わちゃわちゃ(短編)

桶底

不思議な道連れたち

 いつから歩き始めたのか、それはもう思い出せない。

 でも今では、何人かの道連れたちと一緒に、果ての見えない一本道を歩いている。


 彼らはいつも「わちゃわちゃ」と、よく分からない言葉で喋っていた。

 だから僕は、誰かと一緒にいても、ずっと一人ぼっちな気がしていた。



 あるとき、みんなに合わせて歩くのがどうにも嫌になって、思い切って走り出した。

 息が切れ、胸が痛くなるまで走って、草の上でしばらくうずくまった。


 そして、ようやく落ち着いたころ──あの「わちゃわちゃ」という声がまた聞こえてきた。

 彼らが僕を追いかけてきたのか、それとも僕がただ先で休みすぎていただけなのか。

 どちらかは分からなかったけれど、彼らは僕のそばにいた。


 

 僕が立ち止まっていると、彼らも足を止めた。

 何かを話しかけてきたが、やっぱりその言葉の意味はさっぱり分からなかった。


 でも彼らは、僕が再び歩き出すのを、ただ静かに待っていてくれた。


 僕は再びとぼとぼと歩き出し、また彼らの後ろに並んで歩いた。



 たぶん僕は、ひとりで先を行くことなんてできない。

 かといって、別の道を見つけられるほどの勇気もない。

 でも、彼らといても退屈で、さみしくて、何かせずにはいられなかった。



 だから僕は、茂みに飛び込んでみたり、泥だらけになって転がってみたり、

 湖に飛び込んでばしゃばしゃと水をはねさせてみたりした。


 彼らはそんな僕を横目で見ながら、それでも一本道をそれることはなく、

 ゆっくり歩きながら、僕が戻ってくるのを待っていた。


 きっと彼らは、僕が戻ってくることを分かっていたのだ。

 


 僕は結局、毎回みんなのもとへと戻っていく。

 でも彼らとちゃんと話せるわけでもなくて、

 だから僕は、おどけたり、ふざけたりすることで、なんとか気を引こうとしていた。

 


 それでも彼らは、いつだって僕のことを気にかけてくれていた。


 僕が頭に葉っぱを乗せて戻ってくれば、それをそっと払ってくれる。

 犬や猫をなでるような、そんな優しい仕草で。

 見返りなんて気にせず、当たり前のように、僕に親切にしてくれる。

 


 「ねえ、僕に何を伝えたいの?」

 僕が問いかけると、返ってくるのは、いつもの「わちゃわちゃ」。


 彼らの間では、それだけでちゃんと通じているように見えた。

 でも本当に、同じ意味で通じ合っているのかどうか、僕にはわからなかった。


 もしかしたら、ただ意味もなく、「わちゃわちゃ」と言い合っているだけなのかもしれない。

 


 そんなことを考えながら、僕は今日もこの長い道を歩いていた。

 


 そして──

 永遠に続くと思っていたその道に、突如として終わりが訪れた。


 目の前には、深い深い谷底がぽっかりと口を開けていた。



 道連れたちは、そのことを気にする様子もなく、

 いつものように「わちゃわちゃ」と言いながら、崖のほうへと歩いていく。


 「ねえ、立ち止まってよ! 落ちちゃうよ!」


 僕が叫ぶと、彼らは少しだけ足を止めた。

 けれどすぐに、また歩き出してしまった。



 僕は、どうしたら彼らの注意を引けるだろうと考え、道を外れて何かを探した。

 でも、そこにあったのは、いつも通り何の役にも立たない草や枝や石ばかりだった。


 今までもそうだった。

 笑わせても、ふざけても、何かが変わるわけじゃなかった。



 「ねえ……みんなどこに行っちゃったの?」



 道に戻ると、彼らの姿はもうなかった。

 いつの間にか、あの崖の先に消えていた。


 落ちてしまったのか。

 それとも、僕に呆れて引き返してしまったのか。

 それすら、もう分からなかった。

 


 もしかしたら、この道の終点は最初から決まっていたのかもしれない。

 誰にも避けられない、ただの運命だったのかもしれない。

 


 でも──


 もし、次に新しい道を見つけられたときには。

 今度こそ、彼らとちゃんと話ができるだろうか。

 同じ言葉で、同じ意味を分かち合えるだろうか。

 


 僕は初めて、「よし」と覚悟を決めた。


 当てもなく歩いていた僕に、ようやく“目指す道”ができたのだった。


 


 そうして僕は、谷底へとそっと足を踏み出した。

 目を閉じて、一歩──


 


 ──この先でまた、彼らに会えることを信じて。

 そして今度は、ちゃんと会話ができると、信じて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わちゃわちゃ(短編) 桶底 @okenozoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ