を変化させる試みも進められている。


 不確実性の高い世の中は、遺伝子レベルでますます分からなくなってきている。

 

 人間として、動物として、

 

 ――我々はどこまで進んでゆくのだろうか。




 筆者:尾関 匠おぜき たくみ









 *





 

 


 

【202█年10月5日 19:59 ██ビル 屋上】


 


「やあ、夜は冷えるね」

「……お疲れ様です。名取なとりさん」

「驚いた。……キミらしくない」

「と、言いますと」

「他人事みたいなしおらしい態度と、その髪色と肌の色はなあに?」

「……」

「せっかく2人きりなんだから、いつもの姿で良いんだよ」

「……アンタ、やっぱり分かっててここの劇団と公演組んだのかよ」

「いーや。一彩ひいろがウィリアムさんと契約してきたんだよ。雛形出来たら徐々に一彩に譲ってくから、顔を出すつもりはあんまりない」

「そう。そりゃあ良かった」

「ボクも良かったよ。キミが生きてることを知れた」

「俺はアンタに死んでて欲しかったけどな」

「厳しいね。あんなに可愛がってあげたのに」

「それを良いことだと思ってるなら病院行った方がいいな、アタマとココロの」

「あはは。相変わらず口が回るようで嬉しいよ」

「はあ?ほんとに何しに来たんだよ」

「稽古の様子見。それから、キミとよく一緒にいる人が気になってね。紹介して欲しくて来たよ」

「他の劇団と掛け持ち試用期間中。以上」

「ふーん……なんだ、全然話してくれないね。こんなことならキミにもっと好かれておけばよかったな」

「するつもりもない努力の話はもういい。用が済んだなら帰ってくれ。これ以上同じ空気吸いたくない」

「そっか。じゃあまたね」

「…………」





 

 

「…………クソが……」






 

「……誰が好きでこんなことするかよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

5週ごと 日曜日 08:00 予定は変更される可能性があります

千秋楽まで、あと 春野 治 @tori_tarou_memo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画