父の劣等感

小狸・飯島西諺

短編

 *


 私が親に小説を書いていることを打ち明けたのは、高校1年生になった時であった。

 

 打ち明けた――というか、隠さなくなった、というか。


 小説を書き始めたのは小学校5年生、学校での同級生女子からのいじめが最も過激だった頃だったけれど、それから高1に至るまで、私は親に隠れて小説を書いていた。初めて公募に出したのが中2の夏だった。今でも思い出す。郵便局での手続きの仕方は、親には聞かずに学校の先生に聞いた。担任は国語の先生だったので、親身になって教えてくれた。お小遣いから封筒代とコピー用紙代、切手代を捻出して、何度も校閲した原稿の入った封筒を、ドキドキしながら郵便局に持って行った記憶が、まだ私の中に鮮明に残っている。


 なぜ隠していたのかというと、冷笑されるのが嫌だったからである。


「いやいや、親はそんなこと言わないよ」


「もっと親を信頼してあげなよ」


 と。


 恵まれて幸せな普通の家庭に育った方々は思うかもしれない。


 だが私の家は、少し違った。


 子どもがやろう、やりたいと思うことを、当たり前みたいに冷笑、侮蔑し、積極的に子どもの主体性・自主性の芽を踏み潰そうとする。


 父が、そういう親だった。


 どうも聞くところによると、父もまた、祖父から同じような扱いを受けて育ったらしい。


 やりたいことを笑われ、したいことを潰され、全てのやる気を削がれてきた――のだそうだ。


 ――


 ――


 ――


 そういう思考回路の父だったし、そういう思考で私たち姉妹に接してきた。


 まあ、成人した今から思えば、お前がどんな生涯を送ってこようと知らねえよ、という話である。


 そういう前世代からの呪いの矛先を子どもに向けるというのは、もう毒親とか機能不全家族とかそういう単語では言い表せない、親に向いていないのではないか、と思ってしまう。


 実際向いていなかったようで、私が大学進学し、実家を離れた今、父は家で居場所を失っているらしい。母も、妹も、誰も父に話しかける人はいない。父も父で、自室にこもって、部屋から出て来ないのだそうだ。


 多分、妹が仕事をし始めたら、離婚するだろうなと私は見ている。いつまでも「俺を見て」「俺可哀想」をやっている奴の介護なんて、誰もしたくはないだろう。


 話を戻そう。


 私は、親からの冷笑を恐れていた。

 

 別に冷笑するだけで、執筆自体を強制的に止めさせようとはしなかっただろうと思う。


 ただ、私は。


 この、「小説を書きたい」「物語を作りたい」という気持ちを、誰にもけがされたくなかった。


 馬鹿にされたら――私自身も、私の心から湧き出たこの気持ちを、否定してしまうかもしれない。


 それが、一番嫌だった。


 だから、隠した。


 徹底的に隠して、書き続けた。


 高1――という時期を一つの区切りとしたのには、勿論理由がある。


 中2の頃から応募していた新人賞で、初めて1次選考に残ったのである。


 たかが1次、と、世の作家志望の方々は思うかもしれない。実際、ホームページの1次選考通過作の欄に、私の筆名ペンネームと一緒に掲載されただけである。そこから先には進むことはできなかった。


 でも、私にとっては、初めて賞に残ることができた、貴重な経験だったのだ。


 それが、私の自信となり、血となり、肉となった。


 それから私は、平然と小説を書くようになった。

 

 母が高校入学記念に買ってくれたノートパソコンは、ほとんど執筆専用にしてある。


 勿論もちろん勉強と並行して、私は小説を書いていた。


 ある休日のことである。


「なんだ――小説を書いているのか」


 まるで自分には無断で見る権利があるとでも主張するかのように、娘が書いている小説の画面をまじまじとのぞき込みながら、父はそう言った。まだ自分が子どもから好かれているとでも思っているのか、高校生の娘に対して取る距離じゃない。本当この男は、という気持ちを、心の中に抑圧した。


「そうだよ」


「ふうん――小説ねえ。小説家でも目指す気か?」


 鼻で笑いながら、そう言ってくる。


「そうだよ。悪い?」


「お前みたいな馬鹿が、小説家になれるわけないだろう」


 当たり前みたいに、そう嘲笑してきた。


 馬鹿、ね。


 注釈しておくと、父は誰でもその名を知るくらい有名な私立大学の法学部出身――要するに滅茶苦茶偏差値が高い学部卒である。


 どれだけができても、良い親になれるわけじゃない。


 それを教えてくれたのは、父だった。


「どうだろうね。私、○○新人賞の、1次選考に残ったよ」


「はあ? 嘘だろ」


「本当だよ。ほら」


 そう言って、未だまじまじと覗き込んで来る父に(遠慮という言葉を知らないのだろうか、本当に気持ち悪い)、私は新人賞の1次選考通過作の欄を示した。


「私の筆名、これ」


「…………」


 その表示を見て。


 一瞬。


 ほんのわずかな一瞬だったけれど。


 


 ような気がした。


 もし、私がそれを見逃していたら、私は父の心を看破できなかったし、次に並べられる言葉たちに、心が折れていたことだろう。


「な――なあんだ。○○新人賞って、ライトノベルじゃないか。ラノベなんて下らないものに真剣になって、馬鹿じゃないのか」


「…………」


「1次選考に残った? はっ。その程度で小説家になんてなれると思うな。所詮しょせん1次じゃないか。ちょっと名前が載った程度で、調子乗ってんじゃねえよ」


「…………」


「それに、小説なんて俺にも簡単に書ける。馬鹿なお前と違って、俺は1次選考以上には確実に行くことができるだろうな。いいよ、お前よりも面白い小説を書けば良いんだろう? 書いてやるよ。簡単だ。俺が書くんだからな」


「…………」


 父の罵詈雑言に心が折れるよりも先に。


 父の心無い言葉に落ち込むよりも先に。


 私は。


「お父さんさ」


「な――なんだよ」


 どんどん饒舌じょうぜつになる父に、ある1つの答えを見出していた。


 その感情には、多分。


 劣等感という名前がついている。


?」


「っ…………!」


 父は、何かを言いそうになって、言おうとして、言えなくて、顔が真っ赤になって、もごもごと口を動かした後、どすどすと荒々しい音を立てて、2階の書斎に篭ってしまった。


 父が休日、自室に引きこもるようになったのと、妹や母からも敬遠されるようになったのは、その頃からである。


 どうも小説を書いているらしい。


 打鍵のし過ぎで腱鞘けんしょう炎になったようで、私に見えるようにわざとらしくキッチンで、冷水で手を冷やしているのを見た。


「いやー、今良い小説を書いていてさ。筆が乗って止まらないんだ」


 と、誰も聞いていないのにそう言っていた。


 可哀想だとも思わなかった。


 あれから時が経ち、私は今、大学3年である。


 大学の勉強と並行して、相変わらず小説を書き続けている。流石に就職活動の時期は、そちらに尽力するつもりである。ただその先、就活がひと段落ついたら、また公募賞への応募を継続したいと思っている。以前別の新人賞で3次まで残ったけれど、最終選考には残ることはできなかったので、この悔しさをバネに、精進しようと思う。


 父はというと、未だ1作も、小説を書き終えていない。


 書き終えたり、選考に残ったりしたら、多分私に一番に自慢して来るだろう。


 ――俺はお前より上だ。


 とでも言うかのように。


 ということは、きっとまだ書いているのだろう。


 書いて、応募して、落ちているのだろう。


 あるいは、既に現実に直面して、書くことを諦めているか。


 それか、既に飽きて、でも引っ込みがつかなくなって、惰性で続けているか。


 かつて父が馬鹿にし、愚弄し、嘲笑した、ライトノベル。


 そこで上り詰めるのが、いばらよりも鋭く尖った、険しく厳しい道であることに、気付いただろうか。


 否――気付かないだろうな、父は。


 いつだって、自分に都合の良い現実しか見ないのだから。


 まあ。


 何でも良いし、どうでも良い。


 父がどうなろうと、何を目指そうと、何に折れようと、知ったことではない。


 まったく。


 良い歳して、自分の嫉妬心とも向き合えないのかよ。


 そういう劣等感は、せめて思春期に卒業しておけよな――と。


 私は思って、前に進んだ。




(「父の劣等感」――了)

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