Re:生きるきみへ
鈴木佐藤
本編
小学校六年間同じクラスだった。ほぼ全員がスライド式で進学する中学校で、始めてクラスが別れた。
「あの子がお前のクラスの転校生?」
「ん? ああ」
俺の教室にやってきた理人は、教室の端っこの席にに座る女子をさりげない視線で示した。
「高江柄さん。下の名前はメグ? だったかな、町の方から引っ越してきたって」
俺たちが中学一年生になると同時に、転入してきた女子。新学期が始まって二日目、クラスが変わって二日目。……この学校に来て二日目の彼女のことを、元々女子と話すわけではない俺は、よく知らない。
「ふーん」
その理人の今まで見たことのない表情に、疎い俺でもなんとなく察する。今までそんな風に女子を気にするような態度を見せたことがないやつだったから。
「……何読んでんのかな」
「知らね。気になるなら、チャットID聞けばいいじゃん。教えてくれるんじゃねーの」
知らんけど、と付け足して答えると、理人はその女子からすっと目線を外した。
「断られたら気まずいだろ。……先のこと考えろよ、先のことを」
ああそうかよ。そりゃあすみませんでした。
いつだって先のことを考えてる頭のいい理人と、テストの解答をサイコロ鉛筆に頼る俺。性格は違うが、同じ鈴木の名字。出席番号がいつも前後で席が近かった俺たちは、ずっとツルんでいる仲だった。
理人は高江柄さんを気にする様子はあったが、俺のクラスに来てもなんらモーションをかける様子はなく、少しだけそんな理人がもどかしかった。けどそれと同時に安心もしていた。仲のいいやつに、先に彼女とか出来たらやだからだ。単に遊び相手が減る心配もあるのだが。
ゴールデンウィークが空ける前日、俺たちは学校の近くにある文化会館のベンチに並んで、自販機のジュースを飲んでいた。
「ナルお前、明日のミニテスト大丈夫?」
夏の気配を感じながら、俺は理人におうと笑う。
「サイコロえんぴつの準備はバッチリだ」
「まあたナルはそれ好きだねー」
隣に座る大夢が俺を笑った。お前も成績は俺とそんなに変わんないはずだろ。寝てばっかりなのを知っている。
大夢の隣から、尋が心配そうな顔をして俺を見た。
「この前先生に注意されてなかったっけ……?」
「大丈夫。ハラセンは忘れっぽいから俺に注意したこともう忘れてる」
俺の尋への返事に、理人が答えた。
「いやあいつ結構執念深いって。中学生なんだし、そろそろ内申とか先のこと考えろなー先のことを」
「へいへい」
そう言われたって、今目の前に考えることが多すぎて先のことなんて考えられない。ベンチの下で虫の死体に群がってた蟻の列を踏まないようにしないとな、とか、お年玉で買った未クリアのゲームのこととか、SNSで話題のこととか。目の前のことと肌に感じる風がすべてで、それが全部嫌いじゃないから今のことしか考えられなかった。
いつか行く高校とか、未来。これから先でコイツらと別れる先のことなんて、考えたくなかった。
馬鹿な俺とマイペースな大夢と、少しビビリの尋。それを纏めるしっかり者の理人。俺たちは小一の頃から四人で仲がいいグループだった。
視線を上げると、自販機の側面に貼られていたポスターが目に留まる。
『幕張ビーチで日本最大級のドローンショー! 一万台のドローンが夏の夜空を彩ります』
そんな見出しとテレビで見たことのあるドローンイルミネーションの写真のポスターには、配信はこちら、とQRコードが書いてあった。
「へえー……ドローン」
こぼした呟きに、三人が俺の視線の先を辿った。
「一万台ってすげえよな。……一万人で同じ仕草するってことだろ?」
「ナル、もしかしてドローン一台一台に操縦者が必要だと思ってる?」
えっ違うの? 俺の顔を見て、大夢が溜息を吐いた。尋も首を横にブンブンと振っている。こういう時の解説は理人の役目だ。
「まとめてプログラムで制御されてるから、一万台だからって一万人必要なわけじゃないんだよ」
「へえー」
言われながらスマホで検索する。ドローン、操作。
『ドローンショーでは、ドローンの飛行経路やパフォーマンスは事前にプログラムされています。専用のソフトウェアによって制御され、かつては通常五人から二十人程度必要でしたが、現在は一人でも操作が可能です』
へえ。そうなんだ。
検索にAIが答えた画面を、隣の大夢が覗き込んだ。
「おお〜やっぱすごいねえ、AI。なんでも答えてくれるねえ」
まだ青い猫型ロボットが普及しない二十一世紀。令和の現代日本。田舎は化学やテクノロジーに程遠いけど、スマホで多少の恩恵は感じられる。
「宿題のアドバイスとかくれるしすごいよなあ」
「僕、AIに好きなキャラ学習させてなりきりで教えてもらってるよ」
理人の相槌に前のめりになった尋に少しビビった。
「あー……へえ……」
ということは『語尾にニャってつけて』って言ったらそう喋るのか? なんて思いつつそれをやる気にはならなくて実行してる尋に呆れるやら感心するやらの気持ちになる。
「まあ、いない人になりきってチャットできるっていうのは、すごいよな」
理人のフォローのあとの沈黙に、尋が顔の前で手を振った。
「い、い、今のは忘れて! やや、やっぱこういうイベントって東京だよねえ〜」
ほんそれ。俺は頷く。
「俺、小六の修学旅行でしか行ったことねえや。国会議事堂と東大赤門」
「あと国立科学館だっけー」
大夢の言葉に尋が頷く。理人がジュースを飲み終えた。
「またみんなで行きたいよな」
「行くしかなくね?」
「そう言ってもナルも大夢も金ねーだろ。お年玉溜めとけ」
即レスの理人はさすがによく俺たちを知っている。俺と大夢はお年玉はすぐに使うし、小遣いもすぐに使い切るタイプだ。近所でジジイがやってるリサイクルショップは、ゲームを持ち込むと一律十円でしか買い取ってくれないから臨時収入だって得られない。
このジュースで小遣いが尽きた仲間の大夢が不適な笑みを浮かべた。
「理人はこの夏をおれたちと過ごすだけでいいわけー? おれ知ってるんだよ、俺たちのクラスの女子と本の話してたの……」
え、何それいつ。
「もしかして高江柄さん?」
「あ、ナルも知ってるんだあ? そうそう」
「本の話しただけだし!」
すぐに否定してきた理人の顔を見て、大夢がふうんと笑みを深めた。
「まあ、しらばっくれるならいいけど……」
尋はハラハラした様子で大夢と理人を見ている。
「後悔しても知らないよー? 連絡先くらい交換したらあ?」
理人は口を開いて、また閉じて。それからバツが悪そうな顔で言った。
「……来年違うクラスになったら聞いてみるわ」
来年。先のこと。
「違うクラスになったらかよ!」
理人の言葉が面白くて俺は笑った。
「だから! 同じクラスで断られたら気まずいだろって! 先のこと考えてんだよ!」
そう言って誰より未来のことを──先のことを考えているヤツだった。
それから俺たちは四人で一夏を越えて、秋を過ぎて、冬を走り抜けた。それから春になって進級する。新しいクラスは四人一緒で、担任は相変わらず緩いハラセンだった。
俺はいつものメンツの他に、ただ一人気になる女子のクラス分けがどうなったか、手元の名簿で確認する。
「高江柄さんは……」
「あー」理人が頭をかいた。「転校したらしい」
「まじか!?」
俺たちの驚きに、まじだと理人は小さく答えた。
「さっき女子たちが話してるの聞こえた」
ああなるほど。新しいクラスには昔っから情報通の女子がいて、あの子は東京に行ったとかやたら大声で喋っている。田舎なんて合わない、みたいな雰囲気出してたもんね、と矯正器具の見える口で大声で。
「……ちょっと後悔してる」
そう言った理人に、俺たちはアイスやジュースを奢ることを約束した。柄にもなく小さくなった背中を、叩いて励ましたことを覚えている。
中学ニ年生を迎える春休みに、彼女は転校したらしい。女子たちは事前に聞いていたのかもしれないが、俺は知らなかったし、理人だって知らなかった。だから別れの準備はできてなくて、悲しみは歩み寄る夏の暑さがゆっくりと乾かしてくれるようだった。
「今年の夏休みさあ……みんなで東京行かね?」
夏休みまでもう一週間。みんな志望校が決まる中、何も決まらずサイコロ鉛筆を転がすだけの俺に理人が言った。
「修学旅行、京都だしさ。もう受験だし。先のこと考えると今しかないだろ」
「東京? 金ねえから奢れよ」
「貯めろって去年話しただろ!」
それでも毎年ゲームはタイミングよく新しく発売されるし、しょうがないだろ。
「……ま、ナルらしいか」
そう言って笑った理人の顔をよく覚えている。
いいよ、とすぐに頷けばよかった。
もうすぐ夏休みに入る一学期のある日──理人が死んだ。
葬式の日なのに天気はいい。梅雨のくせに晴れた空を睨む。こういうのって、大体天気が悪くて雨に打たれるのが相場なんじゃなかろうか。知らんけど。
「まさか交通事故なんて」
「こんな田舎で……」
授業が休みになって、俺たちはクラス全員でリヒトの家に来ている。古い土間のある木造の一軒家の和室は、俺たちクラス全員が入れる広さがあって、そりゃ理人はちゃんとしてるわけだ、と改めて納得した。
「理人くんはクラスのまとめ役で……」
学級委員の女子が、理人のお母さんに手紙を読んでいる。おいなんだそれ。そんな言葉でいいのかよ。お前がちょっと理人好きそうなの、俺は気付いてたぞ。当の理人はお前に興味なさそうだったけどな。
「ナル……」
大夢が俺の肩を叩いた。尋を見ると泣いている。
「理人」
遺影の中の理人は笑っている。お前がいなきゃ俺たちはどうすればいいのかわからないよ。
不幸な事故。
足の悪いじーさんが運転してて、畑沿いの道路を歩いていた理人に突っ込んだ。
理人の死は新聞に載ったりテレビに出たり田舎を騒然とさせたけれど、事故を起こした運転手も同じ町の人間ということで、誰もが知り合いの田舎では誰も声高には叫ばなかった。
世間が「高齢者の運転免許返納」とか「自動運転義務化」とか言ってて、俺は齢という漢字が書けるようになった。
文字通り葬式ムードのまま、一学期終わりの終業式の日になった。
理人の机の上には絶えず花が置かれていた。誰がやってんのかと見ていれば先生たちだった。学校で買ったり、郵送で送られてきたりした花らしい。
まあ、花は似合うな。好きかなんて聞いたこともなかったけど。
「悲しい出来事が多くありましたが……」
ハラセンが教卓に両手をついて、訥々と語っている。春休み前に転校した子も学年の仲間だったとか、一学期の理人の事故のこととか。別れは悲劇で、出会いは一瞬。永遠じゃない。
窓の外には絵に描いたような入道雲。夏休み前の相場って感じだな。葬式の日も空は空気を読んで雨を降らせるべきだった。
おかげでまともに泣けやしない。
来たる夏休みの予定は、白紙だ。
帰りの挨拶が終わって、いつものように尋と大夢とだべりながら帰るタイミングを測っていると、ハラセンがこちらに歩み寄ってきた。
「おーい、尋」
「な、なんすか!」
ハラセンは、肩を跳ねさせた尋に向かってノートを一冊差し出した。そのノートに記された名前は、尋のものではなかった。
「宿題で回収してた理人のノート先生返し忘れててな……お前の家の方向に理人の家あるだろ、渡してきてくれ」
几帳面さを感じる理人の字。
受け取るのを躊躇うようだった尋より早く、俺が手に取った。
「わかりました」
ハラセンは受け取った俺を見ると、おう、と頷く。
「ついでにみんなで行って線香あげて……お母さんと話してきてやってくれ」
理人の家に行くと、俺たちが何かを言う前に、理人のお母さんが上がって上がってと行って、それからすぐに麦茶を出してくれた。先生から聞いてたのだろうか。
麦茶をもらって、それからピカピカの仏壇に目をやる。小学校卒業するときの俺もいるクラス写真とか、去年のクラス写真とか、女子も映ってる写真もあった。とにかく理人がたくさんいた。たくさん、人の中にいた。
ここは理人のお母さんが悲しみに浸る場所なのだろう。葬式の日に座った同じ模様の座布団はやけに薄い。
大夢と尋と交代で線香をあげると、俺たちは少しごこちなく理人のお母さんと言葉を交わした。
しばらくすると「ちょっと待ってね」とお母さんは立ち上がって、それからすぐに戻ってきた。
戻ってきたその手の中にあるものを知っていた。
「これね、理人のケータイなんだけど」
俺と違って親のお古じゃないだろう、わりと新しい機種の理人のスマホは見覚えがあった。見ればこいつでやり取りしてたんだなあ、と理人の姿を思い出す。
「パスワードかかってて……誕生日とかも違うんだけど、みんな、知らない?」
知らない。パスワードの向こうで見てた美少女だらけの漫画のことは知ってるけど、そのナンバー自体は知らない。
業者に頼もうと思うんだけど、と言ったお母さんの言葉に、大夢が顔を上げた。
「いやガーチでやめてください。ケータイお母さんに見られたら死にまーす」
おい。俺は大夢を睨みつける。空気が読めないにも程があるだろ。
「すみません」
「いいのよ」
そう言って理人のお母さんが笑う。教室では許される軽口は、今はここでは許されない。尋がおずおずと口を開いた。
「お……僕もそう思います、親には、あんま見られたくないです。あれだったら、僕らのフォルダに入ってる理人くんの写真送ります……」
そう、と一言。スマホを見ながら理人のお母さんは答えた。これ、納得してないやつだ。親って奴らはなんてわかりやすい生き物なんだろう。頷きは肯定ではなく、スルーするときの仕草だ。
「僕らでパスワード突き止めるんで、よかったら貸してもらえませんか」
え。
大夢と尋が俺を見た。
「ほら、もしかしたら仲間内でやり取りしてた言葉かもしれないんで」
ペラペラ言う口に、俺だって少し驚いてる。理人のお母さんが何も言わず俺を見てる。
だって心配だったんだ、理人のことが。──そのスマホの中身が。
だって机の中身とスマホの中身は絶対に親に見られたいものじゃない。友達なら語れるパンツの中の事情も、親にだけは話せない。
理人の名誉は俺が守る。
「……そう、じゃあ、頼んでも良いかな。もう理人のこれからを知れないから、今までのことを知りたいの」
理人のお母さんはそう言ってスマホを差し出した。
「もう、理人はいないから、せめて、せめて……」
感情が決壊しかけた声に、手を伸ばすのを少し躊躇う。それでも。
「わかりました。じゃあ夏休みの間、借りてていいですか」
そうして俺は、理人のスマホを手に取った。多少ケースの角が擦れてるだけで、傷もヒビもない画面は理人らしい。
「よろしくね。理人の姿を、理人が見たものを……どんな子だったか、覚えてたいの」
理人のお母さんより深く頭を下げられなくて正直困った。それから俺たちは麦茶を飲み干して、三人で理人の家を出た。
「理人の誕生日じゃねえなら、俺の誕生日じゃね?」
いや違うだろ、と言った大夢を横目にフル充電されてるスマホのパスワードを打ち込む。ゼロキュウゼロイチ。案の定ロックは解除されなかった。
「お前はゼロゼロゼロゼロだろ?」
「なんで知ってんの」
俺の言葉に大夢が引き攣った顔をした。そりゃわかる。スマホの虹彩認証がうまくいかないとき、適当にタップして解除してるの見たから。
尋が俺たちに言った。
「僕は定期的に変えてる……し、顔とか虹彩、指紋認証とか全部オフにしてる」
「やましすぎるだろ!」
「当たり前でしょ!」
尋らしいと言えば尋らしいけど、よく忘れないもんだな、と思う。
「ナルは?」
「ケータイ買った日」
「一番覚えづらくね?」
それがそうでもないんだな。それに基本虹彩認証だし。
「あり得るのはー……うーん……」
語呂合わせ、郵便番号、電話番号、一周回って九九。パスワードにしがちな数字が並ぶものを言ってああでもなさそうこうでもなさそうと言い合う。
「理人の考えることなんてわからんよー」
大夢が頭をかいた。尋が言う。
「っていうかパスワードわかったら中見るつもり?」
「まあカメラロールくらいは」
そんなとこにやましいものなんかないだろ。さすがにチャットやメールまでは漁る気ない。
「けどさあ、几帳面な理人だから、なんか忘れちゃいけない大事な数字だと思うんだよねー」
それはわかる。尋の言葉に首肯する。
「好きなキャラの誕生日とか?」
大夢の言葉に首を傾げる。そんな単純な。ってか理人はどんなの好きだったっけ。
たしかに会話は合って弾んでいたのに、理人が進んで前のめりに話すことなんてなかったんじゃないか、と思い出す。話を聞かなかったつもりはないのに、あいつが一番好きなもの、と考えると即答ができない。
もういないことが、改めて思い知らされる。
「……あ」
なあ、と俺は二人に言う。二人は自分のスマホを眺めていて、突然顔を上げた俺に首を傾げた。
「チャットAI」
思い出したのは、理人とのやりとり。
──いない人になりきって会話できるっていうのは、すごいよな。
「理人」
呟いて自分のスマホを開く。
「ええ?」
なになに、と二人が覗き込んできたスマホを見やすく傾ける。
チャットアプリを開く。そのアプリの公式AIアシスタントのトーク画面を開く。
世間はAIだ人工知能だって言うけど、難しいもんはよくわからない。だからろくに使ったことない機能だった。
「理人にならせる」
「はあ?」
「だから」
俺はもう一度言う。
「このAIを、理人にさせる」
「はあ?」
大夢が顔を顰めた。
「どういうこと?」
「だーかーら……AIって、学習するんだろ? どうしてなんかは知らんけど、メッセージとか送ったら、その人っぽく返信してくれるのとか、できんだろ?」
「ああうん」
頷いたのは尋だった。
「キャラクターとか学習して、なりきりとかしてくれるよ」
突然俺の言葉を引き継いだように、尋が語り始めた。
「頑張って、って送ると無理しないでって言ってくれたりとか、もっと頑張れ、って言ってくれるとか。ポジティブとかネガティブとか、年代とか、性格を学習して返事してくれるようになるんだ。だから好きな女の子キャラのプロフとかを打ち込んで──……あ、あ、あ……」
俺と大夢の無言の雄弁な視線にやっと気が付いたのか、尋は目が合うと口をもごもごさせてそれから閉じた。
「まあ……だからつまり、理人の言いそうなこととか、考えてることを教えてもらおうって思って……」
言ってて間抜けに思えてきた。先ほど一人で語ってた尋の姿と自分がダブる。まあ、と俺は二人に言葉を向ける。
「できるか知らんけど。どう思う?」
「めんどくさそうだなあ……まあ、いいんじゃない?」
尋はわずかに下を向いて言った。
「生きてる人の人格にするなんて……」
「生きてないよ」
もう一度、尋の言葉を覆うように言う。
「理人はもう、生きてない」
俺はスマホのAIアシスタントとのトーク画面を開く。
『なにかご用がございますか? AIアシスタントがすぐにお答えします!』
黙って見てる二人の目の前で俺はメッセージを送信する。
『今から中学二年生の男子になって』
『おっす!俺、中学二年生の男子!なんか用? 学校のこと?ゲーム?それとも別の話?ぶっちゃけてこーぜ!』
すぐにきた返信に、大夢が薄く笑った。
「悟空かよ……」
確かに。おっすはねーだろ、おっすは。
こりゃ長い道のりかもしれない。なりきりとかフリさせるとか、簡単に言ってたけど。
妙案だと思ったんだけどなあ。途方に暮れ始めた俺に、尋が言った。
「とりあえずそのチャットAI入れて、トークのグループ作ろう。僕も協力、する」
意外な言葉に、おう、と頷く。言われるままに操作して、俺と大夢と尋……そして暫定悟空のAIチャットの四人のグループトークが出来た。
今まで理人が入って動いていたチャットグループの上に、新規グループとして文字が並ぶ。
「……じゃあとりあえず、今までの理人のやり取りを読み込ませて……」
尋が慣れた手つきでトーク画面を送信したり、実際の出来事と、その時の理人の対応を文字にして送信している。
だんだんと悟空味が薄れるチャットAIのメッセージに、俺は喉の奥の唾を飲み込んだ。
「なんか出来る気がしてきた。……うまくできるか知らんけど」
俺の言葉に、大夢が笑った。
「うまいも下手も、ないんじゃない?」
確かにそれはそうだ。
「よろしくな、理人っと……いや、理人、りひと……」
言いながら文字を打ち込んでいた。送信ボタンを押す前に手を止める。
「理人であって、理人じゃない……」
俺の言葉の意図を、二人は気付いたようだった。
「……こいつの名前なんにする?」
「けど理人っぽくするんでしょ? 理人ツーは? ローマ数字で
「ロボ感ありすぎん? 知らんけど」
じゃあお前案出せよ、と大夢に肩を小突かれる。ロボ理人、理人マン……。
三人で考え込む中で、パッと顔を上げたのは尋だった。
「あっ、じゃあ、じゃあ、リヒトは!?」
「同じじゃん」
大夢の言葉に、尋がスマホに文字を打って俺たちに見せる。
「違う違う、カタカナ! ──文字は」
Re:ヒト
「メールとかで返信する時に件名につく、繰り返しを意味する
「え、それレじゃないの?」
尋の説明に口を挟んだら二人から驚いた顔をされた。やばいアホ過ぎたらしい。だって知らんし。
「リ、だよ、リ……リトライの、リー!」
「ああ、ああ、リトライな……リサイクルな」
言ってきた大夢に慌てて言うと、うんと頷いた。俺たちを見て尋が続ける。
「正式名称はRe:ヒト。ってことにして、文字打つ時はカタカナでリヒト、ってことにするのはどう? ……目の前で実際に呼ぶわけじゃないし」
確かに。
チャットAI、どうせ画面の中、文字だけの存在だ。なら響きや読みは置いといて、字面だけ本物と区別がつけばいい。知らんけど。なんかかっこいいし。
「いいんじゃない?」
大夢が頷いた。
「よろしくねー、リ、ヒ、ト……っと」
グループラインに大夢が打ち込んだメッセージが踊った。
『なんだよ今更。まあこれから先もよろしく』
それはチャットAIの──リヒトからのメッセージだった。
俺たちは無言で顔を突き合わせる。
「……ぽいよな?」
「ぽっ、ぽい」
「ぽいねえ」
俺たちが返信に悩んでいると、三人のスマホが鳴った。
『外でだべってないでそろそろ帰れよ。明日から夏休みだろ、先のこと考えろよ先のことを』
──理人。
こんなん理人だろ。
「今時のチャットAIってこんなすごいんだな。知らんかった」
「本当だねえ、まあ尋の学習のさせ方がよかったんじゃない? ねえ、尋」
「え、あ、う、うん……なんて?」
俺と大夢の言葉が聞こえていなかったようだ。大夢が繰り返す。
「尋がすごいねって」
「いや、そんなこと……」
そんなことある。俺じゃ難しかった。尋と目があって、大夢の言葉を肯定するように頷くと、尋はスマホを一瞥して答えた。
「すごいのは、りひとだよ」
それは文字じゃなくて声として俺に届いたから、どっちの│
『スマホのパスワード、何にしてる?』
『言うわけないだろ』
リヒトの言い
あの日から数日。俺たちのグループチャットに理人が戻ってきた。
正確にはリヒトだけど。
『宿題進まねえ〜』
『中二にもなって小学生の頃と言ってること変わらねえー。先のこと考えろ先を』
小学生。
リヒトはつい数日前に俺たちがつくったのに、それ以前のことも言うようになった。
『お前俺が小学生の頃知らねえだろ』
『一年から四年、あと六年で一緒だっただろ』
俺のメッセージへの返信は理人そのものだった。
夏休みが始まってもうすぐ一週間が経とうとしている。
ずっと家でゲームばかりしている俺に、お母さんが言った。
「昨今は部活なんてないのね。お母さんたちの頃は、先生が顧問で夏休みでも毎日練習に行ってて……」
「先生たちも休みねーじゃんそれ」
クラブ活動は希望者だけで、それは外部からコーチを招いてやっている。田舎にはガチなスポーツクラブもなく、俺は夏休みらしく怠惰な贅を尽くしていた。
一人で。外に出て友人たちと会う約束をするのは気が引けた。夏休み前にみんなで遊ぼうと言っていたそれを実現させようとしてしまえば──グループチャットの人数は四人なのに、集まる人間は三人しかいないこと。一人は欠けていると実感してしまうような気がして。
だから誰も夏休み前のように、理人が──……そう、いなくなる以前のように「遊ぼうぜ」とは言わなかった。
だってチャットで繋がってる。四人で今まで通りにやり取りをしてるのだ。
わざわざ対面して穴を確認することもない。チャットグループは四人。違和感もない。一週間が過ぎたそんな日だった。
『みんなで遊びに行こう』
それはリヒトからのメッセージだった。
『みんなでって』
俺が送信したメッセージは暗に「お前がなんで」ということを指している。
だって、お前は。
『いやリヒト出かけられないじゃん笑』
俺が言い淀んでいたことをスパッと
そうだよリヒト。
お前は理人じゃない。だから一緒には──。
一体機械がなんと返してくるのだろう。機械であって実態がないと突きつけた大夢に、なんて返信するのだろう。
『そうなんだけどさ』
リヒトからの返信はあっけなかった。
大袈裟にするでもなく怒るでもなく、否定するでもなく、ただ受け入れた。
それが少し、不思議だった。小学生の頃を知ったように話すリヒトが、自分は実態がない存在だと受け入れていることに。
『けど俺、東京行きたいんだよね』
東京? リヒトが? ……理人?
『やめようよ』
そのメッセージは尋だった。
『東京修学旅行で行っただけだから行きてー』
尋の理由を聞くこともなく、大夢が送ってきた。すぐになった返信は尋だ。
『東京までって……往復で一万円くらいかかるでしょ? そんなお金ないよ』
それは確かに。
静岡県の田舎。畑ばかりのこの町は、最寄り駅まで行くのにまず車で三十分かかる。車でだ。それから新幹線が来る駅まで行くのに、二十分。時間と金額は比例する。とりあえず駅まで行くのに千円以上かかるのだ。
『東京まで往復約一万七千円。高速バスなら一万円もしない』
AIらしい返答だとも、理人らしい返答だとも思った。
『まあナルと大夢は小遣い貯めてなさそうだもんな笑』
……理人だ。
『年始にガンマンエグゼのゲーム買ってたもんな』
なんで知ってんだ、と思って、尋がリヒトに学習させていた内容を思い出す。俺たちが理人としていたチャットのデータをまとめ、それを送っていたことを。
よく覚えてる。これが│当たり
『行こう、夏休みだし。思い出作ろう。先のこと考えたら、今しかないだろ』
そのリヒトのメッセージに、尋も『やめよう』とは送ってこなかった。
俺たちの東京行きが決定した。まあその前に、金を稼がないといけないんだけど。
さてどうやって金を稼ぐか。
俺たち田舎の中学生には
「
知り合いの農家の手伝いだ。
「えー? ああ」
テンテンテン、と考えたのは一行分。リビングからキッチンにいる母親に返事を投げる。
「行かねー」
「なんで行かないのお」
テレビゲームの画面を消す。ああもう、やっぱりなんでだ。
大人はいっつもそればっかり。行かなくても「なんで」行ったら「お金何に使うの」。大人はナニとどうしてが大好きでそれがうるさい。GPS持たせたがったり、プライバシーって言葉を知らない。今までの人生で人にしてきた質問は全て答えてもらってきたんだろうか。
「暑いから!」
うるさいなあ、と言ったらまたうるさくなることは知っている。それだけ答えて、隣に置いていたスマホを握って自室に戻った。
『坂上のリサイクルショップ行こうぜ』
鳴ったスマホはリヒトからのメッセージだった。
坂の上にあるリサイクルショップ。俺が幼稚園の頃から変わらない姿のジジイがやってる、尋の家より小さなボロい店だ。大抵古くてクズばっかりで、みんな小学生で既に行き飽きている。
『なんもねーじゃん』
俺が返信すると、すぐにリヒトから返事が来た。
『そうとは限らんだろ、見に行こうぜ』
『どうやって見るわけ? リヒトが』
聞きづらいことを──確認しづらいことを聞いたのは大夢だ。
『動画撮って送ってくれ。任せろ任せろって』
じゃあ明日行くかと大夢と決めて、尋から用事で行けないと返事が来たのは夜だった。
「おっせえよ」
「ごめんごめーん」
けどそんな退屈してなかったでしょ、と言ってスマホを見せてきた。
「めっちゃ盛り上がってたじゃん、リヒトと」
見せられた四人のグループチャットは、俺とリヒトの会話が広がっていた。
「まあな」
それ以上うまい言葉が見当たらなくて、それだけで肩をすくめる。
「大夢が遅いからだろ」
「ごめんってえ」
さあ入ろう、と大夢が傷だらけの引き戸を引いた。
店内は雑多で、客用布団としまってた兜みたいな匂いがする。
「はーらっしゃい」
溜息混じりのいらっしゃいが俺たちを迎えた。古くて汚れたカウンターの奥で座っているジジイに、ども、と会釈する。田舎は挨拶しないと死なのだ。
「リヒトが宝探しとか言ってたけど……」
田舎のリサイクルショップだぞ?
店内を眺める。価値のあるものなんかここにはないだろ。知らんけど。
「俺あっちの方ー」
大夢が行ったのはぬいぐるみやフィギュアが並ぶ雑貨コーナーだった。
「じゃあ俺こっち」
俺はCDやゲームが並ぶコーナーに移動する。
カウンターのジジイは店内をそんな気にしない。俺はスマホのカメラを起動してザザーっと棚を撮影する。
グループチャットに送ろうとしたら、先に大夢がアップロードした動画が送信されてきた。
『フィギュア、ぬいぐるみこんな感じー』
大夢のメッセージに、リヒトからの返信がすぐについた。
『三段目の馬の人形だけ買っておいて』
なんだそれ。この動画、十七秒だぞ。再生したのか、読み込んだのか?
『え? 三百円の人形コーナー?』
『その馬の人形、優勝のタスキがついてるやつ、プレミアついてる』
まじかよ。……そんなの。
リヒトのメッセージが気になって、大夢が送った動画を再生する。動画は店の棚の一角をぐるーっと撮っただけだ。確かに言われて三百円の人形コーナー、三段目の棚を見れば、一瞬タスキをつけた馬の人形が映っている。
AIってこんな高機能なのか? まったく知らん。
『俺も送る』
そう送って、ゲームコーナーを撮影した動画を送信する。
『CDの棚にヤバいのある』
は? CD?
プレミアとかいったらゲームだろう。そう思ってゲームの並びをわりと丁寧に映したが、リヒトが言ったのはたった一秒程度映っただけのCDコーナーだった。
『一番上の棚にある、がんばれ
そんなのあった? というか見てないから知らん。言われた通りにCDの棚の一番上に手を伸ばす。ゲームのサウンドトラックのようで『がんばれ座衛門〜ナウ鎌倉幕府ダンス〜』とタイトルが書いてある。
『これ?』
写真を撮って送信する。
『そうこれ。百円で売ってるなんておかしい』
は? そんなこと言われる他の中古CDとの違いがわからない。
『これめちゃくちゃプレミアついてる。……
「まじ!?」
「ナル、しーっ、しーっ」
馬の人形を持った大夢が、俺のいるコーナーに戻ってきた。カウンターから咳払いが一つ。思わず声を出してしまった。
「…………まじ?」
この傷のある、ただのペラいCDが?
『ええ、本物? すごいレアモノだね』
俺の疑惑を打ち消すようなメッセージは尋からだった。それはご丁寧に、俺が持っているCDがフリマサイトで売れているスクリーンショット付きだった。その価格、十二万円。
「……これ本当に百円なのかよ?」
「このただの馬の人形も?」
俺と大夢がカウンターにそれぞれ持っていくと、ジジイは「百円と三百円なあ」と言った。
俺たちは顔を見合わせて、黙ったままお金を出して、深いお辞儀をして店を出た。
「まじかよまじかよまじかよ! これが十万!? 知らんけどやばくね!?」
「ちょっとすごすぎだよねー、これ、大丈夫?」
俺と大夢はジジイの店から足早に離れて、手の中のものを持つ腕に力を込める。
『え、四百円で二つ買っちゃったの? 本当に』
本当だよ。尋からのメッセージに心の中で返事をする。大夢がスマホを取って文字を打った。
『ねえこれ、転売ヤーとかってなって捕まる可能性ある?』
「怖いこと言うなよ」
「いやあ、だってちょっと怖いじゃん?」
俺と大夢は顔を見合わせる。振り返っても、もうジジイの店は見えない。
『値札通りに買い物をしただけ』
リヒトからのメッセージが画面に表示される。
『俗に言う「せどり」だから大丈夫。これから先もなんも問題はない』
よかった。安心して肩の力が抜けて、一瞬腕の中のCDを落としそうになり大夢と合わせてて持ち直す。危ねえ、これはただのCDじゃねえ。
「じゃあこれ……早速、ハードオン持ってくか?」
俺の言葉に、大夢は嫌そうな顔をした。
「えー、いまから?」
「落ち着かなくね?」
歩いて行くには遠いが、このCDを手元に置いておくプレッシャーの方がでかい。勝手にお母さんに捨てられたらたまらない。
「んー、まあ、それはそう」
じゃあ行こっか、と大夢が行ったので、俺たちは二人で話しながらハードオンに向かうことにした。久しぶりに顔を合わせたからか二人でも会話は盛り上がって、俺たちは店に着くまでスマホを一度も取り出さなかった。
「いらっしゃいませぇ」
ジジイのリサイクルショップとは全然違う、ファーストフード店跡地のハードオン。家族と来るといつもゲームやら知りもしないエレキギターやら見てしまうが今日は違う。
「これお願いします」
俺と大夢は買取カウンターにCDとぬいぐるみを置いた。
「わかりましたあ、買取番号札三番でお呼びしまあす」
ゲーセンにいそうな兄ちゃんみたいな店員から番号札を受け取って、客がちらほらといる店内を、二人でうろうろする。落ち着かない。
「ナル、どうする? 百万円とか言われたら?」
「東京行く以外の金は二人で分け合うしかないだろ」
「そうだねえ、尋にご飯ぐらい奢ってあげようかなあ」
尋のスクリーンショットでは十数万円で売られていたが、もしかしたらこのCDは国内最後の一枚で、プレミアのさらにプレミアついたらどうしよう。
俺たちがやりたいギターの色を語っている時に、先ほどの店員の声がアナウンスに流れた。
「買取番号札三番のお客様、査定が終わりました」
「きた!」
緊張しながら、二人でカウンターに向かう。俺たちを迎えたのはさっきの店員じゃなかった。
「きみたち、お母さんかお父さんは一緒かな?」
俺たちの親世代の、眼鏡をかけたおじさんだった。明らかに最初の店員より立場が上だ。知らんけど。
「いませえん。……お母さんに片付けるから売ってきてって頼まれたんですう」
ナイス。
不穏な空気を感じ取ったのだろう、流れるような嘘を言ったのは大夢だった。
「あーそうなんだ……」
店員は頭をかいた。
「これね、これ」
そう言って店員はがんばれ座衛門のCDを指でトントンと叩いた。
「買取金額は十二万円。こっちのぬいぐるみは、三千円。だから二つで合計、十二万三千円なんだけど」
「バイト! お客様のものを指でつつかない!」
「すみませんっ」
後ろから最初に話した兄ちゃんの店員の声が飛んできた。あ、こっちがバイトなんだ。
「えーっと、ごめんね、お店の決まりで未成年だけで持ってこられた物は買い取りができないんだ」
は?
何も買わない俺たちに、店員は言葉を続けた。
「だから、お母さんかお父さん……十八歳以上の大人の人と来てくれるかな?」
これはお返しします。その言葉と共に、CDとぬいぐるみが前に突き出される。
「けどお母さんが片付けてこいって」
言ったのは大夢だった。
うん、と店員が頷く。その優しそうな物言いで、あっこれは駄目なんだと完全な決着を感じる。大人はいつも、拒否の伝え方だけは優しい。
「駄目なんだ、ごめんね。僕たちも古物商で決まりがあってね……」
店員のその言葉に、大夢と顔を見合わせて、CDとぬいぐるみを抱いて店を出た。
『ハードオン持ってったあ!? 先のこと考えてたなら言えよ!』
それはリヒトからのメッセージだった。
せっかくお前が見つけてくれたけど、がんばれ座衛門と馬のぬいぐるみ、ハードオンで売れなかったぜ、と伝えたらこう飛んできたのだ。
『十八歳未満は保護者がいないと取引禁止なんだぞ!』
言ってくれよ。
『言ってくれよ』
俺が送ったかと思った。リヒトだった。
『だってハードオンくらいしかないじゃん』
返信は大夢だ。
『いやいや、一番いい方法が他にあるだろ。高く売れる方法が』
先を考えろよ先を。──リヒトが続けた。
『フリマアプリだよ』
言われるままに入れてアカウントを作った。
『ログインIDとパス送って。写真だけ載せてくれたら、文面とか俺やるわ』
AIってすごいらしい。知らんけど。
リヒトは言った通りにやってくれ、俺が昼間に買ったCD、がんばれ座衛門はその日の夜にフリマアプリ上で出品された。
お値段なんと十三万円。
一体何年ぶんのお年玉だろうその金額のものが──
『あ、売れた』
一瞬で売れた。
『馬のぬいぐるみもウォッチ入ったしすぐ売れるな』
リヒトがそう言った五分後、馬のぬいぐるみもすぐに売れる。四千九百円。
『これで東京行きの旅費、稼げたな』
十三万四千九百円。手数料が引かれるらしいけどまあとにかく十万以上。俺たちが往復して豪遊しても余るだけの金額が、一瞬にして稼げてしまった。
俺の家に来た大夢と尋がCDをプチプチで包み、三人で徒歩十五分先のコンビニで発送した。
発送は保護者の同意がいらないらしい。よかった。子供時代の一日は大人の一年より長いのに、この世には子供には出来ないことが多過ぎる。通販くらいは許されたことでよかった。
発送伝票の写メを撮って送ると、リヒトが相手に発送通知とメッセージを送ってくれた。
『よっしゃ。これで三日後には大金持ちだ』
そうメッセージを送った俺の服の裾を、尋が摘んだ。
「ね、ねえ、ナル」
「ん?」
「スマホ、ポケット、入れて」
なんだよいきなり。いつにない神妙な表情に、リヒトのメッセージに返信する前にスマホをポケットに押し込んだ。
「ねえ、取引、リヒトがやったって言ってたけど、ほんと?」
「ああほんとだよ。よく知らんかったから助かったわ」
尋に答えた俺の肩に、大夢が腕を乗せた。
「なにぃ、どうしたのぉ、尋」
「変だよ」
何がだよ。そう言おうとして、尋の顏を見る。
「変だよ、変なんだよ。……AIが、やりたいなんて意思を示すなんて」
「そう言われても、だって……」
ポケットの中にスマホがあることを確認して、俺は続ける。
「だって、理人だろ?」
「りひとだよ」
尋は俺の言葉にそう言った。文字じゃないから、やっぱりそれがリヒトなのか理人なのか、俺の耳にはよくわからなかった。
先に売上金として数字になったのは、馬のぬいぐるみだった。無事に到着したらしい。取引完了になった画面、表示された数千円に思わず口元が緩む。
『やったな、あとはがんばれ座衛門の方だけだな』
リヒトのメッセージが画面に踊る。尋と大夢の返信はスタンプだった。
CDの方も届いているだろう。そろそろ受取連絡が来てお金になるかな。そう思った時だった。
『思ったよりケースに傷が多いです。これで十三万円は高すぎます』
フリマアプリの通知は、そんなメッセージだった。CDの買い手からだ。
基本的な操作ややり取りは全部リヒトに任せていたが、そもそも俺が作ったアカウントだ。やり取りは通知がくるから気付くし、もちろん見える。
『九万円に減額してください。四万円送ってくれればそれでいいです』
は? 無茶言うな。そんな金ねえ。
リヒトが『取引キャンセルにしましょう』と送信する。
『返品という形にしてください』
そう送ってもそれは拒否してくる。なんなんだよ。
やりとりをスクリーンショットを撮ってグループチャットにあげて、大夢と尋に報告。
二人が送ってきた心配するメッセージに返信して、尋が大人に言おうよ、と送信してきた頃。
『わかりました、返品します』
取引相手からそうメッセージが来て、俺たちはほっと胸を撫で下ろした。改めて換金方法を考えなきゃならない。とりあえず返品される予定のCDの到着を待って、二日後。
「なんだよこれ、まったく違うCDじゃねえか!」
フリマアプリの匿名配送システムで俺の家に送り返されてきた箱の中には──全く違うCDが入っていた。
『やられた。詐欺だな』
がんばれ座衛門じゃないCD。チャットに送信した写真画像を確認したリヒトからそうメッセージが来た。
『もう親に言おうよ』
そう送ってきたのは尋だ。いや、なんて言うんだよ。どこから話したって、何を言ったってわかってもらえるわけないのに。
大夢のメッセージも踊る。
『もうこれは諦めるしかなくない?』
せっかく掴みかけた大金へのチャンスだった。フリマアプリは返品対応済み、とステータスが変わり取引が終了している。相手にメッセージが出来ないこともないが、こんなことをしてくる相手だ。話したってどうしようもないだろう。
警察に言うか? そしたら親にバレる。俺でもわかる。
『俺に任せてほしい』
そう送ってリヒトは、俺に協力を呼びかけた。
『それだけ?』
『それだけ』
大夢と尋は俺とリヒトのメッセージに挟まることなくただ見ているようだ。リヒトの新しいメッセージが届く。
『ネット社会でAIを敵に回したら怖いって教えてやるよ』
頼まれたのは大手SNSのアカウントの開設だった。俺もアカウントは持ってる。自分のアカウントのフォローフォロワーを確認する。数はあんまり多くない。八十くらい。学校のやつと、習い事のやつ。その中にはもちろん、理人の名前もあって、そのアカウントの最終更新はずっと前で──。
『大丈夫そう?』
『リヒトがフリマアプリの外で探すってよ』
この件用に別垢──別のアカウントが欲しいということだった。
IDとパスワードを教えると、リヒトはそのSNSが使えると言った。AIってそんなことまでできてしまうのか。
『えー、リヒト、何するの?』
『ちょっとな』
大夢の返信にリヒトの文字が踊る。
『SNSのアカウント特定して、直談判する』
なんだよ怖。どうやってんのか知らないな。俺がSNSを開いてリヒト用のアカウントを確認しようとすると──
『先のこと考えると、もう夏休みは二週間ちょっとしかないし』
新しくきたリヒトのメッセージに、画面をカレンダーに切り替えた。
ああそうか、なんだかんだここまででもう夏休みは一週間半過ぎている。
『ヒッチハイクでもしてみるか?笑』
さすがにそれはらしくないだろ。
『お前本当に理人かよ』
『リヒトだよ』
文字できたメッセージはわかりやすい。俺はその文字になんて返そうか悩んでいるうちに、眠ってしまった。
ヒッチハイク? そもそも田舎に車は多くないし走ってる車は学区内のスーパーと家の往復しかしないだろ。
『ねえ、無理じゃない?』
尋のメッセージだった。
『SNSで見つけても詐欺みたいなことするあのフリマアプリの人がCDを返してくれると限らないよ』
無理じゃない? ──東京、行くの。
尋が暗に言いたいことがわかって、なんと言おうか悩む。大夢のメッセージが早かった。
『まあ、このままじゃ夏休みもあっという間に半分過ぎちゃうからね』
時間はある。体力もある。だから二の足はいつまでも踏めてしまう。飛び出せるのに、
じゃあ、どうする? ──誰かがやめようと言い出したら、やめるのか? チャットルームを見ている俺の目に、リヒトからの新しいメッセージが表示された。
『金を稼ぐいい作戦がある』
「リヒトがログインしてやってるってこと?」
「っぽい。よく知らんけど」
IDもパスも教えてる。だから中に入ってリヒトが自由に触れる、と俺はSNSの説明をした。ほぼ一人一アカウントは持っている大手SNS。フリマアプリの件でリヒト用にも作ったやつだ。
俺の家に集まった俺たちの目の前で、SNSのアカウントが徐々に変わっていく。尋が心配そうに呟いた。
「えー、大丈夫なのかなあ……」
──アカウントはリヒトの作る新しい仕様に変わっていく。
『今年後半の運気を手相で占います⭐︎この投稿を拡散して宣伝してくれた先着五十名無料! ただ手のひらの画像を送るだけ!』
それは『占い師Rei』という占いアカウントだった。
誰も送ってくるわけないだろ。手相なんてショッピングモールの隅っこで菅沼のばあちゃんがやってるやつだろ。知らんけど。
写真付きのコメントが送られてきたのは、俺がゲームのデイリーミッションをクリアし終えた時だった。
『占ってください笑』
小指に指輪を着けた女の手だった。どんなアカウントかと辿ってみれば、『彼だけ。嗅がないで』と書いてある。顔写真のアイコンは、顔を隠していても女子だとわかる。
投稿はそんな多くない。『なんかもう。。。』とか要領を得ない。女子ってネットでもどうしてわけがわからないんだろう。
どうする気だ。どうすんだ、リヒト。
菅沼のばあちゃんの顔を思い出す俺の目の前で、リヒト──『占い師Rei』の返信がついた。
『感情線が短めで途中に切れ目があることから、今までパートナーとのすれ違いや生じた誤解で困ったことはありませんか? 恋愛面では少し波乱があるかもしれません。九〜十月頃は感情の起伏が激しくなるかもしれませんが、感情線が安定してくる部分が見られるので、冬以降は関係が落ち着き、信頼を深められるチャンスが訪れそう! 焦らず自然体でいるのが吉』
うわすご。知らんけど。
リヒトの長文に対して、返信は短かった。
『すご。笑』
まあ、だよな。なんて返せばいいかわからんよなそれしか言えんよな。
『下半期は「安定」をキーワードに、夏の疲れを引きずらないよう、感情のコントロールと休息を大切にすることが長続きの秘訣です』
リヒトが入力した内容を、その女のアカウントが共有した。
『当たりそうくない?笑』
それがきっかけとなったかわからないけれど、すぐにまた写真付きのコメントがきた。
『私もお願いします!』
また女っぽいアイコンだ。リヒトがすぐに返信した。
『知能線がしっかりしているので、思考が明晰で冷静な判断力がある方と思われます。計画的に物事を進めてきたあなたには、仕事や学業で成果を上げるチャンスがくるかも! このまま自分のペースを大事にすれば、日々の積み重ねが身を結ぶでしょう』
うわ、すげえ。
『嬉しいです。ありがとうございます!』
それからリヒトの占いの投稿は拡散されて、瞬く間に五十件を超えるメッセージが届いた。
「すっげ」
「フォロワー一瞬で二百超えたねー」
「え、急にこんな増えて大丈夫なのかな……」
俺たちの目の前で、リヒトは送られてきた画像に、順番に返信していく。五十件になった。
『今後また無料イベントは行うかもしれませんが、一度占い無料キャンペーンは終了します! 有料では今まで送ったものよりも長い占い結果を送信します! ぜひ今後は有料プランにお申し込みください!』
お、露骨なCM。
『一回三百円!』
リヒトの出した金額が安いのか高いのかわからない。菅沼のばあちゃんの手相占いが五百円だからそれよりは安いのか。
一体何件やるつもりなんだろう。数学の成績が悪いからわからん。
「さすがに動きが止まったな……」
「けど、フォロワーは増えてるしいいねも増えてる。今夜少しぐらい申し込みあるんじゃない?」
適当に喋って、それから解散しようということになった。尋が自転車に跨って呟いた。
「こんなの大丈夫かなあ……」
大丈夫じゃないか? 知らんけど。
だって占いなんて、正しさを確かめようがないだろ。知らんけど。
──だから火がつくとは思わなかった。
『これもしかして、指紋とか集める系の犯罪じゃね?』というコメントがついた。
火の回りは夏でも早いらしい。そのコメントにいいねがついて、同調のコメントが増える。なんでだよ。そんなことしてねえよ。
『違います! 個人情報が目的ではありません』
占い師Rei、リヒトのコメントがついた。今度は別のアカウントがつついてくる。
『ほんとに占ってる? 返信早すぎるくない? Aiじゃない?』
うわ、これは。……そうだ。その通りだから、なんて返せばいいかわからない。
リヒトのコメントはつかない。
『みんなこのアカウントにお金送ってコンテンツ購入しちゃだめだよー!』
なんで勝手にそんなの呼びかけんだよ。俺の
『なんか雲行き怪しくなった?』
グループチャットに大夢のメッセージが送られてきた。
『ねえ、やばいよね? アカウント消す? どうする?』
尋からもメッセージが来た。俺もメッセージを送信する。
『リヒトは?』
『とりあえず静観する。先のこと考えると、下手に何か言うと揚げ足を取られる』
│リヒト《AI》は疑惑を否定せず、ただ黙ることを決めた。
だから俺も黙った。だって頭のいい理人が言うことはいつだって間違いない。正しいかは知らんけど。
拡散と共に思惑を集めて、炎上した占い師Reiのアカウント。
『当たるらしいけどAiだって』
『え? ヤクザのお金と情報集めじゃないの?』
勝手にそんな憶測が飛び交う様を、俺たちはただ見ていた。
その間誰も、次に何しようか、なんて言わなかった。──リヒトさえも。
俺はクリアしたテレビゲームを進める。クリアしたゲームの中には、もう知らないものはない。
三日経って炎上騒ぎが落ち着いた頃、俺宛の荷物が届いた。まさかと思って開けて確認する──そこには先週見たがんばれ座衛門のCDが入っていた。
『がんばれ座衛門! 届いたぞ!』
無事に届いたことを報告すると、よかった、とリヒトから返信があった。
『じゃあ次の換金方法なんだけど』
ああそうか、そうだよな。目的は金を得ること。だからそうなるよな。
けど、もう、俺。
『それ、おじいちゃんの店に返そう』
それは尋のメッセージだった。まるで俺の思考に被さるような言葉だった。
『正しい値段で売った方がいいよって教えてあげようよ』
そのメッセージに、いつもはすぐにくる、リヒトからの返信もすぐにはこなかった。
「あのー、この前、ここで買ったゲームなんですけどぉ」
大夢がかけた声に、カウンターに座っていたジジイは顏を上げた。手元には新聞を切り抜いたクロスワードがあった。
「ゲームじゃなくて、CDだよ!」
尋が大夢に耳打ちする。耳打ちじゃない俺にも聞こえてる。
「これ、調べたら十万とかするCDらしいんで、返します。……値札、付け替えた方がいいですよ」
俺がCDを差し出すと、古いアニメみたいなシワだらけの手が受け取った。ジジイは顔に近付けたり遠ざけたりしながら、がんばれ座衛門のジャケットを確認する。
「そうなんか、知らんかった」
あ、このジジイNPCじゃないんだな。──こんな会話が始まるなんて。
これは俺らじゃ持て余す。十万という金額はデカすぎた。
大人たちってどうしてネットでは
「黙って他に売りゃよかっただんに」
「未成年だから売れないって」
大夢の正直な言葉に、売ろうとした後かよ、とジジイは笑った。
「そうだよなあ、ガキだってなにかと金がいるよなあ!」
ジジイは腕を下げた。それから、顎を撫でて、やっぱりNPCみたいなことを言った。
「じゃあバイトするか? お前ら」
「はあ!?」
俺たち三人は声をハモらせて、それから顔を見合わせた。チャットのトーク画面を開いたまま、更新されていない。
「掃除とかそういうのだと思ったのに……」
「えー? そう?」
「だ、大丈夫かなあ、できるかなあ……」
コンビニでアイスクリームを食べ終わって、俺たちはスマホを開く。
『やっぱジジイも店の先行き考えてたんだな』
俺が送信したメッセージに、そうリヒトからの返信が来ていた。
──申し訳ない? じゃあこの店を宣伝してそれを売れるようにしてくれ。
それがジジイに言われた仕事だった。
「まあやっぱ、SNSしかないよねえ」
「僕らが店の告知って大丈夫なのかな……?」
「えー、投稿だけなら大丈夫でしょ」
大夢と尋の会話を聞きながら、スマホを眺めていた。夏休みは残り半分。
『ジジイの店のアカウントを作って宣伝するわ』
相談がてらリヒトに送信する。
『占い師Reiのアカウントを転生させよう』
「え!?」
リヒトからのメッセージに、俺たちは目を丸くした。
「そ、それは危ないんじゃない? 確かにもう騒ぎは落ち着いたみたいだけど……」
尋が心配そうな顔で俺たちに言った。それはその通りだ。だって、なんかめちゃくちゃ言われて、疑われた。
多分俺が冷静でいられたのは、自分自身のアカウントじゃないし、俺の起こした出来事じゃなかったからで──有り体に言えば他人事だったからだ。
あ、俺。──リヒトのこと、どっか他人だと思ってるのか? 他人? 他の人?
『数字があって拡散力がある。宣伝の末に売れる、を狙うならそれが一番効率がいいんだよ。先のこと考えるとな』
きっとそれは間違いない。
リヒト──理人が言うなら。
けど、けど。俺の中で引っかかってる言葉がある。だから次の言葉は言いながら文字にした。
「そうだな。……やめよう」
そう言った俺の顔を、大夢と尋が少し驚いたように見ていた。
「なんだよ」
「や、意外で……」
ひろむの言葉に、うんうん、と尋が同意している。なんだよ。
「だって転生っていいことばっかじゃねーの……俺だって、知ってる」
画面の中で自由に転生できる。
もう何度も何度も──リヒトを、理人を。転生なんてさせたくなかった。
『一からアカウント作ってやるわ。アドバイスして』
俺はチャットに、リヒトに向けて送信する。
『アドバイスだけでいいのかよ』
『いいよ』
返事を続ける。
『先のことは教えてくれなくていい』
俺たちはまたアカウントを新しく作っていく。慣れたもんだ。小学生の頃から、学校と家以外の居場所を、ずっと作りながら探してきた。
SNSのアカウントに、ジジイの店の名前、場所、営業時間、なんとなく売ってるものを入力していく。
そして撮っていた写真を投稿した。
『がんばれ座衛門販売中! # ゲーム売ります # ゲーム買います』
「よし!」
投稿を完了させた画面を見て、とりあえず俺たちはグッと拳を握った。
フォローもフォロワーも数字なんか何もない。売れるか知らん。けど──自分たちの良心や常識の中で、曲げちゃいけないところを曲げなかった。
「時間かかるかもしれないな」
「まあ、徐々にでいいんじゃない?」
「きっと見てもらえるよ」
大夢と尋と頷き合う。もっと見てもらうためには、もっと準備をしなきゃいけない。
「写真が足りないな」
そう思って、俺たちはまたジジイの店に向かうことにした。
「宣伝の店の写真撮っていいですかー!?」
現れた俺たちに、ジジイは笑って頷いた。笑うんだ。
『意外とフォロワー増やすのって難しいんだな』
『店のフォロワーは、今三十人か』
リヒトのメッセージに、そうだよ、と布団に入りながら返信する。
そうだよ。地道にフォロワー増やすのって難しいんだな。画面を切り替えて自分のアカウントを確認する。八十人くらいいるフォロワーは、今までのクラスメイトや友達の友達の他校のやつとか。今までの人間関係だ。
会えなくても繋がってて。繋がろうと思えばいつでも繋がれる。──画面の向こうに人がいれば。
俺は自分のアカウントから、ジジイの店のアカウントの投稿を共有した。
『ジジイの店でレアなゲーム売ってた笑』
一言添えて投稿する。誰も反応なんかしないだろう。地元のヤツなら、小学生で行き尽くしてあの店は飽きている。
だからその投稿に反応があるなんて思わなかった。
『あ、これ親父が探してたやつだ! あそこにあんの!? まじか!』
まじか。……まじかは俺のセリフだよ。コメントを送ってきたのは小四の時同じクラスだったヤツだった。ほとんどのメンツが小学校から中学校にそのままスライドする中で、受験して街中の中学校に行ったヤツだ。
元気かとお互いの近況を交換して、それからヤツは言った。
『親父に言っとくわ。多分買いに行くと思われ』
ソイツとのやりとりの流れを、俺は浮かれるままグループチャットで報告した。
『すごい偶然じゃん』
『元気にしてるんだ、僕もメッセしてみよ』
大夢と尋。それから、リヒト。
『すごい確率だな』
本当だな。そう思う。試しに聞いてみる。
『どんぐらいレア?』
『まずそもそも俺たちがあの店でがんばれ座衛門を見つけた確率を計算する。一日の持ち込み数を十点と仮定して、計算例はまず持ち込み確率が0.01%。それから安価で陳列される可能性が……』
『あー長い長いごめん』
まさか説明してくれると思わなかった。
ああけど、そうだった。理人はそうだった。
『長いに決まってるだろ。ナルも計算してみろ』
『俺計算とか考えるの嫌いなの』
俺のメッセージに、そうだよねえ、と大夢が同調する。
『先のこと考えろよ先のことを』
そう言っても、理人は俺を見捨てなかったな。
『いつまでもサイコロえんぴつ転がせないんだからな』
『けど、サイコロえんぴつの方がお前が計算するより速いぜ』
そんな長ったらしい式よりはな。
『正解率がダンチだろ』
それはそう。答えを知らんから知らんけど。多分そうだな。
俺と大夢、尋の予定が合ってあのジジイの店に行けたのはそれから三日後だった。
「おー、売れたであのゲーム」
まるでミッションクリア後の会話だ。確かに、SNSで連絡を取ったヤツが『父さん買いに行った』と言っていた。
「買いに来たヤツが他の衆も連れてきてなあ。……ああお前らの父親くらいの世代のヤツらなんだけど、そいつらが他にも買ってったりして、なあ」
だからほら。
そう言って差し出されたものが、自分たちへの渡されたものだとわからなかった。
「お前らの宣伝で来た衆らが、また来るっちゅうに。だから」
皺だらけの手には、一万円札が三枚。
「バイト代だ。その衆らが相場の額で買うっつって、思わんかった金置いてったから、だから」
だから、と続けられた言葉にしっかり耳を傾けた。
「お疲れさん。これからはその……」
目の前の手放されるために持ってこられたものを、ごみだと決めつけないことに決めたと、相変わらずごちゃごちゃの店で、ジジイが笑った。
「なんでも十円は、考え直すわあ」
夏休みの最終週に入った。
俺たちの手には三万円ある。ゲームソフトなら四本買えて、さらにガチャを三回回せる。
けどこれは、ゲームに使う金にはしない。
『湖山鉄道の高速バスは中学生でも小児割引が適応される。東京まで往復、一万六千五百円。日帰り? 泊まりだよな?』
そんなの決まってる。もちろん泊まりだと返事を送る。大夢からもメッセージも来た。
『お互いの家に泊まってることにしよ』
『尋は水曜日塾あるよな? 木曜日でいいか?』
リヒトからの確認に、尋からも返事がすぐに来た。
『子供だけで大丈夫なのかな? 木曜と金曜なら空いてるけど』
『じゃあその日安いホテルの予約もする。OK?』
『OK』
俺たち三人分の了承の返事が送られる。それからすぐに、予約完了の文面が送られてきた。
東京に行ったところで、目的地なんて決まってない。予約はリヒトに任せてしまって、タイムスケジュールなんて決めてない。
それでも、俺たちだけで遠出なんて楽しいに決まってる。
『大丈夫かなあ、モバイルバッテリー忘れないようにしないと』
尋は心配はしても、もう辞めようとは言い出さなかった。
「とりあえず、国立博物館?」
「修学旅行みたいなのやだ!」
尋の持っていた小さなペンケースとパンフレットを奪い取る。そんなん遊びの旅にいらないだろ。
「ポカモンセンターだろ!」
尋の言葉に首を振って、スマホの地図を出す。
東京は人が多いから、立ち止まってスマホを見る場所を探すのも一苦労だった。漫画で見たような背景の隅っこで、俺たちは顔を突き合わせてやたら大きい雑音を聞いている。
駅まで家が遠いから、早朝に家を出る必要があった言い訳を、海のゴミ拾いだと説明して俺たちは出発した。
内申稼ぎを三人でするんだ、と説明したら親は快く送り出してくれた。なんてヌルゲー。
合流して駅に着つく頃には、自転車と夏の暑さのせいでへとへとだった。それでも初めて乗る高速バスに神経は昂って、俺たちはずっとスマホを触りながら喋っていた。
ビルの中にあるバスターミナルをなんとか脱出して、地上に降り立った俺たちは、バスの中でも決まらなかった議論の続きをする。
「えーチームラボ行きたーい」
あんなん見るだけだろ、とインスタの画面でしか知らない俺に、大夢が口を尖らせた。
「体験型らしくて楽しそうだよ? リヒトに行き方検索してもらお?」
そう言ってチャットにメッセージを送信する。リヒトからの返信は早かった。
『チームラボの入場料は、一人約三千円』
「たっか!」
三人の声が被った。
「まあーとりあえず……」
大夢がふう、と息を吐いた。
「お台場のヤジテレビとゴンダム観に行くか!」
それから三人でテレビや漫画で見た景色を歩いた。いつまでも明るい太陽の機嫌が、そろそろ傾いてないかと俺が顔を上げた時だった。
『そろそろホテルに移動しようぜ』
リヒトのメッセージだった。
そういえば今日のホテルはどこだったか、しっかり確認していなかった。聞いてみると──
『アポホテル海浜幕張』
今更だな、という理人の口ぶりを思い出す。
『先のこと考えろよ先のことを』
それから送られてきたメッセージに、住所と行き方が書いてあった。なるほど、海浜幕張。
「……千葉県じゃねーか!」
俺でも名前を知ってるチェーンホテルのその住所は、千葉県と書いてあった。電車の時間は約三十分。せっかく東京に来たのに、なんでなんだよ。
「単純に最安値で検索したのかなあ……?」
尋の呟きに、ああー、と大夢が相槌を一つ。俺も思ったことをこぼす。
「まあ俺も幕張とお台場って海……イコール近いイメージあったからなあー」
「ナルのはそれ馬鹿なだけ……」
そう言われて、うるせえ、と二人を小突いた。選択式以外の問題じゃいつも点が取れないんだ。
電車の座席に座り、窓の外を見ると、遠くに海が見えた。
「東京も、海があるんだな」
「都会の海って汚いって地元の大人は言ってたけど……」
そんなことないね。電車や中でこぼした大夢の呟きに頷いた。
そんなことないな。海は繋がってる。その汚さに違いなんてないだろう。
地元にもあるくらい有名チェーンのホテル。なのに見た目が知ってるそれと全然違った。
『ここアポホテル?』
俺のメッセージに、リヒトがすぐに答えた。
『ここがアポホテル海浜幕張』
地上五十階建て。ショッピングモールより横に長い自動ドアの入り口には帽子を被ったホテルマンっぽい人たちが何故か外に立っている。
「デカすぎんだろ……」
敷地内に立ち入る前に、ホテルを見上げて呟いた。
子供だけなのを突っ込まれるかと思ったが何も言われなかった。チェックインはスマホを機械にかざしただけで終了した。
シャンデリアって実在するんだ。高い天井、どこか雰囲気が違う他のお客さんたち。……異世界に来たかと思った。
「めっちゃ人いるな」
「あ、あれじゃない?」
大夢が壁に貼ってあるポスターを指差した。
「今日、すぐ近くのビーチでドローンショーだって」
そこには、去年地元で理人と見たポスターが貼ってあった。
『一万台のドローンが夏の終わりを彩ります』
「今日なのか」
まじかよ。すごい偶然だ。
「後で見に行くー?」
「子供だけで夜に出歩いていいのかな……?」
「こんな日ぐらいいいだろ」
それにもう今更だ。せっかくここまで来たんだから。こんなショー、地元じゃ絶対に見れない
カードキーを持ちながらエレベーターで上がる。修学旅行で泊まったホテルとは段違いだ。
『ほんとに俺たちの予算で泊まれるの?』
リヒトにメッセージを送る。
『三人で一部屋九千円の部屋だから大丈夫! 一つだけ予備ベッドになるけど』
そう言われて辿り着いた部屋はめちゃくちゃ綺麗で、予備のベッドは修学旅行で泊まった旅館の布団より柔らかい。
見たたことないレバーのシャワーの使い方を相談し合って、テレビのチャンネル数に驚いているとスマホが鳴った。
『そろそろ時間だ。ビーチに行こうぜ』
リヒトからのグループチャットのメッセージを見て、あれ、と尋が首を傾げた。
「あれ? リヒトに送ったっけ?」
「送ったんじゃね? 知らんけど」
うーん、と唸る尋を催促して、俺たちはスマホや荷物を持ってホテルの部屋から外に出た。
みんな同じ目的なのだろうホテルのエントランスを抜けて、人並みの流れに従う。ご親切にところどころ『ドローンショービーチからの観覧席はこちら』と看板があった。道案内があるなんて、東京は田舎より親切だな、と思った。
「ひっと多いなー」
進むほどに開かれた様子の人は多くなって、浴衣や甚平を着てる人たちの姿が多くなった。ビールやチョコバナナ、焼きそばを持つ人もいる。これは夏祭りだ。
ゆっくりと、だが立ち止まることを許さず、俺たちはフェンスで囲まれた場所に流れるままに押し込まれる。周りは大人ばかりで、肩車をしてもらってる子供もいる。
「み、見えるかな」
「見えるでしょー」
すぐ近くで聞こえる他の人たちの会話は、知らない単語が飛び交っていて知らない言語みたいだ。何もない夜空と海は田舎で見るのと同じなのに、それを見上げる人たちの目は田舎では見たことがない煌めきをしている。
『それでは第三回、幕張ビーチドローンショーの開幕です』
そこから突然、眩しすぎる蛍のような光が空に昇った。
『幕張 ドローン フェスティバル』
夜空に光る点が文字を描いた。すごい、ズレてないな。
『本日の協賛、里野木薬品──』
そのアナウンスと同時に光は知ってる胃薬のパッケージを描いて、箱から薬が出てくる。すげえ、動いてる。周りが拍手をした。
光は形を変えて、羽ばたく蝶や飛び込む人魚。夜空に浮かぶ色はカラフルで、あの光の一つ一つが│ドローン《機械》なんて信じられない。
見上げてどれくらいの時間が経っただろうか。きっとそろそろクライマックスだろう。俺のスマホでポケットが震えた。
『ナル、運営本部に移動して』
は? グループチャットに名指しで来たメッセージは、リヒトだった。
大夢と尋はお行儀良くサイレントマナーモードにしていたのか気付く様子はない。俺は取り出したスマホに返事を打ち込む。
『なんだよ』
『お願いだ』
は? お願い? ──
『死んでも死に切れない後悔があるんだ』
ああもう。なんだよそれ。
そんなこと言われたら。
文字だけのそれに、理人の声を思い出す。俺の前の席に座って振り向いて話しかけてきた、あの顔を思い出す。
『わかった』
だから返事はそれしかなかった。
「すみませんっ通ります!」
スマホを握って体の向きを変えた。
「ええー?」
「どっどうしたの!?」
二人に答えず人混みをかき分けて進む。
『ビーチにスタッフ用のテントが三つある。その中のどれか一つのテントでドローンを制御してる』
リヒトが送ってきたのはドローンショーにまつわる会場マップだった。運営本部のほかに、スタッフテントと書かれた場所が三つある。
『運営本部は迷子の案内とか交通情報とか、そういう対応してるっぽいところだから違う』
「なんでそんなところに行くんだよ!」
俺の叫びはリヒトには聞こえない。ああもう、文字にするのが焦ったい。人混みを両手でかき分ける。
リヒトの意図はわからない。ただとりあえず、この観覧席を出てビーチの方へ向かう必要がある。
ごった返しになってきた閲覧席と周辺を抜ける。
『どこのテントに行けばいい?』
『情報がない。わからない。テントとテントの距離がかなり離れてるから、一個目とかで見つけないと間に合わない。順番に見て撮影してくれたらわかる。このショーが終わるまでに見つけたい』
なんだよそれ!
残された時間が多くないことくらい俺でもわかる。
──順番に回ってる余裕なんてないだろ!
荷物の中に、着いてからすぐ尋から奪ったペンケースがあった。それを開けて中のものを取り出す。鉛筆と油性ペン。
鉛筆は六角形。選択肢が三つならちょうどいい。一、二、三、を二回それぞれの面に書く。これで確率は同じはずだ。知らんけど。
広げた片手に鉛筆を落とす。──三だ!
『三番。マップ一番右側のテントに行く』
『なんでそこなんだ、ナル?』
『俺のサイコロ鉛筆がそう言ってる』
てっきり否定されるかと思った。
『なら大丈夫だな』
根拠もない馬鹿な俺を、
『ショーはまもなくクライマックスを迎えます。二〇三〇年をテーマにした今回のショーは……』
人並みに逆らって、少し離れた場所にあるテントに向かう俺の耳に、どっから流れてるかわからないアナウンスが聞こえた。
「時間がねえ! ってことだろ!? ……知らんけど!」
ここまで走ってきたら、終わる前に一と二のテントに行くのは間に合わない。
立ち入り禁止とポールチェーンの置かれた区画の中にSTAFFと書かれたテントがあった。
肩で息をしながらテントの写真を撮る。
『合ってる!?』
『合ってる! じゃあ、その中に入ってスマホとパソコン繋げて!』
「はあ!?」
何を言ってんだよ。
『犯罪じゃねえの!?』
『大丈夫。日本の法律で十四歳以下は罪に問われないから犯罪ではない』
「なるほど」
じゃあ俺はまだセーフってことだな。……って。そんな問題じゃないだろ。
『何言ってんだよ、入ってどうするんだよ』
『頼む』
頼むったって。テントにいる人影は一人だった。言ったって貸してくれやしないだろう。
テントを見ながら考える。どうする? 断るべきに決まってる。やらないべきに決まってる。
それでも──リヒトは、理人が。
「いえーい、おれもまだセーフ」
後ろから聞こえた声に振り返った。
「僕四月生まれだからアウトなんだけど……」
振り向くとそこには二人がいた。
「大夢、尋」
「なんかとんでもないことになってんねー」
大夢はグループチャットを広げ画面を見せて俺に笑った。
「ねえ、危ないよ、これは……」
尋がおずおずと、それでも顔を上げて俺に言う。
「AIがこれしたいとかあれしたいとか……お願いとか、変なんだよ!」
「けど」
言いかけた俺の言葉に、尋の声が被さった。
「理人じゃないよ。これはリヒトで、理人じゃない」
そうだ。理人は死んでる。俺がこの夏一緒に過ごしたのは理人じゃない。ただの機械のリヒトだ。
『まもなくクライマックスとなるショーが始まります』
アナウンスが聞こえたその時、スマホの通知音が鳴った。
『一生に一度のお願いだ。ナル、大夢、尋』
リヒトからのメッセージだった。
「……死んでるだろ」
お前は、生きてないだろ。
『もう先のことなんていい。これをしなきゃ、死んでも死に切れないんだ』
──ああもう、ああもう。
「……考えるのやめた! わからん!」
そういうことは俺の担当じゃなかった。二人だって、そうじゃない。俺たちのブレーンは理人で、だからリヒトじゃ代わりにはならなかった。
けど、それでも。
──みんなでさあ、東京行かね?
あの日理人の言っていた言葉にすぐに頷いていたら。そう思っていたから。
「とりあえず行ってみる! 話してみる! どうなるか知らんけど!」
走り出そうとした俺の首元を掴んだのは大夢だむた。
「いやあ、真正面に向かっていっても追い返されて終わりだよー」
じゃあどうしろって言うんだ。
「とりあえず、パソコンから離してテントの外に出てもらう必要があるよね……」
なんだ、お前ももう……協力する気になったんだな。
尋が呟きながらチャットにメッセージを送った。
『リヒト、なんかいい案ある?』
『三パターンある。一つは合法で、二つ目はグレーで、三つ目は尋だけ違法』
数秒で出された回答に、俺は尋の肩を叩き目を細めた。
「ごめんな、尋……」
「面会に行くからねー」
「ひ、ひどくない!? 合法なやつにしてよ!」
そう肩を上げた尋は「やだよー前科者になりたくないよー」と言いながらリヒトにメッセージを送る。
『十四歳でも合法なやつで』
『じゃあグレーゾーンで行こう』
真っ白な選択肢はないんだ。
まあやろうとしてることがことだしな。俺は喉の奥の渇きを唾で潤した。
「うっう……」
尋。もっと大きな声で泣けよ。……泣いたふりをしろよ。
離れて見ている俺たちの視線を感じたのか、尋がすう、と大きく息を吸い込んだのが背中にもわかった。
「人混みで転んで骨折したかもー! 痛いよー!」
テントの中にいる人が叫んだ尋を気にしたのが見える。
よし、いいぞ。尋。
尋は関係者以外立ち入り禁止と書かれたポールチェーンのすぐそばで、尻をついて泣いたふりをしている。そこから近くのスタッフに尋の声が聞こえないわけがない。
俺と大夢は少し離れたところで尋の様子を見ている。道を歩く親切そうな人たちが尋の声に気が付いて向かおうとするのを「友達です、俺たちが行くんで」と引き留める。
スタッフはパソコンから手を離す様子はない。もっとやれ、尋。
「うう、気持ち悪くなってきたー! 吐きそー!」
スタッフはまだパソコンから手を離さない。やっぱ無理だろ。
俺たちの頭上に、スピーカーから声が落ちた。
『それではまもなくフィナーレです』
やばい。終わってしまう。無理か、と俺が飛び出そうとした瞬間だった。
「きみっ、大丈夫!?」
スタッフは座り込む尋に駆け寄った。やった。
その様子を見て頷きあった大夢も飛び出した。
「すみません、僕の友人です。……救護テントまで運ぶの手伝ってもらえませんか?」
「え? あー……」
スタッフさんは自分が先ほどいたテントを振り返り気にする素振りを見せた。
「ううう、痛いよお〜!」
「わかった、急ごう!」
そう言ったスタッフさんが尋の肩の下に手を通した。
いけ。今だ。大夢と尋の無言の言葉を感じた。
『繋ぐだけでいいんだな?』
『繋ぐだけでいい、そのパソコンがスマホと繋ぐコードがある!』
リヒトに確認を送って──俺も飛び出す。
スタッフさんが背中を向けたその場所へ。
立ち入り禁止のポールチェーンを跨いでテントの下へ。一つしかない長机の上には、たくさんの紙と、パソコン。それと繋がるスマートフォンのような端末。どう見ても最先端だ。
「お古のスマホで繋がるのかよ!?!?」
見つかったら終わりだ。……っていうかここ、人避けしてて見晴らしいいから他のテントが見れるんだな。……それって、ヤバくね?
「コード、コード!」
抜いていいのかな──ここまでしたんだ抜くしかないだろ。知らん端末をコードから引っこ抜いて自分のスマホを──
「タイプC!」
規格統一。共通規格バンザイ!
──ぶっ挿す。
『ありがとう』
リヒトからチャットのメッセージが送られてきた。
「きみ! きみ! そこで何してるの!?」
やばい。遠くから走り寄ってくる声が聞こえる。スマホを見る。もう外していいのか? わからん。知らん画面になっている。しかも設計図のようなカードのような画面に次々に表示を変えていく。
『ドローンはここで生命の木の──……あれ?』
アナウンスの声が不自然に途切れて、テントの外の夜空を見上げる。
俺に向かって駆け寄ってくる人たちも足を止めていた。
夜空に揺れるドローンの光がはっきりと文字を浮かび上がらせていた。
『メグが好き』
メグ。メグ──高江柄メグ!
まじかよお前。なあ、
お前これがしたくて、言いたくて、ここまで。
ざわっと人混みが揺れたのがわかった。
『え、え、えーっと……これは予定にない……どなたかのサプライズ! 愛の告白ということでしょうか!?』
アナウンスの声が聞こえて、そして拍手と喝采が起きた。
俺の目の前のスマホの通知音が鳴る。画面の表示はよく知るグループチャットになっていて、メッセージはリヒトからだった。
『これ言わなきゃ死んでも後悔すると思ってたんだ』
「は、は、は……ははは!」
馬鹿だなあ。
だめだ笑えてしまって走れそうにない。逃げられそうにない。
「そこのきみ! 何したんだ!」
だから俺はスマホを外してその場で両手を上げた。
「ナル!」
大夢と尋が演技を辞めてこちらに駆け寄ってこようとして、騙していたスタッフに腕を掴まれたのが見える。
「……ったく、何が先のこと考えろだ」
いなくなった友人の口癖を笑う。チャットに新しいメッセージはない。
「……とんでもねえ今をありがとう。この先ずっと忘れねえよ」
お前は告白したかったのか。だから東京に来て──こんな。こんな大掛かりなことを。一人の女子のために。
「馬鹿だなあ」
笑った途端、強い力で警備員に腕を引っ張られた。それからたくさんの人が駆け寄ってきて、どうなるんだろうな、と先のことを少し考えて──それから辞めた。どうせすぐに未来に行けるさ。
遺影を見上げて大夢が堂々と言う。
「しっかしまあ、理人って、頭はいいけど馬鹿なやつだったってことだよねえ」
線香の匂いってどうして過去を振り返らせてくるのだろう。煙がこの世とあの世が繋がらせてくれる、というのはその通りないのかもしれない。知らんけど。
「だな」
理人の家の和室。ピカピカの仏壇の前で俺は頷く。
「……せっかくの告白に、自分の名前を入れ忘れるなんてなあ」
あのドローンショーは、理人が伝えられなかった想いを高江柄さんに伝えるためのものだった。ドローンショーはネットでも中継され、たくさんの人が観ているはずだった。連絡先の交換もできなかった女子に想いを伝えるにはそれしかなかったのだろう。……そんなわけないだろ。
あの後ネットのトレンドは #メグ誰 で埋め尽くされ、俺たちは交番に連れて行かれ翌朝新幹線で親が迎えにくるまでずっと正座で説教をされていた。親が伝えただろう教師からも電話があった──とんでもないことをしてくれたな。ハラセンは笑って言った。
「ほ、ほら、理人のお母さん戻ってきちゃうよ!」
「新しい麦茶ー、みんなお待たせー」
尋が小声で俺たちに言った直後、台所にお茶を取りに行ってくれていた理人のお母さんが戻ってきた。
「あっ! すみません! ありがとうございますー」
俺たち三人は頭を下げて、冷たい麦茶の入ったコップに口をつける。うまい。そして優しい。あの日から家では親が厳しいからなんか沁みる。
「ごめんね、あの、色々……」
俺たちが起こした騒ぎを、理人のお母さんは知っているようだった。謝ってきたのは、きっとそれが理人にまつわることだからだと思ったのだろう。
「いえ、そんな」
あれは俺たちの出来事で、大人の出来事じゃない。だから謝って当事者になろうとしないでほしい。あれは俺たち四人の──五人の夏の出来事だった。
「あっ、あの、スマホ」
俺はポケットから理人のスマホを取り出す。
「パスワードなんですけど──」
「ごめんね、ありがとう。……もういいの」
言いかけた俺の言葉を、理人のお母さんが遮った。
「もういいの。これはあの子の思い出が詰まってて、きっとそこには死んでも見られたくないような……プライバシーなものもあるって、考え直したから」
理人のお母さんがスマホを受け取った。俺が充電してきた、電池のあるスマホの画面表示を消す。
「だから眺めるだけにする。どんなことメッセージしてたのかな、写真撮ってたのかなって……想像して、思い出すだけの、道具にする」
「……そう、ですか」
理人に似たお母さんに、俺は答える。
「僕たちも理人さんを思い出します。ずっと、覚えてます……これから先も」
理人の家を出るとまだ夏の暑さが残ってて、地面から折り返してくる熱波が思考力を奪うようだった。
「九月になったってのに」
俺は十四歳になった。もうあの日交番でした、子供だなんて言い訳はもうできないししたくない。
──理人のスマホのパスワードは、高江柄メグの誕生日だった。
なんで誕生日を知ってるのに連絡先を知らないのか。その誕生日合ってるのか。とにかく東京からの親同伴。新幹線に乗った帰り道、リヒトが伝えてきたその日付の数字でスマホのロックは解除された。
手間賃だこれくらい許せと写真フォルダだけ興味本位で見ると、俺たちとの日常の写真の隙間に『ロマンチックな告白は成功率が上がる!?』とか『女子との上手な会話テク』とかそんなサイトのスクリーンショットがあった。馬鹿だなあ。
それだけ見てスマホを見るのを辞めた。
『ありがとう』
リヒトからメッセージが来た。
『おう』
いつも通りに答える。やっぱり返信はすぐだった。
『何かご用がございますか? AIアシスタントがお答えします!』
「……え?」
画面を見て固まった俺に、大夢と尋が気が付いた。
「あれ?」
「……て、テンプレメッセージだ」
尋がそう言った。そういえば、初期のAIアシスタントのメッセージってそれだったっけ。
「え? ってことは?」
「わかんないけど……学習データがリセットされたのかも……」
「どういうことだ!?」
「だからつまり、リヒトは──僕たちが学習させて、つくったAIは──……消えたって、ことだね……」
約束を果たした東京からの帰り道、リヒトは消えた。
「…………ナル?」
それでやっと、俺は喪失が悲しくて泣けた。
「地球温暖化ってすごいねー」
「まだまだ熱中症になりそうだよね……」
やっぱり理人の代わりはいなくて、俺たちの会話は妙にまとまらない。
相変わらず寂しい。それでもしょうがない。そうやって後悔しないよう今を積み重ねて、生きていくんだ。
今日配られた進路希望に、大夢は科学技術科のある高校の名前を書くことを決めたようだった。
「ちょっとやばいけどねー」
「尋は?」
「演劇部があるところ行きたくて、ちょっと遠いんだけど」
一番意外な進路だった。驚いたそれから笑っていると、ナルは? と聞かれる。
そうだな、まだ決まってない。それでも。
「俺も真剣に……先のこと考えてみるよ」
だから理人。返事がないチャットルームにたまにはメッセージを送らせてくれ。
だいたいさあ、お前の告白だって、ちゃんとあの子に届いてるかわからないだろ。けど、きっと。
会えなくても、思いはきっと届いてるって信じたい。
Re:生きるきみへ 鈴木佐藤 @suzuki_amai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。