水晶磨き(短編)

桶底

意味もなく水晶のかけらを磨いていた--

 湖のほとりに、一人の少年がしゃがみ込んでいました。

 その手には、小さくて汚れた水晶のかけらが握られています。


 少年は、ただひたすらにその水晶を磨き続けていました。朝の光が差し込むころ から始めて、あたりがすっかり暗くなるまで、ずっと、ずっと。


 やがて、水晶はまんまるでつるつる、澄んだ光を宿す珠へと姿を変えていました。


 「ねえ、お月さま」

 少年は空を見上げて、嬉しそうに呼びかけます。

 「とっても、まんまるになったよ!」


 けれど月は、やれやれと言いたげにため息をついて、こう返しました。


 「ふん。私より歪んでるじゃないの。私はね、大昔からまんまるのままでいるのよ」


 その言葉を聞いて、少年はくやしそうに水晶を握りしめ、さらに一生懸命に磨き始めました。



 しばらくして、今度は湖のほとりの石に語りかけます。


 「ねえ、小石さん。すべすべになったんだよ、ほら!」


 でも石は、ころころと笑いながらこう答えました。


 「まだまだ私の方がすべすべだよ。だって私は、何十年も水に洗われてるからね」


 それでも少年は負けません。もっともっと熱心に水晶を磨きました。



 そしてついに、彼は胸を張って湖の水面をのぞき込み、言いました。


 「ねえ、お水さん。こんなに透明になったよ!」


 けれど水は、静かにたゆたうばかりで、こうささやき返しました。


 「まだ濁ってるわ。私なんて、ここでずっと静かにしているんだから」


 少年はぎゅっと唇をかみしめて、さらに必死に磨き続けました。


 朝も夜も忘れて、水晶を磨きつづけました。眠ることも、食べることも、時を数えることも忘れて。


 すると──

 水晶はだんだんと小さくなっていき、最後には、とうとう……跡形もなく消えてしまったのです。



 少年は、その瞬間、顔を上げてこう叫びました。


 「これが、僕の求めていた水晶だ!」


 「まんまるで、すべすべで、透き通っていた。もう誰にも見せられないけど、僕だけには、ちゃんとわかるんだ」



 それは、誰に認められなくてもいい宝物でした。


 彼の心の中に、完璧な水晶がしっかりと存在している限り、

 もう誰かの言葉に惑わされることも、比べて落ち込むこともありません。



 少年は、長く過ごした湖のほとりをそっと離れました。

 そして、どこへでも自由に歩いていけるようになりました。


 どんな場所に行っても、どんな人に出会っても、

 彼の心には、たしかな光がひとつ、静かに輝いているのです。


 それは、「自分自身が認めた唯一の宝物」──。

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水晶磨き(短編) 桶底 @okenozoko

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