第33話


 季節は巡り、気付けば冬になっていた。

 結婚式の具体的な日取りも決まり、衣装や招待客、披露宴会場などの準備を進めながら、光留と花南はクリスマスデートを楽しんでいた。

 この日は、月夜と花南が付き合い始めた日でもある。

「懐かしいな、まだそんなに経ってない気がする」

 光留がしみじみと呟く。

「ふふっ、わたしも。光留君からのお誘いにドキドキして、全然眠れなかった」

「今でもドキドキしてくれる?」

「もちろん」

 ふたりは手をつなぎながら、街を歩く。

「衣装、とっても綺麗だったね!」

「うん。俺のお嫁さんは世界一可愛いって自慢して回りたいくらい可愛かった」

 光留の率直な言葉に、花南は恥ずかしそうに俯く。

「光留君だって、とってもカッコよかったです……」

 意趣返しにそう言えば、光留は耳元で「ありがとう」と囁く。

「ひゃっ! もう、光留君ったら!」

 恥ずかしがったり、怒ったり、照れたり笑ったりする花南のすべてが愛おしい。

 この先も、ずっとそばで見守っていたい。

「夕食はこの間テレビに出てたレストラン、なんだよね?」

 光留達が向かっているのは、改装オープンしたばかりの商業ビル。

 工事は1年くらい前からしていたが、入居するテナントは半年前から発表されていた。

 その中に、都心でも予約が難しいと評判のイタリアンレストランの二号店が含まれており、話題になっていたのだ。

「よく予約取れたね」

「ずっと前から花南と一緒に行きたいと思って、半年前から予約してました」

 結婚前の最後のクリスマスデート。

 この日のために光留は張り切っていた。

 白状すると、花南がくすくすと笑う。

「ふふっ、嬉しい」

 他愛ない話をしながら食事を済ませたあとは、初デートで訪れた海沿いのイルミネーションを見て、観覧車に乗った。

「なんだかあっという間な気がする」

「うん、今年もいろいろあったからね」

 あと1週間足らずで今年も終わる。

 花南が大学を卒業したら、ふたりは式を挙げる。

「花南」

「なぁに?」

 光留の目が花南を見つめる。

 柔らかな表情だが、どこか思いつめたような空気があるのは気のせいだろうか。

「俺、花南にひとつだけ言えてなかったことがあるんだ」

 光留の手が微かに震える。

 今からこれを伝えることで、結婚は破談になるかもしれない。

 そうなったら、自分はどうなるのか想像が出来なくて、ずっと言い出せなかった。

 震える光留の隣に座り、そっと自分の手を重ねる。

 泣きそうな表情を浮かべる光留は珍しく、それが花南の胸を締め付けた。

「聞いてもいいの?」

 花南の気遣うような表情に、光留も覚悟を決めた。

「俺は、花南とはずっと一緒にいたいと思ってる」

 自分でも感情を抑えきれないほど、花南のことを愛している。

 永遠は無理でも、おじいちゃんおばあちゃんになって、死がふたりを分かつそのときまで、そばにいたい。

 けれど――。

「俺は、もしかしたら六十歳……いや、下手したら四十歳くらいまでしか、生きられないと、思う」

 花南は絶句する。

「それだけ……?」

 光留は今、二十三歳。多く見積もっても二十年くらいしか一緒にいられない計算になる。

 日本人の平均寿命は80歳を超える。その半分程度しか、光留は生きられないかもしれない。

 光留自身は、今までそれでいいと思っていた。

 けれど、花南との未来を考えたとき、それでは足りないと、欲が出てしまった。

 まだ身体に目立った変化はない。

 それでも、確実に時は迫っている。

「俺もまだ実感はあんまり無いけど、蝶子と月夜にも確かめたから、それほど大きく外れてないと思う」

 死ぬことが怖くないわけじゃない。

 でも、それ以上に、花南を独りにしてしまうのが怖い。

 光留は、重ねられた花南の手をぎゅっと握り返す。

「俺は、今までのこと後悔してない。これからも、多分無茶はする」

 守り人である以上、これからも蝶子や花南を守る為に、光留はその身を削り続ける。

 だが、捨て身になっているわけではない。

 ただ、大切なものを守りたい。

 純粋で、残酷な願いをかなえるための代償。

 そんな光留がたったひとつ、望んだもの。

「それでも、俺は、花南と一緒にいたい」

 光留の声が震えていた。

 花南を不安にさせないように。

 これが、手放せる最後のチャンスかのように。

 覚悟を秘めた光留の言葉に、花南は唇を噛み締める。

 光留は、いつだって花南のために戦い、傷ついてきた。

 返しきれないほどの恩がある。

 だけどそれ以上に、純粋に愛を注ぎ、誠実に向き合ってくれた。

 時々、どこか寂しそうな顔をする光留。

 花南が寂しいとき、そばにいてくれた光留を、今度は自分が支えたい。

 だから、結婚を受け入れたし、心から楽しみにしている。

 それが土壇場になって、残酷なことを告げてきた光留。

 でも、それがずっと真剣に考えてくれていた証だということは、痛いほどわかる。

 

 ――どうか、光留のことを信じてやってほしい。


 光留の“兄”のような存在である月夜の言葉が、今になってようやく理解できた。

 先ほど光留は「蝶子と月夜に確かめた」と言った。ふたりは、すでに知っていたのだ。

 だから、月夜も弟のように可愛がっている光留を案じて、花南に光留を託したのだ。

 光留だって本当は不安で仕方ないはずだ。

 それでも、花南を不安にさせたくなくて、寂しい思いをさせたくなくて、今日まで迷ってきたのだろう。

 それでも、伝えてくれた。

 光留の誠実さが愛おしくて、切なくて――。

 花南は思わず、光留を抱きしめた。

「か、なん……?」

「わたしが、光留君を独りになんてさせない」

 花南の声に、涙が混じる。

「わたしだって、わたしだって光留君が好き! 愛してる。誰にも光留君を渡したくない!」

 あまり自己主張しない花南が見せる独占欲に、光留の心が暗い悦びに満ち溢れる。

「光留君が長生きできなくても、その分わたしが長生きする。だから、その時はまた、迎えに来てね?」

 いつか必ず別れは来る。

 だけど、その先でも一緒にいられるなら――きっと、寂しくはない。

「っ、ああ、もちろん。絶対、迎えに行く。だから、ずっと一緒にいよう」

 ふたりとも、涙が止まらなかった。

 それでも、気持ちはひとつだった。

「花南、俺と結婚してくれますか?」

「はいっ」

 光留からの二度目のプロポーズの後、重なった唇はしょっぱくて涙の味がした。

 けれどそれは、幸せの味だと思えた――。

 

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君と歩む物語~古の巫女の物語~ 葛葉 @obsidian0119

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