第2話 第7辺境区(2)

 最大排気量とタイヤの種類。

 このレースでのルール。

 加えて、安全装置の装備が決められている。これは、過去に車体の爆発や操作ミスで、死亡事故があったせいだ。

 最近は事故も無く、レースの安全対策も充実している。

 その油断を利用した。

 安全装置を2周だけ解除すれば、速く走れるか。

 答えはNOだ。

 アクセルを開け過ぎてタイヤが滑った時、または、コーナリング中に車体のバランスを崩した時、最適な方法で制御してくれるのが安全装置だ。ライダーは余計な神経を使わず、レースに集中出来る。


 審査員である学校の先生たちは、Gクラスの申請の意図を理解出来なかったが、ライダーがアロンだと聞いて納得した。

 彼には何か策がある。

 同時に、何をするのか見てみたい。

 そう考えた。


 アロンのアグレッシブな運転が続く。

 2位のバイクが視界に入った。

 コーナーを曲がる度、距離が縮まっている。

 安全装置の精度はかなり高い。

 しかし、人の感覚のほうがコンマ何秒速いこともある。

 アロンはその事を知っていた。

 そして、ほかのチームが中低速にパワーを注いでいるのに対して、高回転型に振り切っているのが、彼の速さにつながっている。


『あと2000メートルで安全装置が作動します』

 風切音の影響なく、AIチップの音声が鮮明に聞こえる。

 最終コーナー。

 2位のチームは、コースのイン側をガードしながら進入。

 アロンはブレーキングを遅らせて外側へ。

 シフトダウン。

 高回転を維持。

 後輪をスライドさせて、前方のライダーより速く車体の向きを変える。

 スピンをしないギリギリのタッチでアクセル全開。

 直線コースで追い抜く。


 Gクラスのピットは大盛り上がり。

 観客席も、アロンの快進撃に大歓声だ。


 Aクラスのバイクが視界に入る。

 次周から安全装置が作動するが問題ない。

 アロンはヘルメットの下で微笑んだ。




 ラランの店。

 ドアには『貸切』の看板。

 それ程大きくない店内は、学生たちでいっぱいだ。

 持ち込んだモニターには、今日のレースの録画映像が流れている。

 コーナリング中、Aクラスのバイクがバランスを崩して失速する。安全装置が作動して、速度の制限と車体転倒の回避が行われる。

 その外側を、Gクラスのバイク、アロンが加速しながら追い抜く。

 何度目かの歓声。


「ちくしょう。悔しいが凄いよ、アロン」

「マシンと一体になってるよな」

「ソフィーとの1日デートがぁ・・・・」


 クラスの誰かが話している。

 そして、常に話題の中心に出てくる、アロンとソフィーは、カウンターの端に座っている。

 誰も近づかない。

 誰も2人の時間を邪魔しない。


 ラランが2人に飲み物を持ってきた。

「ありがと、ララン」

 ソフィーが言った。

 となりのアロンは、遅刻した罰として、今日のレースの報告書や、データの入力作業をしている。

 キーボードの打ち込みが異常に速い。


「ダヒおじさんはいつ帰って来るの?」

 問うソフィー。

「ホントは昨日だったんたけど、トラブルがあったらしくて、多分明日かなぁ」

 ララン。

「そうなんだ」

「今日のレース、楽しみにしてたんだけどねぇ。会場の熱気を感じたいって言ってたから」

「おじさんらしい。ラランも観にくればよかったのに」

 ラランの表情が変わる。

「ダメダメ。怖くて観てられない」

 両手を振る。

「この子はダヒに似て、無茶な事を平気でするからね。心配で仕方ないよ。それに、この店もあるし・・・・」

 テーブル席に目を向ける。

 料理の減り具合を確認して、次の準備に入る。

 ソフィーはラランに笑顔で手を振って、アロンの方へ向き直る。

 嘆息。

「なんだよ」

 両手は別の生き物のように動かしながら、アロンが言った。

「アロンてさ、普通に授業に出て、テストもマジメに受けたら、成績トップなのに、何で?」

「何で、て言われても・・・・」

「好きな事にかける情熱を、少し勉学に向ければいいのに。上位ランクに入っていたら、中央都市に行けるチャンスがあるんだよ」

 アロンの手が止まった。


 中央都市は、辺境区の者たちが憧れる場所。

 生活や技術の最先端。辺境区は中央都市と比べて、50年以上遅れていると言われている。


「中央都市ねえ。あまり興味ないな」


 ソフィーは行きたいの?


 問われる。

 え? という表情。

 何故か言葉に詰まっている。

「私は・・・・私はさ、アロンの面倒見なきゃいけないから、君の選択に合わせるけど」

 アロンは?の顔。


「贅沢な奴め」

 誰かが言った。

 2人の会話に聞き耳を立てているのは、ひとりじゃない。そして、ソフィーを狙っている者も、ひとりじゃない。

 この6年間、彼女に告白した男は何人もいたが、全員同じ言葉で断られている。


 私は、アロンしか愛せない


 クラスは違うが、ソフィーはいつもアロンのそばにいて、彼といるソフィーはいつも楽しそうだ。

 容姿端麗な彼女が、何故アロンを慕うのか。疑問に思う者も多い。

 遅刻最多記録保持者。

 成績はいつも進級ギリギリ。

 唯一はルックス。校内イケメンランキングのトップ3に入るケインズとは違う、中性的な顔つき。裏ランキングではトップ3という噂もある。


「さあ、出来たよ。誰か運んでおくれ」

 ラランが言った。

 大皿に肉料理が山盛り。

 男子生徒がカウンターに集まる。

「今夜はアタシの奢りだから、たくさん食べな!」

 歓声が上がる。

 この店一番の人気料理だ。


 親友のミコ・テリパに聞いたことがある。

 同じ街の出身でないアロンとソフィーが、入学当初からべったりなのは何故か。

 ソフィーは、この辺境区の行政に関わる仕事をしているオツカ家の娘だ。俗に言うお嬢様と呼ばれる家柄。

 当時ソフィーは8歳。

 あるレセプションに参列した時、ガードマンの隙を狙って誘拐されかけたらしい。

 その時、たまたま近くを通りかかったアロンに助けられたそうだ。

 その勇姿に一目惚れしたらしい。

 ソフィーの話では、3人の男たちを殴り倒したそうだが、子供の頃の記憶は曖昧で、多分誰かが通報して、治安警察が取り押さえたのだろうと言っていた。


「よし、出来た」

 アロンが言った。

 天井を見上げ、大きく伸びをする。

「ララン、腹減ったぁ」

「終わったら、こっち手伝いな」

 ラランは次の料理の準備中。

「オレ、今日の主役だぜ。ねぎらえよ」

「みんなに迷惑かけたんだ。アンタが労いな」

「ええぇ~」


 仕方ないなぁ

 ララン、私も手伝う


 アロンとソフィーがカウンターの中へ入る。


「なんというか、もう家族だよな」

 3人の様子を見て、呟くクラス長。

「そうだね。普通に家族みたい」

 ミコ。

 クラス長を見て、察する。

「クラス長もソフィー狙い?」

 つい感情が言葉にこもる。

「意外か?」

「い、いやぁ、何というか・・・・」

「恋愛に興味なさそう、とか?」

 図星を言われて戸惑う。

「彼女を魅力的だと思わない男なんていない」

「だよね。性格良いし可愛いし。女の私でも恋しちゃいそうだもん」

 微笑むクラス長。

「彼女に告白した男子生徒が何人もいたが、何を考えているのか。アロンに敵うわけがない」

「クラス長はアロンのこと、すごく認めてるよね」

「まあ、学生としては最低な奴だが、人として尊敬している」

「そうなんだ」

 何となく理解するミコ。


「なになに。クラス長は、やっぱりオレが好きなのか?」

 アロンが次の料理を持ってきた。

 群がる育ち盛りたち。

「そんな事は言っていないが、可能性はゼロではない」

 一瞬沈黙。

 視線がクラス長に集まる。

「冗談だ」

 どよめく。

「やめろよ。そのトーンで言われると、冗談に聞こえないよ」


 腹減ったぁ~

 オレの分も残しとけよー


 クラスメイトに紛れるアロン。

 料理を運んだソフィーが、振り返ってクラス長の前に立った。

 手を出している。


 この手は何だろう?


 腕を掴まれて握手をされる。

「クラス長が私のライバルになるなんて、予想してなかった」

 ソフィーが言った。

 彼女の顔が耳元に。

「アロンはあげないよ」

 小声。

 満面の笑み。舌を出しておどけるソフィー。

 彼女はアロンの背中に抱きつく。

「アロン、私の分も取ってよ〜」

「コラ、やめろ」


「クラス長、見たことない顔してる」

 ミコ。

「もうすぐ卒業だ。私も彼女に告白してみようか・・・・」

 あ〜あ。

 嘆息するミコ。

 またひとり、ソフィー信者が増えた。




 卒業課題が終わり、学校は3日間休日となった。

 あと2ヶ月で卒業だ。

 就職活動を進めている者。単位不足のため勉学に励む者。

 未だ進路に悩んでいる者・・・・

 アロン・ブルーとソフィー・オツカ。

 この2人はどうだろうか。

 未来の事など気にしない。

 今が楽しければ良い。

 それが行動や表情に表れている。

 卒業を控えた学生としては、正解ではないのだが、2人なら仕方ない、と許し許せてしまう雰囲気がある。



「おはようございます、奥様」

 女の使用人があいさつする。

「おはよう」

 笑顔で応える女性。

 声音や佇まいから、階級の高さを感じる。

 セシリア・オツカ。

 ソフィーの母親である。

 黙礼する使用人の前を通り過ぎて、大きな窓の外を見る。

 細部まで手の加えられた庭の樹木は、陽光を浴びて、濃い緑を演出している。

 振り返るセシリア。

「ソフィーは出かけたのかしら?」

 使用人に問う。

「はい。本日はミコ様と図書館でお勉強をされる、という設定で、朝早くからお出掛けになりました」

「そう」

 微笑むセシリア。

「主人には気づかれてない?」

「抜かりございません」

 広いリビンク。

 高級感のある装飾品。

 中心には大きなテーブルがある。

 セシリアに合わせて椅子を引く使用人。

 座る。

 男の使用人がサービスワゴンを押しながら部屋に入る。

 お茶のセットと朝食。

 静かで穏やかな音楽が流れ始める。

 一礼して準備を始める女使用人。

「ソフィーは今日もお弁当を作ったの?」

「はい」

「どうだった?」

「上出来です。あれならば、アロン様の心をぐっと鷲掴みに・・・・」

 思わず気持ちが高まってしまった自分を制する。

「失礼しました。日増しに上達されております」

「そうでしょうね。ラランに教わっているなら安心です」

「そうですね」

「しばらく彼女に会っていないけど、元気でやってるかしら」

「お店は、相変わらず繁盛しているようです」

 自分のことのように嬉しく思うセシリア。

 ティーカップを持ち、紅茶をひと口。

「昔のように、ラランと楽しくお話したいわ」

「そうですね。たまにはそういうお時間も必要かもしれません。調整してみます」

「ありがとう。楽しみにしてます」

 少しだけ期待する。


 窓の外に目を向ける。

 学生時代、親友のラランと、この屋敷に忍び込んだことを思い出す。

 彼女のおかげで今がある。

 そして、偶然にも2人の子供たちが、出会って、これから愛を育もうとしている。

 もうこうなると、ラランと出会ったのは運命で、今日までの未来は必然だったと感じてしまう。


 押しの強さは私に似ているのだから、頑張りなさい。


 心の内で声援を送る。

「ソフィーはあまり私にはお話してくれないけど、あなたには相談とかしてるのでしょ?」

 女使用人に問いかける。

「はい」

「迷惑だったらごめんなさいね」

 微笑む使用人。

「とんでもありません。わたくし、恋バナは大好物でございます」

「そう。これからもよろしくね」

「はい。全身全霊をかけて、ソフィー様を応援させて頂きます」

 眼力に気持ちがこもっている。

「頼もしいけど、あまり無茶はさせないで」

「承知しております」

 苦笑。

 セシリアは、彼女の熱量に少し不安を感じるのだった。

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