第17話 神、回転寿司に行く
朝の食卓に、焼き海苔があった。
焼き海苔を一枚、冷やごはんにのせて口に運ぶ。
昨夜の味噌汁は、少しだけ温めた。湯気が立つほどではない。
塩気と、少しの香ばしさ。
悪くない。ただ、何かが足りないような気もした。
「……今日は、魚かもしれない」
オメガさんは、口に出さずにそう思った。
冷蔵庫を開ける。ねぎが1本と、昨日の豆腐の残り。魚はない。
彼はそっと冷蔵庫を閉じた。
昼前。
居間の片隅で、たまが香箱座りをしている。
「出かけてくる」
「……」
「出かけてくる」
たまは香箱座りを解かず、じっと見上げた。
「……その感じ、寿司の日だね」
「うん」
「贅沢じゃない?」
「……そんなことはない。そういう日なんだ」
それ以上、会話はなかった。
自転車でいくらか行った場所に、回転寿司の店がある。
全国チェーンの、それなりに庶民的な店。
静かすぎない。誰の目も気にせずに寿司を選べる場所。
「いらっしゃいませー!」
明るい声が響く。
入り口のタッチパネルで「ひとり」と入力し、発券機から出てきた番号札を手にカウンター席に向かう。
席につくと、レーンは静かに回っていたが寿司は一皿も乗っていなかった。
そういう時代である。
オメガさんは、据えられたタッチパネルを少し眺め、操作を始めた。
最初に注文したのは、玉子。
そのあと、マグロ。
すこし迷って、ハマチ。
「……いい並びだ」
思わず声が漏れた。聞こえたのは自分だけだった。
少しして、カップに乗った寿司が流れてきた。
「まもなく、ご注文の品が到着いたします」
機械音声が知らせてくれる。
オメガさんは静かに頷き、皿を受け取る。
炙りとろサーモンも注文した。脂の香りが湯気とともに立ち上がる。
ひとくち食べて、そっと目を閉じた。
五皿目に、軍艦の「ねぎとろ」を選んだ。
ここで、ふと我に返る。
「……そろそろ、抑えめに」
彼は財布の中身を気にしているわけではない。ただ、満足というものには境界があると知っている。
腹がふくれることと、満たされることは少し違う。
だから彼は、最後の一皿を「納豆巻き」にした。
地味だが、しっかりとした味わい。食後にふさわしい、余韻のある一皿。
オメガさんは会計を終え、そっと財布をしまった。
店を出ると、風がすこしだけ暖かかった。
家に戻ると、たまが玄関先で待っていた。
「食べた?」
「うん」
「どうだった?」
「……良かった」
たまはそれを聞いて、小さくうなずいた。
「こっちは、ささみだったよ。今朝の残りのやつ」
オメガさんは靴を脱ぎ、縁側に座った。たまも隣にやってきて彼の膝に前足を乗せた。
空気が、少しだけ春の匂いを含んでいた。
「……次は、いつ行くの?」
「回ってくるまでは、待つ」
「回る?」
「寿司も、日も、運も。全部、回ってくる」
たまは何となく納得したような顔をして丸くなった。
オメガさんは、静かに頷いた。
寿司は止まっても、世界は静かに回っていた。
ロト当選金で生きる神様の日常 @takosannnyuudou
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