けいまい。

@Fuji_Araya

第1話 ゲームだとしても兄妹はキツい

 特別なことは何も無い。愛し合っている訳でもない。ただ一緒にいてノリが合う。これはそんな二人の日常である。




 春休み前半。朝の相沢家でリビングのソファに座り、テレビの前でコントローラーを片手に頭を抱えるのは長男の圭介けいすけだ。


 彼は中学を卒業したにもかかわらず、卒業旅行だの思い出作りだの、これといったイベント事もなく休みにはゲームをしている。

 だが、ここで彼が憂いているのはそんな自分の現実などではない。


 「どしたん? 1人でゲームなんかして。もしかしてハブられてんの?」


 リビングで俯く圭介に失礼な偏見をぶつけたのは、彼の妹である舞花まいかだ。飲み物を取りに部屋から出てきたところだった。



 「俺だけ予定がないとは限らない。みんな等しく暇してるかもしれないだろ。要するに箱に入った猫のようなもんだ」


「うわ出たー、厨二が好きなやつ。なんだっけ? しゅがーリングの猫?」


「随分甘ったるくなったな。流石スイーツ」


 そう悪い笑みで自分のこめかみを指さす圭介。舞花はすかさず脳天にチョップを入れる。


「いでっ! お前手首の方でやったろ!」


「いや、指でやるとこっちが痛いじゃん」


 思いやりの欠片もない台詞にため息を着くと、また圭介はゲームを再開した。


「てかゲームなら部屋でやれば?」


 「モニターここにしかねーの知ってるだろ? 」


「あれ、自分で持ってなかったっけ?」


「買おうとはしたんだけど高くて断念した。バイト始めたらそのうち買うよ」


 そう言う圭介。舞香は適当に返事をすると改めて画面を見た。


 「うわ、ギャルゲーってやつ? ただでさえキツイのに、プレイヤーが実の兄ってなるとさらにキツいわ。よくリビングでこんなんできるよね」


 舞花は露骨に嫌がるリアクションをした。


「安心しろ、このソフトは借りもんだし、そんなにガチじゃない」


「いや、頭抱えるほどガチだったじゃん」


 舞花は呆れた顔で指摘する。


「まぁ聞けよ。友達から勧められてやってみて、一通りヒロインの性格とかはわかったんだけど……」


「だけど?」


 そう聞き返す舞花。圭介は画面に映る女の子のキャラを指差し、


「攻略対象のヒロインで一番まともで良い子がこの美咲って子だったわけだ」


 と言う。


「なに? なんか問題あんの?」


 舞香は画面を見ながらそう聞くが、圭介は黙って下部に表示されているセリフテキストの一部を指差した。

 そこにある言葉を見て舞花は青ざめた。


 そう、美咲は主人公を『お兄ちゃん』と呼んでいたのだ。


「……シスター?」


「イエス……」


「oh......」


 2人して頭を抱えた。


「美咲と兄妹縁を切れるコマンドとかストーリーは無いのか?」


 圭介は実妹という設定から逃げる術を求めた。


「そんな悲しいコマンドあってたまるか!」


「じゃあどうしろって言うんだよ?」


 助けを求める圭介に、舞花は少し考え込む。


「なんか、こう、後輩女子に自分をお兄ちゃんと呼ばせてるって思い込むっていうのは?」


 そして出た案がこれだ。さすがに無理がある。


「それもそれでかなりキツい」


「ごもっとも」


 舞花は頷く。この問題を心からどうでもいいといった舞花の隣で、圭介はどうしたものかと考えていた。

 そしてすぐに圭介ぱっと顔が明るくなった。

 閃いたのだ。


「そうだ、妹みたいな距離感の幼馴染って感じなら見れなくもないかもしれない!」


 圭介は我ながら妙案だと自信満々だ。


「じゃあそれでいいじゃん」


 どうでもいいといった様子で生返事する舞花。

 そんな彼女も気にせず、圭介は自己解決したのかボタンを押してストーリーを進める。

 すると少しもしないうちにまた頭を抱えた。


「ダメだ、いくら念じても無理だ。自分の家に帰ったら、美咲が家にいておかえりって行ってくるし……。」


「だろうね! 兄妹なんだし!」


 真っ当なツッコミである。


「妹じゃなかったとしてもナチュラルに同棲してたらもう美咲ルート一択じゃねーかってなって、全然ストーリーに入り込めない……」


 割とゲームにも現実を求めるタイプの圭介。


「どっちにしろって感じね。ていうか他のヒロインどうなの? そんなやばいん?」


 ふと舞花が話を振ると、


「厨二病、ストーカー、思想強めとシンプルなオタク女子」


 と圭介は呪文のように答えた。


「うわー。しんど。……前の二人は論外として、ほか二人はどんな感じなの? 思想強めなのはともかく、オタク女子ならリアルにもいるしまだマシじゃないの?」


「いや、むしろオタク女子は変なリアリティがあるからキツいんだよ。他の人がいる場所でも平気でネットスラング使っちゃったりするような気の回らなさがかなり厳しい。こっちまで恥ずかしくなる」


 と圭介はまるで誰かを思い出すかのようにしみじみと語る。


「あー、なんか分かっちゃうかも。オタクどうこうよりそういう周りの見えなさってしんどいねー。特にこっちが冷静だと浮き彫りだし」


 舞花もなにか思い当たる節があるようだ。二人は目配せをして無言でため息をついた。どうやら二人は同じ人物を思い出したようだ。


「オマケにこいつらテキストで話すから文字にしてバッチリ残る。アーカイブ付きの黒歴史だ」


「可哀想すぎるよ。でも自分の今までの発言全部記録されてたらゾッとするなー。覚えてないけど多分恥ずかしいこと言ってた気もするし」


 と舞花が言うと、圭介は悪い笑みを浮かべながら、


「いや、覚えてるだろ? そういうのって言った側が結構覚えてるもんじゃね?」


 と白々しく言った。すると舞花は面倒くさそうに、


「うっせー掘り返すな。そういうことにしてんの」


 と誤魔化してあしらった。


「なるほど、『そういうこと』ね」


 したり顔で頷く圭介を舞花は睨む。圭介はこれ以上触れるとまずいと勘づき、そういうことにしておいた。

「で、一応聞くけど思想強めの子はどこがヤバイの? がっつり主義の話とかしてくんの?」


「いやー、それがそういう訳じゃないんだよ」


 圭介は呆れたように笑う。


「じゃあ頭にアルミホイル巻いてるとか?」


「むしろそっちの方が吹っ切れてて良かったかもな」


「アルミの方がいいレベルってとんでもないじゃん。どんな思想してんのそいつ」


 舞花はドン引きしている。


「なんか右とか左とか赤とか青とか、そういうんじゃなくてさ、『これはこうあるべき!』みたいな意識高めな自分ルールに沿って説教してくんの」


「うそ、もう嫌だわ。で? 具体的には?」


「えーっと、色々あったけど、そうだ! 弁当! 美咲の作った弁当持ってったら、中身に文句と講釈垂れてきたんだよ! なんか血糖値とか栄養素がうんたらかんたらとか言って、しまいには『そのレタスはブロッコリーにした方がいい』とかドヤ顔で指摘して帰っていった」


「おい担当者! よくそんな化け物メインキャラクターにしたね!」


「これさ、酷いのが美咲が教室まで届けてくれた弁当で、あの女美咲の前で得意げに『弁当開けて見せてよ』とか絡んできたんだよ」


「まさか美咲の前で講釈を……?」


「そのまさか。美咲はその場では笑って見せてたんだけど、家に帰ったら台所のレシピ本に涙のあとがあるんだよ……」


「うわ、そいつモンスター過ぎる……。美咲可哀想だよ」


「その後家で『ごめん、次はちゃんと栄養考えるからね!』って少し赤くなってる目で笑う美咲を見たらもうっ……!」


「み、美咲、あんたってやつは……!!」


 流石にフィクションとはいえ同情してしまう舞花であったが、ふと冷静になり、


「そもそも妹が兄に弁当作るって何? 主人公自分で作れよ」


 と突っ込んだ。


「まぁ、フィクションだし……」


「だとしてもだわ。てかなんか女に飯作らせる流れよくあるよねー。料理に男女関係ねーし」


「言い方ひでえな」


「まぁ、冗談だし」


 冗談だとしても超えてはいけないラインを超えないようこれからを祈る圭介だった。



    ----




「ってな感じで美咲以外ろくなヒロインがいないって訳だ」


「もしかしてそれクソゲーじゃない?」


「借りもんの手前言い難いが、そういうことだと思う」


「てかそんなもんなんて言われて勧められたの?」


「それが、ゲームでも妹とラブコメはキツいって話したら突っかかってきて、『美咲ってヒロインが最高だからやってみてくれ、きっと考え変わるぞ』ってな感じで」


「このゲームだと美咲無双だしね」


「出来レースだろ」


「あぁ、そっちだわ」


 2人して呆れて鼻で笑った。



「で? どうすんの? 進めるん?」


 舞花はゲームを放置して冷蔵庫へ向かう圭介を呼び止めてそう言った。


「どうすっかなー。だいたい分かったし、美咲はやっぱり妹でしかなかったのは確定だからこれ以上やる意味もないし」


「ふーん。で? いつまで借りてるの? 期限とかある感じ?」


「もう半年以上は借りパクしてるけど、あいつと高校別々になるからその前に返さないとかな」


「割と急ぎだね。……ちょっとやってみよーかなー」


 そう言うと舞花は机に置いてあったソフトのパッケージを手に取った。タイトルは『ドキドキ♡ハッピースクールLove!』と書いてあった。舞花は心の中でそのタイトルの稚拙さを少し嘆いた。


「別にいいけど、お前俺に散々キツイだの言ってたじゃねーかよ」

 そう突っかかってきた圭介に、


「彼女無し非モテ男が一人でやるのとは訳が違うっての」


 と冗談交じりで舞花は返した。


「おい! ライン超えてるぞ」


 すかさず圭介も返す。


 「いやー、怒んないでよー。努力次第なとこじゃん?」


「事実かどうかと言っていいかどうかは全くの別物だからな!」


「それもそうだね」


「全く。舞花はもっと性格が顔ににじみ出るべきだな」


 圭介は舞花を疑うように見ながらそう言う。


「にじみ出た結果でしょ?」


 手を上に伸ばし、自分が思いつく綺麗っぽいポーズで自信満々に舞花は返す。


「その一言で謙虚じゃないことはよーく分かる」


 圭介は鼻で笑った。


 舞花はそれなりに整った顔立ちなのだが、人見知り故の他人への愛想の悪さもあり、同じ学年の男子は寄りつけずにいる。

 それに口の悪さも合わされば鬼に金棒である。この表現が正しいかはさておき、彼女が鬼のように近寄り難い存在になっていることは確かだ。


 悪口を言われたお返しに圭介は、『ドキドキ♡ハッピースクールLove!』通称『ハピスク』のパッケージを机から取ると、


「つまりお前はこういうことだ」


 と舞花とパッケージを交互に指さしながら言った。


「誰がパッケージ詐欺だよ!」


 こんなやり取りも二人にとっては日常茶飯事である。





 あれから一時間。圭介はゲームを舞花に預けて自室に戻り、ゲームは舞花がプレイしていた。


「なるほど、こういう事ね……」


 そう呟きながら画面と相対する。

 画面には放課後の帰宅路に一見まともそうな女子が映っている。爽やかな表情とポニーテールは一定層の根強い人気を獲得しそうだ。


「お、まだやってたんだ」


 部屋から出てきた圭介は舞花の背中にそう声をかける。


「今この七瀬ってやつのイベントやってる」


 圭介は画面を見るなり「うわー」と言わんばかり表情で舞花に同情した。


「七瀬ルートねぇ。どうだ? こいつのやばさ分かってきたか?」


「嫌っていうほどにね」


 それもそのはず。主人公と七瀬は180度帰る方角が違うのだ。それにストーリーで主人公は帰路を七瀬含め誰にも教えたことは無い。

 強いて言うなら七瀬が「私帰る時こっち側なんだよね」と学校に近い隣町の方角を指した時、主人公の選択肢で「そっか、僕は逆だね」と返したくらいだろう。


 その一言で調べあげた七瀬の情報能力を褒めるべきか、その一言を誘導するために話した彼女の狡猾さを警戒すべきか、まぁどちらにせよ信用はできない。


 「出会って1時間ないしでだいたい分かるんだから凄いよ。ちなみにこれ10回目の待ち伏せね。あ、帰り道だと初めてかも」


 画面を指さし舞花は疲れたように答えた。


「ずいぶん慣れた様子だな」


「こんなことばっかで驚く方が疲れるっての」


 画面を見ながらそう答える舞花の目からは、少しずつ生気が失われつつあった。


 なぜそれでも続けるのか。いや、彼女は多分もう辞める。そのきっかけを欲しがりながら惰性でイベントを進めているだけだった。


 ゲーム内で流れる会話は些細なものだった。授業の話や仲のいい友達の話など。

 舞花は少しほっとしながら淡々とボタンを押していった。


「ちょっとストーキング気質だけど、プライベートにはまだ割り込んで来ないから比較的いい子じゃないかな? トイレとか家とかには来ないわけだし」


「色々麻痺してないか?! いい子はそもそも人の通学路を勝手に調べて待ち伏せしないぞ!」


「多分一緒に帰りたかったんでしょ。言い出せないのも可愛いじゃん」


 心からそう思っていたのか分からないが、少なくともそう思えないとやっていけないことだけは分かる。


 そうこうしているうちに、


『今日は楽しかったよ。また話そうね』


 と七瀬が言い、主人公の帰路とは逆側の道へ帰っていった。


「こんなもんで良かったな」


「ほんとね」


「もしかしてこの後七瀬が家にいたりして」


「そんなの流石にホラー過ぎるって。真逆に帰ってったんだよ?」


「まぁ、それもそうか」


 そう話しながら家に帰るためテキストを飛ばしていった。


 家に着き、玄関を開けたその時だった。


『おかえり! 遅かったね!』


 とテキストがBOX内に表示された。

 ただ、そのボックスの上にはキャラ名がなかった。ゲームはフルボイスでは無いが、『おかえり!』と聞こえた声はどこかつい最近聞いたような馴染みがあった。


「なにこれ? バグ?」


「このイベントは知らん。バグなんかなー」


「そうなん? まぁ多分美咲でしょ?」


「美咲ってあんな声だったか?」


「変なこと言わないでよ、家なんだし美咲でしょ!」


 舞花はよく分からない状況を落ち着かせるためにそう断定したが、それは簡単に覆った。


 次のカットインでセリフの主のシルエットが写った。スラッとした体型になびくポニーテール。


 奴である。


「うわーー!!!!! 家まで来たよこの人!!」


「嘘だろ……、ここまでやるのか……」


 シルエットから全貌が映ると、そこには制服エプロンを付けた七瀬が出迎えていた。


「てかそのエプロン美咲のだわ」


「マジか。せめて私物持ってこいよ」


 ため息を漏らす二人。


 舞花はもう半ば辞めたくなっていたが、ここまで来たらどこまでおかしいのか、怖いもの見たさで今一度コントローラーを握った。


『先にお邪魔してます! 驚いた?』


 当然かのように七瀬は話す。


「今年始まって半年も立たないけどなかなか驚いたよ」


「俺が見たのは氷山の一角だったんだな」


「底知れないよこのゲーム」


 もう何が来てもある程度平気だという様子の二人。


『なんかこうやって迎えるとお嫁さんになった気分だね! ……なんて///』


 内心うぜえと思ったが噛み殺してテキストを進める舞花。


 家に上がってろうかを進んだその時、少し開いた脱衣所に一瞬、でも確かに見えた。



 それは拘束された美咲だった。



 腕を後ろに縛られ、口も布を巻かれ、身動きが取れない中必死に目で助けを求めていた。


「もう無理!! おかしくなるわ!!」


 舞花は限界を感じてメニューボタンを押した。メニューの項目で画面を隠すように。


 隣で見ていた圭介は絶句していた。


 舞花は圭介の方を見て無言で助けを求めた。

 その目はさっきの美咲そっくりだ。


 圭介は無言のまま舞花の肩を叩くと、ゆっくりと首を横に振った。


 とりあえず一旦休憩しよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

けいまい。 @Fuji_Araya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ