勇者を倒したそのあとに

@tentacle99999999

1.目覚め

「クハハ! わしをここまで追い詰めるとはなかなかやる、ではないか……!」


 半人の超大型魔獣が、片腕から血を流し、出血元をもう片方の腕で抑えている。


 出血元の腕は、綺麗な切り口を持ち、超大型魔獣の後ろに落ちている。


 大型の魔族・魔獣を、周囲に多く従えていることから、影響力のある存在であることが伺える。


 彼らは、勇者群を取り囲み睨んでいる。


「……今日こそ年貢の納め時だ! 魔王!」


 吠えるは白髪混じりの勇者。場所は魔王の謁見えっけん場。


「だが残念だったな。わしはあと一つ、姿を残している」


「何?!」


 勇者の周りの仲間たちにも、動揺が走る。


「ブルルア!!」


 チュイ───ン!!


 直後、破壊の超新星が起きた。


 空間自体が白く黒く、素早く点滅し、重力や音がなくなる。


 魔王以外が悶え、苦痛の喘ぎや叫びを上げるも、地獄の魂のようなその声はして耳に届かない。


 すべてが元に戻った。いや戻らなかった。
















 ───ユウシャガシンダ、セイジョガシンダ。オキノドクダガボウケンハオワッタ。



 ───サイショウガシンダ、シュウチョウガシンダ。タダタダマオウノミノコッタ。



「すべてをぎ倒すは突風のみ……」


 敵を騙すにはまず……とはいうものの、魔王の味方はみな死んでしまった。


 とはいえお釣りは来る。目の上のたんこぶである、勇者をほふったのだ。


「なんじゃ。今回のは意外とあっけなかったな」


 竜の姿になった魔王は、死体の群れの中で独りちる。


 しゅるしゅる、と衣擦れのような音を立てて、魔王の体が収縮する。


 魔王は歩き始めた。


「この姿になるたび、みんな死ぬわい。城もひびが入るし、城下町でも半分死ぬし」


 歩いている間も体の矮小化は進み、城下町が見渡せる、床から天井までの大きさの、横幅15メートルほどの窓に着く頃に止まった。


 そこにあったのは、角と尻尾の生えている、足が鉤爪の、全体的に灰色がかった娘の姿だった。


 魔王は小手を目にかざす。


「おーおー。火事じゃ火事じゃ」


 町には大量の、破損し残った死骸があるものの、魔王にとっては見慣れたものだ。


 死骸というよりむしろ火事しか目に入らず、燃え上がる火を「綺麗じゃなー」としか思っていなかった。


「ん?」


 魔王は、衛兵たちがこちらへ続々と押し寄せるのを見た。北の門以外から、見張りを残して三方からやってくる。


「……この役立たず共め」


 というのも、北門が破られた上に、今の今まで駆けつけなかったからだ。


「皮を剝ぐか、丸焼き、丸かじり……」


 途中で、魔王は視線を落とした。


 思考に耽溺したのではない。


 ───魔王の胸から・・・・・・鋭剣が生えていた・・・・・・・・


 そう。勇者はかろうじて生きていた。


「え? ゴフッ!!」


 魔王は吐血した。


 攻撃はだ終わらない。


「『愛死愛間生グッド・モーニング』!!」


 勇者が唱えると、彼の剣から光芒が迸り、天を照らす。


───────────────────────────────────


「こやつ!」


 わしは勇者をひっかき殺───そうしようとしたのじゃが……。


 ドサッ


 無言のままに倒れる勇者。今度こそ息絶えたようじゃ。


 わしは勇者の死体に向き直り、しゃがみこんだ。


 勇者の髪をひん掴み、顔を覗き込む。


「なんとまぁ無駄なあがきを……」


 その顔は、悔しそうな顔にも見える。


 ───しかし、わしにはどうしても、その目がわしを憐れんでいるように見えて仕方なかった。


 思えば不思議なことに、光の奔流は、わしにかすり傷ひとつもつけなんだ。


 ひとつ昔のことを思い出した。セピア色の、光と霧が周囲を覆う。一面に草が敷き詰められていった。


 わしは……いや、私は───


 私は言う。


「おじさんだあれ?」


「忘れ去られた剣聖さ」


 と、彼は言った。


 私は言う。


「戦いするの?」


「今はもう、しないけども」


 と、彼は言った。


 私は言う。


「教えてくれる?」


「剣の道ならもちろんだ」


 と、彼は言った。


 木刀を持つ。


 構えをとる。


 あれから8年。


 私は───


 行った。


 私は言う。


「今日こそ一本!」


「今日こそ一本、取るがいい!」


 と、彼は言った。


 風を切る。


 刀を振り下ろす。


 彼が構えようとする。も、間に合わない。


 そして彼は───


───────────────────────────────────


 ───彼は言う。


「どうして


 どうしてこんな!」


 と、彼は言った。燃え盛る街並み。


 私は言う。


「師匠が、


 師匠がまさか人間だったなんて!


 よくも今まで騙してくれましたね!」


 私は笑顔。狂える笑顔。


 師匠は怯える。叫び声。


 「おかぁさん、たすけてぇ!」


 押し潰す柱。挟まる足。力なき母。


 ───駆け出す師匠。


 置いていかれる、剣と先ほど落ちた腕。目を細め、あら、と言う私。……子供は助け出された。


「早くいけぇ! グフッ?!」


 師匠の胸から生える鋭剣。


 下手人は私。未だに笑顔をたたえる。


「あなた言いましたよねぇ


 決して敵に背を向けるなって! して嘘をつくなって!」


 笑顔が影を帯びる。


 ぐりぐりと、剣を回転させ肉を抉るたびに上がる血飛沫と苦悶。地獄の魂のようなその声。


「でも、情けは人の為ならず・・・・・・・・・


 でしたっけぇ〜? ほんとに情けは、何も生まないみたいですねぇ〜」


 深く喘ぎながら、思考に耽溺し視線を落とす師匠。


「私は……」


 彼は、キッと視線を上げた。まるでそこに私がいるみたいに、架空の私に眼を合わせる。


 彼は言う。いや、師匠は言った・・・・・・


「私は信じる。闇があるから光があるのではない。闇があるから!光はれたま『反薄明光線エーテル喰うダークマター


 まるで暗黒宇宙のような、ベンタブラックの光線が剣からで、師匠とその言葉を飲み込んだ。


 数秒経って光線が収まった頃、それが通った後の、元の師匠も、家も、山も欠け、ひいては夜空の星もぽっかり穴が空いていた。


 ぽとぽとり、と師匠の両足が地面に落ちた。


 うざったいやつは、死んだ。


「……私に剣の道を教えるから、あなたは命を落とした。


 ……そして情けで救われた命は、別の情けで死ぬのですよ?……希望・・を、狩りにいけ」


「ハッ!」


 いつからか居た騎馬兵団が、少年を狩りに馬を駆る。炎があかあかと燃えていた。


「どうして……どうして今更思い出すんじゃあ!」


 分かってる。解っている。少年の髪色。勇者の髪色。腕を切られた師匠の哀れむ顔。勇者の顔。


 似ている。似過ぎている。あり得ないほど相似している。


 それよりも理解できないのは、自分自身の心の動きじゃ。


 心が……心が裂けて・・・いる。


 師匠を思い出すたび勇者の末路を考えるたび、胸がチクチクする。


 苦しい。苦しい。誰か助けてくれ。


 バンッ!!


 「魔王様! ご無事でしょうか!」


 西門の衛兵隊隊長である私とその隊員たちは、魔王城からの爆音を聞き馳せ参じた。


 魔王様は恐ろしい方である上、緊急事態とはいえ謁見室に無断で入ったので緊張する。


「一体何が……」


「……大丈夫じゃ」


 おもむろに振り返った魔王様の目からは


「ちょっと手こずってしまっての」


 水が滴り落ちていた。


(ま、魔王様の目から水が漏れている!!)


 これは指摘すべきなんだろうか……。


「魔王様! あの衝撃と光線はなんなのですか!」


 私はまず、状況を確認する。


「……勇者がやりおった」


「やはり!」


 しかし、その後魔王様は沈黙する。瞑目し、胸に手を当てた。


「……いや……わしがやった」


 一瞬で目が開き、決意に満ちた表情になる。しかし言い終わると、再び悲しそうに目を逸らし、目から水が漏れる。


「え? それはどういう……」


「疲れた。部屋に戻る」


「いや、ちょ!」


 魔王様はすたすたと部屋へと戻られる。


 私の少し後に駆けつけた南門の衛兵隊隊長が、私の肩に手を置き話しかけてくる。


「やめとけ。魔王様に対して、頭が高いぞ」


「先輩!」


 先輩である南門の衛兵隊隊長は、もう見えなくなった魔王様を見送りつつ呟く。


「しかしおかしいな」


「どうしたんですか?」


 先ほどのつぶやきと同じ音の大きさの小声で話し始めたので、耳を寄せる。


「城下町がこういうことになるのは、実は初めてじゃない」


「え」


「それに毎回居る人物というのが魔王様だけだから、明らかに魔王様が関わってらっしゃる」


「……」


 魔王城でこのことを話すのはまずいのではないか、という恐怖から返事ができない。


 先輩は場所を気にせず続ける。


「さらにおかしいのは、今回は光線が黒ではなく白く、かつ初めて魔王様が関わりを認めたということなんだ!」


 最後なんか、怒鳴り声のような大きさの興奮した声になっていた。


 俺はびっくりして、それから知らない人のふりをした。粛清されたら困る。


「あれ、どうして無視するんだ」


 一連の流れを、石柱の影から目を光らせながら、監視している者がいた。


 彼女は神官。人間の神官と同じように白が多いゆったりとした服、白いミトラを被り羊のような角が、同じく羊のような巻毛の金髪に埋まっている。


 彼女は、魔王に告げ口し二人を粛清してもらう気であろうか。


 なんにしても、彼女は魔王の部屋へと小走りで向かった。


───────────────────────────────────


 トントン


 とても小さな音がする。ぎりぎり聞こえるくらい。誰かが大きな両開き扉を叩いておるのじゃ。


「わしは忙しい……あとにしとくれ」


「申し上げます。申し上げます。急用なのです、魔王様」


「グスッ……たぞかがなんぞわしの悪口でも言っておったか」


「……いいえ、違います。あなたの心の動きについてです」


 はっ


 求めていた答え。


「今すぐ入ってまいれ!」


「はい!」


 これで、自分に初めて湧き出た感情について分かる。目から出た水について分かる!もしかしたら解消法も分かるやも!


「……どうした? 早く入ってこんか」


「……ごめんなさい! 力が弱くて」


「仕方ない。わし直々に開けてやろう!」


 扉を開けると、オドオドと辺りを見渡しながら女神官が入ってくる。


(ふふ。羊みたいで可愛いの)


 女神官は、わしに見られていることに気がつくとキリッとした顔を意識した。


(おお、気取るわらしのようじゃ!しかし……)


 わしは扉の持ち手を掴む力を強めた。


「ところで」


 なぞらえるなら、あかふくろうの眼が女神官を捉える。


 ドーン!!!!!!


 大きな音を立てて、扉が閉まる。


「適当なことを抜かしたら容赦せんからな」

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