その26 帰還とそれから

 魔界、ウィンタンド魔王国の闘技場の外。

 巨大な2体の獣が争った、抉れた大地の跡に、戦っていた者たちが駆け寄ってくる。


 先頭は美琴。その後ろは舞でさらに勇、アーシィ、アクリア姫、フレアにゲイルと続く。


「裕貴!まさか、また……。」


 叫びつつ、人影のないその跡地に顔が青くなる。

 するとその目の前に薄っすらと光の輪が現れ、やがてその間から1人の少年が現れて光が消える。


 裕貴だ。


「あ……。姉さん。」

「裕貴ぃ!」


 美琴が感極まって裕貴に抱き付きつつ涙を流す。


「良かった!やっと、やっとぉ!」

「うん。心配かけてごめんね。ただいま、姉さん。」

「おかえりぃ!」


 泣きじゃくる美琴の頭をそっと撫でる裕貴。皆がその様子を笑って見守る。


「おかえりなさい、裕貴さん。」

「おかえり、裕貴。」

「おかえりなさい。裕貴。」

「おかえりなさいませ、裕貴様。」

「おかえり!裕貴。」

「よく戻った。裕貴よ。」


 それから口々に帰還を喜ぶ面々。美琴もやっと泣き止んで、裕貴に背中をさすられている。


「ところで、ゼピュアはどうした?」

「あっ、魔王城の地下神殿にまだ居ると思います。ミューが大きくなってそのままこっち来ちゃったので。」


 ゲイルに答える裕貴。きっとゼピュアも心配しているはずだ。


「あれってミューだったの……。」

「うん。運命の女神様の眷属なんだって。力を失った次元獣を連れて行ったみたい。」

「そうか。それならもう心配はいらないということだな。」


 アーシィの言葉に説明する裕貴。それを聞いてゲイルを始め、皆が安堵した表情を浮かべる。すでに空を覆っていた鱗たちは影も形もなく、全て消えてしまった。


「とはいえ、世界は繋がったままだ。以前と同じなら神々が修復してくれるはずだが。」

「ぐすっ。危ないとこは結界で応急的に塞いだ方がいいかも。」


 ゲイルの言葉にハンカチで顔を押さえつつ美琴が言う。


「それはいいが、どうやって戻るんだ?」

「あ、女神様に聞きそびれちゃった。」


 勇の言葉にはっとする裕貴。


「女神様にお会いしたのですか?」

「うん。お礼を言われたんだけど、結局帰れるかはわからない……。」


 裕貴が申し訳なさそうにそう言うとまた光の輪が現れ、輝きの中から何者かが現れる。


「ミュー!」

「ミュー!えっ?天界に帰ったんじゃないの?」


 現れたのはミュー。しかも黒い幼竜を抱いたままだ。


「ミュ……、あー、えーと。」

「もしかして元の世界に送ってくれる?」


 なぜか困った様子のミューに裕貴が聞く。それよりも周りの者は何か言おうとした方に驚いた。


「うん。まぁ元の世界には送っていくけどさ。世界の壁穴だらけだし、今なら古代竜たちでも自由に行き来できるよ。」

「あ、そうなんだ。」

『しゃ……。』

「しゃ?」

『しゃべったあぁぁぁぁ!』


 周りの驚きの叫びに、裕貴とミューは苦笑するしかないのだった。


§


 あの日、裕貴の居なくなった公園。


 美琴達が異世界へ旅立った後も、装置を維持する為に研究員と警備員が数人ずつ交代で詰めており、公園は使用不能となっていた。


「!天利さん!反応です!次元転送システム反応ありました!」

「なんだと!」


 モニターを監視していた研究員の声が上がると天利夫妻が駆け寄ってくる。

 天利夫妻に、勇と舞の家族も、時間があればこの公園に詰めていたが、今は天利夫妻しか来て居なかった。


 研究員が言った通り次元転送システムが待機状態から目覚めて光を放ち、その中央部に4人の人影が現れる。


「戻れた……のかな?」

「裕貴!」


 裕貴たちが目を開くと、両親が駆け寄ってくる。


「父さん、母さん。ただいま。」

『おかえり、裕貴。』


 裕貴はついに帰還を果たしたのだった。


 それから勇と舞の家族にも連絡が行き、再会に大騒ぎであった。その日は全員で帰還祝いのパーティを行い、舞の父が張り切って準備させたため、それは盛大で豪勢な宴となり、裕貴を大いに困惑させた。


 次の日から撤収作業が始まり、公園が元に戻ったのはさらに一週間後だった。


 また、学校についてだが、裕貴が居なくなったのは丁度夏休みに入る一週間前だったため、異世界に行っていた間は休みだったのだ。

 問題があったのは部活の練習にまったく顔をだせなかった勇の方で、裕貴はそれは丁寧に謝ったのだが「親友の緊急事態に部活所じゃないだろ」と勇のほうは笑って言った。


 それからやっと日常が戻って来た裕貴の家に、舞と勇がやってくる。


「おはよう2人とも。」

「おはよう裕貴。」

「おはようございます裕貴さん。」


 裕貴に付いて、彼の部屋へ。


「夏休み中で良かったよ。休学になったらいろいろ大変だったろうし。」

「いや、夏休み半分も消費しちまったんだが……。」

「ふふ、ひと夏の経験と考えれば悪くないんじゃありませんの?」


 3人で笑い合う。ほんの一週間前の出来事なのに、あの異世界での日々が遠い昔の事のようだ。


「とりあえず宿題やっちゃわないとね。僕、終業式にも出られなかったしさ。」

「それは仕方ないだろ。それに夏休みも半分あるんだし急ぐ必要もないさ。」

「むしろ部活の練習が出来なかった勇さんの方が大変じゃありませんの?」

「いや?向こうで経験できないような実戦出来たし、むしろ前より強くなったかもな。」


 冗談めかして言う勇に裕貴は苦笑する。

 今日は3人で夏休みの宿題に手を付ける約束だったのだ。


「そういえば美琴さんはどうなさってますの?」

「あぁ。魔法とか使える例の機械について報告書をまとめなきゃいけないってしばらく大変みたい。女神様に世界の壁の修復も手伝って欲しいって言われてるのもあるし。」


 舞の言葉にそう言って頷く裕貴。舞はそれに苦笑を返す。


「仕方ありませんけれど大変ですわね。私の方は後始末は父がしてくれているので、ありがたいことに日常に戻れていますわ。」

「そうなんだ。ごめんね、僕のために。」

「ふふ、そうですわ。裕貴さんのためなんですから、責任を取っていただきたいですわ。いろいろと。」


 笑いながら抱き付いてくる舞。


「お、お手柔らかにお願いします。」

「そういうのは俺のいないとこでやってくれ。」


 困った顔の裕貴に苦笑する勇。

 その時呼び鈴が鳴る。


「裕貴~。お客様よ。」

「はーい。」


 母親の声に1階へ下りる裕貴。そこで待っていた客人に裕貴は目を丸くする。


「皆来たんだ!いらっしゃい。」

「久しぶりってほどでもないわね。お邪魔するわ裕貴。」

「お邪魔致します。裕貴様のお宅へ来れてわたくし感激ですわ!」

「アクリアちゃんは大げさだなぁ。これから自由に来れるじゃん。またよろしくね裕貴。」


 やってきたのはアーシィにアクリア姫、そしてフレアだ。3人の服装は裕貴の家では非常に浮いていて、コスプレのようだ。


 裕貴が部屋に招くと、勇と舞、ミューと挨拶を交わす。


「これからはちょくちょく来れるのか?」

「うん。私は暇だし。」

「まぁ私も偶になら森から出てもいいかもね。」

わたくしは向こうで学校がありますので、お休みの時はまたお邪魔したいですわ。もちろん王宮ではいつでも歓迎いたしますけれど。」

「あはは。まぁそのうち長期休暇の時でもゆっくり遊びに行きたいね。」

「そうだねぇ。あそこのご飯もなかなか美味しかったし。」


 皆の会話に自然に混ざり頷くミュー。


「ってミュー!?いつの間に……。」

「ふふ、裕貴さんが1階に行くときに来られたんですよ。」


 驚いた裕貴に舞が思わず笑ってしまう。


「姉さんの手伝いしてたんじゃないの?女神様から頼まれてたんでしょ?」

「あー、世界の壁の修復?僕に出来ること無いし、居ても暇だったから戻ってきた。」

「そうなんだ……。せめて玄関から戻って来て欲しかったな。」

「ん、次からそうする。」


 裕貴の苦言もまったく聞いていない。次も突然部屋に戻っていそうだ。


「次元獣……いえ、ダークロアちゃんは大人しくしておりますの?」

「うん。あれからすっかり赤ちゃんだねぇ。ねー。」

「ぐる。」


 ミューに抱かれた黒い幼竜は裕貴に撫でられて喉を鳴らした。見た目ほど硬くもなければ力も弱く、まさに赤ん坊という感じだ。


「ミューはあれからずっと裕貴の家に?」

「うん。うちで暮らしつつダークロアの面倒も見てるよ。」

「天界から出てきて行くとこもないからさ。裕貴の家なら居心地良いし。」


 そう言いつつ裕貴のベッドにダークロアを抱えたまま寝転がる。遠慮と言うものは持ち合わせていないようだ。


「それで、そっちは大丈夫なの?魔界と地上界繋がっちゃったままでしょ?」


 裕貴の問いにアーシィ、アクリア姫、フレアが頷く。


「グラスプ大森林もあっちこっち穴だらけよ。こっちの動物も魔界の魔物も行き来しちゃって大変。まぁゲイルが兵士たちに穴周りを警備させて生き物の出入りを見張ってるからだいたいそれぞれの世界に戻すか狩られてるけどね。だいたい一番被害が大きかったのは魔王国だから、人もそこまでさけないみたいだから、私も結局見回ってるんだけど、全部管理するなんて不可能だもの。瘴気と魔力も互いの世界に流れあって混じりあってるし、生態系も大きく変わるでしょうね。」


 アーシィは呆れたように両手を挙げる。お手上げということだろう。


「それは大変なことになってるね。サマーリア王国は?」

「今の所大きな混乱はありませんわ。ゲイル様の魔王国と連携が取れているのが大きいですわね。裕貴様のおかげで両国の関係は友好的ですし、次元獣の事件の時、我が国の衛兵が避難のお手伝いをしたおかげで住民からも受け入れられておりますもの。あとは魔導研究所とあちらの技術開発局で技術交流の話しが持ち上がって居たり、こちらから人員を派遣してあちらの街の復興もお手伝いしておりますわ。」

「そっか。それは何よりだね。昔みたいな争いもないんだ?」

「まれに双方の世界へ賊が侵入することもありますが、そちらも連携して対処しておりますので大きな問題にはなっておりませんね。そうそう、魔王国では裕貴様の肖像画が完成しまして、両国上げて式典を催す予定ですので、ぜひ出席して下さいませ。」

「そ、それはまぁ、お手柔らかに。」


 ニコニコと笑うアクリア姫に笑顔がこわばる裕貴。また祝祭の時のようにドレスを着せられないように注意しようと心に決める。


「フレアの方は?」

「うちはまぁいつも通り?ただ魔界とかこっちとか自由に行けるようになったから、私だけじゃなくてブレイズとか行き来してる子もいるよ。あの子頑張って自力で人間変身覚えるんだって張り切ってるし。」

「そっか、ブレイズが。そのうち遊びに来てくれるといいな。」

「うん、そのうち連れてくるよ。暇があったら竜の巣に来てくれてもいいよ。」


 笑って頷くフレア。そこでアクリア姫が思い出したように手を叩く。


「そうでしたわ。デュアルアーク。」

「デュアルアークって姉さんがサマーリア王国で作った飛行機みたいなの?」

「そうです。あれを元に飛行魔道具を王国で利用できるようにしようと言う話になりまして。そのうち竜の巣へもお邪魔するかもしれません。」

「うん、いいよ。どうせ皆暇してるし、遊びに来てくれるなら大歓迎。」

「ありがとうございます。時間はかかるかもしれませんが、古代竜の方々からすればすぐかもしれませんわね。」

「今まで接点が無かった同士でも交流が始まるんだねぇ。僕があっちの世界へ行ったことも少しは役に立ったのかな?」

「もちろんですわ。裕貴さんの影響は計り知れません。もしいらっしゃらなかったらもっと混乱は広がっていたはずですもの。」

「そうね。裕貴が居なかったらその子ももっと被害を出していたかもしれないし。」

「裕貴が来てくれたおかげで、皆人間って楽しいかもって思ったんだから、もっと誇っていいと思うよ。」


 誉められて裕貴は顔を赤くする。


「そ、そんなに言われると困っちゃうけど。」

「そういえば裕貴さんのお父様は向こうの世界へは行かれましたの?」

「うん。父さん、サマーリア王国の出身だったらしくて、向こうへ1度行って来たんだ。父さんの両親、僕のおじいちゃん、おばあちゃんも居てね。すっごく喜んでくれた。2度と会えないかもって思ってたみたいだから。」

「そうでしょうね。もし私も裕貴さんに2度と会えなかったらと思うと恐ろしいですもの。」


 舞の言葉に皆静かに頷く。

 少ししんみりした空気の中、部屋をノックする音。


「はーい。」

「皆さま、お茶に致しませんか?」

「えっ!?ゼピュアさん!」


 裕貴がドアを開くとゼピュアが立っていた。


「いつこっちに?」

「ふふ、先ほどですわ。裕貴様のお母様にお願いしてサプライズです。」

「ほんとにびっくりしたよ。」


 皆がゼピュアに挨拶する。魔界で戦いの後、戻る前に休憩をした際、世話をしたのがゼピュアだったので、皆すでに知り合いである。


「リビングにお茶の準備が出来ておりますので、皆さんどうぞ。」

「うん。僕の部屋じゃせまいし1階へ行こう。勉強は……後回しになっちゃうけど。」

「ま、いいんじゃないか?積話もあるだろうし。」

「ええ。せっかく集まれたんですもの。」

「そうですわね。せっかくこちらの世界に来たんですものいろいろ教えていただきたいです。」

「おっ、面白そう!教えて教えて!」

「お菓子何?魔王国からのお土産ないの?」

「ふふ、ありますわよ。こちらのケーキとクッキーもありますわ。」

「ミュー。あ、ずっとミュウミュウ言ってたからつい。」

「そうだったわね。喋れたのに喋れないふりしてたんですって?せっかくだからいろいろ教えてもらうわ。」

「あれ?アーシィちょっと怒ってる?」

「怒ってないわよ。たぶんね。」

「えぇ。絶対怒ってるよ。ねぇクロちゃん。」

「ぐる?」


 がやがやしながら階段を降りて行く。

 そんな皆を見ながら、裕貴はそっと運命の女神に感謝した。当の運命の女神が涙目で世界を隔てる壁を修復中だとも知らずに。


おわり

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なんにもできない罪なボク チノミミ @Chinomimi

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