第2話
数日後、私たちの装備が完成した。
私の装備はセパレートタイプのドレスアーマー。聖女には似つかわしくないが、剣を振るいつつダメージを受けるというコンセプトにはマッチしている。
そしてセリネの方は、純白に金糸の刺繍が施されたローブ。
「聞いたぜ、魔王軍と戦いに行くんだろ? こりゃおまけだ」
そう言って、鍛冶屋の店主は聖剣の鞘と、セリネ用の魔杖を作ってくれた。
「この杖……」
「世界樹の枝とドラゴンの魔核から作った特別製だ」
「ありがとうございます。きっと、期待に応えます」
「おう、期待してるぜ」
装備を整えた私たちは、早速馬に乗り聖都を出る。すると、すぐに戦場が見え、もう少し進むと剣戟や魔法の爆音が聞こえてきた。
そして雑兵共の腕が、足が、首が飛ぶ。
阿鼻叫喚の中聖騎士たちは魔族の雑兵を蹴散らし――そして、たった一人の強力な魔族に蹴散らされる。
圧倒的な剣戟の速度にそのパワー。身体強化の魔法でなんとか追えるが、ついて行ける気がしない。それでも、私は戦場に立つ。
剣を構え、強化魔法を施して魔族との距離を詰める。振り下ろされた剣を切り上げで相殺し、強引に体を動かして出来た魔族の隙に剣を突き立てる。
後ろからの攻撃は魔法で防ぎ、正面の戦闘に集中する。
また、剣と剣がぶつかり合う。今度はパワー不足で弾き返せず、腹を思いきり蹴られた。
痛い。けれど、力が湧いてくる。これだ、この感覚だ。
「あぁ、来た……!」
しかしまだ足りない。
「もっと、もっとです!」
むやみに突っ込み、斬撃を防ぎつつあえて打撃を喰らい、ダメージを受ける。骨が折れればそれは治療し、戦闘に支障のない傷だけ残して、
「そこです!」
剣を振った魔族を、剣ごと切り裂く。技も何もなくただ剣を振るうだけ。それでも、加護と聖剣の力で相当な威力になった。
これが、敵を斬る快感……。
程よくダメージを喰らいながら、目の前の敵を次々薙ぎ払う。しかし、それもすぐに限界が来た。
「ふん、弱いな」
私の全力の一撃が軽くいなされ、背中を柄で殴られる。
「ぐっ……けど、まだまだ!」
何とか踏ん張って姿勢を直し、一度距離を離す。
そこにすかさず踏み込んできた魔族の攻撃を防ぎ、押し切る。
私が唯一教わったのはこういったカウンター戦法だ。
「ほう、その華奢な体で防ぐか」
「力には自信がありますのでね!」
再び魔族の斬撃を防ぎ、魔族の真似をして腹に蹴りを入れる。
「ぐっ、なんだ、この力は。貴様、聖女ではないのか!」
「あら、私の事をご存じで?」
「聖女フィオリア――勇者の居ぬ国で唯一聖剣を扱える者。だが所詮は聖女、聖剣など扱いきれないはず。現に剣術はまだまだだ」
「ふふっ、聖女ですよ? 色々出来てしまうんですよ!」
痛みでハイになっているのか、何でもいえてしまう。
「聖女だから前線に出られないなど、侮らないでください!」
私は剣を弾きそれで出来た一瞬の隙に、剣を斬り返して胴を両断する。
「なっ――」
「ふふっ、ふははははっ!」
今まで聖女として言われるがまま治し、治し、治し――それしか許されなかった私が、英雄譚に出て来る勇者のように剣を振るい、魔族を倒している。その高揚感が私を狂わせる。聖剣に魔力を込め、さらに雑兵を薙ぎ払う。
その代償なのか、聖剣に力を込めるほど肉体へのダメージを感じる。しかしそれも私にとっては都合がいい。マッチポンプだ。
自らダメージを受け、力を得る。
技も何もない、ただ剣を振るうだけで敵が死んでいく。快感だ。これこそ、私の求めていたものなのかもしれない。
「聖女、様……?」
「セリネ、支援を!」
「は、はい!」
セリネの支援を受け、私は的確に敵を一体ずつ仕留めていく。相手の数は数百、そのどれもが強力であるが、加護のおかげで勝てる。
しかしダメージを受けることが前提の加護だ。数百を相手にするには、体力が持たない。
聖騎士たちも戦っているとはいえ、魔族側が圧倒的優位。実質的な持久戦であり、私の体力ももうギリギリだった。
――短期決戦前提か。
「今だ、聖女を狙え!」
体力を消耗しているとはいえ、魔力はたいして使っていない。魔法で障壁を展開し、全ての攻撃を防ぐ。
「はぁ、はぁ……」
思っていた以上に体力の消耗が激しい。けど、私が戦わないと徐々に戦線が押されていく。かといって、いま戦うとこの先にいる四天王との決戦前に力尽きてしまう。
「フィオリア様、防御はわたくしに。今は魔力と体力を温存してください」
フィオリアの言う様に私は一瞬魔法を解いて、彼女の防御魔法に隠れる。やはり私より精度は低いが、それでも魔族の攻撃を防げているなら十分だ。
重症につながりそうな傷はいったん治療しつつ戦線から離脱し、フィオリアと共に聖騎士の支援に回る。
「光よ、我が盟友に聖なる加護を」
広範囲身体強化魔法で聖騎士たちの力を底上げし、さらに傷を負った聖騎士を回復する。
さて、支援をしながら作戦を立てよう。
まず私の戦い方では、長期戦は無理だ。ならば、聖騎士たちにある程度戦ってもらって、四天王戦に専念するのが最善策だろう。しかし、そこまでたどり着くには、百人弱の聖騎士で数百の魔族を倒さなければならない。
聖騎士は魔族に有利な聖属性を扱えるとはいえ、力量によっては防御魔法や純粋な技量でその優位も向こうにされてしまう。
私の力でブーストを掛けるのも手だが、四天王と戦う事を考えるのならば、魔力は出来る限り温存しておきたい。となると、私がブーストを掛けるのは最低限の支援だけで勝てる雑兵が片付いてから。
私の支援は一部私固有の魔法なので、フィオリアには使えない。それこそ聖属性強化や付与、身体強化なんかが固有魔法に当たる。回復も、骨折や四肢の切断レベルになるとフィオリアでは治せない。
使う魔法は治癒系統に絞って、押されている聖騎士には身体強化の魔法を、致命傷に繋がる攻撃はフィオリアに任せよう。
「フィオリア、防御と軽症の治癒は任せます。私はその他の支援に徹します」
「承知しました!」
私とフィオリアの支援で、聖騎士たちの士気と戦力が上がる。
徐々に戦線も押し返し、見る見るうちに敵は減っていった。実戦で力を使うのは初めてだが、こうも強力なものとは。
私は戦場というものを知らないんだなぁ。
けど、これなら勝てる――そう、確信したときだった。
敵も味方も関係なく、強大な魔力が戦場の中央に降り注ぐ。魔力は闇となり周囲の聖騎士も魔族も、大地すらも呑み込み、戦場は静寂に包まれた。
「聖女を侮っていたようだ。どうやら、我が出る時が来たようだ」
「なっ、仲間まで……」
「あんな雑魚はどうでもいい。しかしまあ、よく戦ってくれた。戦力を見極めるには十分な戦いだ」
指揮官だから前に出ないのではなく、ただ私たちの戦力を計っていたとは。差し詰め私がいなければゆっくりと戦力を削り、私が来て力を発揮すれば前に出ようという事だったのだろう。
しかし、なぜ味方まで?
「……フィオリア様、強化です! 死者を喰らっています!」
「なっ――それなら、強化しきる前に!」
「ふっ、甘いな。そんな太刀筋で攻撃が当たるとでも?」
速度と力に任せた私の攻撃は、あっさり回避され、回し蹴りで吹き飛ばされる。敵は武器を持っていない、武術タイプの敵だ。
「それなら!」
跳躍し、縦の回転斬り、からの横薙ぎ。攻撃を防がせて、反撃されるのを狙う。
片手で聖剣を防いだ四天王は、開いた手で私の顔を殴る。防御魔法で軽く威力を相殺しつつそれを受け、態勢を整えつつ聖剣に魔力を籠める。その反動で、内臓がぐちゃぐちゃになる感覚を覚える。
そう、これだ。これで力が湧いてくる。
どうやら私はマゾ気質らしい。この痛みが快感にすら思える。何度だって味わえる。そうすれば、強くなれるのだから。
背水の加護の力に加え身体強化、感覚強化の魔法であらゆる感覚、力を研ぎ澄ませ、地面を蹴る。
「てやあ!」
圧倒的な速度で斬りかかると、回避は間に合わないと判断したのか四天王は咄嗟に防御の姿勢を取る。何層もの防御を破り、硬い皮膚を斬り割き方腕を落とした。
「まだまだです!」
さらに切り上げで回避させ、その隙を付いて腹に剣を突き立てる。
「ふふっ、あははははははっ!」
剣をそのまま横に振り切り、胴を切断する。さらに回転斬りで首を切断し、聖炎で燃やす。
勝てる――私でも勝てる!
「ふふっ、勝った……勝ちました、我々の勝利です!」
少しの沈黙ののち、歓声が湧き上がる。
私たちは勝ったのだ。
しかし、私が本当さに聖女なのか疑問視する声が聞こえてくる。
「聖女様、なんだよな……?」
「そのはずだが、あのお姿は……?」
「フィオリア様……」
「私の株が大暴落ですね。ここは帰りましょう」
私は傷を治癒しながら、密かに戦場から離脱した。
四天王の一人でもある指揮官を失った魔王軍は撤退したので、この戦場はもう大丈夫だろう。聖都の教会に戻った。
装備は私もセリネも問題なく無傷だ。私の方は内部への傷も多いのでベッドで横になり自分で治癒魔法を施す。
ひとまずこれで、四天王の一人は倒した。そして、聖都に迫る危機を退けた。
その達成感とたあの快感を胸に秘めながら、私は治癒し終わったところで眠ったのだった。
勇者の居ない英雄譚~堕落聖女は決戦兵器~ 超越さくまる @cvHORTAN_vt
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