俺(キョン)の本名について

かもライン

俺(キョン)の本名について

 まず何から言ったら良いのかは分からないから結論だけ先に言っておく。


 俺の名前は、清水慶仁(しみず・よしひと)。

 知らない。聞いたことがない?

 正直、そりゃないんじゃないか、と言いたい。

 だったらこう言ったら良いのか?

 俺は、家とか学校とかでは、キョン。もしくはキョンくんと呼ばれている。


 このキョンというのは、叔母から勝手にその愛称で呼ばれ、それを聞いていた妹が真似して呼んでいたところを、ちょうど家に遊びに来ていた友人が聞きつけそれ以来、俺のあだ名になった。


 途中クラス替えやら進学を繰り返すも、そのあだ名が消える事は無く、いやむしろ広範囲に広まったと言っても良い。

 おかげで本名は、ちゃんとした場面や病院で順番になった時や、学校で先生からとか以外は、ほぼ呼ばれたことが無い。

 姓に関してですらそうだから、名前の方に至って呼ばれるのは、親父ぐらい。そう、もはやお袋も面白がってキョンくんと呼ぶようになったからだ。


 ちなみに家族以外で俺の名前の方を認識している数少ない例は、中学3年生の頃、親しくしていた友人・佐々木ぐらいだ。

 彼女には俺の方から名前とか教えた訳では無い筈なのに、その呼び方、由来とキョンというあだ名から推測して、俺の名前を漢字まで含めて当てたからである。

 その時の会話が、こんな感じだった。


  ☆


「多分、こんな字を書くんだろう」

 佐々木は俺の下の名前を、くくくと笑いながらノートにさらさらとシャーペンで書いた。

 『慶仁』と。

 当然、俺はびっくりした。実は、何かの機会で聞いて知っていて、とぼけてそう言ったとしか思えなかったからだ。


「ちょっといいか? なぜそう推理したか教えてくれ。そのキーワードがどう絡んでいるか、全く分からん」

 佐々木はまた、面白そうに笑いながら話し始めた。


「まずなんだけど、僕的に人種差別で言っている訳じゃ無いって事を前提に話しているから、そのつもりで聞いて欲しい」

「人種差別? いきなり話が大きくなる感じだな」

 突然想定外のところから切り出したところに、いつもながら戸惑わされる。

 大体いつも、こういう小難しい喋りをする奴なんだ。


「そう呼び始めた叔母さんって、在日韓国、もしくは朝鮮籍の2世か3世じゃないかな。その叔母さんと兄弟なのは、お父さん? お母さん? いや、そこまで聞いたら悪いか」

「いや、別にいいさ。親父の方。もうお袋と結婚して帰化したから、物心ついた時には普通に日本人名だったし、普通に日本人だと思っていた。でも叔母さんは」

「籍も名前もそのままなんだね。そのお父さんの妹さん?」

「ああ、そうだ。とても気さくで、感じがいい」

「だろうね。そうじゃなかったら嫌がって、絶対そのあだ名を受け入れなかっただろうし」

「別に好きで受け入れたつもりもないんだが」

 どちらかというと当時も、ムキになって嫌がったら、かえって面白がられそうだから好きに呼ばせた、という方が近い様な気がする。


「慶っていう漢字は、韓国語でキョンって読むんだ。というか日本語でケイって読む漢字は大体そうなんだけどね。尊敬の敬とか景色の景とか。でもその中で、ヨシヒトって読むとなると、おそらく慶弔の慶なんじゃないかと思ったんだ」

「なるほど」

「でもってヒトの方は普通は人間の人を当てる場合が多いんだけど、ひょっとして仁義の仁が入るんじゃないかと邪推してみた。なかなか恐れ多い事だけどね」

「何が恐れ多いんだ?」


 そう言うとまた佐々木は思わせぶりに、くっくっと真似できない笑い声を漏らし、

「知らないのか? 天皇家の男子は、頭に縁起の良い漢字を使い、その下には仁を入れてヒトと呼ばせるんだ。裕仁(ひろひと)、明仁(あきひと)、徳仁(なるひと)、文仁(ふみひと)。まさに高貴で壮大なイメージを思わせるじゃないか」

「げ、本当に恐れ多いな。よくもまぁ親父はこんな名前を。いや待て、ひょっとしたらその韓国人コンプレックスの嫌味のつもりで付けたとか」

「日本の象徴的偉い人達をモジって、所詮は同じ人間だっていう事か?」

「かもしれないね」


 改めて、そんな名前を付けた親父に、頭をかかえた。

「なら、いっそ名前を呼ばれるよりは、キョンって呼ばれた方がまだマシに思えてきた」

「そうかい?。なら僕も改めてキミの事をキョンって呼ぶようにするよ。いいかい?」

 そう言って佐々木は思わせぶりに、くるっと回ってこっちを見た。

 本当に何を考えているのか分からん。


「でもこの会話は、僕とキミだけの秘密だ。」

「約束はできんぞ」

「いいさ、そう僕が思い込むのは僕の自由だからね」


   ☆


 そんな勝手な約束を破るようだが、まぁそういう事だ。俺は、これからもずっとキョンと呼ばれ続けるだろうが、ちゃんとした名前もある事だけは分かって欲しかったから、という理由だが。


 え? 俺の姓の、清水の方すら知らなかった?

 そうか、それは問題だな。


 でもヒントはあったはずだ。

 ああ、あいうえお順の出席番号で榊と谷口の間の苗字って奴か?

 まぁそれもそうだが、もう一つあるだろう。


 俺が、時間を遡って中学時代のハルヒに自己紹介した時の名前。ジョン・スミス。

 そのまんまじゃないぜ。

 ハルヒに名前聞かれた時、とっさにキョン清水とか言おうとしたが、いやそれは流石さすがに嫌だなと思って、とっさに、それっぽく頭で思いつきで変換させたんだ。

 あまり自慢できるようなアレンジじゃないけどな。


 とまぁ、そんなところだ。

 俺の事をキョンと呼ぶのは仕方ないし、この本名もしっかり憶えておいてくれ、なんて事も言わないが、ちゃんとした名前があるんだって事だけは知っておいてくれ。

 頼んだぞ。

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