第3話 第7辺境区(3)

 第7辺境区の北側に空港がある。

 長い滑走路を有した、昔ながらの空港だ。

 中央都市の中古品が辺境区の主流だ。

 飛行機や列車などの乗り物は、反重力装置と電力や燃料を使用する機関を併用した、ハイブリッド型が9割ほどを占めている。

 50年以上前の初期型は故障が多い。そのため、空港や駅の近くには、修理屋が何軒か営業している。

『ロウ商会』もそのひとつだ。



「なに、これ」

 呆然と見上げるアロン。

 人型作業ロボットが山積みにされている。

 100体は超えていそうだ。

 浮遊バイクを置場に停めて、また戻ってくる。見返してみたが、やはり山積みだ。

 紫煙を吐きながら、老年の男が近づいてきた。

『ロウ商会』の社長、ポスマン・ロウだ。

「壮観だろ、アロン」

「おいジジイ、どうすんだ、これ?」

 この商会で、社長をジジイと呼んで殴られないのは、アロンだけだ。

 紫煙を吐く社長。

「この前、お前がAIチップ使って作業ロボット動かしてたろ?」

 少し考える。

「ああ、あの時か」

 半年くらい前、廃品の中に浮遊バイクを見つけて、運び出すために作業ロボットを使ったことだろう。

「若者はどんどん都会に行っちまって、辺境区は年寄りばかりになっちまう。そうなると、生活するのさえ困難になる」

 そこで、だ。

 タバコで指された。

「生活を支援する者がいる」

「介護ロボット、てことか」

「おうよ」


 作業用のプログラムでなく、AIチップを利用して、生活をサポートするプログラムにする。

 なるほどな。

 中央都市では、自我を持ったロボットが人と共存して働いているらしい。人造人間アンドロイドと呼ばれているそうだが、それに近いものになりそうだ。


「へえ〜。ジャンク屋が思い切ったこと考えたもんだ。ま、せいぜい頑張りな」

 立ち去ろうとする。

「待て待て、待て」

 止められた。

「プログラムの改変なんて、俺たちが出来ると思うか?」

 力自慢の集まり。

 頭は悪いが身体は頑丈。

 それがロウ商会の社員だ。社長も含めて。

「え?」

 顔をしかめるアロン。

 社長の笑顔が怖い。

「お前の卒業に合わせて、商品開発部を起ち上げる」

「・・・・ほう」

「ここで働くんだろ?」

「・・・・まあ、そのつもりだけど?」

「お前、開発部の主任になれ」

「はあ?」

「手始めにこれだ。生活支援ロボットの制作。第9辺境区で古くなった作業ロボットをかき集めてきた。まあ、営業とか宣伝とかは任しとけ。お前は開発に専念してくれればいい」

 嘆息するアロン。

「ジジイ、本気か?」

「おうよ」

 ポスマン・ロウは、笑顔で紫煙を吐いた。



 ロウ商会の社長、ポスマン・ロウは、第7辺境区の区長の次に権力を持っている、と言われている。噂では、裏社会とも繋がりがあるらしく、実質ここの最高権力者だ。

 彼に認められた者は、家系など関係なく、上級階級へとのし上がっている。


 と、いうような内容を延々聞かされた。

 空港横のジャンク屋、ロウ商会の一角。建設中の建物の近くに、小さな小屋と傾いたガレージがある。ロウ社長が、ジャンク屋を始めた場所。

 そこに2つの影。

 アロンとソフィーだ。


「ねえ、聞いてるの?」

 背中に怒るソフィー。

「あのジジイがねぇ」

 スリープモードの人型作業ロボットに、チップリーダーを取り付ける。AIチップを挿入し、無線機をONにする。

「AC2003、起動」

 アロンの声と製造年が起動のパスワード。

 電子音。

 駆動部分の作動ランプが点いて、ロボットが立ち上がる。


『こんにちは、アロン。ごきげんよう、ソフィー。今日も素敵ですね』

 電子音声。

 褒め言葉は忘れない。

「ありがと、ナンシー」

「勝手に名前をつけるなよ」

 AIロボット(ナンシー)は、アロンが入力したデータを読み込む。

「その項目の部品を探してくれ」

『了解しました』

 ナンシーは廃品の山に向かって歩き出す。

「今作ってる建物って、その商品開発のなんでしょ?」

「そうみたい」

「そこの主任だよ」

「うん・・・・まあ。でも、何か面倒事を押し付けられたような・・・・」

 肩を叩かれた。

「イテッ」

「なんでネガティブなの? 凄いことなんだって!」

 何度も叩かれる。


「こんな所でイチャつくなよ」

 男の声に驚く2人。

 すぐ近くに立っていたのに、気配を感じなかった。

「あ、ダヒおじさん、お帰りなさい」

 ソフィーの言葉に笑顔で応える。


 ヨレヨレの軍服。

 ボサボサの髪。

 何日も大自然を彷徨ったような姿に、右腕の義手が不釣り合いな男。

 ダヒ・ブルー。

 アロンの父親である。

 任務中の事故で右腕を失い、退役して故郷の第7辺境区に帰ってきた。今は輸送機のパイロットを主に、軍務に関わる仕事を手伝ったりしている。

 軍医の紹介で着けた義手は、神経伝達が可能なもので、肘も5指も普通に動かすことが出来る。


「聞いてよ、おじさん。アロンったらね、・・・・」

 ソフィーがまた始めから、ロウ商会とアロンについて話す。


『全ての項目品、回収しました』

 イヤホンにAIの音声。

「早いな。戻ってこい」

『了解しました』


 ダヒに頭を軽く叩かれる。

「ロウ社長に認められるなんて、凄いじゃないか。これで将来は安泰だな」

 相変わらずの楽天家。

 親が適当だと、子供は自然と慎重になる。

 アロンはそう思っている。

「後でラランの店に来い。ちょっと話がある」

 ダヒが言った。

「何だよ、話って」

「いいから」

 手を挙げて去り際、振り返るダヒ。

「よかったら、ソフィーもおいで」

 両手で顔を覆うソフィー。

「え、もう結婚とかの話ですか、お父様?」

 微笑むダヒ。

「残念だが違う。まあでも、ソフィーの将来にも関係ある話だから、一緒に聞いてくれ」

「分かりました、お父様」

「お、おう」

 デレる。


 何でお前が照れるんだ


 嘆息するアロン。


 AIロボットが帰ってきた。見た目は機械だが、歩き方は人と変わらない。

『ダヒ様、お帰りなさい。お仕事お疲れ様です』

 抱える鉄製のカゴがいっばいだ。

「今度は何を作るんだ?」

 問う。

『ナノスーツの試作品です。完成すれば、ソフィーにプレゼントする予定です』

「なるほど。卒業祝いってやつだな」

『はい。アロンもそのつもりだと思います』


「おい、余計な事言わなくていい」

 アロンが言った。

『余計ではありません。大切な方には伝えるべき内容です』


 俺がプログラミングしたとはいえ、思考能力高すぎだろ


「じゃ、後でな」

 立ち去るダヒ。

「大切な方、だって・・・・」

 ソフィーは嬉しそう。

 アロンは気づかない振りをして、カゴの中身を確認する。

「次は、バイクの部品をよろしく」

『了解しました』

 AIロボットは、返事をしても動かない。

 どうした?

 何かの不具合か?

『アロン、ここは男として、ソフィーに対して行動するべきです。ハグをする、またはキスをする。どちらも高確率で好感度が爆上がりです』

 ソフィーが後ろからアロンに抱きついた。

「大丈夫だよ、ナンシー。私はアロンにゾッコンだから」

『なるほど。とても興味深いですね。女心とは、反重力の構造計算より複雑なようです』

「”愛”は計算では解けないから。今度教えてあげるよ」

『ありがとうございます。ぜひご指導下さい』


「おいおい。そんな事は覚えなくていいから、作業を進めてくれないかなぁ」

 アロンが言った。

 AIロボットは、モノアイを1回転させて、廃品の山に向かった。

 不満そうに感じたのは気のせいだろうか。

 うん。気のせいにしておこう。


「廃棄品から、ナノスーツなんて出来るの?」

 問うソフィー。

 首に巻き付いた彼女を腕を外して、袋の中身を取り出す。

「ジジイのとこは、軍用品が混ざってるんだ」

 それがここでバイトをしている理由。


 アロンは空港に近い場所だから、だと思っているが、辺境区のジャンク屋に、廃棄された軍用品が入ってくる事は無い。

 恐らくは、ロウ社長の顔の広さ、軍幹部との繋がりがあるのだと推測される。


「また誘拐されるかもしれないだろ。その時のための護身用に。卒業したら、いつも一緒にいられないしな」

 アロンが言った。

 囁くような小さな声。

 満面の笑み。

 ソフィーは背後からアロンに抱きつく。

「いつも私の心配してくれてありがと。大好きだよ、アロン」

 頬にキスをする。

「やめろ、こんな所で」

「照れてるの? 可愛い♥」

「お前さ、この辺境区の行政に影響ある家のお嬢様だろ。いいのか、俺で?」

「家柄とかってこと?」

 ソフィーは少し考える。

「私たちまだ若いし、恋愛は自由だと思うの。それに、いざとなったら、私がアロンの地位と名誉を用意するわ」

 微笑む。

 冗談で言っているのだろうが、本当にやりそうなので、アロンは苦笑する。

「8年前、君に助けられたあの日から、私はゾッコンなの」

 ソフィーはまた彼の頬にキスをした。



 AC(アダマ新暦)2017年、7月。

 あるレセプション会場。

 警備員に扮装した男たちが、ケジン・オツカの娘、ソフィーを誘拐した。

 地元のイベントに非公式で出席したが、彼らはその情報を知っていた。

 ソフィーは突然警備員に抱きかかえられ、口をふさがれた。恐怖のあまり声を出すことも出来なかった。

 準備していた車に乗り込む時だった。


「おじさんたち、悪いことしてるよね」

 子供が話しかけてきた。

 さらった娘と同じくらいの少年だった。

 運転手も含めた3人の男たちは、顔を見合わせ、懐からナイフを取り出した。

 想定外だが仕方ない。

 この子も連れていこう。

 振り返ると、少年はそこにいない。

 車の前に立っていた。

「おい、ガキ。怪我したくなかったら、車に乗れ」

 ナイフを持った男が言った。

 少年は微笑んだ。

「やっぱり悪い人たちだ」

 男が近づいてくる。

 少年を腕を掴もうとして、何故かその場に倒れた。

「おい、どうした?」

 ソフィーを車に乗せて、もうひとりの男がやって来る。

 仲間の男は意識が無い。

 少し警戒するが、少年の仕業とは考えなかった。

 同じように腕を掴もうとした。

 少年は手をかざした。

 男は後ろに飛んで、車のボンネットに叩きつけられた。

 運転手の男が車から出てきた。

 手には小型の銃を持っている。

 ためらいはない。

 引き金の指に力を込めたが、動かない。

「何だよ、これ。ちくしょう!」

 ボンネットの上でうめいている男が落としたナイフを拾う。

 拾ったが、すぐに感触が消えた。

「子供相手にナイフ使うなんて、ひどいな」

 少年が言った。

 何故か少年の手にナイフがある。

 状況が理解出来ない。

 カメラ付きのドローンが飛んできた。

「マズい、逃げるぞ!」

 男は車に乗り込む。

 ボンネットの男も慌てて乗り込む。

「もうひとり忘れているよ」

 少年の言葉は無視をする。

 上空のドローンが警報を鳴らした。

 異常を知った警備員がすぐにやって来る。

「どうした? 早く車を出せ!」

「ちくしょう、エンジンがかからない!」

 慌てる男たち。

 異音と車の揺れ。

 タイヤにナイフが刺さっていた。

 あの距離から少年が投げたのだろうか。

 倒れていた男が意識を取り戻した。

 仲間の2人が車から出てきた。

 ひとりはソフィーを抱えている。

「逃げるぞ!」

 男は立ち上がり、2人の後を追う。

 少年が立っている方向とは逆に進んだはずだが、そこに少年がいた。

 突き飛ばすつもりで手を出したが、天地が逆転した。相手の力を利用した体術を使われたのだが、男たちには分からない。

 ひとり、ふたりと倒れて、ソフィーを抱えた男は後ろに吹き飛んだ。

「おっと、危ない」

 地面に落ちかけたソフィーを抱きかかえる少年。

 泣き顔で少年を見るソフィー。

「もう大丈夫だよ」

 笑顔。

 小さな身体で、同年くらいのソフィーを抱えている。

「僕はアロン・ブルー。悪者じゃないから、心配しないで」


 あの時、ダヒが警備の応援に来ていなかったら。

 ダヒがアロンを連れてきて、彼がヒマを持て余して、会場の周りを散歩していなかったら。

 偶然の重なりが、誘拐を阻止することになった。

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