第2話「あいりちゃんの神待ち旅行記」


 集合時刻、午後十一時。

 集合場所、埼京線I駅。西口公園前。

 白いワイシャツに、黒チェックのスカート、赤いネクタイを身に着けたのが私です!

 

 ……おせえ。

 予定時刻を10分過ぎたところで、今日の神様らしき人物が現れることも、声をかけてくることもない。

 DMも反応ないし、外寒いし、正直萎える。

 四月だから大丈夫と思ってワイシャツの上に何も羽織ってこなかったのが完全に裏目に出た。


 今回のおっさんは、足と口をご所望のようだ。

 最近また周期が来たから、本番無しは正直助かる。

 しかしまぁ、どいつもこいつも女子高生をピンサロ嬢かなんかだと思いやがって。なめんじゅあねぇよ……とは思ったものの、大人相手に貧相な体使って金媚びてる時点で、あたしも同類だ。

 ははは。わらえねー。


 ふと、あたしはは後ろから肩を掴まれた。

 がっしりとした大きな手に捕まれ、思わずビクっとなる。

 振り返ると、そこにはメガネをかけた細身の男が棒立ちしていた。

 黒のワイシャツに、淡いジーパン。

 こいつが今日の神様だ。8号だ。


「あ……えっと、あい、あいあっ……あいりちゃん?」

「あっはい。初めまして……えっと、下田景樹しもだけいじゅさん……ですかあ?」


 前会った神様7号より体臭はキツくない。粗方容姿は清潔に保っているみたいだが、私を掴んだ右手の爪、その先端に垢が詰まってるし、メガネレンズも汚れている。

 どうせ直前にネカフェかなんかのシャワー借りたってとこだな。


「お待たせ、待たせてごめんあいりちゃ……ごめんねほんとに」

「いえいえー、全然だいじょぶですよ!」


 あたしは飼い主に甘える猫みたいな柔らかい声を出す。

 大抵のおっさんは猫なで声とミニスカに弱い。


「それでぇ、今日はどちらに向かいますか?」

「あー……えっとね……ちょっとまって」


 下田はスマホの地図アプリをいそいそと操作する。

 ちがうなぁだの、えっとねだの、スマホ相手にもたついてる下田に私はイライラしてきた。


「あ、そうだ、ここだよ、ここ」


 漫勉の笑みでスマホ画面を見せつけてくる下田。

 つかめっちゃスマホ画面汚いんだけど。


「え、ここから1キロ?」

「……うん、ちょっと遠いね」


 ちょっと? 1キロがちょっとだと? なんだお前、ビックフットかよ。ふざけんな、こちとらローファーなんだよ。


 一応、私は「……お車ですか?」と下田に尋ねてみた。下田はあからさまに困った笑みをこちらに向けて来たので、やっぱその線は無いんだろう。死ねよ。


「じゃあ、いこっか」

「はい!」


 元気よく返事して、下田の右手に体を絡みつける。上腕あたりに胸を押し付けてみると、うぅ、と下田は鳴いた。毛深い腕も臭い吐息も何もかもがきしょい、最悪。ほんとつらい。


 でも、今日だけで5万だ。頑張らなくては。

 すでに私の頭の中は、黄金に輝く5人の福沢諭吉でいっぱいだ。

 そんなことにも気づかず、下田は顔を真っ赤に「あいりちゃん……あいりちゃ……あいり……あいりぃ……」ぼそぼそ呟きトリップしてやがる。

 こんなおっさんと歩いてるなんて、生き恥このうえない。

 学校に友達がいなくてよかった。

 誰も私のことを知らなくてよかった。

 よかった……。


×××


 ホテルに着くまで、私たちは30分歩いた。

 ロビーで下田がフロントマンとやり取りしてる最中、私は下田と距離を置いてスマホをいじる。


 大体、ここみたいな都心から少し離れた場所にあるホテルのフロントマンは、私たちみたいな、明らかに事案な二人組でも全然客室に通す。

 関わるのめんどいとか、どうせそう思ってんだ。


「お待たせ、あいり」

 呼び捨てすんなよ。

「部屋は406号室だけど……もう行く?」

「そうしたいです……あたし疲れちゃって。それに、汗が酷いから……その、シャワー浴びたいな、とか」


 ごくり、と下田が唾を飲み込む音が聞こえた。あいつの視線は開襟した第一ボタン、首筋から鎖骨部分に注がれている。

 そのねっとりとした歪な目線。今までのおっさんもしてきた、期待と興奮が混ざり合ったものだ。この視線だけは本当、生理的に無理。

 なんとか嫌悪感を顔に出さないよう、私は頑張って口角を上げながら下田についていく。

 エレベーターに乗ってる最中も、下田は私のケツを撫でまわした。

 はぁ……はぁ……吐息が徐々に大きくなるにつれて、下田のボルテージも上昇し始めた。


「わっ」


 は? こいつ今スカートの中に手ぇ突っ込んだんだけど。まずい、下田の芋虫みたいな指が、私の腰回りを撫でまわす、うわきしょい。

 流石に私はその手を掴んだ。


「もうっ、まだだめです。お部屋ついてから、ね?」

「あぁ……ごめん。ごめんねあいりちゃん……」

「あと、確認しますけど、今日は口と足で、その……;こ、行為は無しですよね?」

 おっさん共は私が「行為」の言葉を恥じらって言うと、喜ぶ。

「あ、うん。だめー……だよね」

「下田さん、契約は絶対ですよ?」

「うん、うん。ごめん」


 エレベーターから降りた私たちは、そのまま406号室のドアを開けて、部屋の中へ入った。

 部屋の中央にはキングサイズのベッドがひとつ。そのおまけのように、右手窓側にテーブルと椅子、小さな冷蔵庫があった。


「ほら、あいりちゃんみたいな女の子ってさ、あからさまに……その……ピンクっぽいのより、ここみたいにちゃんとした内装のほうが好きかなって思って」


 下田はどこか自慢げに私を見た。ただしく言えば、私の鎖骨を見た。

 おっさんは、なぜか純粋なものを欲しがる。私がやってることが無垢とかけ離れていたとしても、それを知ったうえで私を天使みたいに扱う。

 馬鹿かよ。まぁ馬鹿だからこんなことやってんだろうな。うん、馬鹿なんだろう。


「ありがと! でも、私内装にこだわりとか、苦手意識なんてないですよ? どんなとこでも大丈夫ですから」


 とりあえず、シャワー行ってきますね。とかなんとか言って、私は脱衣所へ向かった。汗と下田の感触を流したかった。

 

 シャワーを浴びた後、下田はすっぽんぽんになってた。

 下田の期待値もチンコのビンビンに上がっていて、私は鼻息の荒い下田の気迫に思わず苦笑した。


「とりあえず、どうしよっかな」

「足……にしますか?」

「うん、そうしよう。それがいいよ、うん。お願い」


 私はベッドの隣に椅子を置き、そこへ腰掛ける。


「ソックス……どうします?」

「なしで。生足、生足がいい。あいりちゃんの皮膚がいい。おねがい」


 まるで神頼みするかのように、下田は四つん這いで私の足元まで来た。

 もはやどっちが神待ちかわかんねぇな、これ。


「じゃあ……脱がせて」

「えっ、え、えぇー……いいの?」


 たじろぐ下田の顎を、私は右のつま先で撫でまわした。

 おっさんはきしょいけど、必死にすがって来る人間を翻弄するのは好き。

 私の使徒となり下がった下田は、震える手で、そっと私の中指を触れた。指先の部分をいくら引っ張ろうと、白いソックスはびくともしなかった。


「そこ掴んでも意味ないですよ」


 滑稽な下田は、わりと笑える。母ブタの乳を必死に探す子ブタだと思えば、案外かわいいかもしれない。

 私は下田の両手を掴んで、脹脛、ソックスと生足の境目まで運んであげた。

 無言で下田は私のソックスを下ろす。


「じゃあ、下田さんのここ、触りますね」


×××


 最悪だ。あのクソ野郎顔に発射しやがった。

 裏筋辺りを足裏で弄んだあと、口で、口で、と懇願してくる下田に母性が反応したのがダメだった。やっちまった。


 下田の腐れちんぽの上側、出っ張っててぬめっとした部分を、舌で唾液と一緒にかき混ぜると、徐々に下田の顔が歪んできた。


 あぁ、最高です。おっ、おっ、あっちょっとまって……ほんと、ちょっとそこは……ああ、神、女神さまっ……女神あいり様ぁ……年甲斐もなく腑抜けた下田の声に笑いそうになりながらも、私はその反応に愛おしささえ感じ始めた。下田の呻きを求めて私は何度もチロチロと舌先を這い寄らす。


「あいりちゃん出すよ、出すよあいりちゃん──ああ」

「え、ちょっとまって!」


 ……急いで下田のゴミちんぽを郊外から取り出したけのに、間に合わなかった。

 その寸手のところで、下田は私のこめかみから鼻筋にかけて、白い液体を発射した。


 瞬間、頭が真っ白になる。


 べつに、触るのは構わないし、触られるのもどうってことない。ゴムさえあればセックスだって厭わない。


 でもさぁ、顔はやめてよ。

 私にも自尊心があるし、絶対領域だってある。

 クソ、クソクソクソクソクソ──。

 ほんと馬鹿だあいつは。なにがいっぱい出たねだよ殺すぞマジで。


 怒りに身を任せ、そのまま私はあいつの股間に膝蹴りをかました。

 正直パニックだった。


 下田はそのまま口から泡を吹いて、白目向いたまま倒れこむ。それを見たらちょっと怖くなって、私はそのまま扉の外へ駆け出してった。

 あとの事はもう、どうにでもなってくれ。


「やっちまった……あ」


 やばい、鞄忘れた。

 戻りたくはなかったが、鞄の中に財布もスマホもある。無いと困る。スマホと財布が無かったら、私を私たらしめるものは何もなくなる。


 でもさぁ……みたくねーな。下田の生死も下田の精子も、このままなかったことにして全て忘れたい。さっさと帰ってシャワーを浴びたい。

 もはや顔の皮膚を引きちぎりたい。


「おじゃまします……」


 そっと入って、そのままターブルの下に置いた鞄を掴む。

 扉へ向かって逃げる最中、下田の姿を一瞥した。

 体全体をビクンビクンと痙攣させている。打ち上げられたマグロみたいだ。

 あれは確実にやばい。


 そのまま私は極力誰にも見られないよう、非常階段を使って裏口へと向かった。裏口を抜けた先で、タクシー会社に電話する。


「あ、すいません、タクシー一台お願いしたいんですけど……」


 停車場所は、この先のマックに指定した。料金は、下田の財布から抜き取った10人の諭吉のうち何人かを使えばいい。

 慰謝料だ。慰謝料。クレカ取らなかっただけありがたく思え。

 街頭の灯りが爛々と輝く方へ、私は夜道を歩く。


 結局宿にもありつけなかった……もうひとりいくしかないか。

 携帯を取り出し、カカオを開く。確か、啓二君この付近在住だよね。


 よたよたと歩く中、何度も繰り返し拭いたのに、下田の精子がまだ顔にこびりついた感覚があった。、夜風に吹かれて華ピカピに渇いているような、嫌な感覚。

 私の首筋から下田の残り香がした。


 下田景樹:プリティファッキンクソ顔者野郎。

 評価:50/12点(母性ボーナス+2点、追加料金5万円+5点)

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