ループして運命を変える
目覚めた瞬間、俺は背筋にぞわりとした寒気を感じた。
――いや、違う。寒気じゃない。これは……“違和感”だ。
ゆっくりと目を開ける。
視界に飛び込んできたのは――黒と金。
「うわぁっ!?」
俺はベッドの上で思いっきり跳ね起きた。
左側に、黒髪ロングの優里花。右側に、金髪ショートの聖奈。
どっちも、俺の布団に潜り込んでるッ!?
な、なんでお前ら……!
心臓がバクバク言ってる。いや、これもう鼓膜が共鳴するレベルで鳴ってる。
聖奈は、寝ぼけた顔で「ふぇ……じゅん、うるさい」とつぶやき、俺の布団を抱きしめ直す。
一方、優里花は……笑っていた。ゆっくりと、艶やかな目を開けて。
「だって、じゅんくんの隣、空いてたから」
――そりゃ、嬉しいけど!
しかし、今の俺には刺激が強すぎる。全力で布団を抜け出し、そのまま部屋を脱出した。
洗面台の鏡に映る自分を見ながら、ため息をついた。
「はぁ……なにしてんだ、俺……」
昨日までの悪夢がフラッシュバックする。
何度も、何度も、刺されて死んで――そして三分前に戻ってきた。
まさか、こんなループの日常が俺の“日常”になるなんて、想像だにしなかった。
だけど今は、生きている。
優里花も、聖奈も――俺の部屋にいて、そして俺は朝を迎えた。
それは、間違いなく“進んでいる”証だ。
深呼吸して部屋を出ると、食卓には朝ごはんが用意されていた。
……おぉ、準備がいいな。
ふわりと、出汁と焼き魚の香りが広がる。味噌汁の湯気が、じんわりと部屋をあたためていた。
「おはよう、じゅんくん。朝食できたよ~」
優里花が下着姿の際どいエプロン姿で椅子に座った。
いつの間にそんなカッコを……。それにしても板についているというか。まるで昔からこの部屋の主だったかのように自然にキッチンに立っていたな。
俺は昨日までの恐怖を喉元で押し殺しながら、席に着く。
いただきます、と手を合わせると、優里花は小さく笑った。
――なんか怖いけど、飯はうまいんだよな。
もぐもぐと食べていると、ふと、優里花が口を開いた。
「ねえ、じゅんくん。本当に……聖奈ちゃんを迎え入れるつもり?」
「……うん。少なくとも、住む場所が見つかるまでは、ね」
正直、まだ確信はなかった。けど、追い出せる理由もなかった。
優里花はその言葉に、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「……そっか」
次に目を開けたとき、彼女の手元には、何か光るものが――
――包丁!?
「お、おいっ……!」
俺は無意識に身構えた。
だが、ちょうどそのタイミングで、聖奈が部屋から現れた。
「おっはよ! じゅん! あと優里花ちゃんも」
寝癖つきっぱなしの金髪ショート。白いTシャツに短パンという完全に無防備な姿。
あざとい。だが、それが聖奈だ。
「お、おはよう」
「おはようございます、聖奈さん」
ぎこちなく挨拶する優里花。内心で包丁を仕舞ってくれと願いながら、俺は朝食に戻った。
「……これから三人、仲良くやっていこうな」
そう言うと、優里花は笑顔で「うん」と頷いた。
聖奈も「了解だよ」と笑顔で返す。
だけど――
その瞬間、俺は優里花の笑顔の奥に、ヒヤリとした“何か”を感じ取っていた。
◆
学校は平凡だった。授業を受け、ノートを取り、昼にはパンを食って――まったくもって普通。
でも、“普通”がどれだけ尊いか、昨日までのループで嫌というほど知った。
そして放課後。
校門を抜けた俺の前に、待ち構えていた少女がいた。
――優里花だ。
「じゅんくん、迎えにきたよ」
「……マジで」
「だって……聖奈ちゃんに負けてられないもん」
――またそういうことをサラッと言う。怖い。可愛いけど怖い。
しかし、次の瞬間――
「じゅ~んっ! 一緒に帰ろっ♪」
物陰から飛び出してきた聖奈が、俺の右腕に抱きついてきた。
ぐいっと引っ張られ、そのままアパート方向へ。
その時。
「ちょ、ま――」
『――ドスッ!』
激痛。
血。
「……じゅんくん」
「……う、そ、だろ」
振り返った先。優里花が包丁を握ったまま震えていた。
「じゅんくん、じゅんくん、じゅんくん、じゅんくん、じゅんくん、じゅんくん、じゅんくん、じゅんくん、じゅんくん……!」
視界が、赤に沈む。
――でも、もう慣れた。
………三分前へ………
「じゅんくん、迎えにきたよ」
再び、優里花。校門。先ほどと同じ場面。
俺は無言で彼女のバッグを開き、中を確認。
――出てきたのは、包丁。やっぱり。
「おい、こんな物騒なもん持ってくんな!!」
「……えっ、どうして解かったの……?」
優里花は、ぽかんとした顔になった。
「優里花。俺は――お前と一緒に帰りたい」
「……ほんとに?」
「ああ。ただ、聖奈も俺の大事な幼馴染なんだ。だから、ちゃんと三人で仲良くやっていこう」
少しだけ間が空いて、
「……うんっ!」
優里花は、満面の笑みを浮かべた。
その時、物陰から聖奈が登場。もう知ってる。驚かない。
「じゅん。一緒に帰ろ~!」
腕を引っ張られなくなった。
なるほど、俺の選択によって世界線が変わったのか。
しかし、両手に美少女という絵面になった俺は、周囲の男子から殺意の視線を浴びることに。
深く考えずにアパートへ向かった。
部屋に戻ると、優里花はすぐにキッチンへ。
「今日は煮込みハンバーグだよ」
くるくると忙しそうに動く、その背中を見ながら俺はソファに腰を下ろす。すると、すぐに聖奈が隣にやってきて、猫みたいに膝に顔をうずめてきた。
「じゅーん。撫でて~」
「……聖奈、お前は甘え上手だな」
でも、撫でてしまう俺がいる。
優里花の背中から、視線の刃が刺さってきてるけど――まあ、平気だ。
なぜなら、
――俺には“ループ”の能力がある。
だから、何度殺されても、やり直せる。
けれど、それは“やり直し”じゃなくて、“積み重ね”なんだ。
俺は知っている。優里花の怖さも、優しさも。
聖奈の可愛さも、孤独も。
二人とも、俺の大切な幼馴染だ。
だから、何度でも立ち向かってやる。
この奇妙で、愛おしい日常を守るために。
――目指すは真のエンディング、トゥルーエンド。
俺は、きっと辿り着いてみせる。
みんなが幸せになる世界へ。
- 完 -
◆ありがとうございました!!
短編なので以上となります。
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