ちょこ話 『右のドア』

た宇古

第1話 《右のドア》

契約最後のバイトが終わった朝、

オレはコンビニの前で缶コーヒーを飲みながら流れる人と車をボーッと眺めていた。


『誰もオレのこと見ていないし、気にもしていないんだろうな。

そりゃそうだ、他人だし、関係ない人間だし、オレだってきっと気にしない。』


そんなことを思いながら、はぁーと長いタメ息が出た。


『次の仕事まだ決まっていないし、これからどうしようかな。

とりあえず、帰って寝るか。』


仕事で疲れた体を引きずって、ゆっくり歩道を歩く。

一応、通勤の人たちの邪魔にならないように、右側に寄って歩いていた。

何気なく、ビルとビルの間に目をやった。


すると右側に《ドア》があった。

よくあるビルとビルの隙間だ。

人が通れるか、どうか位の隙間だった。そんな所に、今朝ドアが出現していた。


『毎日この道を通っているんだぞ。

こんな所に《ドア》なんてあったか?』


『いやいや、ない。絶対なかった。』


よく見てみると、それはそこに数十年前から存在していた感満載の木製の古びた《ドア》だった。


『オレの記憶違いだろうか』


『それにしても、何処の何の《ドア》なのか分からない。

表札も、店の名前も、看板もない、ただの《ドア》だ。』


思わず《ドア》のノブを回してしまったすると、拍子抜けするほどに軽々と《ドア》が開いた。


『えっ、開いちゃったぞ。』


恐る恐る中を覗くと、中はライトが付いて明るく、廊下が奥まで続いていた。


『この奥に隠れ家的なお店でもあるのかな。』


好奇心が湧いてくる。

中に入ってみた。

長い廊下を25メートル位歩き進むと、突き当たりに出た。

左右には、古びた同じような《ドア》があった。

《ドア》には両方とも何も書かれていなかった。


右側の《ドア》を開けてみた。

明かりの付いた廊下が続いていた。

左側の《ドア》を開けてみた。

これも同じように明かりが付いた廊下が続いていた。


『んー。どちらへ行けばいいのか。』


オレはとりあえず《右のドア》を開けて進むことにした。


『行って何もなければ戻ってこよう。』


オレは気軽にそう思っていた。

廊下の奥の突き当たりに、また左右に《ドア》があった。


『またかよ、どうする戻るか進むか。

いや待てよ、この《右のドア》を開けて進めば、歩道に出るんじゃないか。』


そう思ったオレは《右のドア》を選び廊下を歩いて行った。


だが予想はハズレ、突き当たりは壁があり、そして左右に《ドア》があった。


頭が少し混乱してきた。

オレはその場に座り、落ち着いて考える事にした。


『歩道の右側に《ドア》があり、進んで突き当たり《右のドア》を開けた。

そして進み、また突き当たり《右のドア》を開けて進んだ。

廊下の長さも同じ25メートル位だったから、歩道へ出る《ドア》があっていいはずだ。

なのに、突き当たりは壁で左右に《ドア》。どういう事だ。』


オレは、ここにある左右のどちらかが、外に出られる《ドア》かもしれないと思い、まずは左の《ドア》を開けてみた。


薄暗い廊下が奥まで続いていた。次に右の《ドア》を開けてみた。

明るい廊下が奥まで続いていた。


『えっ、嘘!何故外へ、歩道に出られないんだ。』


いきなり怖くなった。


「もう嫌だ!ここから外へ出してくれ」


オレは叫んだ。


突然、自分がいる廊下の明かりが消えた


パニックになったオレは、咄嗟に明かりが付いている《右のドア》を開け、中に入った。

後から、何かが迫ってくる感じがしたからだ。

仕方がなくオレは、このまま進むことにした。

やはり、突き当たりには左右に《ドア》があった。


もう考える事を止めて《右のドア》を選び、明るい廊下を歩いて行った。


そしてまた左右に《ドア》があり、また《右のドア》を開けて進む。


どの位時間が過ぎたのか分からなくなっていた。


かれこれ15回位右のドアを開けて歩いて来ただろうか。

さすがに体が辛くなってきた仕事の疲れの上に訳の分からない迷路と恐怖、もういい加減かんべんしてほしかった。


喉が渇き、腹も減ってきた。

ふと見ると、目先の廊下にペットボトルが置いてあった。

ミネラルウォーターだ。

日付を見ると賞味期限はまだ先だ。

キャップもしっかり閉まっている。

異物も混入していない。

キレイな水だ。


『ひょっとしてオレの前に、誰かここに来た奴がいるのかもしれないな。

後に来る人間のことを考えて、この水を置いてくれたのだろうか。』


『んー。考えても分からん。飲んじゃおう。』


オレは味を確かめながら飲んでみた。

 

別に問題ない、美味しい水だった。

結局全部飲んでしまった。

ここで自分感覚で小一時間休憩した。


それからまた歩き始め、突き当たりに出ては左右の《ドア》のうち、迷わず《右のドア》を開けてドンドン進んで行った


また、廊下に何かがあった。

袋に入った餡パンだった。


『さっき水をくれた人が、今度は餡パンを置いて行ってくれたのかな。』


袋に穴や破れはなく、賞味期限はまだ過ぎていない。

オレは、もちろん美味しく頂いた。

お腹が満たされたせいか、心にゆとりが出来たせいか。

オレは、こんな事を呟いていた。


「今度は甘くない食べ物、そう、おにぎりとか食べたいな。」


『バカな事を言ってしまった。

言って叶うのなら、何も問題はなかったはずだ。

外に出たいと言っても叶わないのだから。』


そんな事を考えながら歩き、突き当たりに出ては《右のドア》を開けて、進み、


突き当たりに出ては《右のドア》を開けて進むを繰り返し、合計30回位右のドアを開けて歩いて来た。

すると廊下の真ん中あたりにコンビニの袋らしき物があった。


中にはなんと、おにぎり2コとペットボトルのお茶が1本入っていた。


『冗談だろ。本当に言った物をくれるなんて。』


おにぎりの消費期限は今日だった。

お茶も賞味期限内だ。


『やっぱり誰かがオレを監視しているのか。

外に出してはくれないが食べ物、飲み物はくれる。

一体何が目的なんだ。』


おにぎりを食べながら、廊下の隅々まで探したが、カメラどころか照明器具さえもない。

何もない事に今更ながら気が付いた。


不思議で気味が悪かった。


『それじゃ、これも言ったら、くれるのかな。試してみるか。』


変な、イタズラ心が出てきた。


「今度は、すき焼き丼が食べたいな。チェーン店の。」


と言ってみた。 


果たして、すき焼き丼が食べられるか。


ちょっと楽しみが出来た何か得体の知れない者とのコミュニケーションが少しでも取れれば、

自分の状況が変わるかもしれないと、淡い希望を持ったのだ。


今回は、進んでも進んでも、

何回右のドアを開けても、

なかなか何も出てこなかった。

もう60回位になる《右のドア》を開け、廊下を歩いていると、あった。


白いコンビニの袋だ。


すき焼き丼を期待して中を開けたら、中には白い卵らしきものと、 

某すき焼き丼チェーン店の店名入り割りばしの袋だけが入っていた。


『くそ、オレの思うようにはさせないって事なのか。』


『怒らせたのだろうか。

今のオレは立場が弱い。

あまり刺激するのもまずいかもしれない


これからは、余計な事を言わないことにしよう。』


『それにしても、この白い卵は何だろうニワトリの卵とは形状が違う。

まん丸で白く、ピンポン玉のようにも見えるが質感と重みは、やはり何かの卵だ』


食べ物とは思えないので、上着の胸のポケットに入れた。


『孵化するか分からないが、どうせ暇だしな。温めてみるか。』


このまま廊下で壁を背にして、仮眠をとることにした。


上着の胸のポケットの中で、何かが動く気配があり目が覚めた。

卵を見るとヒビが入っていた。


『えっ、もう孵化するのか。』


みるみるうちに殻が割れ、中からヒナが生まれた。


「ピヨピヨピヨ」


『この子何のヒナだ?』


羽毛が濡れていて、何の鳥なのか検討がつかない。


『まあいい。このまま育てていけば、いずれ分かることだ。』


オレは、ピヨピヨヒナを連れて《右のドア》を開けて歩き進むことを再開した。


《右のドア》《右のドア》と進んでいるとまた、コンビニの袋が置いてあった。


『もう、何かくれるのか。』 


早くも出て来たコンビニの袋にちょっと警戒心を持った。


袋の中には、海苔も具もない、ただのおにぎり1個とさっきと同じおにぎりが2個、そしてミネラルウォーターが2本入っていた。


『ひょっとして、この海苔も具もない、おにぎりと水1本はピヨピヨヒナの分か。』


オレは、ピヨピヨヒナにおにぎりと水を少しずつ与え、面倒を見ながらゆっくりしたペースで進行する事にした。


その後羽毛も乾き、ふわふわのヒナになっていた。


『かわいいなぁ。』


色は少しグレーだが、白いヒナ鳥だ。


『もう何の鳥でも構わない。』


オレはピヨピヨヒナに夢中になっていた


心細かったオレの心にこのかわいいピヨピヨヒナは、明るい太陽のように暖かく優しく、勇気を与えてくれる存在になっていた。


驚くほどにヒナの成長は早く、オレが与えたおにぎり1個分を食べ終わる頃にはほぼ成鳥になっていた。


この鳥は鳩だった。

とても美しい真っ白の鳩になった。


オレは鳩を連れて更に歩き続けた。

相棒が出来たせいか快適に進み、トータル120回位右のドアを開けていた。


そしていつものように突き当たり、左右あるドアの《右のドア》を選んで開けた。


『ここは何処だ。』


そこは、外だった。


《右のドア》を開けたその先は、一面に青い空が見えていた回りは何もない、空だけだった。


遠くを見ると下に雲海が在るようだ。


もう廊下はない。

足元は石を組み合わせ造った塔の天辺のようだ。


丸く、直径3メートル位しかない。

狭い塔の屋上は柵もなく、少しでも動いたら下に落ちてしまいそうだ。


背中がゾクゾクしてきた。

オレは、高所恐怖症だ。

動けず固まってその場に座り込んでしまった。


それまで大人しくオレの肩に止まっていた鳩が、突如翼をバタつかせた。


落ち着かないその様子をみてオレは、鳩が生まれて初めて見た外の景色に、青い空に驚いているのかと思った。

それとも。


『いよいよ、飛ぶ練習をし始めたか。』


そのうちに鳩は、飛び上がり、オレの頭上をぐるぐる飛び回るようになった。


『ああ、遂に巣立ちの時が来たんだな』


別れの時が迫っていた。


オレは寂しい気持ちになった。

鳩はオレの膝に止まり、オレの顔をじっと見た。

オレも鳩の顔を見つめ、そして鳩にお別れを言った。


「この広く青い空は、お前のものだ。」


「自由に飛び、思いのまま生きて行け」


すると

「クルックー!」


鳩は一鳴きすると空へ飛び立った。


そしてオレの頭上、塔の回りを何回も旋回し決意したかの様に一気に飛んで行った。


「元気でなー。」


オレは、鳩の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。


もう寂しくない。


まるで自分の旅立ちを見ているような、清々しい気持ちになっていた。


ふと気付くと、今まで何もなかった空間にそれはあった。


《ドア》だ。 


右手に《ドア》があった。


オレは躊躇いもなく、《右のドア》を開けた。 


そこには廊下はない。


ただ、どこまでも上に続く、階段があるだけだった。


『さあ!オレも行くか。』


オレは、新しい《右のドア》に入って行った。






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