朝の交差点で

誰かの何かだったもの

小さな奇跡

毎朝、同じ時間に同じ場所を通るのが日課になっていた。狭い歩道には、急ぐサラリーマン、眠そうな学生、スマホに夢中な若者たちがひしめき合い、僕はその中に埋もれていた。


彼女と出会ったのは、その混雑の中だった。交差点の信号待ち。彼女はどこか寂しげな表情で、重そうなバッグを肩に掛けていた。目が合った。ほんの一瞬のことだったけれど、なぜか心に引っかかった。


翌朝も、同じ場所で彼女を見つけた。こちらも同じように信号を待っている。何か言葉を交わすわけでもなく、ただ目が合うだけの短い瞬間。それが続いた。


「おはようございます。」


ある日、勇気を振り絞って声をかけてみた。彼女は驚いたように目を見開き、そして小さく笑った。


「おはよう。」


その一言が、僕たちの朝の時間を少しだけ変えた。次の日も、また次の日も。少しずつ、言葉が増えていった。


「毎朝、ここで会いますね。」


「そうですね。なんだか、ここが特別な場所になりそう。」


通勤という日常の忙しさに追われながらも、彼女との交流は僕の心の支えになった。彼女も同じ気持ちだったらいいのに、と願いながら。


そしてある日、彼女は言った。


「今度、コーヒーでも飲みませんか?」


心臓が跳ねるのを感じた。これまでのすれ違いの時間が、一歩進む瞬間だった。


交差点での短い時間が、二人の距離を少しずつ縮めていく。忙しい毎日の中で生まれた、静かで温かい物語。


通勤時間に感じる、小さな奇跡だった。

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