第3話 元冒険者アックス!
シロマ山から西に一週間ほど歩いた場所にある針葉樹の樹海。ぱらぱらと雪が降りしきり,地面は積もった雪で一面真っ白である。
足を踏み入れた当初は殺風景ながら趣のある景色に胸躍らせていたリッカだったが,樹海に入って三日目に突入した現在,一刻も早くここから抜け出したいという思いで胸がいっぱいになっていた。
(やばいな。ずっとまっすぐ歩いてるはずなのに,全く出口が見えない。この樹海思ってた以上に広いな。100年前にこんな場所なんてあったか?...うー,風が寒い。寒いけど,毛皮があるおかげか意外と寒さは耐えられるんだよな。何より耐えられないのは...)
グーーーーーーーーーーー-------ッ
リッカは大きく鳴いた腹をさすって,ため息をつく。腰には一本の剣と,水筒とポーションが二瓶だけ入ったショルダーバッグ。非常食は旅を始めた当初は干し肉を持ち歩いていたものの,樹海に入る前にはすでに尽きていた。この三日間,食べたものと言えば山菜だけ。その他に食べられそうなものが何一つとしてこの樹海にはないのだ。この樹海に入る前,木の実の生えた木は無さそうだなとある程度予想はしていたリッカだったが,まさか魔物と全く出会えないとは予想外だった。白骨化した魔物の死骸はたまに見かけるし,山菜には最近できたらしい魔物の歯形がついているものもある。近くに生きた魔物がいそうではあるのだが,いくら探しても肝心の魔物の姿が全く見当たらない。そもそも,生前も今も襲ってきた魔物を返り討ちにし,食料としてきたリッカは,魔物を探すのに慣れていないのだ。
(...てか,普通におかしくねぇか?これだけ広い樹海なら,凶悪な魔物の一匹や二匹いてもおかしくねぇだろ。なんで襲ってくる魔物どころか,魔物のいる気配すらねぇんだよ。...ああーやばい。エネルギー不足で頭に血が上らなくなって──)
──ググッ
リッカの足元が隆起する。咄嗟の判断でジャンプしたリッカは,突然地面を突き破って大口開けて姿を現した魔物を見て驚愕する。すんでのところで躱し,地面に着地したリッカだったが,一瞬でも反応が遅れていれば丸呑みされていたであろう。茶色い表皮,目はなく,蛇─というよりはミミズに近い見た目。デカい。
(見た目だけで言うと下級の魔物のメミエズに近いな。...ただ,デカすぎる。今見えている部分だけでも優に3メートルはある。地面に隠れている身体のことも考えると全長8~10メートルってとこか。通常のメミエズが全長2~3メートルだからかなり異常だな。...まぁいいや,そんなことより─)
「ようやく,肉が食える...!!」
「やばい。気持ちわりぃー...」口と腹を抑え,顔を真っ青にしながら,リッカはふらふらと樹海を進んでいる。巨大メミエズは,想像以上にまずかった。ぶよぶよとした不快な歯ごたえに,噛めば噛むほど溢れてくる苦い緑色の体液,生な所為で匂いも臭く,とても食べられたものじゃなかった。空腹だったため,それでも体の求めるままに食べ進めたが,後味が悪すぎて吐いてしまった。三日間ほとんど飲まず食わずの状態だったため,生きるためだと自分に言い聞かせ,何とかもう一度頑張って口に含み,飲みこんでみたが,さっきからずっと吐き気が止まらない。一刻も早く樹海から抜け出したい。巨大メミエズのことを忘れたい。その一心で足を動かし続けている状態である。(まじで地獄だわ。早く口直ししたい。水飲みたい。ステーキ食べたい。A5ランクのステーキ)
「コーーーン,,,コーーーン,,,」前の方から音が聞こえてくる。よぉーく目を凝らすと,ロシア帽をかぶった大柄の男が木の根元に何度も斧を振り下ろしているのが見えた。途端,リッカの身体に生気がみなぎってくる。
「おーいッ!おーいッ!」
驚くほど大きな声が出た。旅を始めてから会う二人目の人間。樹海を抜け出せるチャンス。リッカは助かったとばかりに男の方に駆け寄っていく。
リッカの声に男が気が付く。木を切るのを止め,驚きと恐怖の混じった顔でリッカを見つめる。
(しまったッ!俺はコボルトだった!)リッカは咄嗟に駆けるのをやめ,できるだけゆっくりとした速度で男の方に近づいていく。「驚かせて申し訳ないッ!俺に敵意はないッ!この樹海で迷ってしまったんだ!頼むッ!この樹海から出る方法を─」
「それ以上近づくなッ!!」大柄の男が声を荒げる。
当然の反応だと,リッカは足を止める。「お願いだッ!話を聞いてくれッ!俺は─」リッカは背後から何者かが襲い掛かってくる気配を感じ取った。すぐさま剣の柄に手を伸ばし,後ろを振り向く。そこで見たのは,大きく口を開け,今にもリッカに噛みつかんと飛び掛かってきている白い狼だった。
「やめんかぁーーーーーッ!!!」耳をつんざく男の怒声が響き渡る。
白い狼が口を閉じる。それを見て,リッカも剣を抜くのを我慢する。狼はリッカのすぐ横を通り過ぎ,地面に着地した。リッカが狼の方に目を向ける。狼はまだ敵意が完全に取れておらず,歯をむき出しにしてこちらを威嚇している。
「ルフィン,もうやめないか。...すまない。こいつは俺の相棒でな。あんたを敵だと勘違いしちまったらしい」大柄の男が駆け寄ってくる。「俺の名はアックス,こいつはシルバーウルフのルフィン。お詫びに何かご馳走しよう。ついてきてくれ。俺の家まで案内する」
アックスの家は山小屋で,中に入れてもらったリッカはすぐにステーキとコーンスープを振る舞われた。ルフィンは暖炉の前でうずくまり,転寝をしている。そっと視線を送ると,ルフィンは目を開けて,牙を覗かせてこちらを睨んでくる。どうやらまだ警戒されているらしい。
「旅の途中に樹海で迷うなんて災難だったなぁ」
「はい。...うんまっ。あっ,すみません」
「ガッハッハ,そんなかしこまらなくていいよ。ため口でいこう。人と魔物に上も下もないからな」
「ありがとう。そういうことならそうさせてもらうよ」
「切り替え早いな」
リッカはナイフとフォークを使いながら,ステーキを食べ進めていく。三日ぶりのまともな食事だ。美味しくないはずもない。ん?メミエズの肉を食ったじゃないかって?そんなの知らない。フォークによって口元に運ばれていく分厚いステーキの切れ端を,リッカは頬張り,夢見心地でそれを咀嚼していく。コボルトの顎になったからか,ステーキは驚くほど簡単に噛み切れ,肉汁が口の中に溢れてくる。幸せだ。幸せ過ぎて,思わず口角が上がる。こんなこと,生前じゃあ経験したことなかったなぁ...
そんなリッカの姿を,アックスは不思議そうな顔で見つめていた。
「ん?ふぉ(ど)うした」
「いやぁ,やけに綺麗な食べ方するなぁと思って...。コボルトの群れでもナイフとフォークを使いながら肉を食べてたのか?」
リッカは内心ドキッとしながら口の中のステーキを飲みこんだ後,ハハハと笑う。「...そうだな,自分の爪をナイフとフォークに見立ててやってたよ。この食べ方も人の言葉と同じで忍び込んだ村の人間の食べ方を見て覚えたんだ。群れを追い出されたのはこの食べ方のせいでもあるかもな」
今のリッカは,その白毛と人間への興味のためにコボルトの群れを追い出され,旅をしているという設定である。自身の生い立ちについて正直に話してもよかったのだが,アックスが『夜の帳』について知っているのか,またどういう立場なのか分からない以上,その名前を出さない方がよいと考えた。
「なるほどなぁ,そういうことか」アックスもステーキを頬張る。
「そういえばこの肉,何の肉なんだ?三日間この樹海にいるけど,魔物を見掛けるどころか足跡すら見たことないぞ」メミエズは,知らない。
「雪兎(ゆきうさぎ)の肉さ。奴らは用心深いからなぁ。山菜は噛みちぎった後,しっかり巣まで持ち帰ってから食べるし,人間や他の魔物の気配を察すると雪の中に潜って隠れちまう。...ゴクン。足跡もしっかり雪を掛けて覆い隠す徹底ぶりさ。見つけ方を知らないと見つけられないだろうな」
(なるほどな。そんなに徹底して隠れるのが上手い魔物なら,そりゃあ見つけられないわけだ。...にしても─)「異常だな」カップに注がれたコーンスープをズズズと一飲みして,リッカは呟く。
「ほぉ,どうしてそう思う?」
「そこまで徹底して隠れるってことは,地上か空に何か恐れるものがあるからだろ?でも,この三日間,見掛けたのはかなり前に死んだであろう魔物の骨だけ,生きてる魔物はほとんど見かけなかった。そんな天敵の滅多にいない環境で身に付く習性とは思えない」
「ガッハッハ,...鋭いな」
「...なにか起きたのか?この樹海で」
アックスはステーキのささったフォークを皿に置いて,カップのコーンスープを仰ぐ。空になったカップを木のテーブルにこつんと置いた。
「以前,この樹海は中級の魔物の巣窟で,『腕試しの樹海』として冒険者の間では有名だった。しかし,半年前に大鬼(オーガ)の特殊個体『暴食(ぼうしょく)』が現れ,樹海の魔物が食い荒らされ始めた。冒険者ギルドはこれを危険視し,Aランク冒険者パーティー『タカノツメ』に『暴食』の討伐を依頼,結果討伐に成功したがそのときには既に雪兎以外の魔物は樹海から姿を消していた。そして,今に至るってわけだ」
「なるほど。特殊個体ねぇ...」
人間一人一人に違いがあるように,魔物一匹一匹にも個体差がある。その中でも,周りとの違いが顕著である個体は特殊個体とされ,冒険者ギルドでニックネームが付けられる。身体の一部が異様に発達していたり,色が変わっていたりと違いは様々だ。白毛で人の言葉を喋れるリッカやあの巨大メミエズも特殊個体と言えるだろう。...やばっ,またメミエズのことを思い出してしまった。さっさと忘れよ。
「アックスはどうしてこの樹海に暮らしているんだ?話を聞いた限りだと,雪兎と山菜しかこの森にはねぇんだろ?」
「俺は元冒険者で『タカノツメ』の一員だったんだ。『暴食』との戦いで仲間は皆死んじまったから隠居したのさ。隠居先にこの樹海はぴったりだろ?」
「...」(軽いノリでえげつない爆弾投下してくんじゃねぇよ)リッカはコーンスープを一飲みして気持ちを落ち着かせた。
ザクッ,ザクッ...
夜の樹海,一人の青年がスコップ片手に地面を掘り進めている。黒いローブを身にまとったその青年の頭には,羊の角が生えている。
ザクッ,カッ──
青年のスコップが何か硬い物にぶつかった。青年はすぐさまスコップを放り投げ,その硬い物を手で掘り出していく。
「クククッ.........,やっとだ。やっと見つけた。これが,『暴食』の骨...!!」
青年は掘りだしたモノを持ちあげると,口角を上げてそう呟いた。
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二度目の人生はコボルトです。 トリニク @tori29daisuki
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