第31話 伝説の配信前夜

―ハル視点―



 現在私は配信の準備をするためにあの渋谷ダンジョンまで来ていた。正直不安でいっぱいだった。ダンジョンに入った瞬間のあの不穏な雰囲気はきっと二度と忘れないだろう……。

 一階層からすでにボス部屋のような広さ。先が全く見えない、まるで深海の中にたった一人放り込まれたような洞窟、かすかに聞こえるモンスターの呻き声。

 そして、そんな渋谷ダンジョン一階の漂う空気の全てが重く濃い魔力で満たされていた。……きっと一週間前の私であったならばこの時点で恐怖で足がすくんで歩くことすらも出来なくなっていたであろう……。


 ただ、白鷺さん達と出会ってしまった今ではそんな渋谷ダンジョン一階層が可愛く思えてしまう。……だって、その濃く重い魔力の空気の何倍もの圧を実際に浴びたことがあるから……。


「……ハル、大丈夫なのか?」


「え?はい、なんとも」


「そ、そうか……」


 私の方に振り返り、心配そうな顔で声をかけてくれたのは桜花の城の先輩である樺花椛かばもみじさん――漆黒の長髪を無造作に後ろで束る椛さんにはやはりその純白の着物、そしてその腰から下を覆う真っ赤な袴が似合う。その姿はまるで現代に現れた巫女様なのではないかと錯覚してしまう……。


 現在、私は桜花の城のS級であるもみじさん……そして、リザさんと一緒に渋谷ダンジョンに入っていた。そしてそんなS級の椛さんならばリザさんが内包しているとんでもない魔力の渦にはすでに気づいているだろう……。

 この中で一番弱いのは私だ。それに……一番メンタルに来ているのも私。だからこ椛さんは私のことを心配してくれているのだろう。


「辛いなら遠慮なく言ってね?」


「はい!ありがとうございます!」


「……本当に大丈夫?」


 そんな椛さんは、私がなんともなさそうにケロッとしていることで気を使っていると思われているのか、ダンジョンに入る前からずっとこうして心配してくれていた。……正直今では自分でも不思議に思っている。

 あのSS級に最も近いと言われている渋谷ダンジョンが今では全く怖くない。なんなら吹き抜ける風すらも心地よく感じるほどに……。


ガサッ――


 その音が耳に届いた刹那、椛さんは腰の件に手をかける。流石だ……その一挙手一投足に全く無駄が感じられない。意識が一瞬で変わったのが目に見えてわかる。……


 ただ、私たちの少し前を歩くリザさんはそんな椛さんとは対照的にまるでピクニックと勘違いしているかのように楽しそうに鼻歌を歌っている。


 薄暗いダンジョン。一瞬でも油断してしまったら命を刈り取られてしまう超高難易度ダンジョンであるここ渋谷ダンジョン1階にいるとは思えないほどにほんわかした声が私と椛さんの耳に届く。

 椛さんはそんな警戒のケの字もないリザさんの言動に困惑している様子だ。


 といってもそれはむしろ当然の反応だろう。私は他の人よりも多くこのバケモノ家族の人たちと関わっているからこそもう何も感じなくなってしまったが、椛さんから見れば「ダンジョンを舐めている一般人」にしか見えないだろう。


「……あの、失礼ですがあなたはここがどういう所かわかっているのですか?」


「ん~?ダンジョンでしょ~」


「ッ……ダンジョンと言ってもここはッ!――」


「椛さんッ!!」


「ッ!……すまない、少し熱くなってしまった……」


 少しヒートアップし始めた椛さんを止める。……椛さんは優しい。優しいからこそここ渋谷ダンジョンの中をまるでピクニックかの様に進むリザさんの身を案じているのだ。……だけど、


「椛さん……すぐ、から」


「わかるって……なにが――」


グォォォオオ――


「ッ!?」


 刹那、とんでもない圧の魔力が私たちの身体にかかる。……情報としては知っていた。ここ渋谷ダンジョンは今までの常識が通用しないような化け物級のモンスターが多くいることを……そして、目の前の化け物も――


「……デーモン、ロード……ッ」


 ドス黒い霧に包まれた悪魔。その真っ黒の羽はまるで『死』を具現化したような……。

 あのSS級の東堂のパーティでさえ討伐に30分を要した怪物。その巨体からは想像も出来ないほどの速度で近づき、一瞬で喉元を刈り取られる。……こんなのと相対してしまったらA級ダンジョン最下層のボスのアークデーモンが可愛く見えてくる。

 

 ……最悪だ。この第一階層において最も凶悪で警戒すべきモンスターにいきなり遭遇してしまった……。


「二人とも全力で下がってッ!絶対に後ろは振り向かないで!」


 いち早く動いたのは椛さんだった。

 私たちの前に一歩出たかと思ったらその間に向けてある魔法を放った。『永遠結界』――椛さんの得意とする技の一つであり、その結界は何人なんぴとたりとも、たとえSS級のモンスターであっても一歩も通すことを許さず、詠唱者が切らない限り壊すことの出来ない最強の結界。……だが、その力は結界発動者が死んでしまえば切れてしまう。


 だからこそ彼女は今使ったのだろう……私たちでは勝てないと判断したから、せめては免れようとの判断であろう。そして、この中で一番時間稼ぎ出来るのが自分であると判断した椛さんは手遅れになる前にこうしたのだ……自分を囮に私たちを逃がそうと――


 だが、


パリンッ――


「ふふ、心配させちゃってごめんね~、そんなに警戒しなくても大丈夫よ~」


「……は?」


 瞬間、その結界はまるでガラスが割れたかのように音を立てて崩れ去った。


「みててね~」


 そう言ったリザさんは椛さんの頭をそっと撫でた後、デーモンロードの目の前に立った。

 瞬間、


「……うそ……っ!?」


 デーモンロードはその存在がまるで嘘であったかのように一瞬で姿を消した。……いや、……。

 私には何が起こったのか全く分からなかった。……が、ただ一つわかることはことだけ――


 どんな時であっても凛とした姿を崩さなかった椛さんの姿が今では見る影もない。あえて言うならば開いた口が塞がらない……であろうか。目の前で起こった意味の分からない現象に呆けることしか出来ない様子である。


 わかる。わかるよその気持ち……。意味が分からないことが一瞬のうちに起きすぎて脳が処理しきれなくなってただ固まることしか出来ないよね……。わかる、本当にわかる……。


 あぁ、そうだ。椛さんのコレはたとえSSであっても壊すことの出来ないだ。……だが、そんな私たちのレベルに落とし込んだ階級というものが通用しない存在は許容範囲外だ。

 あぁ、やっぱりこの人は……この人たちは私たちが推し量ることなんて一生かかっても出来ないくらいには私たちの常識からかけ離れた存在なんだ。……あえて階級のランクを付けるとしたら、安直になってしまうけど、SSS級……だろうか。


 ふふっ椛さんには申し訳ないが、その驚く姿が昔の私に重なって少し面白い……

 

 固まって動かなくなった椛さんを見てこらえきれずにクスっと笑ってしまった。


 あれ、そういえばなぜ私は今もこんなに平常心を保っていられるのだろうか……? 椛さんの結界が一瞬で割れただけでも驚きなのに、あのバケモノモンスターであるデーモンロードが一瞬で消え去ったのに……そんな意味不明なことが起こっているのにも関わらず私はなぜこんなにも冷静でいられるのだろうか……。 

 いや、そうか……私はこの人たちと出会ったことですでに価値観がバグってしまったんだなぁ……

 

 


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あとがき


久しぶりの投稿

なるべく1週間以内には投稿していきたい。なんなら毎日投稿したい……したい――


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俺の家に出現したダンジョンで出会ったイッヌとヌッコと散歩兼探索配信する。〜どうやら弱小ダンジョンだと思っていた俺の家のダンジョンが実はSSS級ダンジョンらしい〜 くるみ @hidarihashinoarietti

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