旅先で俺は一人旅の女性と一期一会の時間を過ごした
春風秋雄
やばい、混浴風呂に女性が入ってきた
露天風呂のドアがいきなり開いた。しかも女子用の出入り口からだ。この旅館の露天風呂は混浴になっている。男湯女湯はそれぞれあるのだが、室内風呂で、その室内風呂から露天風呂に出られる仕組みになっており、そこは混浴になっていた。一応混浴風呂は水着もOKになっているが、今日の宿泊客は俺の他には女性1名しかいないと言っていたので、まさか混浴風呂に入ってくることはないだろうと思い、水着は着ずに混浴風呂に入っていたら、その1名の女性が混浴風呂に入ってきたのだ。俺は慌てて女性に声をかけた。
「すみません。まさか女性の方が入ってこられるとは思っていなかったので、水着を付けていません。すぐに出ますので待ってもらえますか?」
俺が女性に声をかけると、女性はタオルで前を隠した。女性も水着をつけていなかった。しかし女性は平然と湯船に近づいてくる。
「大丈夫ですよ。私も水着は着ていませんから。こんなオバサンですから、旅の恥はかき捨てで、私は気にしませんから、あなたもそのままで結構です」
女性はそう言って俺と離れた場所でお湯に体を沈めた。
「今日の宿泊客は私たちだけだそうですね」
女性が俺に声をかけてきた。女性も知っていたのか。
「ええ、この地域は冬はスキー、秋は紅葉、春は山桜と、見どころがありますが、暑い夏は閑散期ですからね」
「そんな閑散期にどうしてこちらに来られたのですか?」
女性が聞いてきた。この質問はあらかじめ想定していたので、俺はすんなり答える。
「この時期に休みをもらって、人が少ないところでのんびりしたかったものですから、友達に教えてもらったこの旅館に来たんです。あなたはどうしてここに?」
「昔主人と新婚旅行で来たんです。その頃はお金がなくて、旅行したくてもできないので、この時期なら安いということでここに来たんです。その思い出の旅館にもう一度同じ時期に泊まってみたかったのです」
「今日はご主人とはご一緒ではないのですか?」
「主人とは別れました。まだ半年前ですけどね」
「そうですか」
「離婚するときの条件にここの宿泊を私にプレゼントすることも加えたのです」
「それはどうして?」
「あの人のことを、この旅行で断ち切るためです。でも、心の片隅にはあの人も一緒に来てくれないかなという気持ちもあったのかもしれません」
「まだご主人のことが好きなのですね」
「好きなのかなぁ?20年近くも一緒にいたので、一緒にいることが当たり前になっていましたからね。それがこの年になって急に一人で放り出されたようなものですから、気持ちの整理がついていないのですね」
「失礼ですが、いまおいくつなんですか?」
「女性に年齢を聞くのですか?でも私が先にオバサンと言ってしまったので仕方ないですね。今年43歳になりました。あなたは?」
「私は45歳です」
「別れた主人と同い年ですね。奥様はいらっしゃるのでしょ?」
「いいえ、独身です」
「そうなのですか?良い縁がなかったのですか?」
「縁がなかったというより、好きになった女性が忘れられなくて、他の女性に目がいかなかっただけです」
「その女性とはうまくいかなかったのですか?」
「私がその女性を知った時には、すでに結婚されていたので叶わぬ恋でした」
「そうなんですね。そんな叶わぬ恋をずっと大切にされているなんて、ロマンチストなんですね。そうだ、せっかくだから食事ご一緒しませんか?」
「いいのですか?私も出来たらご一緒に食事をしたいと思っていたところです」
「お名前教えて頂けますか?」
「藤本です。藤本聖志といいます」
「私は中里千春です」
「中里は旧姓ですか?」
「いいえ、離婚したときに迷ったのですが、銀行だとか免許証だとか、色々と手続きが面倒なので旧姓には戻しませんでした。フロントには私から連絡しておきますので、食事は藤本さんのお部屋でいいですか?」
「はい構いません。じゃあ、また食事の時にお会いしましょう。では私から出ますね」
俺はそう言ってタオルで前を隠して露天風呂から出て行った。
フロントから連絡があり、食事は俺の部屋ではなく別の部屋に用意してくれることになった。中里さんの希望で食事は19時に用意してもらうことになった。
19時に指定された部屋へ行くと、一通りの料理が並んでいた。ほどなく中里さんもやってきた。
「閑散期はこの値段でこれだけの料理が食べられるからお得ですよね」
テーブルに並んだ料理を見て中里さんが言った。
「ええ、すごいご馳走です。中里さんは、お酒は飲める方ですか?」
「一応付き合い程度には飲めますよ」
最初はビールで乾杯をし、その後は冷酒が好きだと中里さんがいうので、俺もそれに付き合うことにした。
「中里さんはどちらにお住まいなのですか?」
俺が聞くと、中里さんは少し黙り込んでから、ニコッと笑って言った。
「藤本さん、旅での出会いは一期一会と言います。お互いに素性は明かさず、連絡先も教えないことにして、知り合いには言えない秘密や恥ずかしいことでも、何でも話して、楽しい時間にしませんか?」
そうか、そういうことか。
「わかりました。じゃあ、お互い名前と年齢しか知らないということで、どこに住んでいるか、何をしている人かは一切謎のままにしましょう」
「ええ、そしてこの旅館を出たら二度と会わないわけですから、本当に旅の恥はかき捨てでいきましょう」
中里さんはお酒には強いようだ。かなり飲んでいるのに、全然乱れない。
「藤本さんが好きだった人、どうやって知り合ったのですか?」
「大学時代の友達の奥さんです。正式に紹介されたわけでもないし、友達は大学を卒業して地元で就職したので、年に1回か2回会う程度なので、結婚式にも招待されていないのです」
「それなのにどうして知り合ったの?」
「知り合ったわけではないです。私が一方的に知っているだけです。最初は街で偶然見かけました。旅行か何かで来ていたのでしょう。学生時代によく行っていたジャズ喫茶に行こうとしていたら、その近くを友達と仲良く歩いていました。おそらく学生時代の思い出の場所を案内していたのだと思います。綺麗な人だなと思いました。言ってみれば一目惚れしたようなものです。それから友達に会うたびに家族写真を見せてもらったり、奥さんはどんな人なのと聞くようになりました。友達は嬉しそうに奥さんのことを語ってくれました。それを聞いているうちに、俺もこんな人と結婚したいなと思うようになったのです。それが何年も続くと、まだ話したこともない人に恋をしているような気持になってしまいました。それからはどんな女性を紹介されても、その人と比べてしまうようになってしまったのです」
「なんか、二次元の女性に恋をしているような感じですね」
「本当にそうです。自分でも変だと思います。でも、他の女性に恋をすることができないのです。周りの人からは好きでなくても、一緒に暮らしているうちに好きになっていくこともあるのだから、とりあえず恋をしなくても一緒に暮らしても良いかなと思う人をみつけて結婚したらどうかと言われましたが、なかなか踏み切れなくて、こんな年になってしまいました」
「確かに、昔は結婚式の当日に初めて会ったという夫婦がいくらでもいたそうですからね。それでも夫婦仲睦まじく幸せに暮らしている人もいれば、恋愛結婚しても離婚してしまう夫婦もいますから、結婚ってわからないものですね」
「中里さんは、どうして離婚したのですか?」
「結婚して10年もすると、男と女ではなくて、家族になってしまうのよね。それはそれでいいのだけど、子供もいないし私としては寂しいじゃない。たまにはかまってほしいけど主人は仕事で忙しいといってかまってくれない。もう私のことを女としては見ていないから、手を出してくることもない。私もパートをして少しは家計を助けているつもりだけど、結局は主人に養ってもらっているわけで、妻といっても家政婦と変わらないのかなって思ったら、結婚って何だろうって思っちゃってね。そうすると主人に対する私の態度もそっけないものになったのでしょうね。自分ではそんなつもりではなかったけど、離婚の話し合いをしたときに主人がそう言っていた。そんな頃に主人は外に女を作ったようなの。私は間抜けだから全然気づかなかった。今年になって主人から離婚を切り出されるまで全然しらなかった。その人のことを愛してしまったから離婚してくれって言われて、何か新しいオモチャができたから、古いオモチャはいらないって言われたような気がした」
「ひどい話ですね」
「抵抗しようとも思ったけど、こんな状態で結婚生活を続けても辛いだけだなと思って、それなりに慰謝料と財産分与はくれると言うし、だったら別れてやってもいいかと思ったの。でもね、弁護士を入れて実際に離婚の手続きを進めていると、だんだん寂しくなってきたの。今は新しい女性に夢中になっているけど、半年もすれば、やっぱりお前の方が良かったって言って、戻ってくるのではないかというかすかな期待があってね、それで半年後にこの旅館の宿泊を予約しておいてと頼んだの。ひょっとしたら来てくれるのではないかと思ってね。そして、あの人が来なければ、あの人のことはきっぱり忘れて、新しい人生を歩もうと思ったの。結局あの人は来なかったけどね」
「ひょっとして、チェックインの時に他の宿泊客の確認をしたのではないですか?」
中里さんはチラッと俺を見て話を続けた。
「そう、確認したの。そしたら男性が一人来ていると言っていて、名前を聞いたけどそれは教えられないと言われた」
「もしかして、混浴風呂に入ってきたのは、私のことをご主人だと思って入ってきたのですか?」
中里さんはお酒を一口飲んで苦笑いをした。
「お風呂に入ったら、露天風呂に人の気配がして、ひょっとしたらと思って入っていっちゃった」
「ご主人でなくて申し訳なかったです。でも私が声をかけたときご主人ではないとわかったのに、どうして入ってきたのですか?」
「藤本さんの声があまりにも優しかったから。変なことをするような人には思えなかったし、急にこの人と話をしたいって、思ったの」
「それでも見ず知らずの男が入っている風呂に水着もつけずに入ってくるのは勇気がいったのではないですか?」
「そりゃあ、少しは恥ずかしかったですよ。でも、二度と会うこともない人ですから、多少見られてもいいかと思っちゃいました」
「そうなんですか。だったら、もっとしっかり見ておけば良かった」
俺が笑いながらそう言うと、中里さんは俺をからかうように言った。
「じゃあ、混浴風呂、一緒に入りなおします?」
「え?」
「いいですよ。こんどはしっかり見ても」
俺がどう答えて良いのか戸惑っていると、中里さんは俺の表情を楽しむようにニコッと笑って、フロントに電話した。
「食事は終わったので、片づけをお願いします」
言い終わった中里さんは俺に向き直り聞いてきた。
「明日の朝食も一緒に食べるでしょ?朝連絡しますので、藤本さんの部屋番号を教えてください」
俺が部屋番号を伝えると中里さんは立ち上がり、
「今日は楽しかったです。じゃあ、おやすみなさい」
そう言って出て行った。
部屋に戻ると布団が敷かれていた。独りになると何をして良いのかわからない。時計を見ると10時だった。寝るには少し早いなと思い、冷蔵庫からビールを出して飲んでいると、部屋をノックする音がした。ドアを開けると中里さんだった。
「独りになると、何か寂しくなって来ちゃった」
「私も何をして良いのか時間を持て余していたところです」
俺が縁側のテーブルに座ろうとすると、中里さんは布団の中に入っていた。
「今日はここで寝ようかな」
「いいのですか?」
「旅の恥はかき捨てでしょ?」
俺は電気を消して中里さんの横に滑り込んだ。
いくらクーラーが効いている部屋とはいえ、俺たちは汗だくになった。汗を流すために露天風呂に入ろうということになった。
俺が先に湯船につかっていると、中里さんが入ってきた。しっかり見ていいよと言っていたが、タオルで前は隠している。湯船に近寄り、今度は俺のそばに体を沈めた。夏の夜空に星が輝いている。
「ここは空気が澄んでいるので、星が綺麗ね」
「本当に連絡先は教えてもらえないのですか?」
「一期一会と言ったでしょ。もう会うことはないと思ったから思い切ったことができたの」
「これでご主人のことは吹っ切れそうですか?」
「そうね。もう吹っ切るしかないしね。藤本さんは?実らない恋の相手は吹っ切れそう?」
「どうでしょうね。吹っ切れるといいのですけど、難しいかもしれませんね」
「そうか、私では力になれなかったか」
「中里さんは魅力的です。連絡先を教えてもらえないのが残念です」
「まあ、ひと夏の思い出ということで、良しとしましょうよ」
中里さんはそう言って、さわやかな顔をして星空を見上げた。
東京に帰って2か月ほどして俺は行動を起こすことにした。すぐに行動しなかったのは結果が怖かったからだ。それでも、せっかくここまできたのだから、自分自身に決着をつける意味でも一か八かに掛けてみようと思った。
土日休みの俺は、土曜日の午後に新幹線に乗った。電車を乗り継いで目的地の駅に着くと、予約していたシティホテルにチェックインする。荷物を置いて一息ついたところで、ホテルの前に待機しているタクシーに乗って行き先を告げた。10分ほどして目的のスーパーについた。タクシーを降り、スーパーに入る。店内をウロウロしていると、商品の補充をしている一人の女性店員を見つけた。
「すみません、ドリップコーヒーの売り場はどこでしょうか?」
「ドリップコーヒーですか?ご案内します」
そう言って立ち上がった店員が俺の顔を見て固まった。
「藤本さん、・・・どうして?」
「今日、店が終わってからお食事でもどうですか?」
俺がそう言うと、中里さんは無視して俺をコーヒーの棚に連れていく。
「コーヒーの棚はこちらです」
そうか、やっぱり駄目だったか。俺がそう思っていると、小声で中里さんが言った。
「7時に終わるので、向かいのコンビニで待っていて」
中里さんはそれだけ言って立ち去った。
7時にコンビニにいると中里さんはすぐに俺を連れ出し、歩き出した。そして近くの居酒屋に入った。店員が飲み物はと聞いたのに対して中里さんが生ビール二つと、適当につまみを頼んだ。
「それで、どういうことか教えてくれる?」
意気込んで中里さんが俺に聞く。
「わかりました。ちゃんと説明します。関根千春さん」
俺が名前を呼ぶと、千春さんはギョッとした顔をした。
「千春さんが別れたお主人である関根君は、私の友達です。私の本名は塚本聖志といいます」
「塚本さん?毎年年賀状をくれていた東京の塚本さん?」
「そうです。そして、私の実らない恋の相手は、千春さん、あなたです」
千春さんは絶句したままジッと俺を見ていた。店員が生ビールとお通しを運んできた。
「とりあえず、再会に乾杯しましょう」
俺がジョッキを掲げると、千春さんもおずおずとそれに応えた。
「じゃあ、どうしてあの旅館に?」
「関根君から聞きました。関根君は私が千春さんのことを好きだということを感づいていたようです。離婚されたとき、東京まで来てくれて会いました。関根君は離婚という結末になったこと、千春さんに申し訳ないと言っていました。でもどうしても夫婦を続けていくことは無理だったと言っていました。離婚したあとの千春さんのことを大層気にしていました。それであの旅館の予約をとったことを教えてくれたのです。出来たら同じ日に行って、千春さんと友達になってやってくれないかと言っていました。私が千春さんに気があることも知っていました。別に千春さんの再婚相手に私を選んだわけではない、投げやりになって変な男につかまらないように、できたら相談相手になってやってほしいということでした。もちろん、内気な私の性格を知っていますから、お近づきになれなかったらそれはそれでいい、その時はどんな様子だったかだけ教えてほしいと言われました」
「それで、あの人に報告したのですか?」
「とりあえずお話はできましたとだけ報告しておきました」
「私の職場もあの人から聞いたのですね?」
「はい。すみません。なんか、騙すようなことになって、大変申し訳ないと思っているのですが、私としては少しお話ができたらいいなと思っていた程度で、まさかあんな展開になるとは思ってもいなかったものですから」
千春さんは何も言わない。
「やっぱり怒っています?」
「当たり前です。旅の恥はかき捨てのつもりでの一夜でしたから、私のことを知っている人だと知っていたらあんなことはしませんでした」
「そうですよね。申し訳ないことをしたと思っています。そして、もう二度と会わないと言われていたのに、のこのこと来てしまって、申し訳ないです」
「それで、藤本さん・・・いや、塚本さんは何しにここに来たのですか?」
「ただ単純に千春さんに会いたかっただけです。でもご迷惑なようなので、もう帰ることにします」
「帰るたって、今日はもう泊りでしょ?」
「はい。駅前のホテルにチェックインしてきました」
「駅前のホテルって、あのシティホテルですか?」
「はい」
「あそこ高いでしょ?塚本さんって、お金持ちなんですね」
「お金持ちというほどではないですけど、それなりに稼いでいます」
「それで、これで塚本さんの実らない恋は吹っ切れましたか?」
「吹っ切れることはないでしょう。でも20年近く実らない恋でしたから、これからも実らなくても仕方ないと思っています」
俺たちは、最初に注文した物だけ食べて居酒屋を出た。店を出て、俺はタクシーを拾う。千春さんにタクシーで送りましょうかと言うと、結構ですと言われた。タクシーがつかまったところで、俺は迷いながらも千春さんに言った。
「一応、私の名刺を渡しておきます。携帯の番号も書いてありますので、何か私で力になれることがあれば何でもご相談ください」
千春さんは名刺は受け取ってくれた。
ホテルについて、シャワーを浴び、ベッドで横になっていると携帯が鳴った。もしやと思い出てみると、千春さんだった。
「塚本さん、部屋は何号室?」
「え?1102号室ですけど」
「あれから考えたけど、一方的に塚本さんだけしゃべって、私の言いたいことが何も言えなかったから、このままでは気が済まないので今から行きます」
そう言って電話が切れた。しばらくすると部屋のチャイムが鳴った。ドアスコープで覗くと千春さんだった。ドアを開けると、勢いよく千春さんが入ってきた。
「ねえ、どうして私の気持ちを聞かないのよ」
「え?何をですか?」
「あれから私がどんな気持ちだったかよ」
「どんな気持ちだったんですか?」
「ずっと後悔していたの」
「私とあんなことをしたことをですか?」
「違うわよ。連絡先を交換しなかったことをよ」
え?どういうことだ?
「ずっと、ずっと、あなたに会いたかったのよ」
千春さんはそう言いながら、俺をベッドに押し倒した。
「中里という苗字は旧姓ですか?」
千春さんの裸の肩を抱きながら俺は聞いた。
「そう。名前を言う時、咄嗟に旧姓を言ってしまった。何でだろう?素性を明かさなければ本名を言っても関係ないのにね。あなたといる時だけは、あの人のことを忘れようと思ったのかもしれない」
「関根と名乗らず、中里と言ったのを聞いて、千春さんは二度と私に会うつもりはないのだと思いました」
「あの時はそのつもりだったのだけどね。それが、こうやって会ってしまったね」
「勇気を出してここに来てよかったです」
「あの露天風呂で、実らない恋の相手を吹っ切れたかと聞いたら、あなたは難しいと答えた。あのとき、その女性に嫉妬したの。さっきまで私と熱く抱き合っていたのに、それでもあなたにそう言わせる女性が憎たらしかった。まさか、それが自分だったなんてね。私は自分に嫉妬していたんだね」
「あの時、それはあなたですと言いたかったけど、言った途端に終わってしまいそうで言えませんでした」
「そうね、あの時その話を聞いたら、二度とあなたと会ってなかったかもしれない。でも20年近く思い続けた実らぬ恋は、手が届かないから気持ちが覚めなかったのでしょ?こんな関係になったら、魔法が解けたみたいに覚めてしまうのではないの?」
「それが不思議なんです。実際に千春さんとこうやって結ばれてしまうと、今までの恋とは違う感覚なんです」
「どういう感覚なの?」
「まったく新しい恋をしています」
千春さんが俺に抱きついてきた。
「千春さん、関根という苗字、そろそろ捨てませんか?」
「捨てさせてくれるの?」
「はい。今度は関根でも中里でもなく、塚本になってください」
千春さんは俺の目をみつめ、そっとキスしてきた。
旅先で俺は一人旅の女性と一期一会の時間を過ごした 春風秋雄 @hk76617661
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