第5話 シグナル・ゼロ
電子妨害装置の内部ユニットは、薄く焦げた匂いを残して沈黙した。
高城が静かに手を下ろすと、真鍋が前進し、残された筐体の外殻を検査用ユニットで包む。沢渡が指先のインターフェースを操作し、データリンクを開始したが、結果はすぐに返ってくる。
「……内部データは完全に遮断されてる。何層にも暗号がかかってて、表層しか取れない。中身は、都市中枢との接続ログもないな」
「つまり、誰かが外から送り込んで、ここで起動させた……と」
篠原が低く呟いた。
「その“誰か”が都市の神経を試したってことだな」
矢吹が皮肉気に言った。
「何のために?」
篠原の問いに、隊内に沈黙が落ちる。
高城が数歩、壁際の配管に目をやりながら口を開いた。
「“ノード”が狙われた。都市の連携中枢、つまりこの建物は、あえて選ばれた」
ノード。匿名都市のインフラは単一の中央制御ではなく、複数の中継点=ノードによって情報が分散管理されている。それはセキュリティの強化であり、同時に都市構造の複雑化を意味していた。
この施設は、その一端——つまり、都市の“神経束”の末端にあたる地点だった。
無人のビルではなく、住民のいる居住施設が狙われた理由は、そういうことだ。
「相手は分かってる。ここが、最も影響を与えやすいノードだと」
「制御系統への直接侵入じゃなく、周縁からノイズをかけて揺さぶる」
真鍋が呟くように言った。「ただの攻撃じゃない。……これは“実験”だ」
「この都市を、どこまで崩せるか」
沢渡が、画面を閉じながら続けた。「相手は、そういう前提で仕掛けてる」
誰も言葉を継がなかった。
音もなく立ち尽くす住民たちの姿が、まだ背後に残っている。
*
後日、オーヴァス・レジデンスで起きた異常事案について、都市中枢は「一時的な機器故障によるセンサー誤作動」として公表した。全ては記録から削除され、詳細な情報開示は行われなかった。
搬入口のセキュリティは強化され、居住者のデータは再調査されることになったが、異常行動を取った住民たちは「異常なし」と診断された。
ただ一つ、彼らの中に共通する記憶障害が確認されている。
「何をしていたか、思い出せない」という漠然とした空白。
まるで、都市に刻まれた記録のように、一部だけが抜け落ちていた。
*
夜の管制棟、ゼロ隊のブリーフィングルーム。
沢渡が壁面モニターに並んだ解析データをスクロールさせていた。
「やはり、あの装置……ノードへの物理干渉だけじゃなく、制御AIの応答性に揺らぎを生じさせてる。もっと広範囲に仕掛けられたら、都市そのものの反応が遅延するかもしれない」
「相手はまだ試してる段階だ。だが、次があるなら……」
高城の言葉に、誰もが微かに頷いた。
“次”がある。
これは終わりではなく、始まりだった。
「デッドリンク……」
篠原が、誰にともなく呟いた。
「何かが、どこかで、切り離されたままになっている」
都市の一部に、空白が生まれ、それが少しずつ広がっている。
*
オーヴァス・レジデンスは、数週間後には通常運営に戻った。
異常があった階層には新たな入居者が入り、廊下の照明も静かに点滅を終えた。
だが、ゼロ隊の隊員たちだけは知っている。
この都市は、すでに一つの“臨界点”に触れている。
(終わり)
匿名都市 - アンノウン・シティ - 特命対テロ部隊・第零分隊シリーズ 長谷部慶三 @bookleader
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