あちらのお客様からです

江東乃かりん

あちらのお客様からです

 行きつけのバーのカウンターで一人おつまみをつまんでいたら、マスターが私の前にスッと二つ目のグラスを置いた。


「まだ次のドリンク注文していないですよ?」

「あちらのお客様からです」

「あちら?」


 どちらだろう? と思ってマスターの目線を追うと、カウンターの端っこで飲んでいた男性が手を振っていた。


「やっほ」


 彼はこのバーでよく会う男性、ようするに顔見知り。

 私が手招きすると、彼はグラスを持って隣に座った。


「やっほって……何してるんですか?」

「たまにはこう言う趣向も面白いだろ?」

「……まあ、一度で良いから体験してみたかった場面ですけど」

「だろ?」


 マスターは私たちを置いて別のお客さんと話し始めた。


「マスターが教えてくれたんだよ。今日は君の誕生日だね、って」

「そう言えば、先月そんな話をした記憶が……」

「なので誕生日のお祝いに、ね?」


 彼がグラスを華やかに掲げるので、私もそれに新しいグラスを軽く合わせた。


「お誕生日おめでとう! 乾杯」

「かんぱーい。ありがとうございます」


 折角おごってもらったカクテルなので、いつもよりじっくりと味わって飲もうと、まずは少しだけ口にすると……思ったより甘くてちょっと酸っぱかった。


 よりによって、失恋みたいなイメージが浮かんでくる口当たりのカクテルを彼が選ぶなんて。

 しかも私の誕生日に。

 私が一方的に思っているだけに、余計にへこむ。


 そう、彼は私の想い人。

 気持ちは一切伝えていないし、アピールもしていないから、この想いに何も気付いていないと思う。

 どうして積極的にならないのかと言うと……。


「今日はいつものお友だちいないの?」

「……」


 ほらきた。

 彼は、何かと私の友だちとお喋りしたり気にかけたりしている。

 きっと友だちのことが好きなんだと思う。


「なんでむすっとしてるの?」

「なんでもないです。友だちは今日は用事があるそうです」


 と言うのは嘘なんだけど。

 今日は誕生日だから、好きなひとがいるであろうバーに一人で来たかっただけ。

 友だちを連れてきたら、彼を独り占め出来ないじゃない。


「誕生日なら前もって言ってくれりゃ良いのに。そうしたらもっと盛大なイベントを考えたんだけどな」

「いつも、たまたまここで遭遇してるだけなのに?」


 ほんとはたまたまなんかじゃない。

 今日は彼が来るよって情報を事前にマスターに聞いていたんだから。

 正直、私は自分がずるいなって自覚している。


「じゃあたまたまの関係、やめる?」

「えっ」


 たまたまの関係をやめる?

 それって、もうこのお店に来なくなるってこと?

 そんなの……。


「連絡先交換して待ち合わせするとかさ」


 彼はそう言ってスマートフォンを指さした。


「えっ?」


 思っていたのと真逆の提案に、私は一瞬呆けてしまう。

 いま、なんて言った?


「連絡先交換するのいや?」

「いやじゃない! いやじゃないです! お願いします!」


 私はしがみつくように彼の連絡先を登録した。


「素直じゃないねえ。そういうとこも好きなんだけど……」


 そのとき私は夢中になっていて、彼がなにかを呟いていたことに気づかなかった。


「ん? なんか言いました?」

「なーんでもないよ」


 ふふっと微笑む彼に、複雑な気持ちになる。

 もしかして、連絡先を交換してくれたのは友だちを連れてきてほしかったとか……?


「まーた、むすっとしてる」

「してません」


 したつもりはないので顔をむにむにとマッサージすると、彼がメニューをピラピラとさせながら見せてくれる。


「誕生日なんだから楽しい顔をしようよ。ほら、なにか食べたいものないの? おごるよ? マスターが作るのはスイーツも美味しいからね」

「はい! 食べます!」


 頼んだのは、裏メニューのマスター特製パフェ・バースデースペシャルバージョン。

 普通のパフェを頼んだはずなのに、なぜか大きな器に入って出されてきた。


「マスター、これどう考えてもひとりじゃ食べきれない量なんですが……」

「今日は誕生日だから特別です。ふたりで分けて食べれば良いと思うんですよね」

「それは良い案だね!」


 ということで、何故か私と彼のふたりで分けて食べることになった。

 ……なんでこうなったんだろう? とは思いつつも、恥ずかしさを感じながら二人でお酒を飲んで話ながらスイーツをつつく。

 こんな幸せな時間がずっと続けば良いのに……そう思いはするけれども、私がこの想いを告げる日はきっと訪れない。

 だって、彼は私の友だちが好きだから。


 そんなことを幸せの最中に思い始めてしまったのはしょうがないと思う。

 でも彼は私のそんな心境の変化に気付いたのか、パフェが乗ったスプーンを目の前に差し出した。


「また眉間に皺寄ってるね。今日は誕生日なのに、なに幸せが逃げること考えてるんだろうね。ほら、食べなよ。あーん……」

「え!? ちょ、まっ……待って、ま……あー……あーーん……」


 ぐいぐいスプーンが迫るものだから、私は思わず口を開けて餌付けをされてしまった。


「おいしい?」

「おいしいです……」


 あとなんか恥ずかしいけど、幸せです……。


「それはよかった。君は笑ってる方が可愛いよ」

「む。またそんなこと言って。誰にも言ってるんじゃないんですか」

「そんなことないよ。こういうことするのは、君だけ」

「だって、私よりも私の友だちとの方が沢山喋るじゃないですか」

「それは……君のこと沢山聞いていたからさ」

「へ?」

「なに? もしかして嫉妬してくれてた?」


 キョトンとする私に、彼は嬉しそうに微笑む。


「生まれてきてくれてありがとう。好きだよ。お付き合いしてくれると嬉しいけど、どうかな?」


 彼はそう言って、もう一度私にスプーンを差し出してくれた。

 今度の私は抵抗なくスプーンと、……あと告白も受け入れる。


「……私も……です」


 そう返すのは、それはもう恥ずかしくて仕方がない。

 でも、思いもよらず幸せな誕生日を送れることになったことがとても嬉しいのも、確かだった。


~了~

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あちらのお客様からです 江東乃かりん @koutounokarin

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