魔王討伐? それはただの仕事です

よし ひろし

魔王討伐? それはただの仕事です

 魔王城の崩れた屋根の向こうから、クリーム色に輝く月が顔をのぞかせていた。


「今日は、満月か……」


 俺はつぶやきながらホッと一息ついた。

 月光が静かに照らし出す玉座の間の光景――戦い終えたばかりの生々しい爪痕があちらこちらの残っている。砕けた七大魔将の像、焼け焦げた壁、ひび割れた大理石の床。全てが寸前までの激しい戦いを物語っていた。

 そして、目前に転がる肉塊――魔王と呼ばれていたモノの成れの果て……


「はぁ~、終わっちまったな、仕事……」


 俺はこの世界に来る前はただのサラリーマンだった。日本で、世間的にはブラック企業と認識されるような会社で働いていた。もっとも、俺にとっては、ブラックでも何でもなかったが。何故なら、俺は仕事が好きだったからだ。何か仕事をしている時こそ幸せで、それこそ生きがいだった。休みもなく仕事がある――そんな理想的な会社だったんだ、俺にとってはね。くそくらえ、働き方改革!


 でも、インドに出張した際に、テロに巻き込まれてあっけなく死んでしまった。カシミール地方を巡るパキスタンとの争いの余波だったようだが、仕事の最中に死ねたんだから、理想的な死に方か――そう思っていたら、なんとこの異世界に転生してしまった。それも、いわゆるチート能力を授かってね。

 それでもって、勇者だとかまつり上げられ、人族の敵、魔王を撃ち果たしてくれって――新たな仕事をくれたんだよ。もちろん喜んで仕事をしたさ。だって、仕事をするのが生きがいなんだから。


 で、今その仕事を見事終えたところだ。


 静まり返る魔王城。動く者の気配も、戦いの音もない。全て倒したからね、俺が、一人で。

 仲間? そんなものいないさ。休みなく働き続ける俺についてくる奴なんて、誰もいないのさ。日本でも、この異世界でもね。最初は一緒に頑張ろうと言ってた奴も、ひと月もすればついてこなくなるね。

 ま、仕方ない。いつも一人さ、最後はね。それに誰かに任せるより、自分でやった方が早いからね。


「さて、どうするかな、これから……」


 魔王を倒したら勇者ってどうなるんだ? 物語ならハッピーエンドか。ま、ここから始まる物語なんてのもあるが……どうするか?


「ああ、なんか仕事ないかな、イライラしてくるな」


 この魔王城を粉々にでも吹き飛ばそうか。どうせここ、解体するんだろう。こんな趣味の悪い建物、直して再利用とかしないだろう?

 俺はそう思い、ぐるりと辺りを見渡した。


 その時――目前の魔王の遺骸から小さな光るものが飛び立つのが目に入る。


「蛍……?」


 そう、それはまるで蛍のように見えたが、よくわからない。この世界にそのような生物がいるのかどうかも知らない。

 月夜の蛍――なかなか風情があるな、などと思いながら見ていると、小さな光は、ふわふわと宙を舞い、玉座を越えて奥の壁へとへばりついた。そこには一片の書が――


『この世のすべてを我が手中に』


 そんな文言が書かれていた。


「ふむ、世界征服ってやつかな……、あんたそんな大層な目標を持っていたんだな」


 それを邪魔して悪かったな――俺は転がる魔王を見つめ、そう心の中で謝った。そこで、ふとある考えが頭によぎる。


 大層な目標、大きな目的、やり遂げること、やるべきこと、それすなわち――


「仕事! そうか、なるほど、世界征服という仕事か……」


 それはまるで天啓の様だった。新たに示された仕事に、俺の全身が震える。


「ふむふむ、これはやりがいがあるぞ。うむ、いいぞ、そうか、世界征服か。いいな、それ。たっぷり働ける」


 人族の為に勇者として戦ってきたが、決して彼らが善というわけではない。クソみたい奴も多くいた。魔王軍の方がまともに見える時もあったほどだ。でも仕事だから、しっかりと勇者をこなしてきたが――


 ふふふっ……


 いつの間にか口元に笑みが漏れていた。


 そこで、あの蛍のような光がふわっと天へと舞っていくのが目に映る。そのまま上昇し、月夜へと登る。それはまるで昇天していくかのように――


「まさか、魂なのか、こいつの……」


 物言わぬ肉塊に視線を向け、ふとそんなことを感じた。


 こいつ、己の野望が引き継がれたのに満足して、あの世とやらに旅立ったか――


「まさかな……。ま、いいか、どうでも。新しい仕事が見つかったんだ。さあ、早速働くぞ! まずはこの魔王領を征服しようかな。それには攻めてきている人族の連合軍を片さないとな」


 俺はワクワクしながら、仕事の準備をすべくその場を後にした。やるべき仕事があるというのは、本当に心地よいものだ。



 そしてここから始まる、ワーカーホリック勇者による真覇王伝説が――



おしまい

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