第七話 酔嬰孩、母乳拳

前回までのあらすじ:

卑劣な豪大の攻撃で絶体絶命の小龍。しかし、母・美玲の奇跡的な帰還と、その母乳によって小龍は覚醒!「酔嬰孩ドランクベイビー」として、今まさに必殺の母乳拳奥義を放たんとしていた。


「くらえ!これぞ我が母乳拳奥義… 『聖母乳泉・酔龍連環撃せいぼにゅうせん・すいりゅうれんかんげき』ッ!!」


小龍の口から放たれた技名は、まるで古の経文のように荘厳でありながら、どこか温かい響きを持っていた。

次の瞬間、小龍の体は幻影のように揺らめき、酔拳特有の千鳥足を踏みながらも、その動きは水が流れるが如く滑らかで、一切の無駄がない。


豪大ハオダーは、覚醒した小龍の圧倒的な気迫に完全に呑まれていた。先ほどまでの余裕は消え去り、その顔には驚愕と恐怖の色が浮かんでいる。

「な、何だその動きは…!?」


小龍は答えない。ただ、その双眸そうぼうには慈愛にも似た光を宿し、しかしその手足から繰り出される技は、母なる大地の怒りそのものであった。


まず、「酔歩穿雲すいほせんうん」(雲を穿つ酔いの歩み)で瞬時に豪大の死角に入り込み、柔らかく、しかし芯の通った掌底を脇腹に叩き込む!これぞ「乳湧泉掌にゅうゆうせんしょう」(乳が泉のように湧き出る掌)!

「ぐふっ!」

豪大の巨体がよろめく。


間髪入れず、小龍は回転しながら背後を取り、流れるような蹴りを豪大の膝裏に打ち込む!まるで赤子が寝返りを打つかのような自然な動き、されどその威力は岩をも砕かんばかりの「反転乳幼児脚はんてんにゅうようじきゃく」!

「があっ!」

豪大はたまらず膝をつく。


さらに小龍は、まるで赤子が「高い高い」をねだるかのように両手を広げ、豪大の顎を掬い上げるように打ち上げる!これぞ「双子捧乳拳そうしほうにゅうけん(双子が乳を捧げる拳)!

「うおおっ!」

豪大の巨体が宙に浮きかける。


そして、とどめの一撃。

小龍は、天を仰ぎ、母への感謝を捧げるかのように深く息を吸い込むと、全身の母乳パワーを右の拳に集中させる。その拳は、黄金色のオーラに包まれ、まるで小さな太陽のようだ。

大慈母乳爆衝拳だいじぼにゅうばくしょうけん」ッ!!!

黄金の拳は、豪大の胸板に、まるで赤子が母の胸に吸い付くかのように、しかし万鈞ばんきんの重みをもって叩き込まれた!


ドゴォォォォン!!!

凄まじい衝撃音と共に、豪大の巨体は木の葉のように吹き飛ばされ、託児所の壁に叩きつけられ、そして力なく崩れ落ちた。


静寂が訪れる。

小龍は、ふぅ、と小さな息を吐き、酔いが醒めたかのように穏やかな表情に戻った。


床に倒れ伏した豪大は、もはや戦う力は残っていなかった。その目からは、悔しさとも悲しさともつかぬ涙が溢れている。

「…負けた…完敗だ…」

豪大は、か細い声で呟いた。そして、堰を切ったように嗚咽を漏らし始めた。

「俺は…俺はただ…妈妈ママの乳が…飲みたかっただけなんだ…」

意外な言葉に、小龍は目を見開く。


「俺の妈妈は…乳の出が悪くて…いつも腹を空かせてた…だから…だから俺は、誰よりも強くなって、何でも手に入れようと…心が…心が曲がっちまったんだ…」

赤子に戻ったように泣きじゃくる豪大。その姿は、もはや暴君ではなく、ただの満たされない幼子だった。


小龍は、そっと豪大に近づいた。そして、優しく言った。

「そうだったのか…。なら、豪大も一緒に飲むといい」

小龍は、美玲メイリンの方を見やり、豪大に向き直る。

「知らんのか?おっぱいは二つある」

美玲は、全てを察したように、優しく微笑んだ。


そして、小龍と、おずおずと近づいてきた豪大を、その両腕でそっと抱き寄せた。

小龍は右の乳房に、豪大は左の乳房に、まるで双子の赤子のように吸い付く。

黄金色の霊液が、二人の渇いた心と体を満たしていく。


託児所の窓からは、暖かい陽の光が差し込み、三人を優しく包み込んでいた。

他の赤子たちも、いつの間にか集まってきて、その光景を微笑ましそうに見守っている。その中には李も張もいる。鉄は、嬉しそうに鼻をすすっていた。



     豦刂 糸冬

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ドランクベイビー・母乳拳 中埜 @pisiinu

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