おっさんだからって甘く見ないでネ! 嘘! 甘く見てちょんまげ!
ミヤツキ
姪っ子からのミッション、難しすぎない?
「あけましてえええ……、おめでとーございまーす!」
「彼女に振られましたああああああああああ!」
年の始まり、めでたさ全開で行きたいであろう空気の中、僕は去年の二十三時五十九分に送られてきた「別れよう、さようなら」の文字を見て驚愕と同時に号泣した。
「マジか! 松くん! さあさあ飲みたまえ!」
「おかえり、松」
人の不幸は蜜の味なのか、単純に恋人がいない勢からすれば友人の失恋が嬉しいのかは分からないがとんでもない順応の速さに僕の涙も引っ込んでしまう。
「もうちょっと哀れんでよ!」
僕の必死の叫びは届かず、二人は外を眺めていた。
雪がちらちらと舞い、庭の松に雪が積もる。明日にはきれいな白い世界となっているだろう。
三人ともが独身で、実家に帰省している中、仲間のうちの一人である坊ちゃんからグループラインに連絡が入ったのだ。
帰省したら、両親がなんと海外旅行中だったという可哀想な事実を受けた坊ちゃん。
両親はあれ、言ってなかったけー? と舌を出して必死に謝っていた様子で、酒を飲んで一人で過ごしてやる! と意気込んだ坊ちゃんだったが、久しぶりに帰ってきた家の中で鈴の音やら、誰かが壁を叩く音が聞こえるとのこと。
元々心霊系は全然ダメな坊ちゃんは、助けを求めるように僕ともう一人のあだ名が会長、という男に連絡してきたのだ。
会長は、困っている人を見捨てておけない人情に厚いタイプなのですぐに駆け付けると二秒後には返信を送っていた。
僕も紅白が見たいのに、家族はクイズ番組ばかり見ているので紅白見たさに坊ちゃんの家に行ったのだ。
僕たちが来てから、心霊的な音は一切鳴らなかった。
「俺なんかしたのかなぁ……、もうラインも消してる……」
「電話は? 知らないの?」
「ラインあるから聞いてない……」
「馬鹿だな、四十路のくせにSNSに頼りおって」
「だって! ラインは電話もできるし! ラインの方が無料だし!」
会長の一言に僕はかみつく。まあまあ、と坊ちゃんは仲裁に入る。
僕は一刻も早く、彼女のもとに行って何がダメだったのか聞きたかった。だけど、彼女から家においでよと言われたことは一度もなく、デートの別れ際さえも送っていくよと言っても、大丈夫の一点張りだったため僕は家を知らない。
もう、ほかに好きな人でもいたんだろうか……。
「俺ができることって……なんなんだろ……」
「彼女の幸せを願う事だな、きっぱりと背中を向けて」
「そうねえ、あとは自分を責めないことじゃない?」
「簡単にいっでくれるな……」
坊ちゃんの実家の机を水たまりのように涙で濡らしながら、僕は泣き言をはく。
でも二人の言う通りなんだ。彼女のことを想うなら、彼女の好きにさせてあげるべきなんだ。
わかっているけど、それでも踏ん切りがつかない。
「走ってくる」
「はあ⁉ この雪の中⁉ やめなって」
「だって、頭がグルグルして」
「しょうがねえなぁ、初詣にでも行くか、気晴らしになるだろ」
「かいちょ~……」
僕の暴走をいつも止めてくれるのはこの二人だ。
僕たちはお酒の飲めない会長が運転する車で、どこの神社に行くか決めた。
どこの神社に行くにも、車で山道を最短でに十分、最長で四十分はかかるらしい。
せっかくなら、でかい神社に行こうという話になり、僕たちの故郷である宮月町の観光スポットでもある宮月神社に行くことにした。
車の中で、僕はため息を吐きたくなる。涙がこぼれそうになる。
それをぐっとこらえて、車の窓から外を眺めた。
僕の心情なんて全く気にしないほどの綺麗な雪景色が広がる。まるで、落ち着きなさい、と言われているかのようにチラチラと降って舞う雪が僕の視界に入る。
彼女は夏より冬が似合う人だった。雪の中で、大切なものを落としたという彼女と出会ったのが僕たちが付き合うきっかけだった。
僕は、彼女のことを思い出せば出すほど泣きたくなるのでわざと話題を変えた。
「姪っ子がさ……高校二年生なんだけど」
「うん」
「お年玉じゃなくて、おじさんが私のために選ぶ何かが欲しいって無茶ぶりされてさ」
「ほう、面白い姪っ子さんじゃないか」
「予算は、あげようと思ってた一万円でいいからって……、そんなんさぁ、今どきの若い子が何を欲しがっているかなんて知らねえし……」
何を言っても、泣きごとのようになってしまう僕に坊ちゃんと会長は真剣に考える。
「何あげようと思ってんの?」
「まあ、日常生活でも使えるもの? 例えば、水筒とか、シャーペンとか……」
「えー、なにそれ、つまんない」
坊ちゃんにはっきりと言われてぐっさりと心に刺さる。
つまんないって……、だって姪っ子に嫌われたくないし。変な挑戦をしてドン引きされるくらいなら、無難に行く方がましだろうよ。
「姪っ子さんは、そんな気持ちでいったんじゃなくて、お前が何を選んでくれるか楽しみで言ったんじゃないのか?」
「じゃあ、何あげろっていうのさ」
「うーん……例えば、服とか、化粧品とか」
「服ぅ⁉」
無理無理無理無理、叔父さんセンスないね(笑)とか鼻で笑われたら死んでしまう。
僕が首を横に振ると、二人は声をそろえて僕の心を刺した。
「意気地なし」
「お前ら……、お前らもな、可愛い姪っ子がいりゃあ分かることなんだよ」
僕が必死の仕返しをしたところで、車は神社に着いた。
人はかなり多くいて、県外ナンバーの車も数台止まっていた。車から降りると吐いた息が白くなる。森の中にあり、結構長い階段を登った先に厳かな神社が見えた。あたりにはぼんやりと光る橙色のぼんぼりが飾られていて一層、幻想的な雰囲気が増す。
さみいな、なんて言いながら階段を登りふう、と息を吐く。
右左の奥の方には、ドラム缶に薪を入れて火を焚いているようで僕たちは吸い寄せられるようにそこに向かった。
両手をかざすと、温かさが伝わってくる。
僕たちは神社の前で手を合わせた後、とりあえずおみくじでもひくか、という流れになっておみくじを引くことにした。
「お、大吉」
「え⁉ ずるい‼ 俺、凶だよ」
「俺は………吉か」
微妙、その一言に尽きる。
せっかくなら、大吉でいい新年にさせてくれ。それか、凶でこれから這い上がってやると思わせてくれ。吉は、どんなモチベでいればいいのかわからん。
僕は心の中で文句を垂れながら、書いてあることを読んだ。
「挑戦しろって書いてあんじゃん」
「お前……勝手に人のおみくじ見るなよ」
僕より高い身長と目立たなさを活かして、後ろから読んでいた坊ちゃんはとっくに自分の凶のおみくじを結んだようで暇そうにしていた。
「挑戦するんなら、やっぱり姪っ子ちゃんのプレゼントじゃない?」
「いや、それとこれとは話が……」
「よし、明日、イオン行くか」
「おい、待て、話が」
「よっしゃー‼ 福袋買うぞー‼」
「こら、おい」
人の話に全く耳を傾けない二人は、僕のおみくじに挑戦が大事と書かれていたからを一点張りに勝手に姪っ子へのプレゼントをきめ出した。
僕はため息をつきながらも、二人に振り回されることで少しでも元カノのことを忘れることができそうだったのでノリに乗ることにした。
イオンに行く前に、僕は下調べを行いその結果を坊ちゃんと会長に報告した。
「えっとね、くらしかるふぁっしょん、とかば、ばれえこあ……? ってやつがトレンドらしい」
「いい慣れてなさすぎる」
「なんだ、そのクラシカルファッションっていうのは」
「なんか、80年代の要素を取り入れたエレガントなスタイルらしいよ」
「80年代? またずいぶんと昔だな」
「こんな感じらしいよ」
僕はスマホで画像を見せる。海外の鼻が高い女性が、黒いVネックの長袖に長めの灰色のスカートをはいていたり、白いブラウスに長めのスカートをはいていたりしている。
「何も特徴ないじゃん」
「いや、まあ……この長いスカートが特徴的なんじゃない?」
僕は適当に返す。
「あとなんだっけ?バレエ……?」
「ばれえこあ、ってやつらしい、チュールスカートとかバレエシューズが流行ったらしいよ」
「ふーん、あ、こっちの方が可愛いじゃん」
見た感じ日本人の姪っ子と同年代っぽい女の子たちが、フリルの短めなスカートを履いたり、とにかく上も下もフリフリ感の強いファッションだった。
「お前の姪っ子さん見たことないが、バレエコアとクラシカルファッションじゃ結構な違いがあるじゃないか」
「確かに、カワイイ系とかっこいい系に分かれるね、姪っ子ちゃんはどっち系なの?」
「いや、どっちも似合うな、でもばれえこあはスカートが短いからいやらしい目を向けられる可能性が高い」
「出た、叔父バカ」
僕が早口で話すと、坊ちゃんはあきれたように返す。
とりあえずクラシカルファッション路線でいこうと、3人で話し合い、クラシカルファッションが何たるかもわからないまま隣町のイオンにやってきた。
正月だからなのか、客がとにかく多い。皆が福袋を求めているんだろうか?
僕らはとりあえず女性向けのファッション売り場に入った。
僕はおろおろしながらあたりを見渡し、会長はぽかーんとしながら、坊ちゃんは別の店に興味をひかれている。
不向きすぎるだろ、この三人……。と突っ込みたくなる衝動を抑えて、僕は服を見渡した。
「とにかく、クラシカルファッションについて店員さんに聞いてみないか?」
「そしたら、店員さんの選んだものになっちゃうよ? 松くんが選んだものじゃなきゃ」
「お前らはとことん俺の逃げ道をふさぐな……」
とにかく僕は、店員さんの力を借りずに近くにある長いスカートたちを見る。
なんか四十路の男が女性もののスカートを真剣に選んでいるのも、まじまじと見るのも変態臭くないか?
店員さんに目をつけられたらどうしよう……という僕の心配をよそに、会長と坊ちゃんもクラシカルファッションの画像を見ながら選んでくれている。
僕たちが選んだコーデは、以下の通り。
会長は茶色のコートに白いブラウス、クリーム色の長いスカートを選び一万オーバー。
坊ちゃんは緑色のVネックに、それに似合うピアスやらネックレスをつけ足して、黒色の長いスカートを選び一万オーバー。
対して僕は、青色のブラウスに白色の長いスカートを選びざっと七千円程度。
「おい、予算額超えてないの、俺だけじゃん」
「俺流のクラシカルファッションを求めたら、一万オーバーした」
「右に同じく」
だめだこりゃ。
僕は自分で選びながら全く自信がないというのに。
しかし、会長も坊ちゃんもべた褒めする。
「いいんじゃないか? 大人な雰囲気があってかっこいいじゃないか」
「そうだね、これなら変な男も寄り付かないんじゃない? あとはシルバーのネックレスでもつけ足してさ」
「そうすると予算オーバーになる」
姪っ子から口酸っぱくあげようとしていたお年玉の金額内でね‼ と言われているので、そこの約束は守らねばいけない。
僕は、これ以上のコーデを選べる気がしなかったので、姪っ子すまない、という気持ちでお買い上げした。
「おじさん、私へのプレゼント用意してくれた?」
ショートカットに丸っこい目で、僕に聞く。
自信がないが、この子にあげるために買ったのだからせめて気に入ってくれるように、と願った。
「これ……、服だけど」
「ええ⁉ いつも同じ服を周回してきているおじさんが服⁉ チャレンジしたね‼」
驚きながら姪っ子は、鼻歌を歌って楽しそうに袋から服を取り出した。
僕は心臓がはちきれそうだった。
「お、かっこいいじゃん! 私、青い服持ってないから新鮮なんだよねえ」
一つ一つにリアクションをくれる姪っ子に徐々に心が溶けるように安心感を覚える。
「ちなみに、なんでこれを選んだの?」
「あ、今年のトレンドがクラシカルファッションってやつだったから……」
「ほーん、なるほどねえ」
含みのある言い方をした後、意地悪そうに姪っ子は笑っていった。
「おじさん、クラシカルファッションは去年のトレンドだね、年間違えたでしょ?」
雷を打たれたような衝撃が走った。
僕は、なん……だと……⁉ と言いたくなってもう一回クラシカルファッションについて調べるとそのサイトは確かに去年の一月に作られたものだった。
「……すまん」
まさか、こんなところでおじさん臭さが出るなんて……。
僕がショックで立ち直れないでいると、姪っ子は明るく笑い飛ばした。
「いいよいいよ! ぶっちゃけ、叔父さんが服くれるっていうサプライズしてくれたのが何よりうれしいし! こういう服欲しかったから、大丈夫!」
ああ、優しい姪っ子を持ってよかった。と心底安心すると同時に、慣れないことはするもんじゃない……と心の底から思った。
「次の私の誕生日の時も、服買ってくれたら嬉しいな」
「勘弁してくれええ……」
姪っ子のお願いはできるだけ叶えてあげたいけど、そればかりはできそうにない。
僕が情けない声をあげると、姪っ子はあははっ、と茶目っ気たっぷりに笑った。
完
おっさんだからって甘く見ないでネ! 嘘! 甘く見てちょんまげ! ミヤツキ @sakana1018
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