水流のロック

猫柳蝉丸

本編

 ここは夢を捨てに来る場所なんだなあ、とねるちゃんは思う。

 ねるちゃんは高校を卒業してから上京し、友達の家に転がり込んだはいいものの、友達に彼氏ができたから追い出された。

 どうしようかなあ、田舎に帰るのも嫌だなあ、と思っていたらスカウトされたのだ。

 アイドルやモデルじゃない。風俗のスカウトだった。

 残念ながらねるちゃんの顔もスタイルも人並みだった。特に太ってはいないけれど、特に痩せてもいない。身長も平均的で胸だけはちょっと大きい。髪型はボブだけど単に髪を伸ばすのが面倒だから最低限男に人気が出そうな長さにしているだけだ。

 ねるちゃんは特に風俗の仕事に抵抗はなかった。三年前には既に処女ではなくなっていたし、出会って一日でエッチすることにも何の抵抗も無かった。だからねるちゃんは二つ返事で風俗のスカウトに乗ったのだ。

 さすがはプロのスカウトといったところだろうか、スカウトの見る目は確かだったということだ。

 ねるちゃんみたいな宿無しの女の子はよくいるようで、スカウトは寮みたいなアパートも用意してくれた。本当はマンションがよかったけれど贅沢は言っていられない。ねるちゃんにもその程度の分別はあるのだ。オムライスだって作れるからね。

 とにかくねるちゃんの東京での風俗嬢ライフはそうして始まった。


 それから二年、ねるちゃんの風俗嬢ライフはまだ続いている。

 風俗嬢は何と友達の家に転がり込んでいた時よりも遥かに健康的な生活で、スタイルも幾分か今までよりはマシになった。

 知らない男の人とエッチなことをするのは案外と楽しかった。元からそういうことに抵抗がないねるちゃんなのだ。もしかしたら天職だったのかもしれない。

 汚いおじさんが来たら嫌だなと思っていたけれど、スカウトが連れて来てくれた風俗店はその辺しっかりしているようで、目を覆うほどに汚らしいおじさんを客としてもてなしたことはなかった。

 ねるちゃんは色んな男の人を相手にした。テクニックも磨かれたと思う。だけどそのテクニックを隠すのもテクニックの一つだった。男の人たちはこういう店に来ても素人を求めてしまうものらしい。ねるちゃんはそういうことも理解している。ねるちゃんは柔軟なのだ。

 その甲斐もあってか、トップとまではいかないまでもねるちゃんは人気嬢に成り上がっていた。

 生活もだいぶ楽になったし、客層も変わって目を疑うようなイケメンが客になることも多くなった。

 こんなイケメンがどうしてこの店に? ねるちゃんがそう思っていたのを悟ったのか、あるイケメンは苦笑交じりに身の上話をしてくれた。

 そのイケメン曰く、本当に好きな相手には話せないことが多いらしい。特に性癖なんて絶対に言い出せないのだそうだ。だからどれだけイケメンだろうと風俗店のお世話になってしまうのだとか。

 ちなみにそのイケメンの性癖は女性用下着を着用したままねるちゃんに座られることだった。お客様の秘密は誰にも話せないけれど大丈夫。家には話相手のハムスターのハムちゃんがいる。

 他にも色んな性癖のお客様がいた。自分の娘や妹に手を出さないために風俗店を訪れていると語った人も両手じゃ足りないくらいに。

 男の人は誰にも言い出せないことを抱えて、好きな女の子たちに必死でいい顔をしているものなのだ。


 だからねるちゃんは思う。あんまり深く考える方じゃないけど思うのだ。

 風俗店は、こういうお店は、叶えたい、叶えちゃいけない夢を捨てに来られるお店。

 一時の夢を見て、一瞬だけ叶えて捨て去り、現実の世界へと戻っていくための場所。そのお手伝いができるのは、きっと素敵なことなのだ。

 ねるちゃんはこの仕事が好きだ。愛しの彼氏が欲しいと思うこともあるけれど、それはいつかこの仕事から離れてのことになるだろう。その時はきっと遠くはない。風俗嬢でいられる時間は短い。ねるちゃんはそれも分かっている。もちろん熟女専門の風俗というものもあるのは知っているけれど。

 そうして今日もねるちゃんは水の流れるような儚い仕事を始める。それで誰かが叶えられない夢を捨てて現実で楽しく生きられるのなら、風俗嬢冥利に尽きるってものなのだ。

 ねるちゃんはそうして、今日も楽しく生きている。

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水流のロック 猫柳蝉丸 @necosemimaru

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