天国に行ったアトリエ

星山藍華

読み切り

 遠い昔、街外れのとある森では、魔法使いアーロンと世話人のフェリクスが小さな家で暮らしていました。アーロンとフェリクスは街に行っては人々の困りごとを次々と解決し、街の誰もが二人を頼っていました。

 ある日、街の人々は二人への感謝を込めて、石像を作る計画を立てていました。街の長は、画家であり彫刻家のコールマンにその計画を話したところ、コールマンは喜んで計画に乗りました。しかし、コールマンは病気がちでベッドに臥せっている時間がほとんどです。そこで街の長は、アーロンに内緒でフェリクスを呼び出し、事情を明かして独り身のコールマンの看病と手伝いを頼みました。フェリクスは快く引き受けました。アーロンには重い病気の人を付きっ切りで看病すると言って、しばらく小さな家には帰りませんでした。アーロンは時折フェリクスの様子を見にコールマンの家を訪れますが、作業場であるアトリエには一切入れてもらえませんでした。街の人に聞いて回ることにしましたが、誰も教えてくれません。アーロンは気になって仕方ありません。森の小さな家に戻ると、動物たちに魔法を掛けて話せるようにしました。クマ、シカ、ネズミ、リス、モモンガ、フクロウ……誰に聞いても知らないと答えました。けれど街と森をよく行き来するカラスは、コールマンはもうすぐ死ぬ、羽根の生えた人間たちが迎えに来る、と予言していました。アーロンはこのことをフェリクスに伝えなければ、と、いても立ってもいられませんでした。

 数ヶ月経ったある雨の日、アーロンはコールマンの家にいるフェリクスを訪ねました。電気も付いていない薄暗い部屋では、ベッドに臥せるコールマンと傍に座って涙を流すフェリクスがいました。フェリクスはアーロンを見て縋りました。魔法で病気を治してくれませんか、と。アーロンは首を横に振りました。人に魔法を使ってはいけない、それが魔法を使う者の掟だから、と答えました。フェリクスは泣き崩れました。街で腕の立つお医者様は、コールマンの病気は治せませんでした。そして数日後、コールマンは石像を完成させることなく、天使たちに連れられて逝きました。

 葬儀の日も雨でした。棺に入れられたコールマンは、色鮮やかな花々に囲まれ、男たちの手で街の外にある丘の天辺に運ばれていきました。その後ろを付いて行く街の人々もまた、嘆き悲しみました。皆が街に戻ってくると、あのアトリエはどうするのか、と口を揃えて言っていました。フェリクスは誰もいないアトリエに入りました。作り途中の石像の前に置かれたキャンバスには、完成を予想した石像のスケッチがありました。そして雨漏りのするアトリエはいつもより多くの雫が落ちていました。アトリエもまるで泣いているようでした。フェリクスはまたアーロンに頼みました。アトリエの気持ちが知りたい、と。アーロンは、試してみよう、と答えました。アトリエに魔法を掛けると、窓に目と口が現れました。そしてアトリエはわんわん泣きながら、自分もご主人の元へ行きたい、とコールマンが居なくなったことを悲しみました。アーロンはアトリエの願いを叶えてあげようとしましたが、その方法が思いつきません。フェリクスはふと、森の中に何でも知っている万能の泉があることを思い出しました。アーロンに泉のことを話すと、二人はさっそく森の中にある万能の泉を目指しました。万能の泉にたどり着くと、フェリクスは、アトリエを天国へ運ぶにはどうしたらいいか、と訊ねました。万能の泉は、明日の夕方に天使たちが地上に降りてくる、その時に連れてっいってもらいなさい、と答えました。その方法についてアーロンはさらに質問しましたが、万能の泉は答えてくれませんでした。二人は森の中の小さな家に戻り、一度体を休めました。

 次の日は澄んだ青空が広がっていましたが、街の人々は暗い表情でも仕事に取り掛かっていました。二人はコールマンの家の中に入り、時を待つことにしました。フェリクスはアーロンに、コールマンと過ごした時間を話しました。フェリクスは語る度に涙を浮かべました。アーロンはそれが友愛を育んだ証だと感じました。そして日が傾き、地平線に向かっている時、空には黄金色に光る筋がたくさん伸びていました。フェリクスは外に出ると、その筋の中にはたくさんの天使たちが地上に向かって降りてきているのが見えました。フェリクスは両手を大きく振り広げて天使たちを呼び寄せました。天使の一人がフェリクスのもとに降りてきました。天使はフェリクスの顔を見ると、あのおじいさんと一緒にいた人だ! と、嬉しそうに言いました。フェリクスは天使に、この家とアトリエをコールマンのところに持って行ってくれないか、と懇願しました。天使は、一人じゃ運べないから仲間を呼んでくる、と言って、光の筋へと向かい、そして仲間を二十人ほど連れてきました。天使たちは一斉に力を合わせて家とアトリエを持ち上げると、そのまま光の筋へ消えていきました。フェリクスを知る天使は別れ際に、あのおじいさんが看取ってくれてありがとうって言ってた、と伝言を残し、光の筋へ飛んでいきました。そして太陽が沈み、目の前にあったはずのコールマンの家とアトリエはすっかり無くなっていました。街の人々は、なぜかアーロンの仕業だと噂しました。

 それから翌年のこと。街の長は、コールマンが住んでいたところに新しい家を建て、アーロンとフェリクスを招待し住まわせました。そして街の中心にはいつの間にかアーロンとフェリクスの石像が立ち、街のシンボルとなりました。


おしまい

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