おうち
学生作家志望
お屋敷
花の甘い匂いの前を通り過ぎていく。私の家の中庭には、白色だの青色だのの色々な花が置かれていて、通るたびに鼻をつつかれる。私は物心ついたころから、この甘い匂いを嗅いできたため、はっきり言ってしつこいと思うくらいに飽きていた。
だけど、いつも白い服と金のバックに身を包んだお父さんとお母さんは、これを自慢に思えとしきりに私に言ってきた。やはり私はこの二人の言うことが全く理解できず、きっと鼻でも詰まっているんだろうな、とひそかに思っていた。
でもあの二人が言うことも、もしかしたら一理あるのではと思うことが、特段無いわけではなかった。そもそも、そう思わされる場面の方が多かった。実を言うと、私にしつこくその事実を突きつけてくるのは親ではなく、同じ小学生の友達だったのである。クラスでは私の後ろの席の川奈ちゃんだ。
川奈ちゃんは、5年になって最初の大イベント、クラス替えで、一番最初に友達になってくれた初対面の子だった。初対面の子であったのに、まるでクラス替えでたまたま連続して一緒になった友達の様に、私たちは気付かないうちに毎日の登下校を共にするまでの仲になっていた。
そんな川奈ちゃんとのありふれた帰り道にて、やはりまたしきりに同じことを言われた。
「沙耶ちゃんはいいなあ。」
「なんで?」
「だってさ、みんなから聞いたよ。中庭にお花がたくさんあるお屋敷に住んでるんでしょ?」
お屋敷ってなんだろう。私はそうやって考え込んでしまうほど、自分の家をお屋敷なんて大層なものになぞらえたことはなかった。だけど、この華奢な女の子の目に映る私の家というのは、紛れもなくお屋敷なのだそうだった。その時に生まれた、相手の気持ちが理解できそうで、できそうにもないような、そんな中途半端な感情が私の心中を埋め尽くしていた。
「いいなあああ。そんな家に住んでみたいよぅ。」
「そうかなあ。」
なんとなく認めたくなかったので否定をしてみたところ、川奈ちゃんがやけに大きいため息をやんやんとたて始め、弱々しい声を上げた。
「羨ましいよ本当に。だって、だって、、私の家なんてさ・・・・・・。」
「どうしたの?」
勢いよく話していた川奈ちゃんの口が突然止まった。戸惑った私は、鳥の糞でも降ってきたのかと思って上を見た。だがやはり何もいないので目線をもう一度戻す。でも、戻したときにもまだ川奈ちゃんの口は動かないままでいた。川奈ちゃんは下を向いたまま足を動かして、小さい歩幅の一定間隔を進んでいたのである。
「え、大丈夫?」
もしかして私が何かヘンなことでも言ってしまったせいだろうか。泣いていたりしていないといいな。でも少し聞いたことがあるのだけど、こういう場面に出くわしたときに、大丈夫?などと安易に聞いてはならないらしい、確か。まあそんなことを思い出した私は、もう聞いちゃった後の私なんだけれど・・・・・・。
「うん、大丈夫なんでもない!」
そうだ。大丈夫?と聞かれたら、今の川奈ちゃんのように大丈夫!と言うしかないんだ。だから、大丈夫?ではなくて、「何かあったら言って」を選択しなければならなかった。これはちょっとまずいことだ。そう一度考えると、今の川奈ちゃんの笑顔も、無理して顔に張り付けているだけの偽りの笑顔ではないかとさえ思えてきてしまうのだった。
それに、実際にこれが証拠になるかどうかは不透明だけれど、いつもなら奥歯を見せるように口を大きく開けて笑う川奈ちゃんが、今は口を少し開けて息の抜けたような音を立てて笑うだけだった。
「川奈ちゃ。」 「沙耶ちゃん!!」
「えっ?」
川奈ちゃんが私の名前を呼んで手を取り、意外にもけろっとした顔をしながら笑って見せてくれた。
ふっと心のモヤが軽くなり、連鎖反応で体も軽くなった。それからも、川奈ちゃんは私の手を握って引っ張り、中々離さない。何かを考えているように見えた。
そして、まさしくその次の瞬間だ。声も出さないまま、急に足を強く踏み出した川奈ちゃんのペースに揺られ、気付けば私たちは一斉に走り出していた。息をつく暇もないとはまさにこのことだと悟る。田んぼ道をあっという間に過ぎていく私たちは、風の様にある場所にたどり着いた。
そこにあったのは、見慣れない形の一軒家。中の電気は全て切れているようだった。私はこの家の一見変わった風貌に、少し身を縮こませて色々なことを考えていた。頭の中では、最近ネットで見た、廃墟となった旅館の映像が繰り返しで再生される。
つまるところ今の本音を言ってしまうとするならば、私はこの家をとんでもない廃墟か、そういう心霊的な類のヘンな建物だと完全に思い込んでいたわけだった。でも、川奈ちゃんはそれでもこの家の扉の前へと、私の手を悠々と引っ張って近づいてゆく。
私はもうこの時点で現実を現実として見なくなっていた。悪い夢なら覚めてくれといくらかお願いしていたと思う。だけど、残酷なことに本当にこれは現実なのだ。頬をつねる余裕もないまま、ドアの真正面までついにやってきてしまう。
「川奈ちゃん、?ここ、って。」
私がいくら聞いても川奈ちゃんはやはり答えてくれない。何らかのドッキリというならまだしも、種明かしとかネタバラシとかがないと趣味が悪い。でもそれでも、ここで勝手に帰るわけにはいかないから待った。何かが扉の向こうから来るのを待った。そうして、ついに扉が開いた。
大量のシールが張られた扉がゆっくりと開かれ、中からある人が出てきた。
「ただいま!お母さん。」
「おっ、おかえりいっ!ご飯できてるよ!」
「やった!!」
私はこの時多分ヘンな顔をしていた。算数のテストの表を解き終わって寝ていたら、実は裏があったと、終了5分前に気付いてしまったときくらいは唖然としていた。あ、と口に出さなくとも出たような気がする。少し考えてみればわかったことをなぜ考えられなかったのだろうか、私は。
川奈ちゃんがお母さんと呼んだ女性は、私の方を見て、奥歯を見せて大きく笑った。私はこの笑い方をよく知っている。この人は本当に川奈ちゃんのお母さんなんだ。だとしたら、ここが川奈ちゃんのおうち。
川奈ちゃん、さっき、そういえば。
「さっ!お友達も来てくれたことだし、せっかくなんだから今日はみんなご飯大盛!!」
「おおお!やったああ!すごいねお母さん!」
「でしょ!」
テーブルにドカドカと並べられたのは、湯気がほわほわと止まらないご飯、あさりの味噌汁に、ど真ん中にアジフライというセット。この時、私と向かいに座っていた川奈ちゃんは、椅子から転げ落ちそうになるほど喜びながら、また同じように奥歯を見せて笑っていた。
「いただきまーす!!!」
手を合わせて、がなかった。給食の前ではいつもやるのに。というかそれどころではない。「いただきます」の、いの部分にはもう食べ始めていたように見えた。華奢な女の子の川奈ちゃんが、まさかの早食いキャラだったことに私はまたも唖然となり固まっていた。
「ごちそうさまでした。」
「片づけるからもう二人はお風呂入ってていいよー。ゆっくりね。」
「はあっい!!」
そういえば川奈ちゃんのお母さんは、私の家にちゃんと連絡とかしてくれたのだろうか。そうじゃなかったら結構やばい気がする。また叱られるのはもう嫌だ。まあもういいや。正直、帰りたくもない場所だ。今日くらいはいい、そう思うほかに手はなかった。
そして、私たちは気付いたら布団の中にいた。なんで一緒の布団の中で眠ることになったのかはまったく自分もわかっていないけれど、でも、やっぱり川奈ちゃんといるのは楽しい。一分一秒でも長く居たいと本気で思える。川奈ちゃんも、同じなのかな。
「沙耶ちゃん。」
「ん?どうしたの?」
「私ね、やっぱり沙耶ちゃんのことは羨ましい。でも、このおうちが一番大好き。」
川奈ちゃんはあの時とは違った、強い声を出してはっきりと私に言った。
「今日のアジフライもおいしかった。お母さんのことも大好き。もちろん沙耶ちゃんもね。」
「それは私も!」
「今度は沙耶ちゃんのおうち行きたいな。色々なお花があってきれいなんだろうな。」
私のおうちをお屋敷と言った思いが、その気持ちが、私にはこの時になってようやくわかった。
「お母さんと、沙耶ちゃんみたいなおうちにね、いつか住みたいの。」
おうち 学生作家志望 @kokoa555
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