自分の初恋は死にました

蒼鉛

短編 自分の初恋は死にました

「自分の初恋はもう死にました。

――だからもう、どうだっていいんです。なにもかも」


 ひどく乾いた笑みを浮かべて、彼女はそう言い放った。


「な、何でそんなこと――」

「わからないでしょう?君は特に。夢に向かってひた走れる君は特に、ね」



 あなたのような人間にあこがれてた。あなたや、好きだった彼女みたいな人になりたくて、君らに一歩でも追いつきたくて。

 そして、そんな君らにすごいって言ってほしくて。笑ってほしくて。ただそれだけを生きがいにしてきたんだ。



「でももうそんな彼女は、私が愛した桜はもういない。だから相対的に、私のいる意味もないんですよ」

「そんな!君だって一緒に夢に向かってきたじゃないか!君も夢を追い続けてきたじゃないか。だからこそ、継ぎたいとは思わないのか!?」


「あなたにはそう見えていたのですね。驚きです。でもよかったですね。今ここで間違いに気づけたのですから。そこまで傷つかなくて済みますよ」


 どこまで言っても冷たく、どこまで言われても冷静に冷酷に刃を突き付ける。言の葉を固めた、誰でも簡単に扱える武器だ。


「何を言っても意味ないようだね。それでも、僕は止めたいと思うよ」

「そうですか。勝手にしてください。私は勝手に私の道を歩みます。誰にも邪魔させない」



「教えてくれないかい?何を思ってそうなったのか」

「そうですね。それは必要事項でしょう。渋りもしませんよ」


これから始めるのは分かり合う為の殴り合いじゃない。すべてを壊すための殺し合いだ。



――――――――



「夢というのはひどいものなんです。どこまで行っても残酷で、叶えたとしても、叶えられなかったとしても、最後には必ず主に刃を向けるのですから」


彼は何も言わない。それは行程として受け取る。ま、ただの独白に口を挟まれても厄介なだけ。それは向こうもわかっているのだろう。続けてくれ、そんな意思すら感じられる。



「夢は叶えることだけが正解なのか。そんなこと何回も考えましたし、自分とは何なのか、夢とは何なのかなんてものも何十回と考えました。もちろん結論などあるわけもなく、出るはずのない哲学です。ただ深淵に歩み寄れただけ。そんなことはさして重要じゃないんです。わかりきっていた話です。自分の中で、これが正しいと思うものを見つけ、それに従うしかないんですから」


肯定。彼は目を伏せている。どうやら私は言葉で人を呑み込む才能があるらしい。いつもは迷惑していたが、今回はそれを逆手に取る。飲ませないと、負ける。


「私自身には何か明確な夢があるわけではありません。何かにひたむきになるなんてこともできた記憶ありません。心のどこかで虚空を感じながら日々を過ごしています。それはこの先も変わることもなく、変われてもいない。だからこそ、あなた方のような人にあこがれていました。桜や蒼のように、まっすぐに夢だけを見て、それだけを信じてただつき進める人たちを」



 縁側から立ち上がり、端に植えてある桜の木に手を添える。三人で植えた、夢の体現者。まだ細く、か弱い。



「求めていました。そんな風な夢を。感情を、想いを、熱量を。そして、嫌っていました。そんなの一切ない、私自身が、醜くなって行くばかりでした」


「そんなこと!」

「ない、とは言えないでしょう?だって、人の心のうちなんでだれにもわからない、自分ですらも分かりえないのだから」


 だからしばらくは口を噤んでいてください。

 暗にそういった意味を込め、言葉にかぶせる。今はまだ、私の番だ。



「私の思いなんて単純なものだったんですよ。人並みの想い。何かを成したいわけでもなく、何か夢中になれるものがあるわけでもなく、何か特別好きなことがあるわけでもなく、自分の中の芯が強いわけでもない。ただただ、自分が好きな誰かに喜んでほしかった。自分のあこがれてる人らにすごいと言ってほしかった、ほめてほしかった。誰でもいいから、頼りにされたかった。そんなただの気持ちだけだったんです。それ以外、この世の生きとし生ける全て、起こりえる森羅万象全てに興味なんかないんですよ。花から期待もしていないし信じてもいない」



「それは、僕自身もってことかい?」

「そうですね、そういった面ではあなたも特別と言っていいでしょう。確かにあこがれた人の一人、桜と同列の唯一の人間なのですから」

「そうか、それが聞けて良かったよ」


 何か得意げな顔をし、また聞く体制に戻った。何に希望を見て、何に期待をしたのか、そんなことは容易に想像がつく。でもそれすらも織り込み済み。その程度じゃ私は止まらない。こんな考えがある時点できっと私はまだ、誰かに止めてほしいんだろう。誰かにすがりたいのだろう。わかっているさ。でもそう簡単に人は変われないんだよ。何十年も頼りにしてきた人が急に消えてそんなすぐに切り替えられるわけがないんだよ。だから止まれない。ブレーキもなく加速していくだけの思考。オーバーヒートもブルスクもない。止まるはずもない。


「でも、昔から散々な目にあってきた私は、そうやすやすと人なんかを信用できなかった。記憶も失った。何が正しくて何が間違いかすらわかりもしない。だから、結局どうせ適当に生きて適当に社会の歯車になって、適当に狂って死んでいく。そうとさえ思えていた。でも、莉朱に化けの皮をはがされて、こんなしょうもない想いに気づいて蒼に信用されて、初めて一緒にいて楽しいと思えて、桜に、全てを受け止められた。何の含みも裏もない、ただ純粋な思いだけを語って、受け入れてくれた。包み込んでくれた。初めて、だったんだよ」


 蒼は何も言わない。ただ苦い顔をしているだけ。もしかしたら責任を感じているのかもしれない。あの日、蒼だけは親のDVを目の当たりにしていたから、止められなかったから、救えなかったから。そんなの、気にするだけ無駄だというのに。彼の性格上そんなこと言ったところで聞き入れられないだろうけど。


「ただ桜だけが全てだった。桜に笑ってほしかった。桜を喜ばせたかった。桜に褒めてほしかった。桜が居れば苦しみも悲しみも痛みも全部ちっぽけとさえ思えた。桜さえいれば、他なんてどうでもよかった。ただ桜に尽くしたかった。このはじけるような熱すぎるくらいの思いがきっと恋なんだって、初めて知った。だから伝えた。そのままの思いを。さすがに相思相愛だったなんて言うのは予想外でしたけど」


 あの日の喜びは、想いは、きらめきだけはきっとこの先も一生忘れないだろう。そして、形骸化されて加速度的に光の増しているその思い出にきっと一生縋り続けるだろう。もう一生離れることもないし、離れられることもない。


「お互いがかなりヤンデレ気味だったこともあり、まさに相性抜群と言えた。ずっと一緒にいたし、これからもそうだと思っていた。一生一生変わらないと思っていた。桜のいる生活だけをずっと考えていた。でも、日常なんてものは、唐突に壊れるんだと知った」


「あの日のこと、かい?」

「あたりまえでしょう。むしろ文脈的にそれ以外があると思っているのですか?」

「いいや。ないね。たしかにそうだ」


龍ヶ崎巨大地震。併発魔物氾濫。そして併発同時多発テロ


「多くの人が死んだし、正直、王都の見る影もなくなっていた。この桜の木が俺もせず燃えもしていなかったことは本当に心の底から奇跡だと思っているよ。でも、そんな奇跡があるなら桜を生かしてほしかった。さくらがしなないでほしかった」


「うん」


「たんじょうびぷれぜんとなんてどうでもよかったよ!そんなものまいちもらってるよ!きみといられるひびがあればそれだけでよかったんだよ!君が居なくなっちゃどうしようもないじゃんか!君が居ないとその先何もなくなっちゃうじゃんか!そんなものかばって、そんなもの残して死んでいかないでよ!そんなのむしろいらなかったからさ!いまもこのてで、だきしめさせてよ……。さくらぁ……」


 もしこれが何者かに殺されていたなら、私はそいつを恨んで嬉々として犯罪に手を染め、そして死んでいっただろう。もしこれが震災でただなくなっただけなら、このどうしようもない怒りを向ける矛先もなく、もう少し周りを信用できたのかもしれない。もし私が佐倉をかばって死ねていたら、何千倍も楽だっただろう。でもそのどれもの可能性が起こりえないことで、魔法だろうと、科学だろうと、神の力だろうと確変されないどうしようもない事実なんだ。

 でも、原因が自分にある以上、自分を恨まずにはいられない。自分が勝手に消えるときでも、周りを巻き込んではいられない。だから、自分が周りを巻き込んでいく。そして勝手に爆発すれば、いいでしょ?


「だから、もう私には何もないんだ。自分を恨むことしか出来ない。こうやって日々を過ごすことですら苦痛で、もはや誰も桜ほど信用できなくて、誰とどこでどんな日々を過ごそうが、一人で何もせずただ無駄にしようが、いつだってあるのは失った桜への想いと苦しみだけ。そんな世界にもう、必要なんかないんだ」

「まって、それは」


「そう簡単に決めつけないで、とでも言いたいのかい?」


「っ……」

「もっと日々を重ねれば、もっとたくさんの人とつながれば、人じゃなくてもいい、人造人間や、動物、精霊、自然とつながればまだ何か変わるか漏れないとでも言いたいのかい?」



そんなもの、とうの昔に試したさ



「なにもないんだ、そう言っただろう?だから、もう、この手で終わらすんだ」


そう言って私は今まで着ていた厚手のコートを脱ぐ。まだ桜の季節は雪が舞うほどだ。首元は長いほうがいい。まだまだ寒いな。さて私は、暖かくなるまで生きていられるだろうか?


「っ!自爆奴隷首輪チョーカー!!!」

「せいかーい!」

「それは誰につけられた!?言え!今すぐ吐け!すぐにそいつを見つけ出して口を」


顔を真っ赤にしてまくし立ててくる。ほんといい子ちゃんなんだから。






「目の前にいるよ?」


「ぇ…?」

「文脈から予想ついてたでしょーに。白々しい」


あたりまえでしょう、今はただの死にたがりなんだから。


「っ今すぐ外して!いまここで!」

「無理だよ。鍵はこの町中にばらまいてきた。もちろん、私のチョーカーってわかりやすくしてね」

「それは」

「そ、私の生死はすでに顔も知らない誰かの手に渡っている。もちろん私も知らないよ」



 だから、これは誰のせいでもない。私が死ぬときは、社会が私を殺したってこと。それが運命で、命運なんだから。


 もう話すことはない、と立ち上がり荷物をまとめていく。


 蒼は苦虫をかみつぶしたような顔で固まっていた。

 ごめんね?多分これが一番、誰も責任を感じずに私が消える方法だから。


 それまでに君が私を救えば君の勝ち、私が死ねば君の負け。そんな壮大な人生ゲームなんだよ。そのころにはおそらく私も何か飼われているのでしょうかね。なんて、らしくないですね。


「自分の初恋は実りましたよ。真っ赤な醜い毒の果実となって、ね」


そう吐き捨てて私は、町の闇に紛れ込んだ。

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自分の初恋は死にました 蒼鉛 @thiku

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