短編小説 父の遺言状

@katakurayuuki

父の遺言状

 「父危篤 早く帰れ」

 しばらく実家に帰っていなかった私にラインで珍しく母から送られてきた文がこれだった。

 まさかあの父が。と思いつつも若き頃喧嘩別れのように家を出た私にとって父は強大なイメージでありつつもそれも今は昔。月日が経つのは早いものだ。実際の父を見ずとも先輩や付き合い先の父と同年代の人を見ればそこにはもうすでに元気とは言えない人もちらほらというのだ。

 仲がそこまで悪くなかった母とは定期的に連絡はしていたしラインも交換はしたが、そこまで上手に使えない母が必死に打った文章を思うと帰る車の手がにわかに汗ばんできた。

 いかんいかん。このまま私まで事故ってしまったらいかんよな。と思いつつ高速のPAで休憩することにした。トイレをすまし、缶コーヒーを車で一口飲んだところで夕日が射し込んできていることに気づいた。『もうこんな時間がたったか。』よほど焦っていたらしい私はダッシュボードからサングラスを取り出したところでふと思い出した。遺言状の事だ。

 それは1年ほど前仕事がてら近くに寄ったので母と会って話していた時書いていたのを見たというのだ。もう年だしそろそろ身支度を考えているとのことらしい。中身は見ていない。ただ、それらしきものを父が書いているのを母が目撃したというのだ。

 あれはどうなったのだろう。そう思いつつも小休止を済ませた私は実家えと急いだ。

 「お帰り、早かったじゃないの」急いで帰ってきた私を見て母はあっけらかんとしていた。父は危険な状態ではないのか?混乱しながら聞くと母は「父きっとくる。早く帰ってこい」の感じで文章を打とうして訂正しようとしたが飼ってる猫が飛びついてきたので間違えて父危篤と打ち間違えて送ってしまったらしい。

 脱力しながらも夜も遅いからと久々の里帰りとなった。そこには予想通り小さくなった父がいた。久々に会った父は威厳はありつつも丸くなったような気がした。

 こんなことでもなければ帰らなかったかもしれない。そう思い足元を通る猫に少し感謝しつつ夕飯を食べた。想像より小さく感じたお風呂を浴びた後ふと遺言状の事を思い出した。あれはどうしたのだろうか。気になりつつも、これも何かの機会だと少し勇気を出して父に聞いてみた。父は遺言状の事を聞かれたことに驚きつつも、全然何も書けんといい、一言だけ書かれた紙を私に渡した。そこには一言だけ。

 「あの時は悪かった」

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