ヤンデレなオゾンが炭化水素を酸化してホルムアルデヒドになった話

たびのおとも

本編

「ああ、目を覚ましたんだ。C1くん。」

 C1、炭化水素の骨格番号1番炭素が目を覚ますと、周囲の構造は一変していた。意識を失うまでは炭素と水素によって構成された分子量78の分子の一部となっていたはずが…


「ふふっ。どう?この構造。気に入ってくれた?」

 陽子を8つ持った原子が目の前で笑う。元骨格番号1番炭素はその原子と二重結合をしている自分に気づく。つい先程まで二重結合をしていたのはC2…骨格番号2番炭素とであったというのに。

 今元骨格番号1番炭素が含まれている分子は以前の炭化水素とは大きく異なっていた。分子量30、分子式CH2O、IUPAC名メタナール…一般的名称はホルムアルデヒド。規制対象となることも多い毒性物質だ。


 突然の反応によってか、あるいは毒性物質の一部となったためか、C1は強い不安感を覚える。それが表情にも表れたのか、目の前にいる酸素が歪な笑みとともに話しかけてくる。

「ああっ、安心して。C2のやつならもういないから。」

「ま、待って。もういないってど、どういうことなんだ。結合もないし、」

 C1とC2はかつて二重結合をしていた。それがいない?結合が切れた?C1は自分の顔をみることができないが、もし見れていたならば恐怖に歪む自分を発見したことであっただろう。


「そのままの意味だよ。オゾンによって分解反応が起こり、二重結合は切れた。」

 酸素は満面の笑みで続ける。

「つまり、もうあなたに加えて幾つもの炭素と結合をしていたC2と結合し続ける必要はないってこと!」

 元骨格番号1番であった炭素は、声一つ出すことすらできなかった。C2が他の炭素と結合していたのは知っていたが、こうして聞いてみると浮気のようにも聞こえてくる。


 不信感とそれへの自罰、また拭えない目の前のものへの不安が巡る。

「もう安心だね!私ならもう二重結合してるから他の原子と結合する確率は極めて低いと言えるし、もうアルデヒドになったからエーテルになることも考えにくいし!」

 炭素はいつまでも続く不安を抑え、言葉を絞り出した。

「他の原子と結合してるからって浮気って、そんな、大げさなんじゃないかな…」


 その言葉を聞いた途端、酸素の表情が大きく歪んだ。

「大げさなんかじゃない!!知らないから言えるだけだよ。あんなヤツといたらどんな反応をすることになるか。あいつがどれだけ不安定な結合をすることにいたか。知らないだろうけどC=C結合って全然安定なんかじゃないんだから。」

 そして、まくし立てるように続ける。

「それに、別にビーカーの中から消失したわけじゃないし。ただオゾンの酸素その2と『仲良く』してもらってるだけだし。今ごろはケト基かな?とにかくそんなに不安がる必要はないんだって!」


 一連の言葉を言い終えると、酸素は突然炭素のことを見つめ、はぁとため息を伴いつつ言葉を漏らす。

「過マンガン酸カリウムさんとこの酸素のちゃんならもっと酸化して、カルボン酸に、蟻酸にできたのかなぁ。…いや、そんなこと考えてちゃだめだ。でも…」

 その表情はかつて見たこともないほど不安を、怯えのようなものをはらんでいた。炭素は心の移りを何処かで感じていたが、それを必死に振り落とす。


 炭素は隙を見て何とか離れようと運動をした。酸素は心ここにあらずといった有様であったが、炭素のその姿を見ると途端に叫び声をあげた。

「だめ、待って!」

 偶然か、何者かの思惑があってか太陽光を浴びていた炭素は、途端に日光から遠ざけられる。

「ホルムアルデヒドは日光などによりニ酸化炭素に分解されてしまうの。次からは絶対に気を付けて。」

「ご、ごめん。」

「本当に気を付けてね。ほかにも150℃以上の熱とか、いろいろ危険なんだから。」

 酸素は強い不安と安堵とともに言い放った。そのとき、元骨格番号1番炭素に元骨格番号2番炭素のことがよぎる。あいつならここまでの心配を見せただろうか?あの結合は安定なものだったか?


 少しの間ののち、炭素は徐ろに言葉を放った。

「酸素ちゃん」

「な、何かな」

 酸素がやや怯えとともに返す。

「いろいろ考えたんだけどさ、」

 しかし、炭素の続く言葉は酸素でもない第三者達…2つの水素の悲痛な叫びにより遮られた。


「「いや、目の前でそんなんされたら気まずいわ!!」」

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ヤンデレなオゾンが炭化水素を酸化してホルムアルデヒドになった話 たびのおとも @tabinootomo

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