その25 白いアイツ

 魔王城の地下神殿。


 運命の女神へ祈りを捧げた裕貴。その目の前で暖かな光が弾け、部屋を満たす。

 あまりの眩さにゼピュアが思わず目を閉じる。


「ミュウウウウウゥゥゥゥ!!!!」


 甲高い鳴き声が部屋に響く。


「えっ!?ミュー?」


 光が治まって目の前に現れたのは、なんとミューであった。

 先ほどまで部屋の入口付近にゼピュアと供にいたミューが裕貴の隣に移動していた。


「召喚魔法……?」


 ゼピュアが呟く。その距離わずか数mの召喚である。


「ええと、僕の願いが届いた……のかな?ミューが女神様?」

「ミュ。」


 ミューは首を振る。心なしかその身体が光っている。


「じゃあミューは運命の女神様から遣わされてきたの?」

「ミュ。」


 ミューは頷く。身体が薄っすらと半透明になっていき光が強くなる。


「じゃ、じゃあ次元獣ってなんとかしてもらえたり?」

「ミュ。」


 ミューが頷く。そして裕貴を抱きしめる。


「ミュー!!」

「わっ!?」

「裕貴様!?」


 ゼピュアの目の前で裕貴とミューが光に包まれて消えた。


§


 闘技場。

 次元獣への攻撃は続いている。


 飛来する鱗は闘技場や技術開発局の持ち込んだ結界装置によって見えざる障壁で弾かれ続けている。

 その隙に、魔王軍の平気、魔法の光線を放つ魔光砲なる兵器と地上界から現れた古代竜たち、ゲイルや美琴達によってひたすら攻撃が続けられているが、次元獣は弱った様子を見せない。


「攻撃を続けるのだ!力を使い過ぎたなら一旦下がれ!下に降りれば結界内で休める!休みながらでもいい!とにかく攻撃を続けろ!」


 ゲイルの必死の声。それに答えるように皆必死に攻撃を続けている。


ゴオオオオオァァァァァァ


 身体の芯から震えるような声。思わず耳を塞ぐ者も居るが全く効果がない。次元獣は咆哮の後、次元の穴から身を乗り出し、身体を魔界へと乗り出してくる。


「まずい!奴め出てくる気だ!攻撃は頭を狙え!結界で身体を押さえろ!」


 ゲイルの指示で攻撃は頭に、結界の一部が身体を押さえにかかるが次元獣は止まらない。

結界は砕け、虚空が聞いたことも無い音を立てつつ割れていく。

 そのうち脚までが現れて闘技場の観客席の一部を踏みつぶす。その巨体が倒れれば、巨大な闘技場さえ全て下敷きに出来るほどの大きさ。

 さらに巨大な翼膜を広げると、全身からさらに黒い鱗が飛び散る。その数に圧倒され、攻撃をしていた面々も下がるほかなかった。



『鱗を何とかしないと近づけないわ。』

「なんとか結界を集中し、近づける範囲を作るのだ!」

「防護壁で押しのけられません?」

「厳しいわね。直撃を避けるだけでも手一杯だわ。」


 竜もデュアルアークも攻撃しつつ鱗から逃げ回るが数が多すぎる。ゲイルの雷撃もとぎれとぎれになり、時おり飛んできた鱗は拳や蹴りでいなしていた。


「一旦離れて体制を立て直すしかない!」

『仕方ないわね。このまま倒れるよりは……。』

「な、なんですのあれ?」


 舞が指した方向へデュアルアークに乗っていた者たちが向く。つられて周囲の者もそちらを見た。


『光ってる……。』

「魔王城か?裕貴が女神と接触したのか?」


 やがて魔王城の上空の光が集まり、1つの大きな白い影となって闘技場へ向かって飛び始めた。


 その時、街に居た物、次元の穴から魔界を見ていた物、闘技場で次元獣と戦っていた者、何より次元獣そのものは見た。


 次元獣と同じ大きさの白い輝きに満ちた1羽の巨大すぎる鳥が飛来するのを。デュアルアークのような人工物ではない。生き物とも言えない光の鳥。それが7色の光を引いて一直線に次元獣へ向かって飛んできた。


『なにあのおっぱい鳥』

「ちょ、美琴さん言い方!」

「たしかにお胸のように見えますけれども。」


 美琴のつぶやきに勇と舞が呆れたように言う。たしかに羽ばたく翼の間に乳房らしき部分が見える。近づくにつれて大きな鳴き声のようなものも聞こえる。ただそれは次元獣の咆哮のように身の毛もよだつ咆哮ではなく、心地よくも身体を震わせる鳴き声。


ミュウウウウウウゥゥゥゥゥゥ


「なんと神々しい……。」

「でっか!」


 ゲイルとフレアだけでなく他の者たちもあっけに取られてそれを見ていた。

 近づいてくる光の鳥。しかも速度をまったく落とさずに近づいてくる。


ゴアアアアッ!

ミュウウウウウッ!


 ゴッ!


 実際に起きた音はそんな生易しいものでは無かったが、形容すればそうとしか表せない。世界の全てを震わせるような一撃。

 光の鳥は次元獣を蹴り飛ばした。


「うわっ!ミュ、ミュー?」

『裕貴!?うそでしょ!』


 微かに聞こえた声に美琴が声を上げる。その光の鳥の頭上にはなんと裕貴が。


ゴゴゴゴオォッ!

ミュウウッ!


 地面にめり込むほど吹っ飛んだ次元獣が身体を起こそうとするとその前に降り立った光の鳥は、次元獣の頭を翼で叩く。


ゴオッ!?

ミュ!ミュ!ミュ!ミュ!


 次元獣が哀れに思えるほど光の鳥は両の翼で交互に次元獣の頭を打ち付ける。さながら往復ビンタ。

 周囲の者の目の前で光の鳥が次元獣を滅多撃ちにしていく。


ゴゴォ……。

ミュウゥゥ!


 次元獣が地面に這いつくばる。心なしか涙目に見える。その前に怒ったように立ちふさがる光の鳥。やがて眩い光が巨大な2匹を包み込み、気が付くとその巨体2つは忽然と消え失せていた。


§


『裕貴。天利裕貴あまりゆうきよ。目を開けなさい。』

(だ、誰?)

『私はフォーチュン。貴方たちが運命の女神と呼んでいる者です。』


 光。見える周囲のすべてが光の場所。足下も、空も。


 裕貴は女神に言われるまま目を開け、少し眩しそうに目を細め、やがてまったく眩しくは無いことに気が付いて目を見開いた。


 そこに居たのは白皙はくせきと言うよりも白い絵の具で塗りつぶしたように白い肌に、光の糸で出来た髪が身体に近づくにつれ何色もの糸に変わって絡み合い、一糸纏わぬ身体を覆っている不思議な女性。瞳を閉じ、口も動かしていないのに、真っ直ぐ見つめられ、言葉が耳へ響いた。


『裕貴よ。よく頑張りましたね。貴方が人々に寄り添った思いが世界の壁が壊れた後も人々の心を繋ぎ、世界を救ったのです。』

「そ、そんなことは……。結局僕は皆に頼ってばかりで、何にも出来なかったので。」


 女神の言葉に首を振る裕貴。心なしか女神は微笑む。


『貴方は貴方自身が思っているより多くの人の助けとなっています。貴方が望めば、貴方の運命はいかようにも変転するでしょう。その者も貴方のおかげでそこにあるのです。』

「えっ?」


 女神の言葉に隣を見るとミューが立っている。その腕には小さな黒い竜の雛が抱かれている。


「その子って……。」

『その者はダークロア。貴方たちが次元獣と呼んでいた、世界を渡る竜のさきがけ。力が強大すぎる余り世界の壁そのものを崩壊させてしまいました。以前は眠らせる他ありませんでしたが、今回はウィスプを遣わせたおかげでこうして力を抑えることが出来ました。それも裕貴、貴方の願いがウィスプの力を引き出せばこそ。感謝致します。』

「そ、そんな。こちらこそ助けて下さってありがとうございます。ウィスプって……。ミューってそんな名前だったんだ。」


 裕貴が呟くとミューは頷く。


「そうだよ。ここ、天界で付けられた名前はウィスプ。フォーチュンの眷属なんだ。」


 そう言って笑うミュー。


「ミュー!?しゃ、喋れるの?」

「まぁね。」


 裕貴の言葉に頷くミュー。


「そっか。ずっとお話ししたかったんだけど、ミューの言葉は分からなくって。」

「あー、うん。全然大丈夫。」


 ミューは何故か微妙な顔。


『ウィスプよ。なぜ言葉を交わさなかったのです?話そうと思えばいつでも話せたでしょうに。』

「えっ、そうなの!?」


 女神の言葉にミューは天を仰ぐ。


「あー、うん。話せるといろいろ聞かれて面倒だと思って。どうせ何にも説明出来ないし。だから適当にミュウって言ってごまかした。」

「えぇ……。」


 ミューの言いように裕貴はがっくりと肩を落とした。


「でもまぁ、ミューって名前、嫌いじゃないよ。裕貴と一緒に居るのも楽しかったからね。ありがとうね裕貴。」

「こ、こちらこそありがとう。いろいろ助かったよ。」


 ミューの言葉に頭を下げる裕貴。ミューは裕貴をそっと抱きしめる。


『それでは皆の元へ戻しましょう。今の邂逅はほんの一時、夢のようなもの。しばらくは魔界も地上界もあなたの世界も混乱するかもしれませんが、力を合わせればきっと乗り越えられるはずです。』

「はい!ありがとうございました。それじゃ、ミュー。さようなら……。」

「うん。さよなら裕貴。」


 手を振るミューと運命の女神の姿が少しずつぼやけて消えて行く。裕貴の意識はまどろみに消えて行った。


『戻ったようじゃのう。』

『は、はい。問題ありませんわ。』


 どこからともなく聞こえる声に、フォーチュンの声が震える。

 フォーチュンの前に影そのものをローブのように纏った闇の用に漆黒の身体の老人が現れる。


『まったくお主ときたら、類まれな魂の輝きの者だからといって世界を超えるほどの運命を授けることはなかろうに!1000年前のやらかしは忘れたとは言わせんぞ!』


 怒鳴り散らす老人にフォーチュンは身を竦める。


『で、ですがハーミット。あれほどの魂の輝きを持つ者は本当に稀ですし、やはり大きな運命を背負うのが必要なのです。可愛い子には旅をさせよと人の諺にもありますし……。』

『それで世界の壁まで壊れとったら世話ないわい!かといって放置すれば世界が混ざり合って混沌へ戻って作り直しじゃからのう。』

『前はちゃんと直ったのですからいいではありませんか。』


 反省の色の無いフォーチュンにハーミットはまた怒りを露わにする。


『いいわけあるか!また壊れたんじゃぞ!2回目じゃぞ!というわけで、テンパランス。裁定を頼む。』

『えっ!?こ、こんなことで裁定の神を呼ぶのですか?それはちょっと……。』

『いいえ。十分裁定案件でございます。』

『ヒェッ!?』


 どこからともなく響く透明な声。現れたのは黄金のタイトドレスを纏った、向こう側さえ見れる文字通り透き通った肌で、手に天秤を持った女神。


『フォーチュン。運命の裁定は貴方の権限ですので、それは問題ありません。』

『そ、そうですよね。』


 天秤の片側が傾く。


『しかし、世界の壁が壊れるほどの運命はおいそれと人に与えて良いものではありません。稀なる魂の輝きを持つ者であろうと、その者が生まれた世界で魂を輝かせる運命はいかようにも出来たはずです。』

『そんな!』


 天秤のもう片側がガタンと沈み込む。


『よって、フォーチュン。貴方はその裁量により世界の壁を崩壊させた責任を負います。世界が崩壊する前に1柱で世界を隔てる壁を修復すること。良いですね?』

『そ、そんな!1柱でなんて、1000年以上かかってしまいます!』

『世界が崩壊するまでゆうに5~6000年はかかるわい。お主1柱でも2000年もあれば余裕で直せるじゃろう。裁定は絶対じゃから頑張るのじゃぞ。世界が崩壊しようものなら絶対に許さんからな!』

『ひどすぎますぅ!』


 わざとらしく泣きまねをするフォーチュンを残してハーミットとテンパランスは消える。


『もう!ちょっと世界の壁が壊れたくらいでひどいです!……そうですわ!裕貴たちにも手伝ってもらいましょう。彼らなら世界の壁の修復も手伝えるはず。ウィスプ、行ってきて下さい。』

「えぇ……。まぁいいけどさ。ダークロアどうすんの?」

『連れて行けばいいでしょう。今の幼い姿では何もできませんよ。』

「いや、何にも出来ないから面倒見ないとでしょ……。まぁいいか。分かりました、行ってきまーす。」


 呆れたように言うとウィスプもダークロアを連れたまま姿を消した。

 

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