或るフォロワーの話

@abno

この物語はフィクションです

「ははは、またトドオカさんがフォロワーに風評被害受けてる」


Twitterを開くと、真っ先にトドオカさんと、トドオカさんと普段よく絡んでいる人たちをまとめたリストにアクセスし、表示された一連のツイート群を見て、わたしは笑った。


以前からTwitter中毒、いわゆる「ツイ廃」というべき傾向はあったが、最近はこのトドオカさん(@TodookaXXX)というアカウントを追うのに夢中になっている。


別に、そんなに特別なことを投稿しているわけではない。週刊少年ジャンプの連載作品を中心にした漫画の感想や、開設している質問箱への回答、そしてフォロワーの投稿のリツイートやリプライでのやり取り、といった具合だ。


だが、それが、なんとも面白い。


漫画の感想は独自の視点ながら一貫性があって、「そういう見方があるのか」と思わされることもあれば、共感するところもあり、皆が読んでほしい作品をおすすめしたくなる気持ちがわかる。


質問箱への回答は、「よくもまあこんなろくでもない質問を」と思うようなものだったり、それどころか質問の体もなしていないような代物だったりする。そんな有象無象の妄言に対して、快刀乱麻を断つかのごとく、切れ味するどいコメントを返しているのが、見ていて痛快だ。

その一方で、稀にまともな質問者によるまじめな質問が来た際には真摯に対応されており、きちんとした人柄がうかがえる。


そしてフォロワーとのやり取り。これが、もっとも面白いのだ。


トドオカさんは多くのフォロワー達から愛され、そして、いじられている。

…いや、いじられているという表現は、感覚的にしっくりこない。


崇拝や尊敬、親愛や畏怖、親しみ、敬意、そうしたものを込めて、

あることないこと好き勝手に書かれている


……というのが、精一杯正確さを期した表現になる。


その結果、客観的には風評被害としか見えない言及ばかりがタイムラインに放出され、ご本人の嘆きをよそに、チャック・ノリスもかくやというような、トドオカさんの「真実」が形成されているのだ。

この人達ホントよく訴えられないな。


そんなフォロワー達も、只者ではない人物ばかりである。よくこんな人たちが一般人として社会生活を送っているな、と思ってしまうような、物語のキャラクターのような個性的な人たちばかり。


そんな人たちのなかでも「特別」な存在。

それが、トドオカさんなのだ。


そんなトドオカさんだが、その正体は謎に包まれている。


Twitter上で語られる「トドオカさん」は、あるときは筋骨隆々の暴力団組長であり、あるときは30~40代の快活な既婚男性であり、あるときは17歳の女子高生であり、あるときは会社員と二足の草鞋の食堂経営者であり、あるときは水槽に浮かんだ脳であったりする。


そして最近では、作家としての才能も発揮し始めた。

処女作となる、ジャンプ作品の二次創作では、いわゆる「NTR」というジャンルを扱い、その圧倒的な完成度と、丁寧に丹念に登場人物を堕とし絶望させる筆致で、多くの原作ファンと小説書きの心をへし折った。


さらに、お好きな作品の感想本を出版すると、本来ジャンル違いとまでは言わずとも、決して主流とは言えない市場にて、なんと即日売り上げ1位を獲得。

本人は固く謙遜しているが、すさまじい才能である。


はたしてトドオカさんとは、いったい何者なのだろうか。


Twitterで彼の動向を追ううちに、そんな疑問がわたしのなかにむくむくと膨れ上がってきた。


いったん気になったことは、確かめないと気が済まない。

どんな手を使ってでもだ。

わたしのよくない性分だ。



トドオカさん本人はガードが堅そうだ。

周りのフォロワーから攻めたほうがよいだろう。


そう判断したわたしは、トドオカさんと関係の深そうなフォロワー一人一人を個人特定し、尾行し、時には暴力、ときには弱みをつかんで脅迫、ときには盗聴、ときには監禁して、トドオカさんの情報を収集した。


その結果わかったのは、にわかに信じがたい事実だった。


「トドオカさん」として語られる人物像は、すべて、実在するのだ。

少なくともフォロワー達は「出会った」と本気で認識している。


多重人格?

いや、その程度では説明しきれない。

まったく別々の人間が、同じ名前、同じ人格をもって遍在しているのだ。


ありえない。だが、そうとしか思えない。


平行世界?

などという言葉も一瞬よぎったが、それよりはもう少しだけ、可能性のありそうな仮説が思い浮かんだ。


AI。


いまや圧倒的な進化を遂げた、生成AI。

トドオカさんの正体は、AIなのではないか。


フォロワー達が会ったと思っているのは、アバターなのではないか。


トドオカさんがAIであれば、冷徹なまでの合理性も、まったく興味がないことに最後まできっちりクオリティを保ったアウトプットを出せることも、本人がたびたび嘆いている「人の『普通』がわからない」という苦悩も、全部説明がつく。


この仮説に問題があるとすれば、性能が高すぎることと、いったい誰が何のためにそんなAIを作り、Twitterなどをやらせているか、という点である。


この疑問を解き明かすためには、調査のアプローチを変える必要がありそうだ。

次はどこから攻めるか。

そのまえに、まずは確保したフォロワー達をもう一度責めるところから始めるか――


”よう調べたのう。大したもんや”


「調査」のアプローチを考えながら、データをまとめていた私の背後から、突然声がした。


馬鹿な。


ここは私が調べものをする際に利用する極秘の拠点であり、誰にも所在は明かしていない。

偶然誰かが入り込んでくるようなこともあり得ない。


あり得ないといえば、一度も聞いたことのないその声を、間違いなく「トドオカさんのものだ」とわたしが認識しているのもおかしい。


いや。

背後からではない。

「聞いている」ではない。

響いているのだ。

直接、頭の中に。


”ワイがAIかも知れんって?よう考えたなあ。”


”ようけ調べて、ひねり出した答えがそれかい。賢いこっちゃ”


「アナタは……一体なんなんですか」

絞り出した声は、自分でもおかしいくらいに震えている。


”ああ?それを調べとったんちゃうんかい”


”ただ妄想しとるだけならよかったのになあ。ワレ、ずいぶんうちのフォロワーに迷惑かけてくれたみたいやからなあ”


”「対処」しに来たで”


その言葉を聞いた時、自分はもう終わりなのだということがハッキリわかった。


嫌だ、死にたくない。


こんな、結局何もわからないまま終わるのは嫌だ。


せめて、せめて、ここまで調べたことを、誰かに――



震える手でキーを叩き、ブラウザを立ち上げたところで、わたしの視界がどろり、と溶けた。


意識を手放すまでの一瞬、ある光景が見えた。


わたしではない「わたし」がTwitterに投稿した「トドオカさんの正体」、それを見て笑う、誰かの姿。


「ははは、またトドオカさんがフォロワーに風評被害受けてる」


(完)

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