翼の折れた天使

鈴木藍(Suzuki Ran)

翼の折れた天使

塔のてっぺんで、鐘が鳴った。

街じゅうに響き渡る大きな鐘の音であった。

彼は塔に設置されている大時計の目の前を飛んでいた。時間の針は十二時を指していた。


「世界は変わらない。が、自分だけは変わることができる」

彼が、幼い頃に父からずっと言われていたことであった。


翼を広げて大空を飛ぶ、幼い頃から夢見ていたことがいまこのようにできていることを彼は大いに喜んでいた。

朝昼は太陽の光の下で、夕方は大地へと沈んでいく夕陽を超えて、夜は月の下で、彼は空を飛んでいた。

飛んでいない時は様々な場所で、深い眠りについて、起きると空に向かって飛び立っていった。


彼には仲間がいた。

仲間の数は多くはなかった。

仲間の一人が彼にこう言った。

「君は、これからどうやって生きていくつもりだい?」

「分からない。今はただ大空を飛ぶだけだ」とだけ、彼は返事をした。

呆れた仲間たちの表情を見て、彼は少し悲しくなった。仲間にもとうとう解られないところまで飛んでしまっていたか、と彼は思った。


仲間の天使たちは用事ができたらしく、皆揃って空へと飛び立っていった。

彼は相変わらず、一人取り残されてしまった。


日が暗くなってきた。

彼は眠くなってきたので、近くの森に行こうと思い、飛び立った。


飛んでいる際中に、雨が降ってきた。

森まではもう少し時間がかかる距離である。

彼は、思い切って大きく羽を羽ばたかせて、速度を上げて、森へ向かって飛んでいた。

しばらく飛んでいると、森がすぐ側まで見えてきた。


彼は、ゆっくり森の中へと降りていった。

月の光に照らされた、柔らかい土が敷かれた森の中に降り立った。


たくさんの雨に打たれ、そして、全速力で雲の中を駆け抜けた彼の翼は折れてしまっていた。

彼は、飛んでいる際中には気にはならなかったが、地上へ降りると、もう二度と空を飛べない翼になっていたことを知った。


休む場所が欲しかったので、仕方なく探しに歩いていった。

鳥の囀りが聞こえてくる。

あちこちでは、雨が降った跡が見えた。

木々が成長して出来た葉っぱの先から、雨の雫が流れ落ちてきた。頭上からぽたぽたと落ちてくる。彼は、それを愉快だ、と思いながら気分良く歩いていた。


林を掻き分けて進んでいくと、湖の畔が見えてきた。

湖では、時の流れを全く感じなかった。アメーバや小魚が美しく、まるで時間が止まっているかのように、優雅に泳いでいた。

彼は、疲れた身体と翼を休ませるため、水の中に入り、ゆっくりと目を閉じた。


それから、だいぶ時間が経ち、二度と彼が目を覚ますことはなかった。


彼は夢の中で、翼の折れた天使として、永遠の眠りについた。

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