第2話 しがない花売りアリス!

私の名前はアリス。いずれ世界一の大金持ちになる女。今はしがない花売りだけど,そのうちでっかいことやって大金持ちになるんだからッ!というわけで私は今,いつものように山にお花を摘みに来ている。

村のすぐ近くにある山─シロマ山。この山に咲いているオシロイ花は,月一で村にやってくる行商人があるだけ全部買ってくれる。

「おっ,あったあった」

山を登って三時間。ちょっと突き出た崖の花園に,見つけましたよオシロイ花。エリンギの傘がそのまま逆さになったような形の花。行商人曰く,都会では結構人気らしい。そこまで美しい花には思えないけど,きっと価値観が都会と田舎じゃ違うんだろうな。

「よし,籠もパンパンになったことだし。日が暮れないうちに,さっさと帰りますか」

今はちょうどまっ昼間。スムーズに山の麓まで下れれば,夕方までには余裕を持って村に着ける。ヤツらと遭遇することはないだろう。

鬱蒼と生い茂る木々の間を,縫うように駆け足で下っていく。足が棒になってきた。川に着いたのでしばし休憩。ここは北国なので昼間でもそんなに暑くはないが,それでもやっぱり山はきつい。喉が渇く。

「ちべたっ!」身体をこわばらせつつ,しゃがんで両手ですくいあげた川の水を口元に運ぶ。「...ぷはぁー,生き返るぅー」シロマ山の川の水は本当においしい。なんというか,澄んでいる。疲れた身体に染みる。ずっと飲んでいたい。ずっとこのままでいい。

しばらくして,私は重い腰を上げた。もうちょっと休憩しても時間的には問題ないけど,早く村に帰るのに越したことはない。私はデキる女。自分の命を守るためにも,魔物が生息する山の中で必要以上の休憩は取らないのだ。


ブーーーーーーーッ


(はっ!?羽音ッ!!?)

この低く耳障りで,不安を掻き立てる羽音。間違いない,ヤツらだ。

この辺の地形は熟知してる。私は一目散に木陰へと向かい,鬱蒼とした茂みに身を隠した。

徐々に大きくなる羽音と共に,ヤツが姿を現す。スイツキムシ。人間の子供くらいの大きさでミツバチみたいに毛が生えたコガネムシ。こいつらは先の鋭いストローみたいな口吻を持っていて,その口吻を動物に突き刺して体液を吸う。子供の頃,夜の山で冒険者が何匹ものスイツキムシに覆いかぶせられ,吸われているのを見たことがある。あのグロさとエグさは一生もののトラウマだった。

(ヤバい,心臓バクバクする。音漏れてないよね?)口を手で覆いながら,ヤツが通り過ぎるのをじっと待つ。

スイツキムシはこちらにはわき目も触れず去っていき,羽音も遠くなっていく。完全に羽音が聞こえなくなったところで,私は慎重に茂みから出て,できるだけ音を立てないように,駆け足でその場を離れていく。

まだ心臓がバクバクしている。本当に怖かった。まさかスイツキムシが現れるなんて。しかもこんな真昼間に。

「...なんでだろう」私は小走りしながら考える。スイツキムシは夜行性で,基本的に群れで行動する。昼間に何匹ものスイツキムシが木陰に止まってじっとしてる姿を見かけたことはあっても,あんなふうに一匹で動き回っている姿を見たことなんて一度もない。なんで夜行性で群れで生活するはずのスイツキムシが,昼間に一匹で飛んでいたのだろう?群れとはぐれたのだろうか?それとも─

(スイツキムシも何かから逃げてた?)私は頭を横に振る。そんなわけがない。それこそ聞いたことがない。だいたい,ヤツらが何から逃げるというのだ。このシロマ山で一番の危険生物はあのスイツキムシだ。この山にいるどんな魔物も,ヤツらを見たら尻尾を巻いて一目散に逃げていく。ヤツら以上に危険な魔物なんてこの山では聞いたことも,見たことも─

目の前の木々の間から銀色の毛並みの熊が急に姿を現し,私は足を止める。

(はっ,熊?なんでここに?)

熊の目撃情報など,このシロマ山では一度もない。しかも,目の前の熊は普通の熊より一回りも二回りも大きい。こんな大きな熊見たことがない。

あまりの異常事態に,どうしようもない状況に,思考が停止する。

─バキッ

(あれっ?)私はいつの間にか地べたに這いつくばっていた。動けない。意識が朦朧としている。痛みを感じる。ずっしりとした痛みだ。その瞬間,自身が殴られたことに気が付く。熊に殴られ,吹っ飛ばされたことに気が付く。

「グォオオオオオオオオオ...!!」

(あっ,やばい。これ,死ぬヤツだ)

血がどんどん広がっていく。熊はのそのそとこちらに近づいてくる。意識が遠のいていく。熊の前足が目の前にやってきた。

(結局,お金持ちにはなれなかったなぁ。あーあ,残念。お金持ちになって─)

熊の前足がトドメを刺すべく私の頭に振り下ろされる。観念した私は目を閉じる。

(─お母さんに,楽させたかったな)

ブシュッ

「..........」

(あれっ,死んでない?)朦朧とする意識の中,私は目を開ける。目の前には,やはり銀色の熊がいた。じっとしていた。首から上が無くなっていた。首の付け根から血を吹き出していた。訳が分からなかった。熊が倒れる。側に,剣を持った人がいた。いや,人じゃない。白毛の「こぼる...と...?」そこまで言って,私の意識は完全に途切れた。






私には,妹がいた。5歳離れていた。とてもやんちゃで,いたずらばっかりして,泣き虫で,嘘つきで,うざくてうざくて,愛おしかった。妹は6つになったとき,高熱で倒れた。一日たっても下がる気配がなかったので,医者のいる町まで馬車で出向くことになった。

「これは魔力アレルギーの一種ですな。ごくたまぁにあるんですよ。人は動物や植物から栄養と一緒に魔力も取り込んでる。通常,そういった魔力は魔法を使わなかったり,使えなかったりすると,身体に不要なものと判断され,肝臓で分解されて身体の外に排泄されます。しかし,それが上手く機能しないで身体の中に不要な魔力が溜まっちゃうと,免疫機能がその魔力を間違って攻撃しちゃって,こんな風に高熱を出すんです」

「娘は良くなるんですか?」母が言った。

「聖教会に行って魔法での治癒を頼めばすぐに良くなりますよ。相場は大体これくらいですかな。」

提示された金額は,とてもじゃないが母に払える金額ではなかった。ただでさえ妹が生まれてすぐに父が山の落石に巻き込まれて亡くなって以来,お金がないのだ。

母は苦しそうに悩んだ末,時間はかかるが薬でも治療ができるということで(それでも目が飛び出るほどの金額ではあったが),一週間分の薬を買った。その後,村に戻り,二日後に妹は亡くなった。

母は妹の亡骸に突っ伏して「ごめんね,ごめんね」と泣いていた。私は,そんな母の背中を黙って見つめることしかできなかった。それから母は,金を求めてそれまで以上に働くようになった。無理をして働きすぎるためか,もともと身体が強くない母は頻繁に体調を崩すようにもなった。5年たった今でも,母が夜中にときどき妹のことを思い出して泣いているのを私は知っている。

私は,金さえあればと思った。金さえあれば妹を救えた。金さえあれば母をもっと楽にできる。母に,「もう働かないで大丈夫だよ」って言える。金さえあれば,金さえあれば─


「─金さえあれば」呟きながら,アリスは目を開ける。ごつごつした天井が,火の光で照らされている。どうやら洞窟の中のようだ。アリスは端にいて,中心で焚火がユラユラと燃えていて,アリスの反対側で白毛のコボルトが石の台に乗っけた何かを手のひらサイズの石でせっせこすり潰している。それは白い,花びらのようで。その白さには見覚えがあって,コボルトの後ろにはアリスが運んでいたものと同じような籠があって,コボルトはその籠に手を突っ込んで白い花を取り出して石の台の上に乗っけてまた今にもすり潰そうとしていて,その花はエリンギの傘がそのまま逆さになったような形の花で─

「何やってくれとんじゃぁああッ!!!」その籠がアリスのもので,コボルトがすり潰しているのは彼女が集めたオシロイ花だと気づいた時,アリスは怒りの雄たけびを挙げていた。

「おおっ,起きてたのか」

「『おおっ,起きてたのか』じゃないわよッ!」アリスはずかずかとリッカの側へと近づいていく。「何やってくれてんのよ!せっかく私が頑張って集めたオシロイ花をぉー,こんな風にぃー,これじゃあ売りもんになんないじゃなぁい!」

リッカは目を丸くする。「このまま売るために,この花を集めてたのか?!すまん,てっきりポーションを作るんだと」

「なぁにがポーションよ!こんな花で,ポーションなんて高級品作れるわけがないじゃない!こんな花で,ポーションを...ポーション?」アリスの目に,リッカの傍らにある紅い液体の入ったフラスコ瓶が目に映った。「それ,ポーション?」立ち尽くしながら,指を挿すアリス。

「ああ,まぁ正確にはポーションよりも質の高いハイポーションだ。もう手遅れってくらいの大怪我でも修復できる。そのおかげでお前も助かったんだぜ。ぎりぎりだったがな」

「ハイポーション...!?ハイポーションを作ったっていうの...!!?」アリスは信じられないという顔をする。

ポーションは,主に聖教会が生産している飲むと身体の傷が修復されるまさに魔法のような薬で,一般人はおいそれとは使えないくらいの高級品。ハイポーションなら尚更だ。命の危険を伴う仕事をしている冒険者でも,並みの冒険者なら手を出せない。生成方法も,ブランド化のため聖教会に秘匿されているはずである。それを作ったと目の前のコボルトは言ったのだ。「そんな馬鹿な...,普通のポーションでも高くて私みたいな村人じゃあおいそれとは手を出せないのに,ハイポーションだなんて...」

「嘘じゃねぇぜ。信じられないなら飲んでみろよ。寝てるときはうまく飲ませらんなかったからな。まだ傷が残ってるだろ?お前の身体」リッカは傍らのフラスコ瓶を持ちあげ,アリスに差し出す。

アリスはその瓶を受け取り,自分の身体を見つめる。確かにリッカの言うように,アリスの脇腹にはまだ生々しい傷跡が残っていた。痛みも感じる。怒りと驚きで全然気が付かなかった。傷跡を確かめたアリスは,まじまじと瓶の中の赤い液体を見つめる。(これが,本当に...。信じられない。でも思い返せば,気を失う前,私はあの熊に襲われて瀕死の状態だった。今その傷がここまで治ってるってことは,目の前のコボルトが何らかの治療をしてくれたってことだ。...これを飲んでこの傷が治ったら,本当にこの液体は...)恐る恐る口に運び,意を決して一気に口に流し込んだ。

青臭く,少し苦い。しかし,身体から拒絶反応は出ない。飲んでいくうちに,身体の中心からぽかぽかと温まっていく感覚がある。傷の痛みも取れていく。脇腹の生々しかった傷跡も,見る見るうちに塞がっていく。アリスにはポーションを飲んだ経験はない。しかし,今飲んでいるこの薬が自身の大怪我を直してくれたこと,現在進行形で癒してくれていることは理解できる。飲み切ったアリスは,ふぅっと一息ついた。

「ほらな,治っただろ?」

「...確かにそうね。ありがとう,ええっと」

「リッカだ」

「私はアリス。ありがとうリッカ,私の傷を治してくれて...」

「気にすんな。...にしても,その花自体を売るために集めてたなんてな。やっぱ高級品なのか?」リッカは籠のオシロイ花を顎で指しながら質問する。

「...いえ,値段は他の花と対して変わらない金額で売ってるわ。ただ,都会では人気みたいで,あったらあるだけ全部行商人が買ってくれるから」

「へぇー,そうなのか」

「ええ,そうなの。本当にあるだけ全部買ってくれるの。他の花は買うとしても一輪か二輪だけなのに,オシロイ花だけは毎回全部...」言いながら,アリスはハッとする。「もしかして,あの行商人は...」

「まぁ,十中八九オシロイ花がポーションの原料だって知ってて買ってるだろうな。いいカモにされてるわけだ」

アリスは俯いて,わなわな震えている。

「あっ,いやすまん。流石に言いすぎた。もう知識は得たんだ。次からもっと高く売ればいい」

「チャンスだわ」

「えっ?」アリスの突拍子もない言葉に,リッカは素っとん狂な返事をする。

アリスはリッカの目を真っすぐ見つめ,頭を下げた。「私に教えてくださいッ!ハイポーションの作り方ッ!」






「まさか,オシロイ花と毒カズラをあわせるとハイポーションが作れるだなんてね。全く知らなかったわ」

「ああ,毒カズラの毒にはオシロイ花の薬用成分を増幅させる成分が含まれてるからな。まぁでも,さっきも言ったように毒カズラを入れすぎるとほんとに毒になっちまうから注意しろよな」

「もちろんよ。...やった。これでハイポーションが作れるようになった。これを商品として販売すれば一気に大金持ちよ。本当にありがとう,師匠」

「師匠呼びはやめろって。...にしても,俺も驚いたぜ」

「ん?何に」

「人語を喋るコボルトなんて珍しい筈だろ。それなのにちっとも驚く素振りがねぇからな」

「...ああっ!!?ほんとじゃん!コボルトじゃんッ!!」

今気づいたのかよ,とリッカは心の中でツッコミを入れる。

「なんでコボルトがヒトの言葉喋れてるわけ?てかなんでコボルトが私を助けて...ん,待てよ。聞いたことがある。コボルトやゴブリンは繁殖期になると女を攫うことがあるって。...はっ!?まさか私の身体目当て─

「そんな分けねぇだろ」リッカは即座に否定する。「単純に,お前が死にかけてるところにたまたま居合わせたから流れで助けただけさ」

「ほんとにぃー?」

「ほんとだよ。嘘つく意味ねぇだろ」

「ふーん。...優しいんだね,師匠。コボルトなのに」

「コボルトなのには余計だ。...それに,助ける力があんのに助けないのは後味悪いだろ」

それを優しいって言うんだよ,とアリスはボソッと呟く。「...そういえば,ハイポーションの作り方なんてどうやって覚えたの?コボルトの里みたいなとこがあって,そこで作ってたわけ?」

「そんな里,見たことも聞いたこともねぇよ。...かなぁーり昔に,旅先で会ったメアって名前のばあさんに教わったんだ。多分もうとっくに死んでるけどな」

「へぇー,そうなんだ。すごいね,その人。もしかして人の言葉もその人に教わったの?」

「いや,言葉は...。うん,まぁそういうことにしとくか」

「ふーん,そうなんだ」

「...あっ,そうだ。俺も聞きたいことがあったんだ」

リッカはアリスに,今自身がいる場所がどこの国のどの辺りなのか尋ねた。ハディア王国の北の端に位置する場所にいるとのことだった。ハディア王国という名前の国など聞いたことのなかったリッカは,やはりここ100年間で世界はいろいろと変わっているのだなと感じた。ハディア王国以外に国はあるのかと尋ねると,聖教王国という聖教会の教皇様が治める国が西に在り,東にはロキと呼ばれる遊牧民の国があるとのことだった。どちらの国も100年前にはなかったものだな,とリッカは思った。最後に,セイクリッド王国について知っているか尋ねた。

「せいくりっど?うーん,聞いたことないわね。あなたの故郷の名前?」

「ああーっと...いや,そういう訳じゃないんだ。ただそういう国の名前を聞いたことがあったような気がしてな」

「ふーん,まぁもしかしたらそんな小国がどこかにあるのかもね。少なくとも私は知らないけど」

やはりセイクリッド王国はもうすでに無くなってしまったのかもしれないな,とリッカは思った。セイクリッド王国は大陸の西に位置する聖教を国教とする大国だった。セイクリッド王国が滅びた跡に,聖教王国が新しくできたのかもしれない。

「そういえば,師匠はどうしてこの山にいたの?」

「いつまで師匠呼びを続けるつもりだ?」

「私が死ぬまで」

リッカはアリスの目をまじまじと見つめる。本気の目をしていた。「そうか,まぁいいや。別に大した目的はないよ。俺は今旅をしててな。たまたまこの山にいただけだ」

「へぇー,そうなんだ」

「それにしても,銀ぐまが出るような山に一人で登るとか,お前かなりの命知らずだな」

「銀ぐま?」

「ほら,お前が襲われてたやつだよ。確か中級の魔物の中でもかなり上位に位置する魔物だぜ」

魔物はその危険度によって下級,中級,上級,災厄級に分けられる。下級は一般人でも人数と武器さえそろえば対処可能なレベル。中級は一般人では到底対処できないレベル。上級は騎士団でも対処できないレベル。災厄級は国が崩壊するレベルである。

「そうだったんだ。あの熊,相当危険な奴だったんだね」

「知らなかったのか?」

「知らなかったも何も,あんな魔物初めて見たもの。この山で出る魔物なんて,ゴブリンかスイツキムシくらいよ。まぁ,スイツキムシもかなり危険な魔物ではあるけど」

「そう,なのか...」おかしいな,とリッカは思った。銀ぐまは凶暴である一方で,縄張りから滅多に出ない臆病さも併せ持つ魔物である。群れから離れ,自分の縄張りとなる地を探し始めた若い熊だったとしても,目撃例がない土地まではるばるやってくるのは少し異常だ。何か良くないことが起こっているのかもしれない。

「どうしたの?」

「ああいや,少し考え事をしてた。せっかくだ。村まで俺が護衛してやるよ」

「えっ!?それはすごく助かる。逆にいいの?今の私じゃたいしたお礼できないよ」

「気にすんな。手を突っ込んだら最後まで責任を持つってのが俺のモットーだからな」





「あれがあたしの村だよ」

アリスの指さす先に集落が見える。周囲には彫が廻らされており,その内側には松明が並べられている。日が落ちて暗くなってしまったため,集落の家々にはロウソクのものと思われる灯りが点いているのも確認できる。

「へぇー,意外とでっかい村だな。...すっかり日も暮れたし,お前の母親も村のみんなも心配してるだろうな」

リッカの言葉にうなづきつつ,アリスはフフッと笑う。

「どうしたんだ?何かおかしなこと言ったか?」

「いや,全然。ただ,本当にいい人だなぁーと思って。コボルトなのに」

「お前なぁ...」

「師匠も村に寄るでしょ?晩ご飯は任せてよ。たいした御馳走はできないけど,料理には自信あるから」

にこやかに笑うアリスに対し,リッカは気まずそうに口を動かす。「...いや,すまないが村には寄れない」

「えっ!?どうしてよ。せっかくここまで一緒に来たのに」

「俺はコボルトだからな。夜に村に現れたら村の人達を驚かせちまう」

「...そりゃあそうだけど,事情を説明すればきっとみんなに...」

「きっとみんなに分かってもらえるって?本気でそう思ってるのか?」

「それは...」アリスは口ごもる。

リッカはフッと笑う。「別に村に入りたくない訳じゃないんだ。むしろ入りたいとすら思ってる。村や町や,都会みたいな人のいっぱいいるところにな。知らずに死ぬのなんてもったいないだろ?でも,今はできない。コボルトの姿じゃ相手を怖がらせちまう。自分の為にも,他の人のためにも,コボルトの姿じゃ入れない」

「...じゃあ師匠は,どうやって村や町に入るの?」

「...さぁ,どうやってだろうな。姿を変える魔法とかがあったら手っ取り早いが,そんな魔法聞いたこともないし。まぁ,おいおい考えるさ」

「じゃあ,私が師匠を村に町に入れるようにするよ」

「えっ?」

「いつか大金持ちになって,私が師匠を村や町に入れるようにする。誰にも文句は言わせない。師匠に安心して,村や町を満喫してもらう!」

リッカはハハハと笑う。「...ありがとな,アリス。その気持ちだけで十分だ」

「気持ちで終わらせないッ!」

リッカは突然のアリスの大声に驚いてアリスの顔を見る。アリスは目に悔し涙を浮かべ,リッカを見つめていた。

「絶対に気持ちで終わらせないから...!!師匠にしてもらった分,絶対に師匠に恩返しするから...!!師匠,村まで送ってくれてありがとう。ここまで来れば一人で帰れるから。またね」

リッカの返事を待たずに,アリスは村の方に向き直り,駆け足で村へと向かっていく。リッカは呆然とそんなアリスの背中を見つめる。

ふいにアリスは振り返り,リッカに向かって大声で叫んだ。「絶対に気持ちで終わらせないからねぇーーーーっ!!」

「...楽しみにしとくよ」リッカは微笑を浮かべながら,ボソッとそう呟いた。


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