第38話 報告後


 幻竜が退出してから女王陛下と二人きりで少し会話をした。

 それが終わった田中美紀は珍しい人物が王城に来ていると風の噂で聞き、思い出深いある場所に向かった。


 そう――どうしても会っておかないといけない人物だ。


「やっぱりまだここにいた。元気?」


 今後のことを決める上で、意見を聞きたいと考えていただけにタイミングも良かった。


「LINE返してくれなかったら心配した。隣いい?」


 王城の屋上で遠い目で街の眺める男の横顔が格好良く見えるのは吊り橋効果みたいな力が働いているからだろうか?


「うん? あぁ、うん。どうぞ」


 どうやら考え事していたらしい。

 ようやく田中がここに来たに気づいたらしい。


「なら遠慮なく。学園長から聞いた。無断欠勤してるんだって?」


「ちゃんと退職願書いて机の上に置いた。本当に面倒見が良い方だったよ。けど沢山迷惑かけたし学園の評判も落とした。それに牧さんの信頼を裏切った。これ以上は迷惑かけれないからさ、ごめん、せっかく斡旋してくれたのにその期待にも答えられなくて」


 人一倍責任感が強い男は田中に頭を下げる。

 けど母親から別件と一緒に呼び出され『あんたが斡旋したんだ。早く連れ戻して来な。あとこれは見なかったことにするから、あんたが持っていき』と言われた人間は、


「もしかしてコレ?」


「へっ? どうして俺の退職願がなぜここに?」


「まぁ、まぁ。これはほいっ」


 田中の魔法によってボッと燃えて灰となってオルメス国の空に羽ばたいて行く。


「もし叶うなら戻りたい?」


「いや。俺はもうあの場所には戻らない。けど牧さんや星野先生とは約束したからなにかあれば護るつもり」


「裏から護るの疲れない?」


「もうなれたよ。なぁ美紀?」


「なに?」


「大変なのわかるけど、ピリピリし過ぎ。そこまで心に余裕がないのか?」


 その言葉に田中は口を尖らせて、腕を後ろで組む。

 そして足で男の足をツンツンとしながら、


「わかってるなら言うな。てか誰のせいよ、ばかぁ……」


 と文句を言ってやった。


「てかネットの噂なに? 全部私の功績になってるんだけど?」


 そう――ネットでは。

『総隊長の手腕を見よ!』

『偉業を成し遂げた! これぞまさに有限実行!』

 などと田中とそこに同行した兵士の活躍だけが記載されていた。

 どこのマスコミも『隻眼の悪魔』については書かれていなかった。

 いや……悪い記事では沢山あった……それを当の本人が否定しないから……。


「いいんじゃないか。お前は誰もが認める偉業を成し遂げたんだから嘘じゃない。噂ってのは良い噂も悪い噂も尾ひれは付くもんだろ?」


「納得いかない!」


 心を許しているからこそ直球に想いをぶつける。

 顔を膨らませて断固として拒否する。

 なぜなら――。


「納得しとけよ。人間ってのは崇拝する者と愚弄する者両方欲するんだよ。上と下を作ることで自分の心の安定を図るって俺のカウンセリングの先生が言ってた」


「知ってる。てか理紗使ったでしょ?」


「急になんの話?」


「アンタが理紗にお願いして私の功績にした。違う?」


「さぁな」


「理紗は否定してるけど、国はこの件に情報規制を一切していない。なのに都合よく幻竜が裏切っていたこととアンタの活躍だけが綺麗に抜けた情報だけがマスコミに流れた。こんな偶然ありえない!」


「せい……いや学園と国の未来を考えたらこれが一番なんだよ。目指すべき、誰もが憧れるオルメス軍の姿がな」


「わかった。なら考える」


「助かるよ」


 田中は刺すような視線で男を観察した。

 そして隣に立ち、さり気なく服の裾を掴んでみた。


「軍には戻ってくる気ないの?」


「ない。もう俺の居場所はここにはないからな」


 服の裾を引っ張って少しアピールしてみる。


「少なくとも私は待ってるよ?」


「ありがとう。でも恐いんだ」


「そっかぁ……ねぇここ離れて……そ、その……あのね……えっと……」


 言葉が上手くでないでいると。

 急に視線を向けられて、そのせいで、余計に緊張して。


「どうした? 顔真っ赤にして?」


 と、言われつい耳まで真っ赤かになってしまった。

 そのまま照れ隠しと一緒に勢いで聞く。


「な、なんでもない。てか好きな人とか彼女できたの?」


「ううん。いない。まぁそもそも仮にできても相手に迷惑かかるから今後もその可能性はないだろうな」


 男は「悪い噂は沢山あってもいい噂ないからさ」と小声で付け加えた。


「もし……さ。その彼女がさ、私ならプラマイゼロとかにならないかな?」


「ならないだろ? マイナスの力はそう簡単に消えない。俺が悪い噂無視する理由知ってる?」


「知らない」


 すると、男は寂しそうな顔を見せた。

 そして街景色を見ながら語り始めた。


「人ってのは悪い噂ほど自分がその者より上に立っていると勘違いしやすい。そしてそこで得た快楽ってのは甘くて毒性が強い。ましてやオルメス国を代表する守護者がこんな失態をしてる、けど俺はしてない。そう言った思考は同じく甘い快楽となって中毒性を持つ毒となる。それをいちいち相手にしてたらキリがないんだよ。それに抵抗すればするほどアイツらは愚者がもがき苦しんでいると都合の良い解釈をしてそこにも快楽を得る。つまるところ。プラスはやがて零に戻るが、マイナスはいつまでもマイナスのままなんだよ。まぁ俺の持論だけど。だから美紀にも迷惑をかけるつもりはないよ」


「そっかぁ。でも覚えていて欲しいことがあるの」


「なに?」


「それでも紅を好きになる女はいると思うよ。その人が望む最高の幸せな未来にはきっと紅が必要だと思う。それでも拒絶する?」


 裾をくいくいっと引っ張って精一杯アピールする。

 周りから総隊長と呼ばれ、誰からも尊敬されたって心はある程度にしか満たされない。本当の意味で心を満たしてくれるのは、今も昔も目の前にいる揚羽紅だけだった。


「……はぁ。俺の前だと本当に女の子するな、お前」


「うん! だって女の子だもん!」


 年齢という面に視点を当てなければ間違ってはいない。


「はいはい。考えておきます」


「ヨシっ! 言ったね!」


 田中は左手でガッツポーズをした。

 それを見た揚羽は本題に入る。


「それで裾を通して俺の体内に魔力を流し込み、さり気なく拘束した理由をお聞かせ願いますか? どうせ最初から逃がす気なかったんだろ?」


「てへっ。バレたかぁ」


 舌を出して、左手を頭部にあて可愛らしいポーズを見せる美紀。

 本当に幸せである。

 こんなにもありのままの自分を見せて受け入れてくれる人との会話は。

 だけど一旦プライベートは終わり。

 仕事のスイッチをオンにする。


「牧響子。彼女は記憶消去を強く拒否したわ」


「冗談ではなさそうだな」


「それと星野きらら。理紗はともかく記憶による相違が生徒と教師の間で生まれた良くないと考え、軍から提案したら彼女からもアンタに関する記憶消去を断固として拒否された。この事実に対してアンタはどう対処するつもり?」


 本気のため息を見せる男に田中はさらに言葉を投げかける。

 これは母親・牧・星野との約束を果たすためである。

 言葉に熱が入る。

 それだけ真剣ということ。


「逃げないでくれる? なにが迷惑かけたよ? いい? 逃げたくても逃げれない人間だってここにいるのよ? そして彼女たちは誰でもないアンタとの記憶を大切にしたいって言った! 迷惑をかけたなら倍以上の見返りを与えれば誰だって納得する!」


「たしかに、それはありそうだけど。倍は難しい……」


 自信がないためか、後半は声が小さくなった。

 それでも美紀は聞き逃したりしない。


「それと忘れないで! アンタを堂々と応援したくてもできない信者がいることを! アンタがそんな女々しい態度ばかり取るからそのものたちも虐められるの! アンタが数多くの人の幸せを願うならこれからは守護者として活躍していた時のように堂々としてなさい! いい?」


 その言葉に「あはは!」と愉快に笑い始める揚羽。

 田中は知っている。

 この場合大抵彼が逃げることを。

 強制的に田中の拘束を解こうとするが、


「あれ? んんっ?」


 はぁ~、と頭が痛くなった。

 思考が手に取るようにわかる田中は顔をギリギリまで近づける。


「枷があるの忘れた? その程度じゃ逃げれない。じゃなくてお願いだから私から距離を取ろうとしないで。悲しくなるから……」


 と、諦め半分で伝える。

 田中は薄々気付いていた。

 自分の身を案じてくれていることも。

 それゆえに学園から距離を取ろうとしている理由があることも。

 これから任務のため、何度も出入りすることになるだろう。

 そのたびに避けられたら悲しすぎる。


「わかった、わかった。だからそんな顔しないで欲しい。お前を避けていたのは謝る。ごめん。でも――」


「わかってる。全部私のためでしょ? でもそれが悲しい……だから、まずはしばらく近くの職場で一緒に働く。それでいい?」


「はい」


 揚羽紅は「選択肢なかったな今」とブツブツ言っているが、そんな都合が悪い言葉は聞こえない田中は満面の笑みを見せた。


 数日後とある噂が流れる。


『最近総隊長が微笑むようになった』と。


 その噂が流れる直前には『尿管結石で入院していた新人特別生徒保護組織(スチューデントガーディアン)の教員が復帰した』らしいとの噂も流れていた。


 時は遡って――。

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