元・不死者たちの進行

反田種苗

第1話

勇者に敗れた。

地球で新たな生を得た。

──それから、十六年。

季節は夏。

夏休み初日、私はいつものように、自室で涼んでいた。

こんな暑い日に外へ出るなど、正気の沙汰ではない。

死ぬ。

なんだこのヒートアイランド現象とやらは。

一体どれほど人間は、自らの生息域を破壊すれば気が済むのか。


しばらく涼んでいると、音を立てて階段を上がってくるのが聞こえた。

それから、双子の妹である奏海がノックもせずにドアを開け、私の部屋に入ってきた。

しかも汗だくの状態で、息も絶え絶えに。

「あの、ノック…」

ノックは人間が生み出した素晴らしい文化だろうに。

「お姉ちゃん、VRゲーム機持ってる?」

VRげえむ機というのは、意識を機械の中に吸い込ませて、その中でげえむを遊ぶという技術のことらしい。詳しくは知らん。

「ノック…」

「持ってたっけ?」

「持ってない」

冷気が逃げる。部屋が温まる。早くこの状況をどうにかしたいが、布団から起き上がる気にもなれない。

「じゃあちょうどいい。買ってきたから、一緒にやろ?」

「嫌だと言ったら?」

「エアコンを取り外す」

「やります」


奏海は、勝ち誇った顔でビニール袋から新品のパッケージを取り出す。

赤い宝玉に群がる民衆の黒い影が描かれており、その中央には見慣れない英単語が刻まれていた。


『immortal apoptosis』


「……なんて書いてあるの?」


「イモータルアポトーシス」


「いもうとるぽとおしす?」


「イモータルアポトーシス」


「いもおたるあぽとおしす」


「滅びかけた理想郷が舞台のVRMMOなんだよ。姫プしてあげるから」


「姫…ぷ?」


「強い人が弱い人を護衛すること!」


なるほど、奏海の言うことを整理すると、このいもおたるあぽとおしすは戦いが主なコンテンツで私は奏海に守られる側、というわけだ。

以前の私なら、魔王が前面に出ずして何が魔王だ!と言っていたかもしれない。だが、今の私は。

「いいね」


「でしょー。で、この世界ではプレイヤーだけが死なないんだって。しかもね──」


妹はニヤリと笑った。


「お姉ちゃん、魔王ロールプレイも出来るよ」


「魔王ろおるぷれいとは?」


「魔王になりきって遊ぶことだよ」


魔王のなりきり。これは甘く見積もられたものだ。どうやらこの妹はこの私がかつては魔王として君臨し、配下を従えていたということを知らないらしい。いや、知らなくて当然だとも。なぜなら言っていないのだから。厨二病を拗らせたと思われちゃう。


「……ちょっとだけね」


布団の中から、私は静かに、かつ力強く呟いた。


奏海が手際よく中継機を設置しているのを、私は布団の中から眺めていた。


「ところでなんで私が魔王?」


「だって、お姉ちゃん魔王好きじゃん」


「どこが?」


「お姉ちゃんとアニメ見るとき、いつも魔王キャラを指差して、こいつ好きだって言うじゃん」


「完全に無意識かも」


奏海が手際よく取り出したのは、無駄な装飾がない驚くほどシンプルなゴーグルだった。


「こんな薄いのでげえむ出来るの…?」


「これだけで遊べるよ。あ、設定は全部終わってるから」


私は半信半疑で、それを顔に当てる。


装着した瞬間、ゴーグルの上下から微かな光線が放たれ、顔全体を撫でるように走った。


(──赤外線?)


「あと私とフレンド登録しておいたから」


フレンド…?友達?なぜ?奏海の声が段々遠くなっていく。

意識が徐々に沈みゆく。

微かな温もりだけが残り、視界はすぐに闇に沈む。


世界が、音もなく切り替わった。


【初めまして、ナビです。あなたの名前を入力してください。】


目の前に小さなポップアップが浮かんだ。


「ふうん…」

ぼんやりと奏海が持っていたパッケージが浮かんだ。

(早く冬にならないかな。暑いの苦手)

気がついたらポップアップに『緋雪』と入力していた。

「これでいいか」


眼下に広がるのは透き通った薄緑の床、その向こうにはひび割れた大地と沈みかけの都市。


【キャラクタークリエイトを開始してください】

突然目の前に現れたそれは──

ほぼ裸同然の、無表情な自分自身のマネキン。

マネキンの肩幅をつまめば、肩が広がり、腰を押し込めば、くびれが細くなる、背を伸ばせば、身長が伸びる。

──その度に私の視界の位置が高くなったり、視界の端に映る「自分の姿」も、微妙に変化していく。

「……ふうん」

私は、マネキンをこねくり回し現実の自分に限りなく近づけた。

現実の体とかけ離れると軸がブレる、間合いがブレる。

「こんな感じかな」


【職業を選択してください】


私の声に反応したのか、ポップアップが再び浮かび上がる。


戦士、魔法使い、弓士、暗殺者……


「……戦士かな」


あっさりと選んだ。


(魔法なんて、当たらなきゃ意味ないし。詠唱長いし使いづらいだけ…)


【武器を選択してください】


剣、槍、斧、短剣、両手剣……


両刃の片手剣を選ぶ。


どこからでも斬れるほうが楽だ。

あとは片腕は開けておきたい、という理由もある。


【防具を選択してください】


布の服、レザーアーマー、銅の鎧──


私は、レザーを基調に、肩や胸だけ簡易な金属プレートで補強された軽装、つまりレザーアーマーを選んだ。


(当たらなければ問題ない)


すべてを選び終えた時、ポップアップが再び現れた。

【これでいいですか?】

私はすかさず『はい』を選んだ。



【以上、ナビでした】


薄緑の床が突然砕けた。

足元から支えが消える。

私の体は、重力に任せて、ゆっくり、自由に沈み始めた。

だが、恐怖はない。

空気を撫でるように落ちる、そんな感覚だった。

そして、

地面の大地に、すとん、と降り立った。

「……拍子抜けだな」

思ったよりもあっさりとした着陸だった。

以前の私は…、昔の話は後回しにしよう。

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