その24 集う力

 闘技場から出た裕貴とゼピュアは魔王城を目指して走り出す。

 生憎、竜籠も馬車もすでに出払っていた。今の状況を考えれば無理もないが。


「ブリード様が軍を出動させているはずです。途中で馬車に拾って貰える可能性は高いかと。その間は走るしかありませんが……。」

「大丈夫。きっとなんとかなるよ。」


 根拠が無くても出来る限り希望のある事を言うしかないと、裕貴はそんなことを言ってみる。

 それからポケットに入れていた召喚術用のお菓子が入った袋を取り出す。


「影に潜む者、風に紛れる者、力を貸して。対価はここに。走るのを助けて!」


 袋を開きつつそう言うと、中のクッキーがふわりと浮いて外へ飛び出し、色とりどりの様々な妖精が集まってくると、裕貴の背中を押し始めた。

 心なしか裕貴の身体は軽くなり、走る速度も上がる。


「お上手ですわ。これなら馬車が捕まらなくても魔王城へはすぐ着くでしょう。」


 ゼピュアは小さな翼を広げて少し浮き上がり速度を上げる。ただ、彼女の言葉が気休めなのは裕貴も分かっていた。後ろからはミューも飛んで付いてくる。


 その時、後ろから風を切り裂く大きな音がする。


「な、なにあれ?」


 顔だけ振り向くと、無数の黒い物が空を飛んで来るのが見える。次元獣の鱗だ。


「振り向かず走って下さい!ブルーフレア!」

「ミュ!」


 ゼピュアが器用にも後ろを向きつつ飛びながら手を鱗に向ける。言葉と共に彼女の手から青い火球が飛び直撃しそうな鱗は数枚退けた。ミューも角から光を放ちいくつもの鱗が力なく地面へ落ちる。しかし残った鱗は2人の頭上を越え街の方へと散っていく。


「街へ向ってる。まずいよ!」

「ブリード様たちが対処して下さるはずです。私たちは魔王城へ。」


 飛んで来る鱗を警戒しながら走り続ける。しかし、周囲の建物や、空間そのものに鱗は当たり、大きな音を立てて破壊していく。


「何もない所が壊れてく……。」

「空間そのものが壊れて?これは急がないとまずですわ。」


 最初はヒビが入る程度だった空間がやがてバリバリと聞いたことも無いような音を立てて割れ、向こうには空や森、建物が見える穴もある。


「あれって地上界?」

「おそらくは。異世界や天界よりは近いはずですから……。」


 裕貴には見覚えがあるような気もするが、さすがに元の世界ではないだろう。街並みからしてサマーリア王国やその周辺の森のはずだ。時おり岩場も見えるのでグラスプ大森林のどこかかもしれない。


 魔王城が近づいて、人通りの多い街中に入ってくると、早朝にも関わらず多くの人々が混乱しつつも逃げていくのが見える。揃いの装備を付けた兵士たちが鱗へ攻撃しつつ人々を避難誘導していた。


「こちらは危険だ!誘導にしたがって避難してくれ!」


 走る裕貴たちの前に1人の兵士が叫びつつ誘導してくる。ゼピュアはすぐ前に出た。


「ご苦労様です。私は魔王城侍従長のゼピュア。魔王様の命によりこちらの裕貴様を魔王城へお連れするところです。緊急、最優先の命ですので、魔王城へ通れそうなルートをお教え願います。」


 ゼピュアがそう言いつつ、銀の細い鎖に繋がれた紋章を取り出し見せると、兵士は姿勢を正し敬礼した。裕貴は兵士の態度もだが、ゼピュアの肩書を初めて聞いて驚いた。


「こ、これは失礼しました。いくつか建物が倒壊して道を塞いでおりますので、中央通りから建造物を避けて大通りの中央を行くルートをお使い下さい。部隊長へ報告してまいります。」

「ありがとうございます。それと魔王様より技術開発局へも協力要請が出ております。伝令指示願います。」

「了解しました。お任せ下さい!」


 そう言って走っていく兵士とは反対の道へ、裕貴とゼピュアは向かう。


「案内します。こちらへ。」

「は、はい!」


 兵士の言ったとおり建物はあちこち壊れ、瓦礫が道へ散乱している。残っている人は少ないが、それでも鱗が飛び回っていて油断は出来ない。


 見れば赤ん坊をかかえ、子供の手を引いた母親に鱗が飛来している。行く手は瓦礫でこのままでは追いつかれる。


「ブルーフレア!」

「ミュー!」

「地に潜みし者よ、瓦礫をどかして!」


 ゼピュアの炎が鱗の速度を鈍らせ、ミューの光が鱗を退ける。裕貴がばら撒いたクッキーが地面に吸い込まれると、瓦礫がひとりでに動いて道を空ける。


「今のうちに!」

「あ、ありがとうございます!」


 鱗を警戒しつつ親子を逃がす。


「軍の人たちも間に合ってないんだ。」

「そうでしょうね。とにかく魔王城へ向かいませんと。」


 その時一際大きな音がして目の前の空間が砕け、鎧姿の人間たちが現れる。


「穴が開いた!何が出るかわからんぞ、警戒しろ!」


 人間たちの中から声が聞こえる。だが彼らの姿に裕貴は見覚えがあった。


「サマーリア王国の人たち!?」

「裕貴様!こ、これは一体。」


 裕貴の前に出た兵士の一人が声を上げる。裕貴がサマーリア王国で暮らしていたころ、なんども挨拶した覚えのある衛兵隊長だった。


「ここは魔界です!世界を壊す次元獣って化け物が現れて、アクリアも戦ってるんです!」

「なんと!姫様が!?」

「そうだ!今、次元獣の鱗が飛んできてて、魔界の人たちが避難中なんです。避難するのを手伝ってもらえませんか?魔王様の軍の人たちには僕の名前を出せばたぶん分かると思うので。」

「私からもお願い致します。私は裕貴様のお世話を仰せつかっておりますゼピュアと申します。私の名前も出していただいて構いませんので、どうか。」


 裕貴の提案にゼピュアも頭を下げる。衛兵隊長は少し困惑したもののすぐさま大きく頷く。


「詳しい事情は分かりませんが、魔界であろうと人々を守るのは我らが務め。喜んでお手伝いさせて頂きます!皆、飛来する鱗に注意しつつ人々の避難誘導だ!緊急事態故現場判断で動く!魔界の民を助けるのだ!」


 振り向いて言った衛兵隊長に兵士たちが揃って声を上げ、統率の取れた動きで魔界の街中へ駆けだして行く。


「こんな訳の分からない事態ですのに、本当にありがたいですわ……。」

「大丈夫!僕もお世話になってた国だし、皆良い人達だもの。」

「ええ、本当に。」


 裕貴の言葉にゼピュアは頷き、また魔王城へ向けて駆けだす。

 しかし次元獣の鱗はその数を増し、空を覆いつくさんばかりに増える。


「ブルーフレア!急ぎませんとこのままでは。裕貴様、もう少しの辛抱です。」

「はぁ、はぁ。うん、大丈夫!」


 ゼピュアが鱗を蹴散らしつつ裕貴も後に付いて走るがさすがに息が上がっている。もう魔王城も見えているというのに。


「危ない!」

「きゃあっ!」

「ミュ!」


 迎撃しそこねたいくつもの鱗が2人に迫る。ミューが庇うように前に出るが――。


 ガキィンと音がして鱗が弾き飛ばされ、3人の目の前には銀色の影が。


「裕貴!無事か?」

「あ……、ブレイズ!」


 銀色の古代竜ブレイズが3人の前に現れ、次元獣の鱗から守ったのだ。


「もしかして竜の巣も繋がっちゃったの?」

「ああ。竜王様や他の皆も来ている。」


 ブレイズが闘技場の方を向くと、そちらに何頭も竜たちが飛んでいるのが見える。街の方へも何頭か向ったようだ。


「ありがとう!そうだ、ブレイズ。魔王城へ連れてってくれない?急ぎなんだ。」

「分かった、乗れ。」


 すぐに後ろを向くブレイズの背に3人が登る。


「ありがとうございます。裕貴様のお知り合いですのね。」

「ああ。裕貴には世話になってな。運ぶくらいお安い御用だ。いくぞ!」


 ゼピュアの言葉に頷き、ブレイズは2人を乗せて魔王城へ向けて飛び立った。


§


 裕貴がブレイズと合流する少し前。


 闘技場で戦う美琴やゲイル達の元には、魔王軍の一部と技術開発局の局員達が駆けつけていた。鱗はある程度捌けていたが、すでに結界装置は限界近く、本体が動き出そうと見えない壁に爪を立て藻掻いているのが見える。


「魔王様!お待たせしました!」

「ハヤテ。ずいぶん早いな。ゼピュアからの連絡は届いたのか。」


 ゲイルの言葉にハヤテは首を振る。


「いいえ。闘技場の上空に謎の怪物が現れたと知り、我々の出番と思いましてね。」

「そうか、いい仕事だ。兵装の方は?」

「対魔物用の結界装置、及び軍の魔光砲各機もすでに準備完了しております。」


 いつの間にか戻っていたブリードがゲイルへ報告する。


「よし。鱗の迎撃は結界装置で行え。魔光砲は本体を抑える結界が解け次第攻撃せよ。ハヤテ、闘技場の結界装置も頼む。」

「は!お任せを。」

「了解しました。」


 鱗を魔法で迎撃しつつ指示を出すゲイルに2人は頷いて駆けだす。


「援軍は心強いけどさすがに数が多すぎわね。」

「防護装置で迎撃するのはいいんだが、どうやって本体に近づく?」


 美琴がデバイスで防護装置を展開し鱗を弾き飛ばしているので、近接戦闘組は一時攻撃を止め集まって防護結界の中に居る。数は多いが舞とアーシィ、アクリア姫も防護魔法を適宜展開しているため鱗を防ぐだけなら問題はなさそうだ。

 しかし勇の言う通り、次元獣本体は上空の次元の裂け目から顔を出しており、地上から攻撃するのはそれなりの射程の武器でもないと厳しい。


「俺達も衝撃波や剣撃くらいは飛ばせるがさすがに遠いな。」

「離れすぎては威力も落ちる。加減して倒せるような相手でもあるまい。」


 ミストラルとモンスーンも上空をにらみつけているが、有効な手があるわけではない。


「防御しているのはいいのですが、まずくありませんか?」

「さすがに空間への攻撃までは防げませんもの、地上界と繋がってしまいますわ。」

「そっちは後回しにするしかないわ。魔界と地上界が繋がってもすぐに破滅というわけでもないし、今は次元獣へ集中するしか。」


 舞とアクリア姫の言葉にアーシィが苦々しげに言う。そうしているうちにも次元にはヒビが入り、新たな穴が開く。


「ちょっと!あれ!」


 闘技場の一画に大きく開いた穴から岩場と空が見える。そこから大きな赤い影がぬっと現れた。


「何やら大変なことになっておるようだな。」

「パパ!」


 顔を出したのは竜王バーンズだ。


「フレアの父親か。」

「ええ、竜王バーンズ。地上界の古代竜の長よ。」


 ゲイルの言葉に美琴が頷く。その間にも次々と竜たちが穴から出てくる。


「次元獣ですね。お話は後です、皆鱗の対処を。街の方も人々を助けるのを優先で向って下さい。」

「まかせてくれ!」


 竜妃ヒーティの指示でブレイズを始めとする数頭の竜たちが街の方へ飛んで行く。


「こいつは心強いな。」

「ありがたい援軍ですね。」

「古代竜たちの力があればかなりマシになるわね。」

「すごいですわ!これならきっと次元獣も!」

「こりゃあすごい!」

「はは!こんなに古代竜を見たのは初めてだな!」


 苦し気だった皆の表情に光が灯る。


「ほれ、こいつも必要だろう?」

「デュアルアーク!」


 バーンズは白い石鳥の箱舟を両手で吊り下げるよう持って飛んで来る。


「美琴様!我々だけではデュアルアークを飛ばせず、面目ございません。」

「いいのよ!突貫だもの仕方ないわ。それより手伝ってちょうだい!」

「お任せください!」


 バーンズが地面へ下したデュアルアークからセイジ達、サマーリアの魔導研究所の職員たちが顔を出す。美琴は彼らに答えながらデュアルアークへ。


「魔王様、これと竜たちの背から攻撃出来ます。タイミングはお任せしますわ。」

「うむ!任せよ。」


 美琴はゲイルが頷いたのを確認してデュアルアークへ乗り込むと、すぐに発進準備をする。


『みんな、上部に乗って。結界で振り落とされないようにはするけど攻撃する時は気を付けるのよ!』

「わかった!行こう。」


 デュアルアークから聞こえる美琴の声に、勇は頷き、彼に続いて舞とアーシィ、アクリア姫がデュアルアークの上部へ立つ。


「俺達はどうする?」

「さすがにあれは狭かろうしな。」

「ならば牛頭の、我に乗るがよい。」

「緑のおっちゃんは私が乗せてあげる。」

「おう!すまぬ!」

「助かるぞお嬢ちゃん!」


 ミストラルはバーンズに、モンスーンはフレアの背にそれぞれ立ち、空へ。


「そろそろ結界が解ける!皆準備は良いな!」


 翼を広げ空へ舞い上がるゲイルの声は、魔法によって闘技場に居る全員の耳へと届く。

 皆がそれぞれ頷いた時、次元獣を抑える結界が割れ、その爪が魔界へと迫る。


「攻撃開始!」


 ゲイルが合図と共に赤い雷撃を放つと、闘技場周辺に並べられていた大砲のような物からエネルギーが放たれ次元獣の身体を焼く。

 空に飛んでいた竜たちの口から炎や氷、電や光などの息吹が次々と放たれる。


「雷撃!最大出力です!」

「閃き輝け刹那の雷光!唸り轟け幾重の雷鳴!集いて走れ『ライトニングボルト』!」

「行きなさい!」


 舞、アクリア姫、アーシィの3人が電撃を飛ばしながらデュアルアークは次元獣の巨体へ迫る。続くはバーンズとフレア。


『勇君!出力最大にするわ!』

「了解!うおおおおお!」


 勇が掲げた『M2』から巨大な光が柱の如く立ち上る。その古代竜すら両断できそうな刃を次元獣の身体へ突き立てる。


「行くぞ!」

「おう!」


 ミストラルとモンスーンの振るう武器から斬撃と衝撃波が次元獣の身体へ放たれ、バーンズとフレアも炎の息吹を浴びせる。


 次元獣は鬱陶しそうに身を捩るが鱗が傷ついた様子は無い。


「奴とて無敵ではない!裕貴が戻るまで攻撃し続けるのだ!」


 ゲイルは攻撃をしつつもそう言い続ける。

 ただ、必ず倒せると信じ、皆必死に攻撃を続けるのだった。


§


 裕貴とゼピュアを乗せた銀色の竜が魔王城の一画へ舞い降りる。

 ただ、普段は多くの使用人が行き来する魔王城は人の気配がなく、時おり鱗が城を破壊する音が響き渡っていた。


「避難は完了しているようですわね。」

「うん。それでどこへ行けば?」

「地下にある神殿ですわ。案内いたします。」

「お願い。ブレイズ、運んでくれてありがとう!」

「かまわんさ。ここで待つか?」

「ううん。街の方を助けにいってくれる?僕らなら大丈夫だから。」

「分かった。気を付けてな。」


 ブレイズの言葉に裕貴が頷くと、彼は魔王城から飛び立った。


「さ、まいりましょう。」


 ゼピュアに付いて魔王城の地下へ向かう。幸い分厚い壁のおかげで城の損傷はさほどでもない。頑丈な魔王城だからよかったものの、サマーリアの王宮ならもっと惨事になっていただろう。

 しかし悠長にしては居られない。すでに地上界への穴も開いているのだ。鱗の一部は地上界へ到達しているかもしれない。


 逸る気持ちを抑え、ゼピュアと供に地下への階段を降りて行く。途中いくつか大きな扉を潜り、最下層へ下りた後廊下を進んで行く。


 本来は門番などが居ると思われる所も誰一人居ない。


「ここが地下神殿ですわ。」


 地下の最奥。荘厳な扉をゼピュアが開くと、いくつもの台に光を放つ石が並び、それらを頂点とした幾何学模様が床に描かれている。中央にも魔法陣。壁や天井には光を放つ複雑な文様が見て取れる。


「ここで神様に?」

「ええ。私も実際に使われるところは見たことがありませんけれど……。」


 3人で中へ足を踏み入れる。途端、ぐにゃりと視界が歪むような、妙な感覚に襲われる。


「なんか変な感じが……。」

「瘴気とも違いますわね。何か力で満たされているようですわ。」

「ミュー。」

「ミュー?どうしたの?」


 ミューが中央の魔法陣を指す。


「あそこへ行けってこと?」

「ミュ。」


 ミューが頷く。相変わらず何を言っているかは分からないが、無意味な事とも思えない。裕貴はゼピュアと顔を見合わせた。


「入っていいのかな?」

「私にはなんとも。ミュー様にお任せしてみるしかありませんわ。」


 裕貴は頷いて中央へ立つ。


「運命の女神様。聞こえていたら、力をお貸し下さい。次元獣を封印して、皆を守りたいんです。今も皆必死に戦っています。だから、お願いします。」


 目を閉じ、手を合わせそう呟いて祈る。裕貴には神様への交信などどうすれば良いか分からなかった。だから神社仏閣へお祈りするように、精霊魔法や召喚魔法を使う時のように、見えざる運命の女神へお願いする他なかった。


「こ、これは?」


 ゼピュアの目の前で部屋の文様や魔石が輝きを放つ。それが裕貴の元へ収束し、眩い光が裕貴の目の前で弾けた。

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