独特の香りに包まれて

斗花

独特の香りに包まれて

私の彼氏のひかるくんは背が高くて、筋肉質で、イケメンだ。


クールって感じの見た目通り、実際クールで、耳にやたらとあるピアスの穴は中学生の頃、グレてた時にあけたらしい。


私服はなぜか柄シャツが多くて、やたらと似合う。


今日のデートにも赤い柄シャツと、セカンドバックで来た。



「……悪そう!!」


「会って第一声それ?」



待ち合わせしてると分かる。


いま通り過ぎた可愛い女の子も、派手な女の子も、ギャルみたいな女の子も、一瞬チラッて輝くんを確認してた。


私が慌てるように輝くんの腕を絡ませると、輝くんはあやすような目で私を見てくる。


「な、なに?」


「いや?波音はのんちゃんは今日も可愛いなと思って。

そのワンピースも似合ってる。新しいやつだね」



私の服装を褒めながら、私の少し大きいハンドバックをさりげなく持ってくれるところ。


私が人にぶつからないように、肩を抱いて歩いてくれるところ。


私の踵の高い靴を気遣って、無理して信号を渡らないでいてくれるところ。



この間、大学の友達に話したら「神彼氏じゃん」って言われた。


写真を見せたら、「羨ましい」って言われた。



だけど、神彼氏でイケメンな輝くんには欠点が一つある。



「これ。映画のチケット取っておいたよ」


「わ!ありがとう!」


私にチケットを渡して、輝くんは笑って建物の上の案内表示を確認すると、ゆっくり私の目を見る。


私がため息をつくと、輝くんも真似するようにため息をついた。


「……タバコ吸いたいんでしょ?」


「うわー!波音ちゃん、すごい!よく分かったね!」



白々しく私のことを褒めて喫煙室のマークを指差す。


露骨に機嫌を悪くする私を見て、輝くんは申し訳なさそうにしながらも、歩みを緩めたりはしない。


私は喫煙室の前に置かれた二人分くらいの長さのベンチに座り、スマホをいじりながら輝くんが帰ってくるのを待つ。



輝くんはタバコを辞められない。



最初は私に隠れて吸っていたけれど、服についてる匂いには違和感を感じていた。


家に行った時、ベランダの端にあったオシャレな缶の中に水と灰が浮かんでるのを見つけた時は少しだけ喧嘩になった。



それから堂々と吸うようになって、もう一年近くなる。



「お待たせ、ごめんね」



私に近づく前に、シュッとコロンを自分にかけた。

中途半端なシトラスの香りとタバコの香りが混ざって、余計に匂いは気持ち悪くなった気がする。


でも、その匂いを嗅ぐともう、私の頭は輝くんでいっぱいになってしまう。



香りって、ずるい。



一瞬で、モノにしちゃうから。




「いつになったら辞めてくれるの」


「あれ。俺、辞めるなんて一回も言ったことないよ」



なんでここだけ、そんなに頑ななの。

他はなんでも許してくれるのに。


私のためならなんでもしてくれる輝くんが、これだけは譲ってくれないのが悔しくて、気になって、ムカつく。



映画が終わって時計を見て輝くんの家に向かうことにする。


ワンルームの部屋は狭いけど綺麗で、キッチンは使い込まれている。


私は彼の家で一度も台所に立ったことがない。



料理も作ってもらって、朝も起こしてもらって、だからタバコは辞めてくれないのかな。




「……輝くん、私が料理始めたら、タバコやめる?」


彼の作ってくれたトマトパスタとサラダとスープを食べながら聞くと、思ってもみない発言だったのか、彼は珍しく少しだけ焦った。


飲んでいたスープが溢れないように静かに置いて、少しだけ考えてから心配そうな顔をする。



「俺の作ったご飯美味しくなくなっちゃった?」


「え?!違う、なんでそうなるの?」


「じゃあ、なんでそんなこと言うの」



タバコを辞めて欲しいんじゃないって、頭でわかってる。


私のお願いを聞いて欲しいだけだ。



私のためにやめてくれたっていう、優越感がほしいだけ。



こんなに与えてもらってるくせに、まだ欲しがる私は汚い。



食器を下げて、テレビを見て、少し経ってからシャワーを浴びる。


私がシャワーを浴びてる間、彼がタバコを吸うのを知ってる。


ベランダの入り口に畳んで置かれたキャンプ用のボロい椅子を開いて、空を見ながら吸うのを知ってる。


私がシャワーから上がると、そそくさとベランダから出てきて、ポケットからシトラスのコロンを取り出して吹きかける。


コロンのふきかかった首元に顔を埋めるように抱きついた。



「え?波音ちゃん、俺いま、臭いし汚いよ」



「……いまがいい」



鼻の先をシトラスが掠めた後、鼻の奥を通って、タバコの香りが喉にこびりつき、彼をみあげたら唇が重なった。


口の中にタバコの香りが広がって、苦しくて呼吸しようと開いたら、舌が舌を絡め取るように濡らした。


口の中はタバコの香りでいっぱいなのに、鼻先にはシトラスの、甘くて爽やかな香りがこびりついて、彼はそのまま私のことをベットに優しく押し倒した。



彼の匂いが私にまとわりついて、彼の香りに私が染まって、彼の全てに私が重なった。



**



独特の香りに包まれて



**



その唇から、肌から、私にあなたの香りがうつる。



あなたが辞められないタバコに、あなたをあなたたらしめるタバコの香りに、私はきっと嫉妬しているの。






2021.08.23

理想幻論サマ

「独特の香りに包まれて」

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独特の香りに包まれて 斗花 @touka_lalala

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