ポイ捨て令嬢はヘコたれない
コンスタンスはイリスの真剣な瞳をマジマジと見る。
「……失礼ですが殿下、お年はいくつになりますか?」
「年齢はあまり関係ないかと」
「いえ。わたくしの方が先に老いますから、世継ぎが生まれなくては困りますから」
「……今年で十四になります」
「まだ成人しておりませんわね」
バルテルス王国において、成人年齢は十六になる。コンスタンスはクロとベルンに「少しだけなら歩けますから」と断りを入れてから、イリスの元まで寄っていくと、キュッと手を握った。
「どうか成人したときに、もう一度プロポーズしてくださいまし」
「……僕は兄上のような人間ではありません」
「一番大変なときに一緒にいてくださる方を、どうか選んでくださいまし。それに、バルテルス王国も、古代兵器の扱いについて見直さなければならないでしょうから、いろいろと大変でしょう。呼んでくだされば、お手伝いはしますから」
「……早く大人になりたい」
「焦らないでくださいな。その年は一年しかありませんもの」
コンスタンスとイリスがしばらく手を取り合っているのを、今にも卒倒しそうな顔をしているクロは、なんとも言えない顔でベルンに振り返った。
「……あれ、どうなんでしょう? 姫様は了承したのでしょうか? どうなのでしょうか?」
「いやあ、姫様からしたら、遠慮したんじゃないですかねえ。そもそも姫様、初恋終わったばっかりではい次って行けるほど要領いい人じゃないんで」
「姫様を不器用とでも!?」
「クロ、言ってないことを勝手に錬成しない」
「うううううう……」
ひとまずは城内にいる国王夫妻を救出し、すぐに宮廷医に診せることとなった。国王はかろうじて疲労が見えるくらいだったが、妃はとにかく生命力を吸われ続けて疲労困憊だった。その上、長男が亡くなったと聞かされ、しくしくと泣いている様は、なんとも言えなくなる。
「それでは……殿下が我が息子、イリスと結び直すというのは可能でしょうか?」
「……どうか、正式な婚姻自体は、殿下が成人するまでお待ちいただけませんか? わたくしも殿下が成人し次第再び嫁ぎますから。それに、この国も大変ですもの。結婚より先に、復旧作業にお金も人員も割いてほしいのです」
「……このたびは、我が国の騒動に巻き込んでしまい、大変に申し訳ない……」
国王に頭を下げられてしまい、それにコンスタンスは慌てる。
「いいえいいえ! こちらに来るまで大変でしたが、ただ大変なだけではありませんでした!」
そもそも神殿と王城以外の世界をほとんど知らなかったコンスタンスからしてみれば、外に出て、あれこれと世界を見て回れたことは、とても楽しいことだったのだ。
その地で食べられるものを食べて、その地で見られるものを見られた。それはコンスタンスにとっては世界を見ることだった。
「わたくしも、もっといろんなものを見て、嫁ぐまでにひと回り成長致しますから。殿下と競争ですわね?」
「……コンスタンス殿」
イリスはうっすらと頬を染めたのに、コンスタンスはニコリと微笑んだ。
****
本来ならば、馬車を出してアルベーク王国まで送ろうと申し出てもらったものの、コンスタンスはあちこちが大変なことになっているのを知っている。
古代兵器は遺跡に埋葬し直さないといけないし、そもそも遺跡の管理については再考しなければならない。そして王都から避難した王都の民たちのフォローまでしなければならないのだから、いちいち人員を割いてもらう訳にはいかない。
「まさか……本当に徒歩で帰られるおつもりですか!?」
「いえ。そろそろ辻馬車も戻ってくるでしょうし、それに乗りながら帰ろうかと思います。人員は、どうか国の復興に使ってくださいまし。わたくしには頼れる従者がおりますから」
「……なにからなにまでお気遣いありがとうございます。アルベーク王国には、こちらから鳥を飛ばしておきます」
「はい。伯父様たちにどうぞよろしくお伝えくださいませ」
さすがにドレスで帰る訳にもいかず、コンスタンスはもらったワンピースに着替えて帰ることにした。せめてもと裏門から帰ろうとする一行を、イリスはこっそりと見送ってくれた。
「本当に……助けてもらったのにこんなこそこそ帰らせるような真似をしてしまって……すみません」
「謝らないでくださいまし、殿下。大人になったら、どうかこの国を素敵に変えてくださいまし」
「……はい!」
こうして、帰ることになったのである。
クロは「はあ……」と息を吐いた。
「姫様、もうちょっとわがままを言ってもよかったと思います。今回ばかりは。さすがに王族が捕らえられて大変なことになっていたのを解放したというのに、こんな帰り方をさせて!」
「クロ、落ち着いてください。たしかにいろいろ足りなかったとは思いますが、わたくしはそれだけとは思いません」
「姫様は甘いのです!」
「……たしかに、宰相の欲を甘く見ていた。それは否定できません。ですが、人は欲のままに動いたらおそろしいほどのエネルギーを出すのだとわかりました。それが古代兵器にかかわることだったから大変なことになりましたが……もしもそれを人助けに使えたら? もしもそれを国を助けるような技術開発に使えたら? それはとてもいいことのように思えます。欲を持つことが悪いのではありません。欲望を思うがままにすることが悪徳なのです」
「姫様……宰相まで庇うことは……」
クロががっくりとうな垂れる中、コンスタンスはクスクスと笑った。
「クワァ」
またポチが肩に留まったのを、コンスタンスは顎をくすぐる。
「そういえば……こいつエンシェントドラゴンの雛ってことは、この雛の技術も残ってんですよねえ……それはドナがアルベークに報告を上げたとしても……」
「まだまだ、悪徳な技術がはびこっているのかもしれませんわね。技術も使い道であって、技術を振り回すためのものではないはずなのですが」
コンスタンスは空を見上げた。
「あのう、クロ、ベルン。このまま辻馬車を探して乗るのは簡単ですが。回り道をしてもよろしいですか?」
「はいぃー!? 姫様、まだ冒険したいんですか!?」
「悪いことしている人たちをやっつけて、困っている人たちを助けたいだけです!」
ふんすと鼻息を立てるコンスタンスに、クロは何度目かの倒れ込みそうになるのを、「はいはい」とベルンは支える。
「それ、お父上に怒られませんか? そろそろ殿下だって子が生まれた頃でしょうし、甥御か姪御の顔を早く見に帰ってこいとは」
「王城に帰ってしまったら、また今みたいに自由に歩け回れる日はなかなか来ないでしょうしね。でも、帰るまでの間、ほんの少し足を伸ばす程度なら自由なはずです。それに神殿の本部にも挨拶をしたいですし。今回の件でいろいろお世話になりましたから」
「まあ……! もうそれはバルテルス王国からすら離れてるじゃないですか!」
「とんだ寄り道ですねえ……」
「はい!」
コンスタンスがニコニコ笑っている中、鳥が飛んできた。
それを慌ててクロが手に留めて、足に括り付けられた手紙を読む。
「ドナシアンからです……なんでも、アルベーク王国に最短の道が、土砂崩れで封鎖されているから、迂回したほうがいいとのことです……はあ……」
「はい、寄り道決定ですね」
「もう! 姫様! 本当に、もう!!」
クロがさんざん抗議の声を上げるのを、ベルンは「まあまあ」と笑う。
「いいじゃないか、どうせ土砂崩れを白亜の守護神で壊して突き進む訳にもいかないし」
「さすがにそれは近くの方々にご迷惑になりますからしません。でも土砂崩れで困っている村があるかもしれませんから、お手伝いには行きたいですね」
「もう! ほんっとうに、もう!」
クロの悲鳴が聞こえてくる。いつものことだった。
本日晴天。いい旅日和だ。
<了>
ポイ捨て令嬢はヘコたれない─白亜の守護神と共に世直しの旅に出ます─ 石田空 @soraisida
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