第5話
「俺に妻はいない。俺は本当に運が悪いな。」
俺が絶望に打ちひしがれていると、刀の声が少し真面目になった。
「すまんな、勝手なことを言って。だが、これから話すことは真剣に聞いてほしい」
「何だよ改まって。また変なこと言うんじゃないだろうな」
「そうだな……。まずは私が何故お前の中に入ったのか、ということから話そう」
刀はゆっくりと語り始めた。
「私は紅の刀、いや、かつてはそう呼ばれていた。私のような刀は、日本各地に点在している。それぞれ異なる力と役割を持ち、永きにわたりこの国のバランスを保ってきた存在だ。だが、その力の源である封印が、今、解けかけている」
「封印?」俺は眉をひそめた。スケールの大きな話になってきたぞ。
「ああ。何故かは分からんが、近年、各地で封印が綻び始めている。このままでは、眠っていた“悪い奴ら”が目覚め、この世に混沌をもたらすだろう」
「“悪い奴ら”って…まさか、妖怪のことか?」
あの神社で感じた「嫌な感じ」と、あの途切れ途切れの声。もしかして、あの声は封印が解けかかった妖怪の声だったのか?
「その通り。そして、私がお前の中に入り込んだのは、他でもない。お前には、私と同じ刀たちの封印を修繕してもらいたいのだ」
「はぁ!?俺が!?なんでだよ!?」
まさかの使命に、俺は思わず大声を出してしまった。普通の高校生が、刀の封印を修繕する?何を言ってるんだコイツは。
「なぜって、私が選んだからだ。それに、お前は私に触れただろう?一度でも私に触れた者は、私の力を宿し、この役目を負う宿命にある。まあ、お前が想像していたより、運が悪かっただけだ」
「だからって、知らない奴らの封印を直せってか?そんなの無理だろ!俺、普通にテストとかあるし、部活もあるし!」
「大丈夫だ。私が力を貸そう。それに、封印の修繕は特別な能力が必要だが、お前にはその素質がある。私が選んだのだからな」
刀の声はどこか自信に満ちていた。だが、俺は納得がいかない。そんな大それたことができるはずがない。
「それに、お前だけじゃない。全国各地にある私の同胞たちも、いつ誰が触れるか分からない。もし悪意ある者が触れ、その力を得てしまったら…」
刀はそこで言葉を切ったが、その後に続く恐ろしい未来を想像させるには十分だった。つまり、このまま放っておけば、妖怪が全国で暴れ出す可能性があるということか。しかも、あの刀が言っていた「悪い奴ら」の中には、刀の力を悪用する人間も含まれるのかもしれない。
「待てよ。つまり、俺が封印を修繕しないと、この世界はヤバいことになるってことか?」
「そういうことだ。どうだ?少しはやる気になったか?」
俺は頭を抱えた。まさか、平凡な俺の日常が、こんなとんでもない使命を帯びることになるなんて。目の前に選択肢なんてないようなものだ。
「やるって言ったら、どうなるんだよ…」
ため息混じりにそう呟くと、刀の声はどこか嬉しそうに響いた。
「では、まずは私に名前をつけてくれ。これから長い付き合いになるんだ。呼び名がないと不便だろう?」
この刀との奇妙な共同生活が、今、始まったばかりだと、その時の俺はまだ知る由もなかった。
紅の刀 猫LOVE @tanisin666
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