第6話




 翌日。




 俺は昨日のカロリー消費量に耐えきれず、残っていた乾パン2枚も食べてしまった。これで晴れて食料0記念!



 いや何もめでたくない。このままじゃ飢え死に一直線だ。ちなみに今、だいぶその直線の先端部分に居る。



 人間、追い詰められると知恵も湧いてくるものだ。俺はできるだけ真っすぐの木の枝を拾うと、先端を尖らせて槍を作った。これなら魚を突くことも出来る。



 俺は岩場を歩いて、湾の先端部分まで行った。以前ここに来た時、大きめの魚が居るのを見たからだ。



 俺は水面を覗き込んだ。


 ゆらり、ゆらりと魚が優雅に泳いでいるのが見えた。居る。しかも、かなり居る。これなら、一匹くらいすぐに突ける。



 いや、俺は油断しない。


 俺は一度海中に頭を付けて冷やした。みるみる集中力が高まっていくのを感じる。



 どんなに俺が貧弱でも、飢えれば飢えるほど、俺の野生は目を覚ます。


 ハンターとしての血が騒ぎ出す。



 俺は右手に持った槍を引き絞る。


 水面下の獲物に狙いを定める。


 矢のごとく、槍が海を貫いた。




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 1時間後。



 何の成果も! 得られませんでしたああ!!



 あれ、これ前もやったことあるな。



 俺はぽんぽんぽこぽこ槍を海中に投げ続けた。しかし一度も魚には当たらなかった。


 まるで俺の行動は見透かされているかのように、すいすいとかわされ続けた。



 これじゃ魚に闘牛されているようなものだ。



 俺は岩場の上に寝そべった。全く動ける気がしなかった。


 もう今から槍を改良するような情熱も、投げ方を工夫する思考力も、何も残っていなかった。



 終わった。全て。



 真っ青な空に、黒い点がちかちかしている。いずれこの黒い点が視界を埋め尽くして、俺は死ぬんだろう。



 すぐ近くで、ばしゃんと大きく水がはねた。



 横を見ると海中から黒い塊が浮いている。デカい。ああ、死期が近いな。



「ア゛ア゛っ゛!゛」



 甲高い声が響いて意識が覚醒する。眼の前にあった黒い塊をよく見ると、海から顔を出したオキゴンドウだということにようやく気づいた。



 何か、口の端っこからはみ出している。魚だ。黒っぽい、タイのような平べったい魚だった。



 オキゴンドウがこちらに近づいてきた。え、まさか! 俺の目は魚に釘付けだった。


「お、俺にその魚をくれるのか?」



 オキゴンドウは微動だにしない。お前……二度までもなく三度も、俺を助けてくれるってのか……。ありがてえ。ありがてえ。



 俺は半泣きになりながら、その魚に手を伸ばした。


 その瞬間、オキゴンドウの大きな口が開き、ギラリと並んだ歯で俺の腕に噛みついた。



「いたたたたたたたたた!!!!」



 オキゴンドウの口が開いたので慌てて手を引っ込める。傷は付いてない。恐らく遊びで噛んだだけだ。いやでも痛えけどな!


 そもそも、あんなデカい生き物に本気で噛みつかれたら、腕ごと持ってかれるだろう。




「ア゛ア゛っ゛!゛」




 気のせいだろうか。やつの声はちょっと怒っているようだった。え? 俺また何かやっちゃいました??? っていうか魚くれないの?



 俺が腕をさすっていると、オキゴンドウは水面下に消えた。


 次の瞬間、はるか頭上まで、一気に飛び上がった。水の尾を引きながら陽光に照らされたイルカの姿は、かなり神秘的だった。



 着地とともに凄まじい水しぶきが起こり、全部俺にかかった。


 顔を拭いていると再びオキゴンドウが顔を出した。いや、尾ビレ以外の全体を出して、ばしゃばしゃと前に進み始めた。



 両方とも、よくイルカショーでやっている動きだ。



 一通り終わると、オキゴンドウは再び俺の所に来た。そして海水を口に含んでは吐く、含んでは吐くといった行為を俺に向けて繰り返した。



「ちょっ、やめろよ」


「ア゛ア゛っ゛!゛」



 俺は水浸しになりながら考えた。こいつはかなり頭が良い。恐らく何かを伝えようとしている。



 頭が良いから俺が飢えていることには多分気づいている。あの魚も、俺にくれようとして持ってきたのだと考えて良いはずだ。



 では、なぜくれなかったのか。これまで短い間だが、どうやらこの個体は非常に好奇心が旺盛で、いたずら好きだということは分かった。

 ということは、俺に何かのアクションを求めている。


 ……ただでエサをくれてやる気は無いってことか。



「もしかして、俺にも芸やれって言ってる?」


「ア゛ア゛っ゛!゛」



 オキゴンドウは頭を前後に動かして、頷くようなしぐさを見せた。

 当たったらしい。人の芸を見たがるなんて、変なイルカだ。



 しょうがねえな。見せてやるよ。俺が営業で培った一発芸スキルをな。



「はい! ショートコント、どこでもドア!」



 俺は勢いよく手を上げた。



「よーし、どこでもドアでゾウを見に行くゾウ! なんつって!」



「がちゃっ! って、ここ、トイレやないかー!」



「あ、よく見たら! 俺の股間にゾウさんがいるじゃねえか! うーん、セルフサファリパーク!!!」




 芸が終わっても、ずっとそのまま俺達は静止していた。波の音が、静かに時の流れを告げるだけだった。




 くっ! 殺せ!



 しかし背に腹は代えられない。飢餓一歩手間でで背と腹がひっつきそうなのだ。




 1分ほど経ってからオキゴンドウが寄ってきて、魚を近づけた。恐る恐る、受け取る。今度は噛まなかった。




 完全に憐れまれた感があるけども、この島に来て初めて、食料をゲットすることに成功した。





 ***





 魚を持ち帰った俺は急いで調理に取り掛かった。お客さんとの付き合いで釣りはやらされていたので、多少のさばき方は分かる。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったが。



 まずはウロコ取りだが、専用の機器も包丁も無いので、乾パンの入っていた容器のフタを使う。


 魚のヒレというのは想像以上に鋭いので、指を刺さないように注意が必要だ。



 取り終わったら、頭と胴体のつなぎ目のところから、肛門の方に、カッターナイフで切っていく。



 切れたら腹が開くので、赤いエラを引きちぎりながら、一気にハラワタを取り除く。


 ここまでくれば、後は海水で洗って、火で炙るだけだ。



 今か今かと魚が焼けていく様子を眺めていると、唾液の分泌が止まらなくなった。


 魚が焼ける匂いは、これでもかと俺の食欲を刺激していた。


 焼けた。


 火の中に手を突っ込んで、魚を取り出す。



「あちち!」



 まだ熱い。火傷しそうだ。


 しかしもう我慢出来なかった。



 一口かぶりつく。



 泣いた。


 いや、鳴いた。



 肉厚の白身は甘く、海水の旨味も効いていて、失神しそうなくらいおいしかった。



 ありがとうオキゴンドウ、ありがとう魚、ありがとう命




 そしてこの、オキゴンド日からウに一発芸を見せることで魚をもらうという、イルカショーならぬイルカに芸を見せる人間ショーな日々が幕を開けた。



 同時に逼迫していた食糧問題は、ひとまず解決することが出来た。




●ミッション


・水源を確保する(2周間以内)


・火起こしを習得する(魔道具を使い切るまで)


✓食料源を確保する(1周間以内)




▶食糧源を手に入れた!(魚オンリー)

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人材チートで無人島スローライフ~~追放されたけど次々に理想の仲間が流れ着く!~~ ごくごく元気 @satotheninja

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