第39話 エピローグ
三時間前――。
田中は書類手続きを終わらせるため、学園を訪れていた。
「お姉さん!」
廊下で声をかけられた。
息を切らしている。どうやら走って追いかけてきたらしい。
「どうしたの? 牧さん」
「お、お願いがあります」
「なに?」
「揚羽先生にまた会いたいです! たしかに先生は今も恐いです。けど、先生は誰よりも私が信頼できる先生なんです! だからお願いします」
深々と頭を下げる牧に田中は心の奥が痛くなった。
まるで過去の自分を見ているような錯覚につい質問する。
「なにが貴女をそこまで突き動かすの?」
牧は顔をあげ、即答する。
「かけがいのない揚羽先生との時間です!」
「そう」
田中は嬉しい気持ちになった。
当時の自分とまさか同じ答えを出す人間がいるとは思わなかったからだ。
生徒にこれだけ言わせるのだ。
揚羽の行動に間違いは何一つなかったのだろう。
「でも難しいと思うわ。これだけの悪評が広まった教員の続投は学園としてそれなりのリスクを負う」
「はい。学園長先生にもそう言われました。そして学園長先生はお姉さんもここの人事権を持っていると教えてくれました」
人事? まぁいいや。
その言葉を聞いた時、母親が悪知恵を吹き込んだことを知った。
ったく、どいつもこいつも私に丸投げしてから!
と思ったが子供相手に大人げない行動は取らないし、見せないように心掛ける。
「たしかに国営されている施設は女王陛下の代理人として私が全ての人事だけじゃなく全ての最終決定権を持っているわ」
「だったら、揚羽先生をもう一度この学園に戻して頂けませんか?」
「メリットがあれば動く。でもなければできない。厳しい言い方をすれば私の発言一つ、決定一つには責任が伴う。それも総隊長としての。だから私情だけで学園の人事に関与することはできない」
「メリットならあります」
いつぶりだろうか。
田中相手にここまで強気で自分の意見を持って立ち向かってくる人間は。
母親はきっと牧の中に強い信念を見たのだろう。
だから私と交渉するための知恵を与えたのかもしれない。
「言ってみて」
「お姉さんが今私に対してプレッシャーをかけてきても、揚羽先生のあの圧に比べれば怖くありません! 私たち生徒は相手の顔色を伺って言えないことを言えないまま大人になるのではなく、あの日の揚羽先生みたく強い心を持ち前を見て歩むべきだと思います! そしてその教育を担当するのは揚羽先生が適任です!」
真剣な眼差しと声は田中の心に響いた。
よく見れば牧は汗だく。
廊下はそんなに熱くない。むしろ風が吹き込んでいて涼しい。
それなのにも関わらず汗をかくと言うことはそういうことなのだろう。
「へぇ~。ここまで言わせるとはアイツにも教師の才能が少しはあったようね」
「バカにしないでください! あの人は二度も私を救ってくれた
意地悪な質問に対しても
「それ皆の前でも言える?」
「言えます!」
即答された。
「わかった。お姉さんが頑張ってみます」
最後は田中が折れた。
「少し待ってなさい。なんとかしてあげるから」
そう。
これは本人の意思による退職なのだが、学園長はどうやら人事移動かなにかと吹き込んだのだろう。
そう考えると話がかみ合うのだが、……結果として田中の悩みが幾つか増えた。
揚羽が戻れば、牧は悪者の味方になってしまう。
そうなると牧の学園生活が再び暗い物になってしまう。
そうならないための策も考える必要があった。
だがこれは嬉しい誤算だ。
■■■
学園から戻った田中は女王陛下に呼ばれていた。
どうやら今回の事実確認のため、幻竜をここに呼ぶから立ち会って欲しいとの依頼だった。
「悪いわね、戻ってきたばかりでばたばたさせちゃって」
「いえ……。それより私が居ない間護衛なしは流石に危険です。護衛の守護者と兵士はどこに行ったのですか?」
「それ? こっちはいいから他の支援に行くように命じたわよ?」
その言葉に田中は大きなため息がでてしまった。
好き勝手言っているわけではない。と信じたい。
なによりきっと考えがあるのだろう。と思いたい。
だけど今はもう少しリスク管理を厳しくして判断して欲しいと思い、諦め半分の顔を見せると思わぬ声が返ってきた。
「心配しなくて大丈夫よ。久しぶりに珍しいお客様が来てね。美紀が不在の間私を護ってくれるって約束してくれたのよ」
稀に見ない上機嫌ぶりに違和感を覚える。
「でもここには誰もいませんよね?」
「うん! 美紀と同じでこの距離なら暗殺者が私を殺すより早く暗殺者を殺せると思うわよ?」
まるでそうなって欲しいかのように人を褒める女王陛下。
普段そこまで人を褒めない女王陛下にここまで言わせる人物を田中は一人しかしらない。
「この一番上にいるから後で美紀も会ってみるといいわ。一応幻竜が逃げても困るからこの後の事実確認が終わって幻竜が牢屋に戻るまでは外で待機してくれるようお願いしたの。彼の魔力探知ならそれぐらい余裕でわかるしね」
やっぱりアイツか。
心の中でその言葉は留めておく。
アイツ来てるんだ。早く会いたいな……。
そんなことは恥ずかしいので死んでも表には出さない。
「それで彼となにをお話されたのですか?」
「ダメもとで久しぶりに会いたいって連絡取ったら不法侵入者の鏡だったわ。この厳重警備態勢をいとも簡単にすり抜けてここまで来たこともあって警備配置の再計画の話が一つよ」
田中の中で殺意が沸いた。
誰がその仕事をするのかを考えれば当然のことである。
「それと軍事の話よ。副総隊長不在、並びに守護者二名の不在。これはいよいよ補充を考えないといけないのは知っているわね?」
「はい」
「その穴埋めの依頼よ。まぁ~見事に断られたけど、生活が苦しいみたいで生活を保護することでいざって時には私が直接頼めば力を貸して貰えるようになったわ」
「それは妙なお話です。アイツの立場だったら相当な貯金があるはずです」
「そうね」
女王陛下は一瞬田中から目を逸らし、天井を見つめた。
なにか言いにくいことがあるのだろうか……。
「まぁ貴女には話してもいいかもね。前両陛下が亡くなった日オルメス国はかなりの人的被害と物資の損失があったのは貴女も知っているでしょ?」
「はい。いくつもの街が壊れ、その復興費だけでも莫大な支出でした。それは今も回収できていない程の額です」
「そう。紅の守護者としての最後の任務はその復興だったわね」
「はい。おかげで予想より早く街は復興しました。それに予算超過も現実的な数字に収まりました」
「その理由を貴女は知らないの。彼は自分の全財産をそこに投じたわ。私に黙ってね。そして飢えで苦しむ人たちに食べ物を与え、住処を与え、生活に必要な物を与えていた。当時衛生環境がそこまで悪くならなかったのはそう言った本来ないはずのお金が流れてきたからなの。でもそれを知らない人たちは涼しい部屋で報告書を見るだけと酷評を述べたけどね。確かにあの時は貴女ですら現地に行き治安維持を兼ねて指揮を執っていた。けど彼にそんな余裕はなかった。毎日上がってくる報告書に書かれた住民の意見に目を通し可能な限り望む物を私財で与えていたのは紛れもない紅だった。でもそれは当然のことと、本人は言っていてね。私が気づくまで誰にも言わなかった。本当は一人抱え込んでとても辛かったのでしょうね。それで貯金もないのに、病院生活……当然借金生活よ。今の第二魔法師団の人間に聞いてみるといいわ。真相はすぐにわかるはずよ。そして皆言うはずよ。なぜ報告しなかったの? と聞くと聞かれるまで余計なことは言わなくていい。と言われましたってね」
田中は思い出す。
「私たち第二魔法師団の本気を持って揚羽様の戦闘環境を作るぞ!」
と、あの日言っていた者たちのことを。
たしかに揚羽様と言い、今も慕っている様子だった。
なにより第二魔法師団大隊は元々揚羽の直轄部隊で、どれだけ周りが非難しても最後まで揚羽の味方だった。
「あのばか……なんで私にも言わなかったのよ……」
「責めたらだめよ? あの時、……紅は少しおかしくなっていた。私がその異変に気付いた時には後の祭り。だから私は紅が軍を去る時、理由も聞かずに了承したの。もう言われなくても薄々わかっていたから」
「そうでしたか……」
「ってことで復興費早く回収してね。うちもそこまで財政良くないから♪ 紅の言葉をそのまま使うなら、大丈夫ですよ、美紀なら余裕で回収できますから! だって」
イラッ。
めんどうごとがさらにふえたッ!!
重たい話を少しでも受け入れやすくしてくれているのだろうが、紅の嫌がらせがチラチラと後ろに見えて仕方がない。
「うそよ。ゆっくりでいいわ。だから美紀慌てないで。私も多少は持ってるから足りないお金はこれからも出してあげるわ♪ まぁ仲がいいから意地悪したくなるんでしょうね、お互いにね。私はいいわよ、二人が今も仲良しなら紅を守護者として迎え入れてもね」
田中の気持ちを察してか、最初に答えをくれた。
守護者以上の任命は女王陛下にしか決定権がないからだ。
「でも『
「わかっております」
「ならいいわ。後はたわいもない雑談をしただけよ。それより来たわよ」
田中が振り返ると情報官と罪人が謁見の間にやって来た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後書き
ここまで読んで頂きありがとうございました。
皆様の応援があり、無事コンテスト作品として、応募条件を満たすことができました!
後は祈るのみです(笑)
もし良ければまだの方は最後に評価をして頂けると嬉しいです。
では、またどこかでお会い致しましょう!
無意識に自己犠牲精神を発揮してしまう男の名は揚羽紅ですか!?~真相確認のためいざ物語へLets' GoGo!~ 光影 @Mitukage
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