勇者の居ない英雄譚~堕落聖女は決戦兵器~

超越さくまる

第1話

 封印されていた魔王が復活し、魔王軍が動き始めた。

 人々の住む人界、そことは別の世界――魔界から門を開き、人界に侵攻してきた魔王軍はみるみる宣戦を拡大し、ついには魔界への門があるアルベス王国を陥落させ、そこを第一の拠点とした。

 四天王のうち二人は更なる侵略を目論み、今では隣国にまで手を伸ばしている。

 その隣国、エルスター王国の最終兵器は御伽噺に出て来る英雄でも勇者でもない――私、聖女フィオリアだけだった。


 ――勇者はなぜ現れない!

 ――聖女を守る勇者はどこにいる!


 そんな声が街中から聞こえて来る。

 この国に伝わる有名な御伽噺では、勇者は聖女と国を守り、そして聖女は勇者を癒すという伝説がある。それなのに、いつになっても勇者は現れない。

 それでも魔王軍の侵攻は続く。


 聖騎士団が抑えているものの、魔族に対抗できる聖騎士は少なく現状は不利。死人こそ出ていないものの、宣戦は後退する一方。

 そんな状況だ。当然勇者がいなくとも、私が呼び出される。

 その理由は二つ。


 一つは聖騎士たちを癒す事。


 そしてもう一つは――私自身が聖剣を持って戦う事。


「フィオリア様、どうか剣を取り、戦ってください……もう、あなたしかいないのです」


 聖騎士団長が重傷を負い、聖都とも呼ばれる大聖堂のあるこの地に戻って来た日、国王が直々に私の元を訪れ、そう言った。


「……私に剣術の心得はありません。ですが、出るしかないのなら出ましょう」

「おお、ありがとうございます、聖女様。聖剣の眠る地まで案内させましょう。セリネ、聖女様をお連れしなさい」

「かしこまりました、お父様」


 案内されなくとも、聖都の事なら把握している。けれどこれは必要な儀式のようなものなのだろう。王族の面子を潰さないためにも私は第一王女セリネの後について行く。


「二人きりに慣れましたね」


 そう、意味深な事を言う。

 確かに彼女は容姿端麗で清楚でいつまででも聞いていたくなる美しい声をしているけど――なんて妄想している場合じゃないな。


「わたくしは支援系魔法が使えます。それに聖属性魔法の心得もあります。聖女様ほどではありませんが……」

「それは、旅に同行させろということですか?」

「そういうことです」

「まあ、私としては構いません。守る対象が一人や二人増えた所で、負担は変わりませんから。それに……一人の旅というのは寂しいですからね」


 私は十四の頃――二年前に一人で治療の旅に出たことがある。聖女でないと治せない呪いを解除する、そんな旅だ。

 広い国土を有するエルスター王国は、馬車で各地を回るのには一年の時間を要した。御者はいたものの、立場上私と軽々しく会話することは出来ない。故に一人だった。旅先の病人からの感謝の言葉でなんとか心を保っていたものの、あれがなければ、きっと集中力を欠いて治癒魔法の精度も落ちていただろう。


 魔法に健全な精神は必要不可欠だ。それなら、旅の共がいたほうが、戦力として多少実力不足でも、いてくれた方が私としては戦いやすい。


「ただし、私は今回主戦力として前線に立ちます。ある程度、自分の実は自分で守ってください」

「おまかせください。わたくしは治癒系統、防御系等の支援魔法は心得ています」

「魔族の圧倒的な攻撃から身を守れますか?」

「それは……」

「まあ、そもそもの戦力が足りていない状況です。私もですが……セリネ、あなたも実戦で強くなってください」


 今はもはや強い人材を集めている余裕などない。強さだけで言えば、普段から魔族が過去に残した遺跡を攻略している強力な冒険者を連れてくればいいが、冒険者の攻撃は魔族に通用しない。


 魔族は特別な力を持っており、普通の攻撃は通用しない。

 人族は基本火、水、土、風、光、闇、無の六大属性のどれかを扱える。しかし魔族はその成り立ちからすべての属性への耐性――正確には強力な防御――を持っており、ごく一部の神の祝福を得た人族しか扱えない、聖属性の魔術でしかまともなダメージを与えられないのだ。


 それを使えるのが、聖騎士や私、そして聖剣を扱える者。

 ただ、防御であれば魔術や剣の実力で防ぐ事が出来るので、問題はないだろう。


「わかりました。さらに精進します」


 セリネの覚悟に「頼んだよ」と返し、私は聖剣を取りに行った。



 聖剣のある場所は聖都の森の神殿の奥の台座だ。そこに我を引き抜けと言わんばかりに刺さっており、それは人格を持ち勇者を待っているようにすら見える。

 聖女は勇者と同じく神の祝福を受けた者――故に聖剣を扱う事が出来るが、それを知っていても本当に私でいいのだろうかと、冷や汗がつーっと頬を滴る。


 覚悟を決め、私は聖剣に手を伸ばす。


「我が名はフィオリア、魔を討ち世を救うもの。汝の力を、この手に――」


 聖剣に触れて、それをゆっくりと引き抜く。どうやら、聖剣に認められたらしい。そして聖剣を完全に引き抜くと同時に、


『フィオリア、汝は弱い、しかしその弱さを強みに変える加護を与えましょう』


 そんな声と同時に、情報が頭に入り込んでくる。


 ――危機に陥れば陥るほど、力が湧き出て来る。傷を力に変換し、戦う力。


 つまり、私が死に近づけば近づくほど力がみなぎって来る、命懸けの加護。

 名は、背水の加護らしい。

 何とも聖女に似つかわしくない加護だ。けど、ここで戦える力を得られたのは大きい。

 早速試してみよう。


「セリネ、私を殴ってみてください」

「なっ、そんな恐れ多い……」


 当然の反応だ。何もせ詰めせず変な事を言った事を反省しつつ、事の経緯を説明する。


「そんな加護……わかりました。行きますよ」


 常に張っている対物理障壁を解除し、セリネの腹へのパンチを喰らう。


「ごふっ……がはっ……あぁ、でも、力が湧いてきます……!」


 少しだが、パワーが上がった気がする。試し切りとして、私は聖剣を虚空に振るう。粗削りな剣術とも言えない斬撃は大きな風圧を起こし、轟音と共に壁にまとわりつく草を切り裂いた。

 聖剣の力に加えて、加護の力。


「その力は……」

「殴られた程度でこれとは……ありがとうございます、セリネ」


 流石に痛いので治癒魔法をお腹に施すと、力が消えていく感覚を覚えた。

 なるほど、背水の加護か。


「じゃあ次はセレネ、あなたがどれだけ防げるか試します。大丈夫、寸止め程度は出来ますから」

「わ、わかりました」


 私はセリネに聖剣を向け、叩きつける様に切る。

 流石は旅に同行させろと言っただけはあり、無駄な障壁ではなく、魔力を一転に集中させ剣だけを綺麗に障壁で防いだ。

 これが魔族の攻撃に通用するのかはわからないが、咄嗟に防げる判断力自体は本物だろう。


「セリネ、それはどこで練習を?」

「わたくしには魔術の才がありましたので、宮廷魔術師から教わったのです」

「そうでしたか。ふふっ、これは心強い味方です。では、装備を整え次第出発しましょうか」


 私は聖剣を持ちセリネと共に王宮お抱えの工房に出向いた。

 作ってもらうのは私用の動きやすく、かつある程度の露出があるドレスアーマーに、セリネ用の物理、魔法耐性のある素材で作ったローブ。


 もちろん聖女と第一王女だ、見た目にも気を使ってもらう。

 私たちの存在は士気にもかかわる。地味な服装で前線に立つわけにはいかない。


「さて、後は休みましょう。装備が完成しだい即聖都を発ちます。覚悟はいいですね?」

「はい。子供の頃より勇者様や聖女様と共に旅するため鍛えてきたのです。覚悟は出来ています」

「それじゃ、とりあえずセリネは教会の……空き部屋がないので私の部屋で休んでください」

「せ、聖女様の部屋で⁉ いいのですか?」

「ええ、いいですよ。ベッドも広いですし」

「では……お言葉に甘えて」


 二人は教会に戻り、部屋に入る。

 しっかりと休んで英気を養う、それも戦のうちだ。

 こうして、二人は装備が出来上がるのを待つのだった。

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