君が悪役令嬢になるまでの七日間
桐山なつめ
来週、悪役令嬢になるらしい。
「私ね。来週、悪役令嬢になるんだって」
「は?」
喫茶店。
ざわめきが、一瞬遠くなった。
だが、目の前の幼馴染――吉田遥花は、
にこりと笑って、手元のアイスコーヒーをストローでかき混ぜた。
「トラックに跳ねられて、死んじゃうらしいの。
その後ね、乙女ゲームのヴィオリーナ・ヴァレモンドってキャラに転生できるんだって」
「なに……言ってるの?」
飲み下したばかりの紅茶が喉を伝う。
しかし、口内はすでに乾きを覚えていた。
視界が、ぐわんと歪む。白昼夢でも見ているようだ。
遥花はそんな僕を前にしても、いつも通り、穏やかな笑みを浮かべるだけだ。
「女神さまがね……」
「……」
「あ、転生を管理する女神さまが来てね。
前もって知っておいたほうが、心づもりができるだろうからって教えてくれたんだ」
「いや、だからさ……死ぬって? 熱でもあるんじゃないか?
……どこまで本気で言ってんだよ」
「全部本当のことだよ。っていうか、さーくんも知ってるでしょ、転生のことぐらい」
「いや、たしかに……そういう人たちが増えてきたってのはニュースで見たし……」
(今は死ぬ前に教えてくれるようになったとか、聞いたことはあったけど……)
「……まじで遥花が選ばれたの? でも死ぬって……嘘だろ。夢じゃなくて?」
「うん。ここでは見せられないけど……ちゃんと胸のとこに刻印も残ってるよ」
「……」
「だから、私のここでの寿命はあと七日。私の魂は死神から女神さまへ渡って……
乙女ゲームの『白百合と断罪のロンド』の一部になる」
遥花は、淡々と……他人事のように言った。
「ああ~……実家に帰って、もう一度プレイし直さないと。
ヴィオリーナが最悪な女キャラっていう記憶はあるんだけど、よく覚えてないや……」
「待て待て……なんでそんなにあっさりしてんだよ」
「だって、ただ死んじゃうよりは生き直す可能性があるわけでしょ?
うまくいけば、他の悪役令嬢みたいに、ヒーローに選んでもらえるかもしれないし。
そうしたら、皇后さまになれるかもよ?」
「……それって、向こうで好きでもないやつと結婚するってこと?」
「好きでもない……まあ、うん。そう言われたらそうだけど。
たしか、相手はルディオリスっていう王子さまだった気がする。
イケメンで、ツンデレで……ヴィオリーナの許婚で……」
「でも、悪役令嬢なら処刑とかされるんじゃ……」
「そうそう。死に戻り制度はないみたいだから、一発本番。
頑張って、好きになってもらわなきゃ。
「……」
「ああー、私にできるかなあ。不安だなあ」
遥花はそう言って、まるで試験勉強の前日のような口調で語る。
けれど……ストローを持つ指は震えていた。
僕は、思わず目を伏せる。
今日は告白をするつもりだったのに。
「好きだ」の言葉が、全部吹き飛んでしまった。
「じゃあ、僕は……」
遥花が、ちらりと僕を見る。
すがるような眼差しに、喉の奥が震える。
「僕は……一緒に……ルディオリスと結婚できる方法を……考えるよ」
思ってもいないことが、口から零れていた。
言ってしまってから、胸を灼くような後悔が押し寄せる。
言葉がじわじわと、この場に染み入っていくようだ。
やがて彼女は、さみしそうに――微笑んだ。
「ありがと、さーくん」
遥花のアイスコーヒーの氷が、カランと音を立てる。
僕にはそれが、遥花の小さな悲鳴に聞こえたのだった。
君が悪役令嬢になるまでの七日間 桐山なつめ @natsu_kiri
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