第17話

「おはようございま―す。」

 いつものように図書室に来たけど、返事がない。鍵が開いてるから、誰かはいるはずだけどな、と思いつつ修理室に向かおうとして、

「何してるの!?」

 思わず大声が出た。図書室の一角、一番入り口から遠い本棚の側で、女子生徒が三人、本を持っていた。そしてその一人が、本からページを引きちぎっていたのだ。

「……は!?春野?なんでこんなとこいるわけ!?」

狗上いぬがみさんだよね?なんでこんな事したの?」

「……最悪。よりにもよってビンボー春野に見つかるとか。」

 狗上さんは同じクラスだけど、話した事はほとんどない。会った時から私の事を貧乏だと陰で笑ってるのを知ってるから。残り二人も、いつも廊下でつるんでいる人だ。

「読もうとしたら既に取れてたの。悪者扱いしないでくれる?」

「嘘だ。」

「はぁ?」

「だってそれ、昨日私が直して本好先輩に返したばかりだから。」

 三日前、本好先輩から預かった本の中にあった一冊だった。幸い、ページが数枚取れただけだったから、接着剤を付けておいたら無事にくっついた。鴻先輩にも最終チェックをしてもらい、合格をもらった。

「図書室の本を損傷した場合は弁償しないといけないの。今から霧品先生に―」

「……ふざけんな!貧乏人のくせに私の邪魔ばっかして!」

 狗上さんが喚きながら強い力で私を突き飛ばし、私は本棚に思いきりぶつかった。よろけたところに、狗上さんが投げた本がこめかみに当たり、私はたまらずその場に崩れる。

「何してる!」

 男性の声と、「やばっ!」という狗上さん達の声。色んな声と足音が混ざり合ったあと、遠ざかっていった。

「春野さん!」「蓮華ちゃん!」

 足音がまた近づいた、と思ったら、鴻先輩と本好先輩が私の顔を覗き込んだ。

「血出てる!」

「ゴロー、救急箱持ってきて。春野さん、立てますか。」

「あ……」

「春野さん?春野さん?」

「あ…ああ」

 私の足元には、投げつけられた本と、破られたページが散乱していた。目の前の光景と、地下書庫の光景が重なる。自分の呼吸音と、落ちた本の音が耳の中で反響する。それに混じって聞こえる地響き。爛々と光る眼―

「春野さん!」

 私はその場で嘔吐してしまった。


「おまたせ~お茶ど~ぞ。」

「ありがとうございます。」

 手当をしてもらった私は、本好先輩から紅茶の入ったカップを受け取る。紅茶は、鴻先輩が霧品先生のロッカーから勝手に出した。

「で、蓮華ちゃん。何されたか話せる?」

 本好先輩の質問に、私は頷いた。そして、狗上さん達の事を話した。

「わざと破るとはけしからん!このミスター図書室が名前聞いてもピンと来ないから普段図書室利用しないタイプだなわざわざ本を破りに来たのか何にせよ三人とも絶対吊るしてやるぞまず貸出システムにアクセスして……」

「ゴロー、職権濫用です。それと、お菓子が切れたので、これでコンビニで何か買ってきてくれませんか。」

「え?」

 私と本好先輩が同時に声を出した。が、本好先輩はさっきまでの怒り狂った様子はどこへやら、急に上機嫌になり、「親友の頼みだからねん!」と、もらった千円札片手にダッシュで出て行った。

「あの、先輩。」

「はい。パシリました。」

 聞く前に言われた!

「小学校からの付き合いですから、こちらの本意は伝わっています。」

「本意?」

「ゴローには席を外して欲しかったのです。込み入った話ですので。」

 鴻先輩がまっすぐこちらを見た。

「春野さん。もしかして、本が落ちたり壊れた様子がトラウマになっているのではありませんか。」

「え……。」

「以前から気になってはいたのです。本が落ちた音にひどく驚いたり、紙が散乱している様子を見ると、顔色が悪くなる。」 

「……。」

「始めは僕の勘違いかとも思ったのですが、頻繁なので。先ほども落ちている本を見たまま、どんどん呼吸が荒くなりました。」

「そ、んなことは、ないです!」

 私はわざと大声を出す。でも、脳裏にあの眼が、大きく開いた口が、足音が―

「違、違います!怖くなんかないです!やだなー先輩!本落ちるのにびくびくしてたら、ミルイとなんて戦ってませんって!私が怖いのは昔ニラと間違えて食べたスイセンー!」

 先輩が急に私の手を握った。

「震えてます。血の気も引いてますね、冷たいです。」

「……。」

 先輩の手は、大きくて温かかった。

「いいんですよ、我慢しなくても。怖い、って言っていいんです。」

 その瞬間、私は堰を切ったように泣き出してしまった。

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