〈短編〉道なき夜の道標

夕砂

道なき夜の道標





 夢を追って、いろんな町を転々とした。

 都会に出て、肩で風を切って、自分には何かできると思い込んでいた。


 けれど現実は、甘くなかった。


 気づけば、何もかも失って、地元に戻ってきていた。



 地元には、何もない。

 駅前のシャッター通りと、寂れた海辺と、古くて大きな灯台だけ。


「ほんと、ついてない人生だよな……」


 溜息をつきながら港を歩く日々。

 バイトもろくに続かず、ただ時間だけが過ぎていった。


 ある日、ふらっと入った食堂で、女将にこう訊かれた。


「で、あんたの夢はなんだったの?」


 唐突な質問に、思わず箸を止める。


「夢……ですか?」


「そう。でっかいことをやりたくて飛び出したんだろ? 何になりたかったの?」


「あー……なんだったんでしょうね」


 苦笑いでごまかすと、女将は味噌汁を差し出しながら、ふっと笑った。


「夢ってのは、別になにかになることだけじゃないよ。

 ただ、“こうありたい”って気持ちだけで、十分、夢なんだよ」


 意味が分かるようで、分からなかった。


 その夜、港を歩くと、灯台がぼんやりと海を照らしていた。

 雨の日も、風の日も、ずっと同じ場所で、同じように灯っている。


「お前……そんなところでずっと突っ立ってて、どうすんだよ」


 誰もいない海辺で、つい独りごとを呟いた。


 その次の夜も、港を歩いていた。

 湿った潮風が、肌にまとわりつく。


 見上げれば、灯台がゆっくりと回転しながら、夜の海を照らしている。


 決まった間隔でぐるぐると光を巡らせては、何事もなかったように、また暗闇へと戻っていく。


「……誰も見ちゃいないのにさ。よく飽きないもんだよな」


 皮肉のように呟いた声は、海風にさらわれて消えていった。

 いつからだろう。


 あの灯りが“何の役にも立っていない”ように見えるようになったのは。


 船はGPSで航路を辿り、地図はスマホで確認できる。

 観光客だって減って、あの灯台の存在を気にする人間なんて、もうほとんどいない。


 なのに、こいつは今日も、変わらずに海を照らしている。

 誰も見ていなくても、誰の感謝もなくても。


「……意味、あんのかな。そんなのに」


 ただそこに立って、同じことを繰り返すだけ。

 そんな生き方が、自分には一番遠いものだと思っていた。




 そこから数日たった頃、嵐が来た。

 波は高く、空は荒れ、漁に出た船は帰りを見失っていたそうだ。


 けれど夜になって、全員が無事に港に戻ってきた。


「いやぁ、助かったよ」


「灯台がなかったら、戻れなかったかもな」


「いつもは気にしなかったけど……やっぱありがてえな」


 そんな漁師たちの会話を、食堂の隅で黙って聞いていた。


 その帰り道、もう一度、灯台を見上げた。

 潮風に吹かれながら、ゆっくりと声を落とす。



「……ただそこにいて、灯りを絶やさない――お前は、立派だよ。」




 灯台は何も答えない。

 けれどその光は、昨日と変わらず、そこにあった。


 もう、なにかになろうとしなくていい。

 もう、夢を探し続けなくてもいい。


 誰にも見えない場所で、変わらずに灯るものがあるなら――

 俺も、そんなふうに、生きてみたいと思った。


 同じ朝を迎え、同じ道を歩き、

 誰かの隣で、ささやかに笑う。


 それはきっと、

 ずっと昔から、俺のすぐそばにあった「夢」だったのかもしれない。






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